ヤブ医者を追え!
レオ・ホリツキーは医者見習いである。
少し前までは己の身分を医者と偽って医療行為をしていたが、無免許医だと露見し、つい先日捕まったばかりの元犯罪者でもある。
医師免許も薬剤師免許も持たずに診療や薬の調合をして患者に処方していた罪は無期限労働で償うこととなった。
無期限労働と聞けば厳しすぎる、と思うかもしれないが、しかしレオは罰を無期限労働とした国に感謝している。
働く場所が国立救護院であり、医師免許と薬剤師免許を取る勉強ができるからだ。
刑罰なのだから、もちろん給料は雀の涙だ。
しかし、衣食住は保証されているし、休日も他の職員同様に取れるので、レオに文句はなかった。
医者には必要不可欠である実践経験も日々の労働で培うことができ、腕のある医師たちの施術を間近で見学もできるうえ、無免許時代の、自分の手には負えない病や怪我に遭遇してしまったらどうしよう、という恐怖や焦りも感じることはない。
堂々と、医者への道を目指せる自分は幸運である。
――と、果実水を片手に小説家のホレスを相手にして、朗々と語っていた。
場所はもちろん薬屋である。
「いやあ、本当、コハクさんたちに捕まったオレは運が良かった! おかげで病人、怪我人を救うための正しい知識を素早く、大量に学ぶことができるんじゃからのう!」
「よかったですね、レオさん。
……あの、彼が飲んでいるのは……果実水? 間違いなく? 果実酒じゃなくて?
そうですよね、ここは真っ昼間からお酒は出しませんもんね」
絡み酒ならぬ絡み果実水であったレオに肩を組まれ、左右に揺られながらも、小説家として話を清聴していたホレスはメモ帳をめくりながら眉根を寄せた。
「ううーん、しかしレオさんの話を聞く限り、やっぱり噂のヤブ医者はレオさんじゃなさそうですね。もう少し聞き込みをしないと……」
「噂のヤブ医者だァ?」
「その話、詳しく聞かせてもらえるかしら?」
勢いよくレオとニッカに挟まれ、眼を白黒させるホレスを横目にコハクはちうちうとニッカ特性の野菜……ジュースを飲んでいた。
テッサリンドの食べられる植物に詳しいレオと合作した『野菜……ジュース改二号』は、いぜん飲んだものより飲み易くなっていた。
試し飲みをしたホレスは悶えていたが、噴出さなくなったので味は改善されたのだろう。
更なる飲み易さを求めて改良し、そのうちホレスも飲める味になれば薬屋の客にも出す予定だという。
救護院院長や栄養士たちにも相談して、固形食のできない入院患者たちの一助になれるよう奮闘中とのことだ。
まずは味の改良が目下の課題で、実現にはまだしばらくの時間が必要であろう。
ニッカとレオは同年代であり、同じ国家試験を突破しようという同士なだけあって、気があっているようだ。
まさかそんなことは万が一にもないであろうが、うっかりニッカに惚れたレオがソケイに行くとなれば、将来有望な医師候補の損失であり――
コハクはそこで考えを断ち切った。バカバカしすぎる。
飲みきった野菜……ジュースの器をコクヨウに渡し、口直しの茶を受け取る。
誰の色恋沙汰であろうと手を出すつもりがないのだから、考えるだけ無駄だ。
ニッカとレオの二人の仲が急激に縮まったものだから、つい益体もないことを考えてしまっただけで、本来気を回す側であるはずのコクヨウ本人はなんとも思っていないだろうに。
これはあれだろうか。ホレスが置いていく恋愛小説郡の読み過ぎで恋愛脳になっているとかいう、後遺症だろうか。
きょとり、としたいつもと変わらぬコクヨウの表情にわずかな不審が滲んだが、ひらりと手を振っただけでコハクはなんでもないことを示した。
さて、このごろの日課になっている朝の散歩に、ストレッチに、このほど追加された筋肉トレーニングも相まって、今現在のコハクの体力値は低空飛行をしている。
さらなる面倒事を背負えば、今夜もベッド一直線、良い夢をみることになりかねんぞ、とコハクは茶をちびちびと飲みながら、なんとかニッカたちのヤブ医者探しに付き合わなくとも済む方法はないかと思案を始めた。
「コハク! ヤブ医者をとっちめに行きましょ!」
「そうだぜ、コハクさん! 病で弱ってる患者の心に漬け込むヤブなんざ、さっさとお縄にしちまわねえと!」
勢いの良い、良すぎる二人にコハクはなんとも深刻そうな表情を作って見せる。
「うんうん、ヤブ医者の検挙は大事だな。医師免許は国の発行しているものであるからして、持ってい者を放っておいては国の体裁が保てぬし、持っている医者が健康被害を出していたり、詐欺行為に手を染めているのなら他の善良医者達への営業妨害ともなるし、国の威光が傷付く訳だからな」
「そうよね!」
「そうじゃろ、そうじゃろ!」
意気込む二人にコハクも賛同する。もちろん真面目な顔をしたままだ。
「だがしかし、今日の私にはやらねばならないことがあるのだ」
「やらねばならないこと……? もしかして!」
なにかを察したニッカにコハクは重々しく頷く。
そう、今さっき思いついたことだが、今日のコハクはお菓子を作ることにしたのだ。
さてなにを作ろうか。冷凍庫にブルーベリーがあるのを思い出す。
それならばブルーベリータルトはどうだろう。しかし、タルト作りは思いの外時間がかかるものなのだ。そう、時間がかかるものなのだ。
タルト生地の他にもクリームも作らねばならないので、外出している暇はないのだ。ないったらないのだ。
作り慣れていれば効率良く作れるとしても、ないったらない。あー忙しい、忙しい。
「わかったわ、コハク。ヤブ医者の件はわたくしたちに任せおいて!
その代わり、しっかりお兄さんに伝えておいてね!」
「ああ、任された」
おそらく、ニッカが勘違いしているのは医者の育成制度関係のことだろう。
その草案はすでに国王に提出し終えている。今頃は城で重鎮達と話し合いがなされているだろう。
しかし、否定せずにおく。だってもう動きたくないからな!
ニッカが単純……もとい、素直で助かった。この作戦はあと何回使えるのだろう。
「私の代わりにコクヨウを連れて行ってやってくれ。私などよりもよほど役に立つだろうし」
「コクヨウが一緒に来てくれるなら百人力だわ! ありがとう、コハク!!」
行ってきまーす! と元気に薬屋の扉をくぐり出て行くニッカたちをコハクは穏やかに手を振って見送った。
腕にまとわりつかれ、こちらにすがるような視線をよこしたコクヨウは見なかったことにする。
「さて、タルト生地を作るとするか」
「お、なにタルトを作るんですか?」
「ブルーベリー」
「いいですね! じゃあ、できがるころにまた来ようかな……。
あ、コハクさんの企てが露見したときのニッカさんのご機嫌を取るために他の種類も作っておくのはどうです?」
「採用。小遣いやるから他の果物を買ってきてくれ」
「了解です!」
メモ帳をめくりめくり、美味しい果物を置いている店を探しながら、ホレスは二つ返事で立ち上がったのだった。




