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白銀の姫、灰の騎士  作者: 石神菜子
序章 灰の騎士と金の王子

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地下

「殿下、お待ちください!」

 地下通路の奥に先行する王子の背中に、アレクシスは呼びかける。無視されるかと思ったが、王子は律儀に振り向いた。

「何だ。止めても無駄だぞ」

「あなたを止めるのは諦めました。せめて、こちらをお持ちください」

 アレクシスは剣帯を外し、長剣ごと王子に差し出した。

「こちらのほうが殿下には使いやすいはずです」

「お前はどうする?」

「短剣がありますから。それと、私より前に出るのはおやめください」

「……わかった」

 王子は少し不服そうだったが、片手剣を捨てて長剣を受け取った。

 今度はアレクシスが前を歩き始めると、王子はおとなしく後ろをついてくる。

「アレクシス。奴らが何者か、知っているか」

「殿下はご存じなのですか?」

「いや、知らん。だから、教えてもらおうと思ってな」

 妙なところで素直だ。アレクシスは逡巡し、短い溜息をついた。

「……部外秘ですが、殿下にでしたらお答えしても構わないでしょう。彼らは、天狼教団と名乗っています。私もあまり詳しいことは教えられていないのですが、建国神話の、『災厄の獣』を崇めているとか」

 王家の始祖が打ち倒したとされる、世界を飲み込もうとした『災厄の獣』。それを崇拝するということは、王家にとって危険分子にほかならない。

「なるほど。特務騎士が動く理由にはなる。事実、奴らは王太子を狙ってきた、と」

「そうですね。あなたを拐って何をするつもりだったのか、知る必要があります」

 話を続けるうちに、地下牢にたどりついた。

 薄暗く湿った地下牢には誰もいなかった。だが、臭気が残っている。おそらく——最近まで、誰かが囚われていた。

「ここに閉じこめられていたらと思うと、ぞっとするな」

「あなたなら何とかして脱出するのでは」

「……鉄格子くらいなら、まあ、何とかならんこともない」

 この王子が言うと、冗談に聞こえない。

 牢には鍵がかかっていなかった。アレクシスは鉄格子を開け、中に入った。あたりを注意深く見回す。人がいたらしい痕跡はあるが、めぼしいものは何もない。

「ここには手がかりになりそうなものはありませんね。……奥に部屋があります。行きましょう」

 牢獄を通り過ぎた先、地下の最奥に、古びた鉄の扉があった。

「人の気配はしませんが、念のためお下がりください」

 アレクシスは短剣に手をかけ、慎重に扉を開けた。

「……っ」

 途端に部屋の中から漂ってきた臭気に、アレクシスは眉をひそめた。

 間違いない。中に死体がある。

 王子が、牢の壁に設置されていた松明を抜き取り、部屋の中を照らした。

「これは……何だ?」

 得体の知れない器具の並べられた長机と、簡素なベッドが2台。

 そして、部屋の奥には、死体が無造作に積まれていた。子どもから老人まで、様々だったが、共通して——黒い紋様のような痣があった。

「黒(・)蝕(・)病(・)」

 王子が顔をゆがめた。

「奴ら、いったい何を——」

「見てください。すべて、神代文字が刻まれています」

 アレクシスは、机の上に並んでいる奇妙な道具を手に取った。

「体(・)内(・)の(・)、マ(・)ナ(・)を(・)、抽(・)出(・)す(・)る(・)……?」

 神代文字はそう読めた。王子が遺体の山に近づき、一番上に転がっている少年の遺体を検分した。

「生命活動を停止しても、通常マナは肉体に残っているはずだ。だが、この遺体からは、不自然なほどマナを感じない。つまり彼らは、病ではなく——マナを抜かれて死んだのか」

「おそらくはそうなのでしょう。問題は、抜いたマナをどうするつもりなのか、ですね」

 遠くの方から人の気配を感じ、アレクシスは、両足の太股に装備した二双の短剣を引き抜いた。

「殿下、警戒を。敵が来ます。数は、6」

「意外と早かったな。ちょうどいい。ここで何をしていたか、しゃべってもらうとするか」

「御意」

 王子が剣を抜き放つ。アレクシスは扉の前で双剣を構え——敵の到来を待った。



 五人目の喉笛をアレクシスが切り裂くのと、王子が六人目を斬り伏せたのは、ほぼ同時だった。

 血振りをして剣を鞘に収める王子を横目に、アレクシスは生かしておいた一人目の男に近づいた。男は大腿部から血を流し、石造りの床に倒れている。

「お前たち、天狼教団の目的は何だ。ここで何をしていた」

 アレクシスは男の喉に短剣を押し当てた。

「答えろ」

「ひぃっ、ち、違う、俺は奴らに雇われただけだ! ぎゃあああ!」

 アレクシスは、容赦なく——男の左腕を折った。

「次は左目だ」

 左目に短剣を突きつけると、男は竦み上がった。

「わかった! 話す、話すから! 雇われたのは本当だ!」

「雇い主は」

「いつも顔を隠しているから知らねえ! その、ナンタラ教団っていうのも初めて聞いた」

「それで、お前は?」

「俺は傭兵だ! 鉄鷲傭兵団の、」

「東のイ(・)ア(・)ペ(・)ト(・)ラ(・)帝(・)国(・)の傭兵がなぜここにいる」

 鉄鷲傭兵団は、隣国のイアペトラ帝国では名の知られた傭兵団だ。全体の規模は百人程度。金さえ積めば、どんなに汚い仕事でも引き受けると聞いたことがある。

「入国したのは俺を含めて十四人、仲介屋の手引きだ。金払いだけはすこぶるよくて、相場の二倍出すって言うからよ」

「依頼内容は?」

「そこで死んでる、気味の悪い黒い痣の、黒蝕病っていったか、その患者をできるだけ多くこの砦に連れてくることだ。連中がここで何をしてたか俺たちは知らねえ。っぎぃい!!」

 アレクシスは、男の折れた左腕を容赦なく踏みつけた。

「まだ言うべきことがあるな? 殿下があの夜会に出席するとどうやって知った」

「報酬を上乗せするから、今度は王子を拐って来いって言われた! 時間になったら女が中庭に出てくるから、そいつを人質にしろという指示だった。ほ、本当だ! 奴ら、今も上で何かの準備をしてる。俺たちは、奴らに言われて王子様を連れに来ただけだ」

 必死に弁明する男の様子を観察する。嘘を言っているようには見えない。

 アレクシスは短剣をしまい、振り返った。

「殿下、どうしますか」

「転がしておけ」

 アレクシスは、男を縛り上げ、足の傷を止血してやった。

「貴様の身柄は、後ほど騎士団に引き渡す。おとなしくしていることだ」

「こ、ここに置いていくのか? せめて、この部屋からは、」

「黙れ」

「ひぃっ」

 男は、怯えたように押し黙った。

 アレクシスは息をついて、どこか神妙な顔をしている王子に声をかけた。

「殿下、行きましょう」

「ああ。……しかし、お前のことは怒らせない方がよさそうだ。肝に銘じておく」

「……どういう意味です?」

「いい、気にするな。——どうもきなくさい。上に急ぐぞ」

 アレクシスと王子は、地上を目指し、地下牢を後にした。


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