第四騎士団
「世界を形作る元素、マナ。魔力を用いてそれに干渉する技術を『魔法』と呼ぶ」
基礎魔法学概論の講義で、教授がそう説明するのを、ルベールとサフィールの間に挟まれた席で、アレクシスは聞いていた。
昨日の式典後の王子たちとの茶番と「巫女卒倒事件」のせいで、アレクシスの注目度は鰻登りになっていた。
アレクシスは、表向きはアルディバイン辺境伯家の四男坊である。家督を継ぐ立場の長兄とは違い、本来なら全く見向きもされなくてもおかしくない存在だ。だが、昨日の一件のせいで、次期国王となる王太子の側近候補として見なされるようになってしまった。
今日の一次限目の講義に至っては、学生たちの動向を把握するため、後方の目立たない席に陣取っていたら、何故か双子の王子たちが両隣に座ってくる始末だ。
アレクシスとしては、一緒に行動しても不自然ではない程度の間柄に見えれば問題ないと思っていたのだが——完全に、仲良し三人組の出来上がりである。
廃砦での夜以来、アレクシスは調子を崩されっぱなしだった。
「魔力で干渉できるマナは、周囲に存在する無生物のマナ、それから、自分自身の中のマナに限られる。代表的な魔法は、火、水、地、風、雷を扱う属性魔法。加えて、自分自身の傷を治す治癒魔法の二つだ」
バサルト・ラシャド・アビオール教授は、アビオール子爵家出身の魔法理論の権威だ。講義内容は理路整然としており、概論ではあるものの、実践に偏りがちな若い魔法使いたちが押さえておくべきところを網羅している。
アレクシスが得意とする身体強化魔法は、「自分自身の中のマナ」に干渉する魔法の一種だ。治癒魔法以上に緻密な魔力操作を要求されるが、その割に効果が地味なので、好んで扱う者は少なかった。また、あまり広く知られてはいないが、同様の魔法として、髪や瞳の色を変える色彩変化魔法がある。こちらは何色にでも変えられるわけではなく、両親の持つ形質に限られるという制約があった。双子の王子が入れ替わるときも、アレクシスと同じく、色彩変化魔法を使っているのだろう。
バサルト教授が黒板にチョークで図解をし始めた。右隣に座るルベールが、封筒とノートの切れ端をそっと滑り込ませてくる。
『この手紙を後でエメローネ嬢に』
切れ端にはそう書かれていた。アレクシスは、切れ端に『お預かりします』と書き込んで、ルベールへと返した。
昨日、エメローネを寮まで送った後、アレクシスは近衛騎士団を通じてルベールにことの経緯を伝えていた。きっと、エメローネが男性が苦手だと聞いて、ルベールなりにどうするのが良いか考えたのだろう。なかなか誠実な人となりに、アレクシスは好感を持った。
当のエメローネはというと、一番前の真ん中の席に座り、真剣な様子で講義を聞いていた。両隣は空席で、やはり周囲から距離を置かれている様子だ。アレクシスは、そっと彼女から視線を外した。
「エメローネ嬢」
授業の合間、移動のタイミングを見計らって、アレクシスはエメローネにそっと声をかけた。
「アレクシスさん! 昨日は、ありがとうございました」
エメローネは、アレクシスに声をかけられて嬉しそうだった。昨日の一件で、随分懐かれたようだ。
「いいえ。体調はもうよろしいのですか?」
「もうすっかり元気です。ただ、男の人が近くにいると少し緊張してしまいますが……」
エメローネの翠の瞳が翳った。
——この少女は、どうもアレクシスを男性として認識していないきらいがある。
「無理は禁物です。男性相手でも、私のことは平気なのでしょう? でしたら、きっと大丈夫です。他の方にも、少しずつ、あなたのペースで慣れていけばいい」
アレクシスは、念を押すように、エメローネを言いくるめた。
「そう、かもしれませんね」
エメローネの顔に明るさが戻る。
「ところで、実はあなたへ預かり物があるのです」
アレクシスは、エメローネに封筒を差し出した。エメローネは封筒を受け取り、裏返した。『エメローネ嬢へ』と宛名があるだけで、差出人の名前はない。封筒が他人の目に触れたときのためのルベールの配慮だろう。
「手紙、ですか……?」
「はい。寮に戻ったら、部屋で読んでください。——さあ、次は魔法の実技で、訓練場に集合ですよ」
「それが、私……」
エメローネは言い出しづらそうに言い淀んだあと、口を開いた。
「実技には参加しないで、補習を受けるように言われているんです。魔力はあるみたいなんですが、今まで魔法を使ったことがなくて」
王立学院の入学試験は実技が必須であり、魔法を使ったことがない者の入学など通常はあり得ない。神殿の推薦で特別に入学を許されたというのは本当らしい。
「エメローネ嬢。今の話は内密に。あまり人にはお話にならないほうがいいかと。あなたの立場を妬む者もいるかもしれない」
「ねたむ……?」
エメローネはきょとんとした。
この少女は危うい、とアレクシスは思った。
「——あなたのことをよく思わない者がいるかもしれない、ということですよ。どうかお気をつけください」
今日の講義がすべて終わったあと、アレクシスはすぐに席を立たず、講義室の様子を観察していた。
エメローネに話しかける女子学生がいる。彼女は確か、シトラ・クラッスラ。王都に店を構えるクラッスラ商会の娘——数少ない平民の学生だ。
エメローネは、はじめは戸惑うような様子を見せたが、じきに笑顔をこぼした。
話をできる相手ができたなら、それに越したことはない。アレクシスは、密かに胸をなで下ろした。
視線を感じて左側を向くと、サフィールが頬杖をつき、アレクシスを見ていた。
「サフィール殿下。なにか?」
「これから兄上と騎士団に視察に行く。アレクシス、お前も来い」
サフィールが出し抜けに言う。蒼い瞳はどこか楽しげだった。
「騎士団ですか。私は」
遠慮させていただきます、と続けようとしたところを、今度は右隣のルベールがにっこり笑った。
「実は、王立学院の警備を担っている第四騎士団を見ておこうと思っていてね。君の兄上は第四騎士団の副団長だろう? ぜひ案内を頼みたい」
「私はこれから少し学院を見て回ろうと思っておりますので」
あくまで固辞しようとするアレクシスに、ルベールは首を傾げた。
「アレクシス、もしかして、何か行きたくない理由があるのかな? 例えば——兄弟仲があまりよくないとか」
「いえ。そのようなことは」
「だったら問題ないだろう。警備の状況を把握しておくことは、お前にとっても有用だと思うが」
サフィールの言はもっともだった。
「それは、そうなのですが」
珍しく歯切れの悪いアレクシスに、サフィールは訝しげだ。
「やはり、兄とうまく行っていないのか?」
「ですから、そうではなく——」
「俺たちの可愛い可愛いアレクシス! どうして今まで会いに来てくれなかった? 兄さまはずっと待っていたんだぞ。さあ、よく顔を見せてくれ」
第四騎士団詰め所。アレクシスは、兄から熱烈な歓待を受け、げんなりしていた。じりじりとにじり寄ってくる兄から距離をとる。
今日に限って、騎士団長は不在らしい。
「アウィン兄上。いつまでも私を子ども扱いするのはやめてください」
「兄上だなんて、他人行儀すぎる。いつもみたいにアウィン兄さまと呼んでくれ」
「殿下方の御前ですよ」
「可愛い弟を愛でるのに何か問題があるか?」
ルベールが呆気にとられている一方、サフィールは口元を押さえ、声を殺して笑っている。
「サフィール。そんなに笑っては、アレクシスが可哀想だよ」
「……くくっ……兄上、そうは言ってもだな……あのアレクシスにこんな一面があるとは……」
サフィールは笑いをかみ殺すのに必死な様子だった。
(だから嫌だったんだ)
王都に来てからは忙しく、アレクシスは兄に挨拶に行く暇もなかった。そのうちゆっくり時間をとろうと思っていた矢先に、今回の視察である。
兄——アウィン・ケイレブ・アルディバインは、アルディバイン辺境伯家の次男である。三人の兄たちはそれぞれアレクシスを大層可愛がっていたが、中でももっとも直情的なのがこの次兄だった。体躯こそ鍛え上げられており、大柄であるが、アレクシスと同じ灰の髪に青緑の瞳を見れば、アウィンがアレクシスの兄であることを疑う者はいないだろう。
アルディバイン辺境伯家は——「アレクシス」の協力者だった。




