ex.01 金の王子と灰の騎士
王都ヴェルフェリアス。王城の執務室で、サフィールは双子の兄に書類の束を渡した。真紅の目をした兄——ルベールは、書類をめくって視察の行程表を確認し、渋い顔をした。
「サフィール。今回の南部の視察、取りやめにしてもいいんだよ」
「くどいぞ兄上。俺が行けば何の問題もない」
サフィールは、ぴしゃりと言った。ルベールはますます眉根を寄せる。
「問題なくはないだろう」
「大丈夫だ。俺は兄上より腕が立つ」
「そういう問題じゃない」
「どういう問題だ?」
「お前というやつは……。そこに座りなさい」
ルベールに促されて、サフィールは応接のソファに腰を下ろした。
ルベールは、執務机から離れ、サフィールの向かいに座る。
「ここのところ、南部はどうもおかしい。近衛騎士団も動いているようだ。わざわざ危険を冒す必要はないだろう」
明日から王太子が視察予定の南部では、失踪事件が頻発しているとの報告が上がってきていた。間諜から、東のイアペトラ帝国から傭兵が流れてきているという情報もある。
「だからこそ、だ。兄上の代わりに俺が様子を見てくる。王太子が直接出向けば牽制になる。そうだろう?」
「牽制? お前のことだから囮の間違いだろう」
そうなったらそれはそれで好都合だったが、口にすると兄に本気で怒られる。
「護衛だってつくんだ。兄上として、しっかり視察をしてくるだけだ」
「護衛を撒いて出歩いたりしないな?」
「約束する。無茶はしない。ちゃんと戻ってくるさ」
そう言うと、ルベールは根負けしたようだった。深い溜息をついたあと、真剣な表情になって釘を刺してくる。
「サフィール。念のため言っておく。もし、お前が無謀な行動に出たら——今度こそ、父上に言って監視を付けるからな」
6日後、ミルザム伯爵領で、サフィールは馬車に揺られながらうんざりしていた。
兄を演じるのには慣れている。だが、それを数日間、四六時中続けるのは、さすがに息が詰まる。
しかも、通常より護衛や随行の人数が多い。ルベールが手を回したに違いない。
「殿下、失礼いたします」
馬車の外から随行の文官に声をかけられ、サフィールは小窓を開けた。
「ああ。何だい?」
「あと10分ほどで本日のご宿泊先のミルザム伯爵邸に到着いたします。ご到着後、祝宴にご出席いただきたいと伯爵から打診がございました。
「わかった。出席しよう。下がってくれ」
兄ならここで嫌とは言うまい。サフィールは快諾して、文官を下がらせた。
本当なら、見ず知らずの、好きでもない令嬢とダンスを踊るなど、ごめん被りたい。だが、サフィールは兄の身代わりとして——兄のように、女性をがっかりさせず、かといって期待もさせすぎない絶妙のふるまいをせざるを得ないのだった。
「王太子殿下! よくぞお越しくださいました!」
大広間に着くと、早速ミルザム伯爵に歓待された。
サフィールは、ルベールらしく、人好きのする穏やかな笑みを浮かべ、王太子として完璧に立ち居ふるまう。
ルベールとサフィールは、ともに先月正式に社交界入りしたばかりだ。集まった貴族たちは、一目挨拶しようとこぞって近づいてくる。
(この人数を全員覚えるのは骨が折れるな……)
帰ったら、ルベールに誰と何を話したか、報告しなければならない。
内心辟易しつつ、にこやかに対応する。
そのとき——ひとりの青年が、サフィールの前に進み出た。一瞬、目を奪われる。
やけに目を引く青年だった。すらりとした痩身に濃紺の詰め襟の夜会服をまとい、灰色の髪を青い飾りひもでまとめている。顔立ちは少女めいているが、青みがかった緑色の瞳は凛として、弱々しさをまったく感じさせない。
「お初にお目にかかります、ルベール王太子殿下。私はアルディバイン辺境伯が四男、アレクシスと申します」
アルディバイン。北の国境を守護する、武勇の誉れ高い一族だ。
サフィールは、久しぶりに心が躍るのを感じた。
「北のアルディバイン家か。わが国の盾と言っても過言ではないと思っているよ。確か、第四騎士団の副団長もアルディバイン家の出身だったかな」
「ええ。二番目の兄です」
「そうすると、君も武術を?」
「兄たちほどではありませんが、多少心得がございます。私も王立学院に通う予定ですので、僭越ながらお手合わせの機会もあるかと存じます」
多少、と青年は謙遜した。細身だが、立ち居ふるまいにまったく隙がない。
「それは楽しみだな」
思わず本音がこぼれる。
(今のは、兄上としては失格だな)
サフィールは、熾火のようにくすぶる、戦いへの衝動を押さえ込みながら——再び兄の顔を取り繕った。




