ヤブ医者を追う!
「なあ、ニッカさんよ。勢い切って出てきたはいいが……ヤブ医者の居場所は知ってンのかい?」
「そういえば……知らないわ!」
王都オル・ピスマの通りを歩くニッカとレオはヤブ医者を探し出してとっちめよう、と薬屋を出て来たのだが、出発して三分で途方に暮れた。
いつもならコハクが小説家やご近所さん、常連たちから聞いた話を見事にまとめて首謀者への道筋をすっきりと通してくれるものだから、ニッカはただ突撃すればよかったのだが、今回参謀は大事な用があるから留守番だ。
薬屋に戻ってヤブ医者がどこにいるのか聞くのが一番早いのだろうが、今さっき出てきたばかりで、すぐさま戻るというのはさすがに気恥ずかしい。
「街で聞き込みをすればすぐ見つかるわよ、たぶん!
見つかりそうになかったら薬屋に帰りましょ。……ちょっと情けないから、最後の手段で」
「そうじゃなー」
二人のやりとりを見ていたコクヨウはなんとはなしに空を眺めた。
ニッカ様、腕を放してくれないかな、と思いながら。残念ながらその願いは叶いそうになかった。
しばらく空を見つめていたが、絡められた腕の力はまったくゆるむ気配がなかった。
とにかく手当たり次第に聞きこもう、と話し合う二人の徒労を減じるべく、出掛けにホレスが渡してくれたメモ片をニッカに渡した。
何が書かれているかは分からないが、情報通のホレスのことだからヤブ医者に関わることが書かれているのだろう。
「ありがとう、コクヨウ。これ、ホレスさんから?」
「…………」
頷くコクヨウにニッカは紙片をレオと読み進めていく。
レオが生やしている髭を加味しても年の離れた兄妹のようだった。
「よし、わかったわ! ホレスさんのメモによるとヤブ医者の被害は市民街の西方面で多いみたいね。市民街西で聞き込みしましょ!」
「応!」
やる気満々に歩き出したニッカとレオのあとをコクヨウは粛々とついていくのだった。
どこまでも広がる青い空のように、このまま平穏無事にこの件が片付けばいいのに、と願いながら。
もちろん、そんなことにはならなかったのだけれど。
***
お菓子をかってに作ってくれる道具があればいいのに。
コハクはタルト生地を作りながらそんなことを考えていた。
さすがにそんな魔法みたいな道具はテッサリンドにも存在していない。
それでも材料を混ぜるくらい自動でやれないだろうか、と思ってしまう。
砂糖と塩を入れたバターを白っぽくなるまで混ぜなくてはならないのだが、体力も腕力もないコハクには重労働だった。
ぐるぐると、泡だて器を回転させるだけならなんとかなりそうなものだが。
カシャカシャ、と泡だて器がボウルの中を滑る音を聞きながら、コハクはニッカたちが追っているヤブ医者に思考を巡らせた。
この国は誰もが医者になれるわけではない。
怪しい民間療法や、根拠のない治療などで国民が命を落とすことのないよう、国の定めた試験を突破した者だけが、医療行為を許されている。
今のテッサリンドでは、医者になるには莫大な金がかかる。
医者になるための専門学舎を卒業するには最短でも四年がかかるうえ、その間の生活費や学費を賄うことができる者など限られているからだ。
なるのが大変で、しかも大金がかかるのだから、医者になれた暁には儲けることができると思っているものも少なくない。
しかし、それは間違いだ。
医療事業というものは商売ではないのである。
医療の目的は金銭ではなく、人命救助や患者を健康にするのが目的だ。
それ故に、健康を損なった患者があればすべて診てこれを治す、そういう医者がいれば必ず赤字になる。
なぜなら病気も怪我も貧富を選ばずに人を苛む。なおかつ、不衛生な環境や、食事事情などが相まって貧しい者のほうが不健康になる確率が高いからだ。
だから、患者は貧しい者のほうが多い。採算など取れるわけがない。
偏った食事からなる栄養失調。靴を修理できずにかかった破傷風。ただの風邪をこじらせた肺炎。毎年の季節風邪で死ぬ者も多い。
雨漏りのしない、隙間風の吹かない家で眠れていたら。
きれいな水がきちんと手に入るのならば。
毎日の食事がきちんととれていれば。
そういった理由で病にかかり、怪我をして、どうしようもなくなった状態で救護院に担ぎ込まれてくるものだっている。
おまけに、いつ芽が出るかわからない研究にだって予算を割かなくてはならない。なぜなら、なにが病気の特効薬になるかわからないからだ。
つい先だっても、物好きな研究者が、そこらにいる爬虫類から難病に効く薬を作り出したと大きな話題になった。
一番いいのは国が全国民を救済することだが、さすがに無理だ。
国立病院には患者の数や治療内容を報告させ、赤字にならぬよう補助金を支払っているが、水増し請求されていないかなどの確認に人手も時間もかかっている。
街医者にも補助金を出す制度はあるが、やはり商売に走りやすくなるようで、時折、代金が高すぎる、と通報があるそうだ。それらすべてがヤブ医者だ、とまでは言わないが。患者にとって悪い医者なのは間違いないだろう。
もっと簡単で、なおかつ虚偽申告できないような仕組みになれば、医者も患者も面倒が減るだろうに。
たとえば、魔導符をかざすだけで個人の病歴がかわるだとか、面倒な申請が一瞬で済むだとか。
しかし、そんな便利なものはいまだ発明されていないので、夢物語も良いところだ。
とりあえず、本人の血を使った魔導金属板を使って扉を自動開閉させる機能を思いついたのだが、コハクにはこれくらいが精一杯だった。
城の魔導具研究室に投げておいたので、そのういちなんとかいい感じんにしてくれることだろう。
他力万歳
思考の底から浮上すれば、ボウルの中身はふんわりと白っぽい色になっていた。
***
ニッカとレオは市民街西に着くとさっそく聞き込みを開始しようとした。
が、それは往来の真ん中に響く怒声によって中断せざるを得なかった。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ! 金を借りたてめえは黙って利子を払えばいいんだよ! 証文にもきっちり書いてあるだろうが! 文句は捺印した自分に言うんだな!」
気弱そうな男の胸ぐらを強面の輩が掴み上げて、絡んでいた。
「ひええ……! で、でも、十日で一割なんて、いくらんでもむちゃくちゃですよ……!」
「ムチャだろうとクチャだろうと借りたもんは返すのが世間様の常識だろうが、ああ?! 痛い目を見てえのか?!」
「で、ですけど、はじめに言ったとおり、うちには金がないんです!」
「あぁん? ねえなら作るんだよ、このボンクラが! てめえに子どもがいンのは調べがついてンだ。ちょいとそいつをよこしゃ、利子分きっちり働かせてやるって言ってンだろうが。こっちは親切心で言ってやってんだろうがぁぁぁ?! イテェ! イテテテテテテ!!」
気弱そうな男を恫喝していた輩が振りかぶった腕を捻り上げられ、たまらず叫び声をあげ、地面に膝をつく。
放り出され尻もちをついた男の背をニッカがさすり、レオが怪我がないかを診る。
「大丈夫ですか?」
「どっか痛むとこはねぇかい、あんちゃん」
「げほっ、げほっ、だ、大丈夫です……」
レオが男の体を検分している間に、コクヨウはぎゃあぎゃあと喚く輩を気絶させた。そして周囲にいた野次馬たちに騎士団員を喚ぶよう求める。
「あんたちっこいのに強いんだねえ!」
「スカッとしたぜ、ありがとうな!」
「あのヤロウ、こここんとこは毎日来てはムチャ言っててよお!」
「証文があるなら騎士団に訴えられねえしよう!」
口々に称賛や輩への文句をぶつけられ、コクヨウはちらとニッカとレオを見た。しかし二人とも、男の他にも人々を診ていた。このあたりは不調を抱える人間が多いらしい。男を助けたのを皮切りに、あたしも、俺も、と集まってきたようだ。
少しだけ眉間の皺を深くしたコクヨウはぽそぽそと説明をした。
この国の商売は許可がなければできないこと。金貸しもその例に漏れないこと。
金貸しはきちんと利子の上限が国によって定められており、十日で一割などという暴利は立派な犯罪であること。
金の催促であっても暴力を振るってはいけないし、ましてや子どもを借金のカタに、などというのは言語道断であること。
よって、今後はそのような金貸しや借金取りを見かけたら騎士団に届け出てほしいこと。
なんとか話しを終えたコクヨウだったが、ここにホレスがいれば、と暗澹たる気分に陥っていた。
周囲の人間は分かったような、分からないような……といったふうに首を傾げている者がほとんどだ。
後日、ホレスは取材でここを訪れるだろうから、そのときに改めて説明してもらおう、とコクヨウはこれ以上の説明を諦めた。
駆け足でやってきた騎士達に輩を引き渡し、ニッカたちの周りから人は引いただろうか、と振り返った。
振り返った先にいたのは、かつてないほどの怒りをその身に滾らせたニッカと、これまた人当たりの善い、飄々とした空気を消し去り、怒りに血管を浮かび上がらせたレオであった。
「……。あの、なにが……」
「仔細は歩きがてら話すわ。行きましょう、コクヨウ。ヤブ医者を追わなくっちゃ」
「ああ。行こうぜ、コクヨウさん。ヤブ医者を追わねえと」
「……御意」
追うのではなく、襲うの間違いでは? と二人を見ていたコクヨウは思ったのだが、危機管理の一貫から沈黙することを選んだ。
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