第九十話 爆乳令嬢の妊娠報告を聞きに行ったら、将来は四人で孕ませ合う話になりました
爆乳令嬢から届いた茶会の招待状には、珍しく相手まで指定されていた。
『ユキ様と、婚約者である代官様のお二人でお越しくださいませ』
「私だけじゃなくて、マコトも?」
「そのようですね」
エリーが封書を確認する。形式だけを見れば、ごく普通の私的な茶会の招待状。しかし場所は爆乳令嬢の屋敷で、他に客を招いている様子はなく、夫婦揃って来いとわざわざ指定されている。
「何かあったのかな」
「何かあったから呼ばれたのでしょう」
「エリー、そういう言い方すると怖いのよ」
表向き、公爵家と爆乳令嬢の実家は大きな派閥を率いる競争相手だ。それでも本人同士は、もう腹の探り合いをするような距離ではない。秘密の会を一緒に育て、身体の秘密も、好みも、かなり危ない本音まで互いに知っている。政治の話ならもっと別の形式を取るだろうし、マコトまで呼んでいるなら、なおさら私事だろう。
*
屋敷へ着くと、本当に内輪だけだった。客はユキとマコト。迎える側は爆乳令嬢、その夫、そして家付きの騎士。給仕もエリーと爆乳令嬢付きのメイドだけで、他の使用人は茶と菓子を運び終えると全員下げられた。
「ずいぶん徹底してるわね」
「誰にも聞かれたくないお話ですもの」
爆乳令嬢はいつも通りに微笑みながら、けれど少しだけ緊張した様子で茶器を置いた。
「まず最初に。まだ、家族とごく一部の者にしか伝えておりません」
「……何を?」
爆乳令嬢は自分の腹へ、そっと手を添えた。
「わたくし、子を授かりましたの」
「……え?」
ユキは一瞬、意味を理解できなかった。
「えええっ!? 本当に!?」
「声が大きいですわ」
「だって! え、いつ分かったの!? 身体は大丈夫!?」
「医師には確認していただきました。今のところ母子ともに問題ありません」
隣の夫を見ると、少し照れながらも嬉しそうに頷いている。
「私との子です」
「うわ……そっか。おめでとう。本当におめでとう!」
反射的に出たのは、競争相手としての感情でも、いつものからかいでもなく、ただの祝福だった。爆乳令嬢も、それを聞いていつもの勝ち誇るような笑みではなく、素直に嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
しかし、その穏やかな空気は長く続かなかった。
「それで、ユキ」
「何?」
「あなたも早く孕みなさいな」
「何で今それ言うの!?」
マコトと爆乳令嬢の夫、騎士まで揃って少し視線を逸らした。
「あなたも婚約したのでしょう?」
「婚約したからって即妊娠じゃないし!」
「公爵家には跡継ぎも必要でしょう?」
「そこで正論混ぜるのやめて!」
爆乳令嬢は腹を撫でながら、少し誇らしげに笑った。
「この子は、家のためでもありますわ。わたくしは貴族の娘ですし、この人の妻でもある。家を続ける責任は当然あります。でも、それだけではありません。わたくし自身、この人との子が欲しかったのです」
夫がその手へ自分の手を重ねた。
「私も、この子が生まれるのを楽しみにしています」
その姿だけを見れば、仲の良い夫婦そのものだ。ユキも自然に頬が緩んだ。
だからこそ、爆乳令嬢の次の言葉への警戒が完全に抜けていた。
「そして、二人目はユキとの子を孕みたいですわ」
「……はい?」
「それからユキにも、わたくしとの子を孕んでいただきたいです」
「両方!?」
爆乳令嬢は、何を驚いているのか分からないという顔をした。
「当然でしょう?」
「何が当然なのよ!」
夫を見る。騎士を見る。二人とも驚いていない。
「知ってたの?」
「聞いています」
「止めなかったの?」
「本人が望んでいて、ユキ様も望まれるのであれば、私が頭から否定する理由はありません」
「理解がありすぎる!」
騎士まで頷いた。
「私も同感です」
「お前も!?」
*
爆乳令嬢は楽しそうに笑っていたが、やがて少しだけ表情を変えた。
「でも、これは冗談だけで言っているのではありませんの」
「……うん」
「わたくし、昔からユキのことが好きでしたわ」
それ自体は知っている。以前、別荘で彼女ははっきり言った。
『愛なのでしょうね』
『わたくし、あなたのこと、かなり愛しておりますわ』
「でも、今みたいな関係になる前のわたくしは……かなり病んでいましたの」
「病んでた?」
「あなたを誰にも取られたくなかった。家は競争相手。女同士。普通にしていたら、わたくしがあなたを独占できる理由なんて何もないでしょう?」
爆乳令嬢はカップの縁を指でなぞりながら、妙に穏やかな声で続けた。
「だから一時期、本気でユキをどこかへ閉じ込めてしまえばいいと思ったことがありますの」
「……監禁?」
「ええ」
「マジで?」
「マジですわ」
「笑顔で言うな!」
エリーの表情までわずかに硬くなる。
「誰にも会わせず、外にも出さず、わたくしだけを見させてしまえばいい。そうすれば、ずっとわたくしのものですもの」
「怖っ!」
「愛しすぎて、少しおかしくなっていたのでしょうね」
「少しじゃない!」
爆乳令嬢の夫が眉を寄せる。
「君、その話は初耳だが」
「あら」
「『あら』ではない。後で詳しく聞く」
「昔の話ですわよ?」
「だからこそ聞く」
騎士が静かに目を逸らし、爆乳令嬢のメイドまで「お嬢様、後で頑張ってくださいませ」と小声で言った。
「見捨てるの!?」
*
「でも、今はそんなことをする必要がありませんの」
爆乳令嬢は改めてユキを見る。
「縛りつけなくてもユキは自分から来る。嫌な時は嫌と言う。遊びたい時は一緒に遊ぶ。他に大切な人がいても、それでわたくしたちの関係が消えるわけではない。昔のわたくしには、そんな関係があるなんて想像できませんでしたわ」
「……まあ、それは私も」
「互いに身体の役割まで選べるようになって、今ではどちらがどちらを愛する側かなんて固定する必要もない。印を残し合うような馬鹿な遊びまでしましたわね」
「そこまで振り返らなくていいから!」
「でも楽しかったでしょう?」
「……否定はしない」
爆乳令嬢は嬉しそうに笑う。
「夫も、代官様も、この人も、もう単なる付き添いや知人ではありませんし」
騎士を示す。
マコトは少し咳払いをした。爆乳令嬢の夫や騎士とも、今ではかなり近しい関係になっている。男同士だからという理由で距離を置くこともなく、全員で過ごすことにも慣れてしまった。
「夫婦全員で遊ぶのも楽しいですわ」
「それは……まあ」
ユキがマコトを見る。
「マコトは?」
「私に振るのですか?」
「当事者でしょ」
「……楽しいですよ」
「認めた」
「今さらでしょう」
*
「だからこそ、欲が出ましたの」
爆乳令嬢は再び、自分の腹へ手を添えた。
「この子は夫との子です。それが嬉しい。家のためだからというだけではなく、愛する人との子だから欲しかった。そして、わたくしはユキも愛している」
ユキは黙って聞く。
「なら、ユキとの子も欲しい。わたくし自身が孕みたい。そしてユキにも、わたくしとの子を抱いてほしいのです」
「……本当に両方なのね」
「ええ」
そこで爆乳令嬢は少し目を細め、ほんの少しだけ昔の危うさを覗かせた。
「ユキを孕ませる時には、今度こそ思う存分わたくしだけのものにしたいですわね」
「……何その顔」
「一日中、他のことを考えられないくらい可愛がって、髪も服も乱れて、わたくしの匂いと痕跡だらけにして。それでも逃げず、わたくしを見ているユキなんて……想像しただけで、とても可愛らしいでしょう?」
「病んでる! やっぱまだ病んでる!」
夫が額を押さえた。
「君、ついさっき『昔は病んでいた』と言わなかったか?」
「昔ほどではありませんわ」
「比較対象がひどすぎるのよ!」
「もちろん、本当に嫌がるユキへ無理をするつもりはありませんわよ?」
「そこは絶対だからね」
「ええ。ユキ自身が『今日は全部任せる』と言ってくださった日に、心ゆくまで愛したいのです」
爆乳令嬢の声が少し柔らかくなる。
「その先で、わたくしとの子を望んでくださったら、これ以上嬉しいことはありませんわ」
ユキはしばらく相手の顔を見て、それから大きくため息をついた。
「病み方はまだ残ってる気がするけど」
「愛が深いだけですわ」
「ものは言いようね。でも、その時はちゃんと私がいいって言ってからにして」
「約束ですわ!」
「今、一日中とか縛るとかまで全部許可したわけじゃないからね!」
「では項目ごとに相談いたしましょう」
「契約書みたいに増やすな!」
*
「……実を言えば」
今度は爆乳令嬢の夫が口を開いた。
「私にも一つ、将来の希望があります」
「何です?」
マコトが嫌な予感を覚えたように聞き返す。
「代官様にも、いつか子を授かっていただきたい」
「……私が?」
ユキまで目を瞬いた。
「誰との子?」
「私でも、彼でも構いません」
夫は隣の騎士を示した。
「二人とも?」
「はい」
騎士も驚いていない。どうやらこちらも事前に話していたらしい。
「私たちはもう、妻を介して知り合っただけの関係ではありません。私と彼もそうですし、代官様ともそうです。性別に関係なく身体まで許し合うようになった。その上で、いつか代官様ご自身が望まれるのであれば――私たち二人で大切にして、その結果として、どちらかの子を授かっていただければ嬉しいと思っています」
「……二人で?」
「二人で」
マコトの顔が赤くなる。
「ずいぶん大きな希望ですね……」
「かなり言葉は選びました」
「元はもっとすごかったんですか!?」
爆乳令嬢が嬉しそうに笑う。
「あなたも十分病んでおりますわね」
「君にだけは言われたくない」
*
騎士も静かに口を開いた。
「私は、代官様が望まれるなら、夫君と共にお相手したいと思っています」
「そこは本当に大前提にしてください」
「もちろんです。どちらの子になるかを競うつもりもありません」
「私もです」
夫が続ける。
「二人で代官様を愛して、その結果として授かるのであれば、私の子でも彼の子でもいい。子供を作るためだけに代官様を求めたいわけではありません。先にあるのは、私たちが代官様を大切に思っているということです」
騎士も頷く。
「私も同じです。できれば、いつもの整った代官様の面影がなくなるくらい可愛がってしまいたいとは思っていますが」
「騎士まで最後だけ怖い!」
ユキは笑いを堪えながらマコトを見る。
「人気じゃん」
「他人事ですね!?」
「嫌なの?」
「……嫌では、ありません」
マコトは夫と騎士を見た。二人とも冗談ではない。
「ただし、子供まで本当に望むかは、その時に改めて決めます。私の身体で安全に可能なのかも確認する。誰の子なのかを賭け事のようには扱わない。それから、生まれた子の立場も家との関係も事前に整理する」
「もちろんです」
「異存ありません」
爆乳令嬢はぱっと顔を明るくした。
「では、わたくしとユキは互いに孕ませ合い、夫と騎士は代官様を二人で愛して孕ませる。これで決まりですわね」
「全部将来の話だから!」
「そして皆で子育て」
「話を進めるな!」
エリーが静かに茶を注いだ。
「少なくとも、この場で将来想定される子供が何人増えたのか、一度整理は必要でしょうね」
「数えなくていい!」
「家系図もかなり特殊になりそうです」
爆乳令嬢のメイドまで加わる。
「そっちも現実的なこと言わないで!」
*
冗談めいた空気が少し落ち着いたところで、爆乳令嬢はもう一度ユキへ向き直った。
「では改めて。わたくしがこの子を無事に産んで、身体も十分に戻って、医師からも問題ないと言われた後で」
「うん」
「その時も、わたくしたちがお互いに同じ気持ちなら――二人目をユキとの子にしてもよろしい?」
ユキはすぐには答えなかった。
これは遊びとは違う。子供が生まれれば一生関係が残る。家も、身分も、相続も、本人たちだけの話では終わらない。
「すぐには決めない」
「ええ」
「まずその子を無事に産む」
「ええ」
「ちゃんと身体を戻す」
「ええ」
「医者にも相談する」
「ええ」
「家との話も必要」
「もちろんですわ」
「その上で、それでもお互い欲しかったら」
爆乳令嬢が息を止める。
「二人目、私との子を産んでいいわよ」
爆乳令嬢は完全に固まった。
「……もう一度」
「嫌」
「ユキ」
「一回言ったから!」
次の瞬間、爆乳令嬢が立ち上がる。
「ちょっと! 妊婦なんだから急に動かない!」
「今すぐ抱きしめたいですわ!」
「それくらいならいいけど!」
ぎゅっと抱きしめられる。
「胸! 胸が重い!」
「誰の胸が重いですって!?」
「物理的に!」
少しして、爆乳令嬢が耳元で囁いた。
「では、ユキもわたくしとの子を孕んでくださいませね?」
「本当に両方欲しいのね」
「当然ですわ」
「……分かった。私も将来、あなたとの子を考える」
「本当に?」
「ただし同じ条件。時期も安全も家との話も全部きちんと決めてから」
「約束ですわ」
「勝手に先走らない」
「努力します」
「そこは約束しろ!」
*
ユキは今度、マコトを見る。
「マコトは?」
「私は先ほど申し上げた通りです。自分が本当に望めるなら、その時に改めて考えます」
「夫と騎士の二人との子でも?」
「……」
マコトはまた顔を赤くした。
「どちらの子かより、二人から大切にされて、その結果として自分が本当に子供を欲しいと思えるかの方が大事です」
「真面目」
「妊娠と子供の話ですから当然でしょう」
爆乳令嬢の夫も頷いた。
「私たちも、無理に急ぐつもりはありません」
「私もです」
騎士がマコトを見る。
「その時が来て、代官様が望まれるなら、二人で大切にします」
「徹底的に、ですか?」
「はい」
「最後だけやっぱり怖いんですよ!」
*
茶会の終わり。
最初の、そして本来もっとも大切だった報告は、爆乳令嬢の第一子妊娠だった。
父親は夫。
家のためでもあり、夫婦自身が望んだ子でもある。
まだ公には発表しない。
「正式に知らせるのは?」
「もう少し後ですわ」
「じゃ私たちも黙ってる」
「お願いします」
ユキは改めて爆乳令嬢の腹を見る。
「本当に、おめでとう」
「ありがとう、ユキ」
今度の返事には、いつもの競争心も病んだ愛情もなく、ただ母親になろうとしている女の穏やかさだけがあった。
*
帰りの馬車。
ユキ。
マコト。
エリー。
三人とも、しばらく黙っていた。
「……何?」
ユキが二人を見る。
「いえ」
「内容が濃かったなと」
マコトが遠い目をする。
「第一子妊娠の秘密報告から始まり、過去の監禁願望の告白、将来の相互妊娠の約束、さらに代官様への二人がかりの求婚に近い話まで、一度の茶会で終わりましたからね」
エリーが淡々と整理する。
「まとめるとヤバい!」
「事実です」
「でも」
ユキは窓の外を眺めた。
「昔、本当に私を閉じ込めようとまで考えてたんだね」
「実行しなかった点は重要ですが、健全ではありません」
「うん。でも今の方が、ずっといい」
閉じ込めなくても会える。
他に愛する者がいても、互いを愛していると言える。
嫌なら断れる。
望むなら一緒に過ごせる。
そして、いつか本当に望んだなら、子供まで考えることができる。
「……子供かぁ」
ユキは無意識に自分の腹へ手を置いた。
今はまだ、何もいない。
それでも、いつか自分が爆乳令嬢との子を抱くかもしれない。逆に、爆乳令嬢が自分との子を産むかもしれない。
「楽しみですか?」
マコトに聞かれる。
「ちょっと」
「ちょっと?」
「……かなり」
「そうですか」
「マコトは?」
「複雑です」
「嫌?」
「いいえ」
マコトは小さく笑った。
「私も、いつか自分で望めたなら――悪くないと思っています」
*
その頃。
爆乳令嬢の屋敷では。
「ところで」
夫が妻を見る。
「何ですの?」
「ユキ様を監禁しようと考えていた話」
「あ」
「詳しく」
「昔の話ですわよ?」
「詳しく」
爆乳令嬢は目を泳がせた。
騎士は静かに席を立つ。
メイドも一礼した。
「お嬢様、頑張ってくださいませ」
「待ちなさい! どうして二人とも逃げるの!?」
第一子の妊娠を報告した記念すべき茶会。
その日の最後に一番怒られたのは。
やはり。
妊娠を報告した本人だった。




