第九十二話 前世では男と女だった私たちが、今の身体で互いの子を欲しいと思いました
爆乳令嬢の屋敷から戻った夜、ユキはなかなか眠れなかった。寝台の上で何度も寝返りを打ち、隣に横たわるマコトを見る。爆乳令嬢の、夫との子を宿して丸みを帯びた腹。その腹を見せながら幸せそうに夫へ身体を預けていた姿。さらに、自分との子も欲しいと笑った顔。それが頭から離れない。
「マコト」
「はい?」
「ちょっと話していい?」
「もちろん」
いつもの公爵令嬢らしい話し方ではなく、ユキはしばらく天井を見たまま、昔の自分に近い口調で言った。
「オレさ、前世、男だったわけじゃん」
「……うん」
「こっちで女として生きて、公爵令嬢やって、マコトと婚約して、身体も色々変わってさ。男側の身体も持つようになって、男女どっちとも遊んだし、いろんなことした」
「うん」
「でも多分、どっかで線引きしてたんだと思う。これは今のユキの身体だから。今の人生だからって。前世のオレとは、どっか別物みたいに」
マコトは何も挟まず聞いている。
「でも、この前さ」
ユキは自分の腹へ手を置いた。
「爆乳令嬢見たじゃん。旦那の子孕んで、お腹が少し大きくなって、あんなに幸せそうでさ」
「うん」
「あれ見たら」
言葉が止まる。
「オレ、孕みたいって思ったんだ」
マコトの目が少しだけ見開かれた。
「前世では男だったのに。妊娠なんて自分がするもんじゃないって、ずっと思ってたはずなのに。今の身体で、ここにマコトとの子がいるところ想像したら……欲しいって思った」
「ユキ」
「頭おかしくなったのかな」
「なってないよ」
返事は早かった。
「でもオレ、自分でも混乱してる。男だったオレが、マコトに抱かれて、何も考えられなくなるくらい可愛がられて、オホ声しか出せなくなって、その先でマコトの子を孕みたいって思ってる」
ユキはようやくマコトを見る。
「マコト、オレを孕ませてくれる?」
*
今度はマコトが黙った。
少しだけ。
言葉を探して。
「私もね」
「うん」
「多分、同じだった」
マコトは自分の胸元へ手を置いた。
「前世では女だった。今は男の身体で代官をして、ユキの婚約者になって、身体まで色々変わった。でも心のどこかでは、『今の私は今の私』って分けていたと思う」
「オレと逆じゃん」
「綺麗に逆だね」
マコトは笑って、それからユキの頬へ手を伸ばした。
「でも今、目の前にいるユキを見てると、そんな線引きどうでもよくなる」
「……」
「前世で男だったとか。今は女だとか。公爵令嬢だとか。男側の身体も持ってるとか。全部ひっくるめてユキでしょう?」
「うん」
「そのユキを、めちゃくちゃに愛したい」
「……それ、かなり来る」
「私も」
二人で少し笑う。
しかしマコトの目は真剣なままだった。
「普段は偉そうで、口も悪くて、何でも平気そうな顔してるユキが、私にしがみついて、顔を歪めて、オホ声しか出せなくなるくらい夢中になっているところを見たい」
「マコトまで結構言うじゃん」
「見たいんだもの」
マコトの手が、ユキの頬から腹へ降りる。
「それから、ここに私との子がいるところを見たい」
ユキの呼吸が止まる。
「……本気?」
「本気」
「オレを?」
「ユキを」
「孕ませたい?」
「孕ませたい」
「……やば」
「何が?」
「今ので、もうかなりダメ」
*
ユキはマコトへ身体を寄せた。
「今日から、本気で子供作る?」
「今日から?」
「うん」
「後で怖くなっても、ちゃんと言う?」
「言う」
「私も言う」
「うん」
「それでも?」
「マコトの子、欲しい」
それで最後だった。
二人とも。
もう我慢しなかった。
「オホッ……!」
「ユキ……っ」
「マコト……オホッ……! オホォッ……!」
抱き合う。
身体を重ねる。
いつもの遊びとは少し違った。
祝福の条件を満たすためでもない。新しい身体を試すためでもない。誰かに見せるためでもない。
今日は最初から。
二人とも。
同じものを欲しがっていた。
「オホッ……! マコト……!」
「ユキ……かわいい……」
「それ言うな……オホォッ……!」
ユキは何度もマコトへしがみつく。普段なら途中で冗談を挟むのに、今日はそれもほとんどない。
「孕みたい……」
「うん」
「オレ、マコトとの子欲しい……オホッ……!」
「私も欲しい」
「本当に?」
「本当に」
「オホォッ……!」
言葉を確認するたびに、また二人とも熱くなる。
マコトの呼吸も次第に乱れていった。
「っ……ぉ゙……」
「マコト?」
「大丈夫……」
「その声、ヤバい」
「ユキが……そんな顔するから……っ、ぉ゙っ……ぉ゙っ……!」
「オホッ……! その声もっと……!」
普段のマコトからは想像しにくい、喉の奥で潰れたような短いブレスが漏れる。
「ぉ゙っ……ぉ゙っ……!」
「オホォォッ……! マコト……!」
「ユキ……っ、かわいい……ぉ゙っ……!」
互いに限界を迎えても、少し休むだけだった。
水を飲む。
息を整える。
顔を見合わせる。
「まだ大丈夫?」
「マコトは?」
「大丈夫」
「じゃあ」
ユキが笑う。
「もう一回」
*
「オホッ……!」
「っ、ぉ゙……!」
「オホォッ……! マコト、オレ今すっげえ女になってる気する……!」
「嫌?」
「逆……オホッ……! 前世男だったオレが、男だった気持ちのまま、女の身体でマコトの子欲しがってる……!」
「それでいいよ」
「いいのかな……オホォッ……!」
「ユキが欲しいなら、それでいい」
「マコトも?」
「私は前世女だったけど」
マコトの声も、もう普段の落ち着きを失っていた。
「今は、男の身体でユキを孕ませたいって思ってる」
「逆じゃん……!」
「うん」
「オホッ……! 何それ……すっげえ好き……!」
また抱き合う。
「ユキ……っ」
「マコト……!」
「っ、ぉ゙っ……ぉ゙……!」
「オホォォォッ……!」
二人とも、もう昔の自分と今の自分を分けようとはしていなかった。
男だったユキ。
女だったマコト。
今は女の身体で生きるユキ。
今は男の身体で生きるマコト。
その全部が同時にそこにいる。
「オホッ……! オホォッ……!」
「ユキ……かわいい……っ、ぉ゙っ……!」
「もっと言って……!」
「かわいい」
「オホッ……!」
「私との子を欲しがってるユキ、すごくかわいい」
「オホォォォッ……! それダメ……! もっと欲しくなる……!」
*
何度目か。
二人とも完全に息が上がった。
「はぁ……はぁ……」
「……ユキ」
「何……?」
「大丈夫?」
「大丈夫……」
「本当に?」
「うん……」
ユキは少し笑う。
「マコトこそ、さっきずっと変な声出てた」
「……聞かないで」
「ぉ゙っ、ぉ゙っ、って」
「真似しないで」
「かわいかった」
「ユキ」
「何?」
「まだ余裕あります?」
「……ある」
「なら」
「オホッ……!」
また。
*
「オホッ……! オホォッ……! マコト……!」
「ユキ……っ!」
「オレ、孕むかな……!」
「孕んでほしい……!」
「マコトとの子……!」
「うん……!」
「オホォォォッ……!」
「っ、ぉ゙っ……ぉ゙っ……ぉ゙っ……!」
マコトの濁った呼吸が連続する。
それを聞くたび、ユキの声も高くなる。
「オホッ……! その声……! マコトがオレのこと欲しがってるって分かる……!」
「欲しい……ユキが欲しい……!」
「オホォッ……!」
「ユキを孕ませたい……!」
「言って……もっと……!」
「私との子を、ユキに抱いてほしい……!」
「オホォォォォッ……!」
ユキはとうとう何も言えなくなり、マコトへしがみつく。
少しして。
ようやく呼吸が戻る。
「……マコト」
「何?」
「今の、ずるい」
「何が?」
「孕ませたいって何回も言うの」
「本当だから」
「……またしたくなる」
「私も」
*
夜は長かった。
抱く。
休む。
水を飲む。
話す。
笑う。
また抱く。
「オホッ……!」
「っ、ぉ゙っ……!」
「オホォッ……!」
「ユキ……っ」
「マコト……!」
何度も。
何度も。
互いに同じ言葉を確認した。
「子供欲しい?」
「欲しい」
「オレとの?」
「ユキとの」
「マコトとの子、欲しい」
「うん」
「オホッ……!」
*
明け方。
二人とも完全に疲れ切っていた。
ユキはマコトの胸元へ顔を埋めたまま、ほとんど動かない。
「……マコト」
「うん?」
「今日、何回した?」
「数えてない」
「オレも」
「もう数えなくていいでしょう」
「うん」
少し。
静か。
「ねえ」
「何?」
「本当にできてたら、どうする?」
「喜ぶ」
「即答?」
「昨日の夜、あれだけ話したでしょう?」
「そうだけどさ」
マコトはユキの髪を撫でる。
「怖くなった?」
「ちょっと」
「私も少し怖い」
「マコトも?」
「子供だからね」
「……そっか」
「でも、欲しい気持ちは変わってない」
「オレも」
ユキは自分の腹へ手を置いた。
まだ何も分からない。
見た目も昨日と変わらない。
それでも。
「……ここにいたら」
「うん」
「すごいね」
「すごいね」
「オレとマコトの子」
「うん」
*
「マコト」
「何?」
「好き」
「私も好き」
「子供欲しい」
「私も欲しい」
「……もう一回する?」
「寝なさい」
「えー」
「今のユキ、もう声ほとんど出てないでしょう」
「出るし」
ユキ。
「オホッ……」
「小さい」
「オホォッ……」
「寝なさい」
「じゃ起きたら」
「体力が戻ってからです」
「約束?」
「約束」
「……好き」
「私も」
*
そのまま。
二人。
眠った。
前世では男だったユキと。
前世では女だったマコト。
その境界を今さら否定する必要も、無理に捨てる必要もない。
全部持ったまま。
今の二人で。
子供を欲しいと思った。
そして数日後。
ユキは朝食の途中。
何気なく。
自分の腹へ手を添えることになる。
「……」
まだ。
何の根拠もない。
けれど。
以前とは。
何かが。
違うような気がした。




