職人の心
トリアフォスが社会見学と称してコハクの薬屋に宿泊すると城に言付けて(これはエナスが届けに行った)、窯元に住み込み、あれこれと言いつけられた雑事をこなしてはや三週間。トリアフォスは名乗った偽名のトリィを連日連呼されてはこき使われている。
トリアフォスとは違って王都から通っているコハクには、マデトヤが作品を完成させるような様子がちらりとも見えなかった。
トリアフォスやコハクに水汲みを始めとした家事や雑事を言いつけては陶芸に没頭するマデトヤだったが、しかし、窯に張り付いていくつか焼き上げたかと思えば、一瞥して、またあるいはじっくりと眺めてからえいや、と地面に叩きつけて割ってしまう。
本当に作り上げる気があるのかと問いただしたくなるほどだ。
どれだけ完璧主義なのだか、と思えばずぶの素人であるトリアフォスに粘土を触らせてもいるから、よく分からなかった。
ただ、焼き上がったトリアフォスの作品を自分のものと同じように叩き割っていたので、やはり完璧主義なのかもしれない。
でなければ招かざれる客への意趣返しか嫌がらせだろう。
トリアフォスが素人なりの懸命さで作り上げた作品を躊躇無く壊せるのだから、後者か人の心が薄いのか。
せっかくトリアフォスが作ったのだから、記念に持って帰るくらい許してやればよいものを。
そうコハクが指摘すれば、マデトヤは至極当然、といった顔で言う。
「出来の悪い物を持って帰ってどうするんだ」
うん、こりゃあ度の超えた完璧主義だ。通りで通りで、とコハクは肯いた。
マデトヤはなまじ、自分の体力が無尽蔵にあるものだから、なんでも一人でできてしまうのだ。それこそ、トリアフォスやコハクの手伝いなど必要ないほどに。
だが、雑事に時間を割くと陶芸をする時間が減るものだから、渋々トリアフォスやコハクの手伝いを受け入れた、という風だった。
ちょっと前までは三人の弟子がいて、マデトヤの雑事を片付けていたのだが、全員辞めてしまったという。
「あれだろ、弟子が作ったのも割りまくったんだろ」
「当たり前だ、俺の弟子だぞ。出来の悪い物など世に残せるか」
「あんたが作ったものをどうしようとあんたの自由だとは思うが。他人の作った物を勝手に壊すのは人としてどうかと思うぞ」
「ああ?」
「いやあ、辞めていった弟子達の気持ちが分かるような気もするな。
こんな山奥で偏屈な師匠にこき使われて、せっかく作った物を叩き壊されて。かわいそうになあ」
「……こき使っては、ないぞ」
「そうなのか?」
「自分のことは全部自分でやらせたぐらいだ」
「こんな山奥でろくな生活用魔道具もないほぼ自給自足の生活はきつかったろうなあ……。おまけに師匠は説明もなく自分の作品を割ってくるし……」
「魔道具なんぞなくても生活できるわ!」
「あんたは、だろう? 体力無尽蔵のあんたを基準にされてもなあ」
「ええい! おまえこそ、手伝いと言やあ食事を作るだけで、子どものトリィや、コクヨウに任せっぱなしだろうが!」
「ふっふっふっ。私の体力の無さを舐めないほうがいい。薪割りなんかしてみろ、次の日どころか、その日のうちに体力を使い果たして倒れる自身があるぞ」
「いばることか」
胸を張るコハクにマデトヤはちょっと呆れた。
「だいたい、魔道具がひとつもないなんて不便すぎるだろう。導入を推奨する。そうすれば私だって食事以外のことをやってもいい」
「ワシはまったく不便じゃないが? おまえがひ弱すぎるだけだ」
「そう言われるとその通りすぎて返す言葉がないな。だが、水汲みの魔道具くらい導入したっていいだろう。生活用魔道具があると便利だぞ。人手がなくともあんたの陶芸に費やせる時間が増やせるだろうし。
それに、やれることとやりたいことは別物だろう?」
「それは……まあ、そう、だな」
コハクは夕食の準備をし終え、茶を淹れ始めた。
二、三日で根をあげると思っていたトリアフォスは今日も裏庭で薪を割っているようで、ときどき薪を割る音が聞こえてくる。
薪は窯と煮炊きに、風呂に、と大量に使うため、トリアフォスはほとんど一日中薪割りに時間を摂られているようだった。
年端もいかぬ子どもにそんな重労働は酷だ、とコクヨウの手が空き次第任せるようにしているが、今は風呂を沸かしているのだろう。
魔道具さえあれば竈や風呂に薪を使うことはなくなるから、今よりは薪割りの時間が減るはずだ。
「私がどう努力したって、コクヨウの体力腕力には届かん。なんならトリアフォスにだって腕相撲で負けるぞ、私は」
「自慢気に言うことじゃないな」
「目的達成に私の腕力も体力も必要がないのだから、なんの問題もない。
どうしても自分でやり遂げたいのなら時間がかかっても努力してみるが。今回はそうしなくても良いのだから、できないものをやり続けるのは時間の無駄というものだ」
風呂焚きが終わったのか、コクヨウに薪割りを交代したらしい。リズムよく薪の割れる音が響いてきた。
「私の目的はあんたの作品の入手だからな。それが叶うなら別段、人に頼っても構わないと思っている。私は人に頼るのを恥とは思わんし」
茶を飲み切ったコハクは湯呑みを洗ってしまう。
井戸から水を水瓶へ溜めて使うとなると、皿洗いですら節水をしなくてはならない。この山ではいかに自分が普段魔道具に頼り切って生活しているか思い知らされる。
「私とコクヨウ、トリアフォスは得意なものが違うのだから、手分けした方が合理的だ。そうだろう?」
マデトヤは湯呑みを持ったまま、黙って薪割りの音に耳を傾けていた。
***
コハクとコクヨウが帰り、昼間おおいに働いて力尽きたトリィを寝床に放り込んだそのあとに、マデトヤは窯に火を入れた。
昼間にマデトヤがトリアフォスとコクヨウとで窯に運び入れた作品を焼いていく。薪を足して窯の温度をグングンと上げ、燃え盛る炎を見つめた。
マデトヤは自他ともに認める天才だった。
窯元に弟子入りしたときも、元からいた兄弟子達をあっという間に追い抜いて、師匠からは「お前に教えられることはもう何もない」と太鼓判を押され、早々に独り立ちをした。
体も丈夫で昔から風邪ひとつ引いたことがなく、力も体力も人一倍あって要領も良かったものだからなんでもひとりでできた。兄弟子達はどうしてあんなに要領が悪いのかと不思議に思っていたくらいだった。
揺らめく炎を見つめながら薪を足し、辞めていった弟子達のことも思い出した。
三人ともマデトヤのような作品を作りたいのだ、という熱意に負けてとった弟子だった。
一人は大柄の体力自慢で、薪割りや水汲みなどの力仕事が得意だった。
一人は手先が器用で、土を練るのが一番上手かった。
一人は火の扱いに長けていた。風呂も丁度よく焚いたし、窯の火の様子見も一度教えればすぐに覚えた。
けれど、三人はマデトヤの足元にはてんで及ばない。それは仕方のないことだから、マデトヤは三人を鍛えた。
自分と同じようにすべて一人で、完璧にこなせるように、厳しく育てた。
自分と同じように、すぐ独り立ちできるように。
けれど、弟子達はマデトヤが思うような成長はしなかった。
一年も間近でマデトヤの陶芸をみていたのに、これは、と思う作品はひとつだって作れなかった。
弟子をとって二年が経ったころに、弟子達が泣きながら頭を下げてきた。
「すみません、お師匠様、すみません」
「僕らお師匠様みたいに完璧にできません」
「すみません、お師匠様、申し訳ありません」
「お師匠様みたいに一人でなんでもはできませんでした、ダメでした」
そう言って、マデトヤの元を去っていった。
思えば、熱意に負けただけでなく見所があると弟子にしたはずだったのに、良い所を褒めたことなどほとんどなかった。
薪を足す。薪を足す。薪を足す。炎はますます燃え盛った。
あんまりにもやりたそうにマデトヤを見てくるものだから、土を触らせてやったトリィの様子を思い出す。
マデトヤから見れば足りないものばかりで、マデトヤからすればてんで歪な、不出来な作品を、それでもトリィは嬉しそうに手に取っていた。
弟子達の作品を初めて焼き上げたときと同じ表情だった。
マデトヤが初めて師匠の元で焼きげたものとは違って、歪で不格好で、マデトヤであれば即座に叩き割っている代物だった。
だが、弟子達はなんのかんのと理由を付けて――初心を忘れないようにするためです! と誰も割ったりはしなかった。
自分の作品を金銀財宝かのように大事に大事に抱きしめて、嬉しそうに笑っていた。
マデトヤが初めて作り上げた作品は、師匠のものとは天と地ほどの差で、それに腹が立ちすぎて、悔しくて、地面に叩きつけた。
その時は師匠が苦笑しながらマデトヤを宥めた。呆れた、けれど面白がっているような表情と声音で。
「まずは落ち着け、ニューリッキ。お前は完璧主義がすぎる。完璧すぎるのもおもしろくないぞ」
「落ち着いてなんかいられません。こんな、師匠のものとは似ても似つかないような不出来な物、残してなんかおけません。完璧であったほうが良いに決まっているのに、どうしてそんなことを言うんですか」
「ううん、そうさなあ」
そう言って師匠は顎をさすったはずだ。そういう癖を持っていた人だったから。
独り立ちしてから師匠のところへは顔を出していない。だからもう顔立ちもおぼろげにしか思い出せなかった。
「完璧ってのは余分がねえってことだろう? 余分がねえってのは、余裕がねえってことだろう?
余裕がねえのは堅苦しくていけねぇや」
そう言って笑った師匠の顔は清々しくて――
その時の自分は師匠になんと返したのだったか。おそらく、生意気な言葉を返したはずだ。まったく師匠甲斐のない、かわいくない弟子であったから。
ごうごうと燃え盛る窯の炎をじっと見ながら、マデトヤは考え続けた。
***
「今までのご指導、ご鞭撻、ありがとうございました!」
「世話になったな」
マデトヤが焼き上げたトリアフォスの作品を風呂敷に包んだトリアフォスが喜色満面で深々と頭を下げた。
コハクはいつものように眠たげな、やる気のない足取りで座っていた縁側から立ち上がる。
先程までコハクが口をつけていた湯呑の影には滞在中の諸経費が置かれていたりするのだが、マデトヤはまだ気付いていなかった。
マデトヤの視線はずっとトリアフォスの持つ風呂敷にそそがれている。
「ワシのつくった物が欲しかったんじゃないのか、まったく」
「そりゃあ欲しかったさ。だが今回はトリアフォスの作った物の方がふさわしかろう。
あんたの作品とは比べ物にならんだろうが、兄はトリアフォスの作った物のほうが喜ぶだろう。感動のあまり国宝にしそうだ」
「はは、違えねえ。しかし、そこは家宝だろ」
「ハハハ……」
息子から手作りカップをもらった王陛下ならば、本当に国宝にしかねない。
もしそうなった場合は義姉上達と止めなくては、とコハクは近く訪れる未来に思いを馳せた。
夫婦喧嘩や家族内紛争に発展しなければいいが。
マデトヤは穏やかな表情だった。特に変わった様子は見られないのだが、どこか張り詰めていた気配が身を潜め、憑き物が落ちたようにも感じられる。
「親にとっちゃあ、子どもの手作りのが嬉しいもんだろう。値段じゃねえし、ましてや出来も関係ないんだろう、国一番の陶工、ニューリッキ・マデトヤ様だって負けて当然だあな」
マデトヤは己の掌を見た。土を練ることしか知らぬ手だ、それでも今日は寝る前に筆を取ろうと思った。
不義理をしている師匠に、己が追い出したも同然の弟子達に。
師匠はあの筆不精がと驚くだろう。
弟子達には読んでもらえないかもしれない。もう他の陶工へ弟子入りしているかもしれないし、陶芸なんて、と別の仕事に就いているかもしれない。
自分のしてきたことを思えば自ら赴いて頭を下げるべきだろう。けれど、押しかけて行って迷惑をかけるようなことは避けたかった。そこまで勇ましくあれぬ自分への言い訳だったけれど。手紙であれば読んでもらえるだろうという、小賢しい心算だ。
もう遅いかもしれないけれど、まだ自分に指示したい気持ちがほんの少しでも残っているなら、今度はきちんと指導をしたい。 自分の持っているものを惜しみなく、弟子達に与えてやりたいと思う。
「連絡先を置いていけ。作品が焼けたら呼んでやる。お前が満足いくもんを選んで持ってけ。ティーカップでいいんだろう」
「ああ。家族四人分の、揃いで頼む」
「ああ、任された」
――数週間後、売ってやるから買いに来い、と手紙が届いて、訪ねたマデトヤの窯元は見違えていた。
生活魔道具が導入されていたし、前はいなかった弟子が三人もいて楽しそうに、けれど真剣な面持ちでマデトヤから指導を受けていた。
これからは入手困難じゃなくなるかもなあ、とコハクは気持ちの良い風を受けながら背負子から降りるのだった。
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