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ぐうたら姫様冒険記  作者: 結城暁


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23/23

ヤブ医者、死す!

 拳を震わせ縄を握りしめながら、ニッカは憤慨していた。


「もう、本ッ当ッにッ! ありえない!!」

「まったくだ! 医者の風上にも置けねえ!」


 ニッカと同じく怒りに身を震わせ、満面朱をそそぐ、鬼もかくやの形相で眉を吊り上げていた。

 ニッカの握る縄の先でぐるぐる巻きになって捕縛されているヤブ医者はしょぼくれた様子で弁明をした。

 二人の神経を逆撫でするだけなのだから、やめてほしかった。


「だってお金が欲しかったんだもん!」


 コクヨウは泣いて自己弁護をするヤブ医者とそんなヤブ医者に怒り心頭の二人の間に体を押入れ、暴力はよくない、と訴えるために首を横に振った。


「医者になれば儲かると思ったのに、あんまり儲からないんだもん! あんなに勉強して、クッソ高い学費だって払ったのに!」

「どんだけ儲かると思い込んでたのよ! というか、他業種よりはずっと高いと思うけど?!」

「そーだそーだ!」

「高いけどその分仕事が大変なんだもん! やりがい搾取(さくしゅ)反対(はんたーい)! ボクは楽して稼ぎたーい!」

「医者に向いてないわ!」

「医者に向いてねえな!」


 ヤブ医者の言い草に反射で二人が繰り出した手刀と拳を受けとめ、医者ではなく労働者に向いていないのでは、と思いつつも、コクヨウは再び暴力はよくない、と首を横に振った。

 抵抗の意思が見られないことから気絶はさせずにおいたのだが、ニッカとレオの手が出てしまうのなら昏倒させたほうがいいのかもしれない。

 コクヨウはそう考えながらヤブ医者を見る。

 当の本人はその視線の意味にまるきり気付かず、「守ってくれてありがとう、若者よ!」とのんきに笑っている。


「儲けたい気持ちはわからないでもないけど、患者のためになる方法を考えて儲けなさいよ!」

「そーだそーだ!

 わざと体の調子がおかしくなるようなニセ健康体操なんぞ教えやがって!」


 ヤブ医者に教わった健康体操をやるようになってから体に不調が出るようになった、と訴えた患者が披露してくれた体操は、わざと体を痛めるような体の動かし方になっていた。

 ニッカとレオの心の中の火山が噴火しかけたが、二人は笑顔をたたえてその患者に体の調子が良くなる、正しい健康体操を教えていた。


「だって調子が悪くないとボクの診療所に来ないじゃないか」

「医者が患者の不調を願うな!」


 コクヨウはレオの拳を止める。

 ヤブ医者はへらへらと笑っている。


「治療費も薬代も当然のようにぼったくってるし、小麦粉やその辺に生えてる草なんかを薬だって偽るとか……!」


 ヤブ医者から処方されたという薬を、患者たちの許可を取ってニッカとレオは口に含んで確かめた。

 粉薬は小麦粉であったし、煎じ薬はなんの薬効もない草が使われていた。

 ニッカとレオの心の中の火山は噴火寸前であったが、患者のために笑顔を貼り付けて各々の症状を聞いては薬湯を用意してやり、近いうちに必ず診療所や救護院を尋ねるよう言い含めた。


「経費削減だよ、経費削減。なかには治ったって言ってくる患者だっていたんだからいいじゃ~ん」

「それは患者の運が良かっただけよ! ふざけないで!」

「人の命をなんだと思ってやがる!」


 とうとう怒りが大噴火したニッカの手刀の嵐と、レオの拳をいなしながら、そろそろヤブ医者を昏倒させるべきなのだろうな、とコクヨウはわずかに残念な気持ちで医者へ振り返る。


「病や怪我で気弱になってる患者につけ込むとか医者以前に人としてクソだからな?! それで高額だけどまともな治療をするならまだしも、なんッで詐欺祈祷者なんかに紹介してんだよ!」

「初期治療さえまともにされていればすぐ治ったはずなのに、そんな詐欺師に紹介するから重症化しちゃった人だっていたんだから……!」

「紹介料が良かったから、つい。それに金のない患者に金貸しを紹介してくれる良い人だったし。

 それに最終的にはちゃんと救護院に運んであげたじゃん?」

「それは放り出すって言うのよ!」

「それはお前らクズ共にとっての良い人だろうが! 暴利過ぎンだよ! 十日で一割(といち)だったんだぞ?!」

「うわー、十日で一割(といち)かー。そりゃ大変だ、ね?」


 どこまでも他人事のような態度であったヤブ医者は、そうと気付かれぬうちにコクヨウが意識を刈り取った。

 これ以上喋らせておけばニッカとレオはもとより、集まってきた野次馬たちにも一発や二発は殴られていただろう。

 その証拠に周囲の人だかりは皆一様にヤブ医者を睨んでおり、コクヨウに視線で「どうかそのクズを殴らせてほしい」と訴えているのだが、それを許せば今度は市民が加害者になってしまう。コクヨウは気付かぬふりをするしかなかった。

 こうしてヤブ医者は詐欺師や違法な金貸し共々お縄になり、罰を受けることとなった。

 特に国家免許を持っていたにもかかわらず、詐欺などに加担していたヤブ医者は国の威信や、他の医師たちへの信用を揺るがしたとして、罪が重くなり、医師免許を剥奪。財産は被害者たちへの慰謝料や、治療のために没収となった。

 すべての財産を没収されてようやく、ヤブ医者は反省する様子が見られたという。

 ――そんな事の顛末をニッカとレオが知るのはまだ数日先のことである。

 よって、薬屋に戻ってきたのは最低最悪の、医者としてまったく尊敬できない、あんなのに医師免許を先に持っているだけで先輩面されたら一も二もなく殴り飛ばす自身がある、と騎士団にヤブ医者を引き渡しても怒りの冷めやらぬ二人であった。


「おかえり、手を洗ってこいよー」

「おかえりなさーい。おや、二人とも何か……あったんですね」

「あったわよ」

「あったよ」


 二人の怒りを滲ませた返答にホルスは首をすくめた。

 鎮静効果のある薬草茶でもがぶ飲みしてやろうか、と荒んだ気持ちの二人の鼻が香ばしく芳しい匂いを嗅ぎつけた。

 その匂いを嗅げば嗅ぐほど二人のささくれ立った精神が癒されていく。


「いい匂~い。コハク、今日は何を作ったの?」

「おやつじゃよな? 小遣いはまだちょっとある! 頼む、食わせてくれ!」


 疲れたときは美味しいものが特効薬になると知っている二人は、頭の中に陣取っていたヤブ医者を脳内のゴミ箱に追いやった。

 美味しいものを味わうために負の(よけいな)感情(もの)は必要ないのである。


「お代はいらんぞ。もともと二人のご機嫌取り(ごほうび)に作っていたものだからな、遠慮せず食べてくれ。

 ただ……興が乗って作りすぎてしまったんだが、二人ともどれくらい食べられそうだ?」


 コハクが冷蔵庫から取り出してきたのは色とりどりの果物が輝く、まるで宝石箱のようなフルーツタルトだった。


「まずは一皿いただきます!」

「おれも!」


 食べ盛りの若者らしく、ニッカとレオは出された一台丸ごとのタルトを食べ始めた。

 それを待っていたホレスとコハクは一切れずつのタルトをゆっくりと食べ進めていく。

 コハクが一切れの半分を食べ終えたころ、ニッカとレオは一台の半分ほどが胃袋に消えていた。若いっていい(おそろしい)な。


「…………」

「なんだ、コクヨウ」

「どれほどお作りになられたのです」

「いやー、それほどじゃ、ないぞ?」

「………………」

「冷蔵庫にはちゃんと全部入ったから……」


 薬屋に備え付けられた冷蔵庫は薬品用と食品用があり、どちらも一般家庭用に比べると倍ほどもある。つまりは業務用の冷蔵庫だ。そんな巨大冷蔵庫に入り切らない量のお菓子を作ったことはコハクとてまだない。


「生ものは痛むのが早いから早く食べきらなくてはならない、と仰っているのはコハク様ですよね?」

「い、いやあ、ホレスにお使いを頼んだら、思った以上に果物を買ってきてくれてだな。これがまた多種多様で、おもしろかったものだから、つい作りすぎてしまい……」

「僕のせいにしないでくださーい!」


 コクヨウは仕方ない、といった風な息をひとつ吐いた。

 ニッカとレオにおかわりの有無を聞いて冷蔵庫のある店の奥に消えていく。

 冷蔵庫を埋め尽くすタルトたちを見たらまた呆れられるのだろう。

 しかし、怒髪天を衝くほどに怒りやなんやらが充満していた二人からそれらが消えたのだから、いいだろう、とコハクは茶を飲んだ。

 ついでに食欲の旺盛な若者のおかげでタルトたちも消え去るであろう。

 追加のタルトを二台持ってきたコクヨウに二人から歓声が上がる。

 そのうちに開店の札を見かけた常連たちも訪れ、本日の薬屋カラリはタルトパーティーとなった。

 夕食が入らなくなるほどタルトを食べた二人は、今日だけ不摂生に眼をつむり、幸せな気持ちで眠りについたのだった。

 こうして、二人の記憶からヤブ医者は消え去り、その存在は死んだのだった。

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