第一章 ②
千島紫音は日々をただ消費するように過ごしていた。
天才であり、海外で活躍する妹の千島朱音にコンプレックスを抱いているが、
本人にはまだ自覚はなかった。
土曜日、大学生になって早起きとははやくも決別した僕にとっては、昼の11時に目が覚めることになんら違和感はなかった。母さんもまだ寝ているのか、家の中はとても静かだ。
ピンポォォーン
突如家の静寂を破ったのは家の玄関のチャイムだった。鳴らしたの宅配のおじいちゃん、紫音は急いで着替えると玄関に荷物を受け取りに行く。宅配物はどうやら紫音に宛てたもののようだ。
「朱音…」
差出人は千島朱音、僕の妹からだった。部屋で中身を確認すると入っていたのは、朱色のマントだった。一枚のメモ帳が同封されていて丁寧に折り畳んである。
紫音はメモをポケットに適当に突っこみながら、マントを広げる。
これが昨晩、母さんが言っていたサプライズなんだろうか。思いのほか酷いものではなかったが、素直に喜べないのもまた事実だった。
「赤いな…こんな目立つ色のマントなんか変態くらいしか羽織れないじゃないか…」
…羽織ってみた、全裸で。ついでに鏡の前でポーズもとってみた。
ガチャりと扉の開く音に振り返ると、そこにはみたことのない可愛い女の子がいた。
「…」
紫音はあまりのショックに絶句する。
みられたっ!えぇ…ってか誰ぇっ!?
「黒糖おいなりさん…」
女の子は紫音とは目もあわせず一点を凝視している。
「おいぃぃ!どこみてるんだぁ!」
僕はあわてておいなりさんを手で隠す。
「おいなりさん?」
「君頭おかしいのっ!?」
もっと他に言うことあるし、ここは恥じらう場面だよね?っていうか恥じらえ。
「全裸にマントのほうがよっぽど…」
哀れんだ目でみるなぁ!誰もいないと思ったんだよ。あれでもなんで?なぜかギモヂィィ!
紫音はかつてない興奮に身悶える。女の子は紫音の様子を怪訝な表情で見ると一言。
「キモッ」
えっなにそれは…、キモッ?キモッ?キモヂイイ?ンギモヂイイ!?
しばらくの時をあけ冷静になった紫音は服を着替えると、既に二人がいる一階の食卓に向かう。席につくと先程の女の子が向かいでにこにこしている。
「こんにちは、今日からこの家でお世話になります。稲守未知です」
艶のあるセミロングの黒髪に端正な顔立ち、まさしく美少女といって差し支えない少女。
余談だが、幼い頃から朱音といたせいか僕には綺麗な顔立ちというものが分からなかった。
まわりの人間が可愛いともてはやす女の子を素直に可愛いと思えなかった。今となっては流石にそこまでではないが、それにしても簡単に僕を頷かせる程度には未知という少女は可愛らしかった。
「よろしく」
紫音は短く返事をすると、母親にすぐ向き直り事情を問うように目線を送る。
「サプラァイズ」
「は?」
「…私の大親友の娘さんでね、いろいろあって預かることになったの」
「いろいろ?」
「最近物騒でしょ?変な事件とか行方不明になる事件が多いじゃない」
もう半年ほどニュースで毎週誰かしら行方不明になっている旨が報道されている。最初こそ騒がれていたが、今や誰もが驚かない。
「事前に僕に相談してくれてもよかったんじゃない?」
「サプラァイズ」
「は?」
「とにかく、もう話はついちゃったから。未知ちゃんは二階の朱音ちゃんの部屋に泊まってもらうから」
そしてこのごり押しだ。全国の母親諸君はもっと子の言うことに耳を傾けるべきだと僕は声高に主張したい。何も言わずにエロゲーの箱を机の上に片付けて置くなど論外である。
「僕の意思は…」
「はいっこれでこの話終わりっ」
紫音の母親は話を切り上げると昼ご飯の準備だといってすぐに台所にいってしまう。食卓には紫音と未知の二人が取り残される。
歓迎しているわけではないがとりあえずここは迎え入れる側としてこちらから友好を深めるべきだろう。紫音はとくに深く考えず未知に話しかける。
「趣味は何?」
「裸でマントを羽織ることかな?」
「うわぁぁぁぁぁ誰か僕を殺してくれぇぇぇぇぇ!!」
一時の気の迷いなんだ。うわぁぁ。
「うそうそ、冗談。趣味は人間観察だよ」
紫音は続けて何も考えず話題を掘り下げる。
「へー、どんなことするの?」
「うーんとね、裸でマントを羽織ってるひとを…」
「うわぁぁぁぁぁ誰か僕を殺してくれぇぇぇぇぇ!!」
なんであのとき一言目がおいなりさんだったんだぁぁぁぁ、うわぁぁ。
「あはは、紫音って面白いね」
こっちは微塵もおもしろくない。やはり美人は僕の天敵ということで間違いないようだ。




