第一章 ③
紫音は妹の朱音から”朱色のマント”を郵送される。
偶然、恥ずかしい格好でそのマントを羽織ったところを初対面の少女に見られてしまう。
少女は稲守未知という名前で親の都合で紫音の家にしばらくの間預かられることになった。
紫音は食事を終えると自室にもどる。土曜の午後、健全な学生なら勉強なり、サークルなりやることがあるだろうが生憎、紫音にはそれらは関係なかった。
暇だ。…どうしようかな?
未知たちは引っ越しの荷物整理をするといっていたが、彼女らを手伝うべきだろうか…。それともいつも通り親不孝通りにでもくり出すか…。
よしっ、親不孝通りにいこう。さっきのやり取りで精神にダメージをうけたのでそれを癒す意味でもゲーセンにいくに限る。
ゲームセンターに着くと紫音はいつもどおりにゲームをプレイする。
「はぁはぁ…フルコンボ」
紫音は腕をはたはたとふりながら、バチをおく。
ゲームのキャラクターも紫音の言葉にワンテンポ遅れてフルコンボだドンと陽気な一言を発する。説明が遅れたが親不孝通りとはゲームセンターや怪しげな店がたち並ぶその名のとおり親不孝な奴等が集まる通りである。ひゃっはー。
僕はそこのゲーセンの太鼓のゲームの常連だ。
「ゲーム…上手だね……」
聞き逃してしまいそうなほどの小声。消え入りそうな自信のないその声は確かに紫音にかけられたものだった。
「え?」
紫音が振り替えるとそこには、幸薄そうな少女がいた。目立つ長い白髪に季節外れの黒のロングコートの少女はゆっくりとゲーム画面を指差す。
「私も…そのゲーム…得意だよ…」
少女は感情に乏しい顔と口調で淡々と独り言のように紫音に話しかける。
「…一緒にやりたいの?」
紫音が協力プレイをしようと誘うと少女は何も言わずにコクンと頷く。
「でも…お金…ない…」
少女はバチを持ち、反応していないゲームの太鼓をドカドカ叩いている。
なんて図々しいやつなんだ…。しかしどうしても彼女の実力が気になったので百円を二枚投入する。
「ふふっ、この僕に勝てるかな?」
「まけたら…なんでも…言うこときく…」
「いいだろう、その条件でやろう」
伊達に一年プレイしていたわけではない。正直この条件に僕へのメリットは全くないが勝って約束を無為にしてやるのもおもしろい。
ワンプレイを共にするとすぐに少女は上級者であることがわかった。
うまいっ!?まさか僕よりもはるかにっ!?
「じょ、上手だね、よよよ、よくやってるの?」
「昔は…よく…やってた」
結論から言えば負けた。全良でクリアされるとは微塵も思わなかった。
太鼓のゲームが終わると、少女はぼーっとゲーム画面をみていた紫音の袖を掴んで他のゲームの筐体の前に連れてくる。
「他の…ゲームも…しよ」
少女は紫音の方を見ながら、微妙なドヤ顔で楽しそうにゲームのボタンをバンバンたたいていた。
もう引っ越しの準備も終わったろうし明日までのレポートがあるから本当はもう帰りたかったが、約束の手前これは仕方ない。
「よーっし、なら今日は徹底的に遊ぶぞ」
「…おー」
少女は紫音の言葉にやる気無さ気にしかしどことなくうれしそうに返事をする。
協力プレイは存外楽しく、気づけば外は夕日の赤に包まれていた。ゲーセンの前にある自動販売機でジュースを買って、少女に渡す。
「いやー随分遊んだなー」
紫音は両手を上げて伸びをする。
「ありがとう、こんなに…楽しかったの…久しぶりかも?」
少女は相変わらず変化の少ない表情でぎこちなく微笑みながら紫音が渡した缶ジュースのプルトップをカリカリと引っ掻いている。
「しかし、音ゲーからクイズゲー果てはアクションゲーと守備範囲広いな」
「一時期、毎日のように…ここに来てたから」
少女はプルトップを引っ掻くのをやめて缶ジュースをそのまま自分の足元に置く。その顔は先ほどまでよりすこしだけ不満げにみえる。
「ジュースいらなかった?えーっと…」
紫音はそこで言葉に詰まる。
そういえば、まだ彼女の名前を聞いてなかった。
「……なずな」
少女は紫音の様子から何かを察したのかすこし顔を赤らめると聞こえるか聞こえないかというくらいの声量でぼそりと呟く。
「なずなって名前なのか、ペンペンってあだ名じゃなかった?」
「違うけど…」
なずなはよくわからないといった様子で首をかしげる。
「なずなはジュースいらないの?」
「…いらない」
いらないというなら喉も乾いているし僕がもらおう。
紫音はジュースをつかみあげるとぐいっと一気にジュースを飲み干す。
「ぷはー」
「あっ…」
なずなは口を開けたまま紫音をみて固まる。
「どうかしたの?」
「…なんでもない」
微妙な雰囲気のなか虚しくカラスのカァカァ、アホウアホウという鳴き声が響く。
何か悪いことをしてしまったんだろうか。なんか気まずいしもう帰るか。
「じゃあ僕はもう帰るよ」
「…またね」
紫音が背を向けて行こうとするとなずなは小さな声で呟く。
またってまた僕にたかるつもりなんだろうか。正直勘弁願いたい、今日だけでも財布の中身が凄惨な状態になっている。
「今度はお金…あれ?」
振り返るとそこにはすでになずなの姿はなかった。紫音はあたりを見回すがその影はもうどこにもなかった。




