第九十五話 神殿に金が貯まったので、今度は風俗店とパパ活とママ活の性病対策まで面倒を見ることになりました
神殿に、金が貯まった。
御神像への寄進。お守り。医療用魔道具。虎と女戦士の宿から入る賃料と売上の一部。さらに、遠方の貴族から届いた大口寄進。
もちろん全部を貯め込んでいるわけではない。妊婦支援、産婆への補助、診療所の拡張、医療用魔道具の増産。それでも街そのものが大きくなり、参拝者も増え続けているため、神殿の会計には以前では考えられなかっただけの余裕が生まれていた。
「で、その金どうすんの?」
うちが帳簿を覗き込むと、神官がすぐ閉じた。
「見ないでください」
「別に盗らないし」
「あなたの場合、金額を見た瞬間に新しい商売を思いつきそうなので」
「失礼だな」
「実績があります」
否定できない。
横ではマジメメガネも資料を整理している。
「妊産婦支援は今の規模なら当面継続できます。次は公衆衛生へ回す案が出ています」
「公衆衛生?」
「感染症対策などです」
「……あ」
うち。
街の端。
思い出す。
「風俗?」
「その一つです」
*
街の観光地化と一緒に、歓楽街も大きくなった。
最初は数軒。
今はもっとある。
酒場。
浴場。
大人向けの宿。
男性向け。
女性向け。
男女どちらでも利用できる店。
旅人相手に個人で商売する者もいる。
人が増えれば。
当然。
そういう仕事も増える。
「じゃあ性病対策しよ」
うち。
即答。
神官。
「やはりそうなりますか」
「なるでしょ。病気とか普通に嫌じゃん」
「はい」
「避妊もいるし」
「はい」
「働いてる人だけじゃなくて客側も検査」
「はい」
「店通さないで個人でやる人もいるでしょ?」
「いますね」
「だったらそこも」
神官が少し首を傾げる。
「店を通さない?」
「例えばさ」
うち。
「金持ってる年上の男と若い女が、個人的に会って金とか物もらって遊ぶとか」
「……ありますね」
「逆も」
「逆?」
「年上の女が若い男に金払う」
「ああ」
「日本だとパパ活とかママ活って言ったりする」
「……」
マジメメガネ。
眼鏡。
外す。
拭く。
戻す。
「また妙な単語が増えましたね」
「でも分かりやすくない?」
「こちらの世界では分かりません」
*
「でもさ」
うち。
机。
指で叩く。
「別に、うちがパパ活とかママ活を止めろって言う話じゃないよ」
「はい」
「成人同士で、互いに分かってやってんなら、それはそれ」
「はい」
「風俗だって同じ」
「はい」
「でも病気は別じゃん」
そこは。
うち。
真面目。
「性病になったら本人だけじゃなく、次の相手にも移すかもしれない。妊娠したくないのに避妊できてなかったら困る。仕事してる側だけ検査して、客が何もしてないのも変だし」
「その通りです」
マジメメガネ。
即答。
「性行為そのものを善悪で裁くことと、感染症を防ぐことは別問題です」
「それそれ」
「性神の神殿としても、むしろ扱うべき領域でしょう」
「なんぼの性神だと思う?」
「最近その言葉を便利に使いすぎです」
*
そこから。
また。
専門家。
集める。
神官。
治療師。
薬師。
歓楽街の店主。
働いている男女。
ギルド職員。
産婆。
マジメメガネ。
元童貞神父。
そして。
なぜか。
うち。
「何でうちまで会議いるの?」
「発案者でしょう」
「また?」
「またです」
*
「まず検査」
治療師が言う。
「定期的な健康確認を、歓楽街の従業員だけでなく希望する一般人にも受けられるようにします」
「無料?」
うち。
「最低限の検査は神殿負担で安価に。詳細な検査や証明書発行は有料でもよいでしょう」
「金持ちはちゃんと取る」
「またその話ですか」
「大事だし」
*
次。
「治療」
性病。
感染症。
皮膚症状。
炎症。
体調不良。
そういうものを。
恥ずかしがって。
放置。
する。
それが。
一番。
危ない。
「匿名でも相談できるようにしない?」
うち。
言う。
「名前言うの嫌な人いるでしょ」
「一定範囲では可能です」
「じゃそれ」
「ただし感染拡大の可能性が高い場合には、治療の継続と接触者への注意喚起について説明が必要です」
「接触者?」
「最近関係を持った相手にも検査を勧める、ということです」
「ああ」
*
次。
「避妊」
これは。
もう。
神殿。
得意。
避妊守。
かなり。
普及。
している。
「歓楽街の店へまとめて卸す?」
「可能です」
「個人にも?」
「もちろん」
「パパ活にも」
「その単語を正式資料へ入れないでください」
「ママ活も」
「入れません」
「じゃ『個人間の有償交際』」
マジメメガネ。
止まる。
「……急に行政用語みたいになりましたね」
「こういうの得意」
「さっきまでパパ活と言っていた人とは思えません」
*
さらに。
店側。
ルール。
作る。
定期検査。
体調悪い時。
休む。
客も。
明らかに症状があるなら。
断る。
避妊。
方法。
説明。
酔って判断できない奴。
相手しない。
成人確認。
料金。
先に。
明示。
「すでに歓楽街で決めてる部分もあるね」
「はい」
「じゃ健康面を追加する感じか」
「そうなります」
*
店主。
少し。
渋る。
「検査を義務にすると、面倒だと思って逃げる者も出ますよ」
「じゃ無料に近くする」
「費用だけではなく、時間も」
「神殿から出張する?」
うち。
「店ごとに決まった日に治療師行けばいいじゃん」
治療師。
考える。
「簡易検査だけなら可能ですね」
「ほら」
神官。
「また簡単に仕事を増やしましたね」
「でも働いてる人がわざわざ神殿まで来るより楽でしょ?」
「……合理的ではあります」
*
別の店主。
「それなら、客向けにも何か欲しいですね」
「何?」
「『この店は神殿の衛生検査を受けています』という証明です」
「お」
うち。
「認証マーク」
「にんしょう?」
「ちゃんと検査してる店って分かる印」
「なるほど」
神官。
嫌な顔。
「それを商売に使われそうですね」
「使わせればよくない?」
「え?」
「だって」
うち。
「ちゃんと検査して、避妊も用意して、病気の時は休ませてる店の方が安心じゃん」
「それはそうですが」
「だったら、ちゃんとしてる店が客増えるようにした方がいいでしょ」
店主たち。
頷く。
「それは助かります」
「客から見ても選びやすい」
「未検査店との差別化にもなる」
*
結果。
できた。
『性神神殿衛生協力店』
看板。
小さい。
性神の紋章。
その下。
『定期健康確認』
『避妊具・避妊術対応』
『感染症相談窓口連携』
『成人・本人同意確認』
「めっちゃ真面目」
「真面目な制度です」
「御神像の絵入れない?」
「入れません」
「馬と牛」
「入れません」
「オホ声」
「絶対に入れません」
*
そして。
一般人向け。
相談窓口。
できる。
「性病かも」
「相談どうぞ」
「避妊したい」
「どうぞ」
「恋人に言いづらい」
「相談どうぞ」
「年上の金持ちと会ってるんだけど」
「成人で、自分の意思ですか?」
「はい」
「では健康面の相談はできます」
*
うち。
横。
聞く。
「パパ活」
「言わない」
神官。
「ママ活」
「言わない」
「でも絶対あるって」
「ありますが、その呼び名を採用しません」
*
元童貞神父。
相談担当。
やる。
成人女性。
「付き合っている人が二人います」
「双方とも、その関係について理解していますか?」
「はい」
「では感染症予防のため、定期検査をお勧めします」
成人男性。
「年上の女性から金をもらって会っています」
「無理強いされていますか?」
「いいえ。自分からです」
「なら、その関係そのものを私が裁く理由はありません。ただし健康管理と避妊はしてください」
*
うち。
後ろ。
「ママ活」
「聞こえています!」
「もう童貞じゃないのに詳しいじゃん」
「もう童貞ではありません! そして仕事です!」
*
さらに。
性病。
治療。
薬。
高い。
人。
いる。
「無料枠」
うち。
「作ろ」
「またですか」
「病気持ったまま金ないから放置って、一番やばいじゃん」
「その通りです」
「なら神殿の金使うところ、ここじゃない?」
マジメメガネ。
頷く。
「感染症は本人だけの問題ではありません。治療を受けやすくすること自体が、街全体の予防になります」
「じゃ決まり」
*
ただ。
全部。
無料。
ではない。
通常検査。
安い。
治療。
収入。
応じて。
負担。
余裕ある人。
払う。
歓楽街の店。
月額。
衛生協力費。
払う。
その代わり。
出張検査。
相談。
研修。
受ける。
「サブスク」
「何です?」
「何でもない」
*
数週間。
経つ。
歓楽街。
入口。
新しい。
看板。
『性神神殿衛生協力店』
増える。
客。
見る。
「あ、この店は検査入ってるのか」
「こっちの方が安心だな」
店。
喜ぶ。
働く人。
検査。
受ける。
症状。
早め。
見つかる。
治療。
する。
客。
一般人。
神殿。
相談。
来る。
*
「……」
うち。
見る。
「普通にうまくいってない?」
「今のところは」
神官。
「特に、相談の敷居が下がったのは大きいですね」
「恥ずかしいから行けない、減った?」
「少しずつ」
「それ大事」
*
マジメメガネ。
「性病になったから不道徳、という扱いをしてしまうと、人は隠します」
「うん」
「隠せば治療が遅れる」
「うん」
「感染も広がる」
「うん」
「ですから、まず治す。次に予防する。それでよいのです」
「それ講義で言えば?」
「言います」
「講師料」
「またですか」
*
「あとさ」
うち。
「若い奴らにも教えた方がよくない?」
神官。
見る。
「成人前の教育、という意味ですか?」
「そう。何が危ないか知らんまま成人して遊び始めるより、先に知っといた方がいいじゃん」
「内容は年齢に合わせる必要がありますが」
「病気あるよ、避妊必要だよ、嫌なら断れ、相手が嫌って言ったら止まれ。それくらい」
マジメメガネ。
「それは非常に重要ですね」
「なんぼの性神だと思う?」
「また言いましたね」
*
こうして。
神殿。
また。
仕事。
増える。
妊娠。
出産。
産後。
避妊。
感染症。
性産業。
個人間の交際。
恋人。
夫婦。
複数関係。
全部。
性。
関係。
ある。
*
「性神」
うち。
神殿。
見る。
「仕事多くない?」
「性は生活に近いですから」
マジメメガネ。
「人がいる限り、関係する問題も多い」
「なるほど」
*
そこへ。
オッサン。
来る。
「ギャルさん」
「何?」
「神殿で性病検査を始めたと聞きましたぞ」
「うん」
「おじさんも?」
「受けろ」
「即答」
「うちも受ける」
「ギャルさんも?」
「当たり前じゃん」
「二人とも定期的に受けてください」
神官。
割り込む。
「はい」
「はい」
*
うち。
オッサン。
見る。
「こういうのさ」
「はい?」
「遊ぶならセットだと思うんだよね」
「なるほど」
「パパ活でも」
「はい」
「ママ活でも」
「はい」
「風俗でも」
「はい」
「恋人でも」
「はい」
「病気は別」
「同感ですなぁ」
「避妊も別」
「はい」
「そのへんちゃんとしてから遊べ」
「ごもっとも」
*
神官。
後ろ。
「あなたが言うと、不思議な説得力がありますね」
「褒めてる?」
「半分ほど」
「半分かよ」
*
神殿の帳簿。
また。
項目。
増えた。
『妊産婦支援』
『医療魔術研究』
『産婆・治療師研修』
『感染症予防事業』
『性産業衛生支援』
『避妊支援』
*
うち。
見る。
「性神、めっちゃ行政やってんな」
「神殿です」
「役所みたい」
「人々を支えるという点では、似た部分もあるでしょう」
*
その夜。
神殿奥。
「オホォォォォォッ……!」
「オホォォォォッ……!」
御神像。
元気。
*
うち。
止まる。
「昼は医療と公衆衛生」
オッサン。
「はい」
「夜はふたなり御神像がオホ声」
「はい」
「振れ幅すごくない?」
「性神ですからなぁ」
「便利な言葉にすんな!」
*
それでも。
翌朝。
歓楽街の。
小さな店。
一人。
働く女性。
神殿。
来る。
「ちょっと気になる症状があって」
「こちらへどうぞ」
早め。
診察。
受ける。
治療。
始める。
その相手だった客にも。
検査。
勧める。
さらに。
別の感染。
防ぐ。
*
うち。
少し離れて。
見る。
「……」
最初は。
金。
貯まった。
何に使う。
そんな。
話。
だった。
でも。
一人。
早く。
病気。
見つかる。
一人。
望まない妊娠。
防げる。
一人。
安心して。
仕事。
できる。
「ねえ」
「何でしょう」
マジメメガネ。
「これでいいんだよね」
「何がです?」
「性神の神殿」
マジメメガネは、少しだけ考えてから頷いた。
「ええ。かなり本来の姿に近いと思います」
「そっか」
うち。
笑う。
「じゃ、もっと金稼がないと」
「なぜ最後にそこへ戻るのです!」
「支援増やすなら金いるじゃん!」
「それはそうですが!」
性神の街は。
今日も。
また一つ。
妙に真面目な方向へ。
成長していた。




