第九話 木杯と木剣を放置して、受付嬢に罵倒管理されましたぞ
町へ戻るころには、日が傾き始めていた。
「いやぁ~……妙に身体が軽いですなぁ」
「そりゃそうでしょ」
隣を歩くギャルが、おじさんを横目で見る。
ゴブリンに殴られた肩も、転んだときの擦り傷も、もう消えている。
第八話で初めて二人が関係を持った結果だった。
「性交回復、マジで強すぎ」
「性神様の加護は性能だけなら素晴らしいですなぁ」
「性能だけね」
「お嬢さん、そこを強調します?」
「だって神本人の趣味が最悪じゃん」
「それには同意しますぞ」
しばらく歩く。
ギャルが、またおじさんを見る。
「……」
「何ですかな?」
「おっさん」
「はい」
「昨日よりキモくなってない?」
「そんな馬鹿な!」
「いや、マジで」
顔。
腹。
髭の影。
体毛。
脂っぽさ。
何となくだが、全体的に「中年男性としての濃さ」が増している。
「オッサン度上がってる」
「そんな能力値はいりませんぞ!」
「あと臭い」
「戦闘後ですからなぁ」
「そうじゃなくて。前よりオッサン臭い」
「四十代後半ですぞ」
「だから年齢の話じゃないって!」
ギャルが一歩近づく。
鼻をひくつかせる。
「……最悪」
「何がですかな?」
「前より汚い感じするのに」
「はい」
「前より身体が気になる」
「……」
二人が黙る。
「ドゥフフ」
「笑うな!」
「いやぁ、昨日の結果でしょうかなぁ」
「うちらがヤったから?」
「相互適合進化というやつでは?」
「それで何で若返らずにオッサン度上がんの!?」
「性神様へお問い合わせくださいなぁ」
「絶対したくない」
ギャルは腕を組む。
「でも、うち以外にも効きそう」
「何がです?」
「雌引き付け度」
「また嫌な能力値が増えましたなぁ」
「だって何か、女が気にしそうな匂いになってる」
「見た目は?」
「最悪」
「即答!」
「脂っこい」
「はい」
「腹たるんでる」
「はい」
「ハゲかけ」
「もう結構ですぞ!」
「なのに、身体だけは前より雌に刺さりそう」
「オッサン度と雌引き付け度が同時上昇……」
「字面キモ」
「おじさんもそう思いますなぁ」
*
「ただいま戻りましたぞ~」
「戻ったー」
冒険者ギルド。
受付にいた成人女性が顔を上げた。
いつもの受付嬢だ。
髪はきれいにまとめられている。
姿勢もいい。
声も落ち着いている。
知的で、仕事が速く、初心者相手でも説明を省かない。
このギルドで一番まともな人間かもしれない。
「お帰りなさい。まず依頼品を確認します」
受付嬢は淡々と言った。
ギャルの薬草袋を見る。
「……かなり潰れていますね」
「戦ったから」
「何と?」
「ゴブリン」
受付嬢の手が止まった。
「場所を」
「北側街道の近く」
「数は?」
「十匹以上でしたなぁ」
「大型個体もいた」
「武器は?」
「錆びた剣」
受付嬢の顔から、一瞬で仕事以外の感情が消える。
「少々お待ちください」
別の職員を呼ぶ。
「北側街道付近にゴブリンの群れ。大型個体一。巡回班へ連絡をお願いします」
「分かった」
「それと街道を通る商人へ注意喚起を」
「了解」
職員が走っていった。
「それで」
受付嬢が二人を見る。
「どうやって逃げたんです?」
「倒した」
ギャルが胸を張る。
「……はい?」
「うちが」
「ほとんどお嬢さんが倒しましたなぁ」
受付嬢がおじさんを見る。
「あなたは?」
「おじさんも勇敢に」
「枝振って外した」
「お嬢さん!」
「殴られて吹っ飛んでた」
「全部言わなくても!」
「……」
受付嬢が眼鏡の奥からおじさんを見る。
「本当に役に立っていませんね」
「受付のお姉さんまで!」
「怪我は?」
「治りましたぞ」
「治った?」
「はい」
受付嬢が首を傾げる。
「帰還時点で治療院へ寄ったのですか?」
「いやぁ」
「では、性神の祝福?」
「ご明察ですなぁ」
受付嬢の視線が。
ギャル。
おじさん。
またギャル。
「……まさか」
「何?」
「お二人で?」
「……」
ギャルが横を向く。
「しましたなぁ」
「おっさん!」
「事実ですぞ!」
「……なるほど」
受付嬢は額を押さえた。
「何となく納得しました」
「何がですかな?」
受付嬢がおじさんを見る。
「昨日より酷くなっています」
「酷いとは!?」
「汚い」
「はい」
「臭い」
「はい」
「脂っこい」
「はい」
「中年男性としての圧が強い」
「お嬢さんと同じことを!」
「でしょ?」
ギャルが受付嬢へ同意を求める。
「はい」
「受付のお姉さんまで!」
「ただ」
受付嬢が言葉を止めた。
「何です?」
「……」
おじさんを見ている。
「……何ででしょう」
「はい?」
「昨日より不快なのに、昨日より気になります」
「ほら!」
ギャルが指を差した。
「雌引き付け度!」
「何ですか、その頭の悪い名称は」
「うちらが今つけた」
「ドゥフフ」
「笑わないでください」
「はい」
受付嬢が、おじさんへ一歩近づく。
「……臭い」
「またですかなぁ」
「本当に臭いです」
「申し訳ありませんなぁ」
「なのに」
「はい?」
「妙に離れたくない」
「おや」
「喜ばない」
「まだ何も!」
「顔が喜んでいます」
「顔は生まれつきですぞ!」
受付嬢が小さく息を吐く。
そして。
いつもの冷静な声で言った。
「確認が必要ですね」
「何を?」
「あなたの祝福です」
「おじさんの?」
「はい」
「どうやって?」
「二人きりで確認します」
「……」
ギャルの目が細くなった。
「お姉さん」
「何です?」
「成人だよね?」
「当然です」
「自分でやるって決めてる?」
「はい」
「じゃいいや」
「軽いですなぁ!」
「だって本人が決めてんじゃん」
「おじさんの意思は!?」
受付嬢が見る。
「嫌ですか?」
「いやぁ」
「嫌ならしません」
「……嫌ではありませんなぁ」
「では来てください」
「はい」
「ドゥフフ」
「笑うな」
「もう始まっております!?」
*
ギルド奥の休憩室。
扉が閉まる。
カチャリ。
「……」
「受付のお姉さん?」
「脱げ」
「ドゥフ?」
おじさんが固まった。
「今、何と?」
「聞こえなかったのか、デブ」
「口調が!」
「早くしろ、クソ豚」
「別人ですぞ!?」
つい数秒前まで。
冷静。
知的。
敬語。
完璧な受付嬢だった。
「何をぼさっとしている」
「はい」
「汚い顔でこっちを見るな」
「酷い!」
「臭い」
「はい」
「デブ」
「はい」
「ハゲ」
「はい」
「クソ豚」
「はい!」
「返事だけはいいな」
「普段のお姉さんはどこへ!?」
「外に置いてきた」
「置いてきた!?」
「二人きりだろう」
「はい」
「なら私の好きにする」
「性格が強すぎますなぁ!」
「寝ろ」
「おやおや」
「早くしろ、デブ」
「はい!」
押し倒された。
「これは」
「何だ」
「おじさんの種付けプレスとは上下が逆ですなぁ」
「知るか」
「逆種付けプレス」
「黙れ!」
「はい!」
*
そして。
受付嬢は。
最初から全開だった。
「オホッ……! 何だこれは、変態!」
「始まってすぐ罵倒ですかなぁ!」
「黙れ、クソ豚! オホッ……!」
「声も大きい!」
「誰のせいだ、デブ!」
「おじさんでしょうかなぁ」
「貴様以外に誰がいる!」
「はい!」
「汚い!」
「はい」
「臭い!」
「はい」
「脂っこい!」
「はい!」
「その腹も邪魔だ!」
「申し訳ありません!」
「そのくせ――オホッ!」
「そのくせ?」
「無駄に身体だけ元気なのが腹立つ!」
「褒められております?」
「褒めてない!」
「はい!」
「オッホォォォッ!」
休憩室へ響いた。
「お姉さん」
「何だ!」
「かなりオホ声が」
「実況するな、ハゲ!」
「すみません!」
「デブが! もっとやれ!」
「はい!」
「何だその顔!」
「いやぁ」
「笑うな!」
「ドゥフ」
「笑うなと言っている!」
「はい!」
受付嬢は。
本当に罵倒しかしていない。
「クソ豚!」
「はい!」
「変態!」
「はい!」
「臭い!」
「はい!」
「もっとだ!」
「要求だけどんどん強くなっておりますぞ!」
「うるさい! オホッ……!」
声が崩れる。
「お゙っ……お゙っ……!」
「おや」
「見るな!」
「いやぁ」
「見るなと言って――オッホォォォォォッ!」
「見事ですなぁ」
「感想を言うな!」
「はい!」
「もっと激しくしろ、ハゲ!」
「はい!」
「デブが! こんなに気持ちいいのが一番腹立つ!」
「とうとう言いましたなぁ!」
「黙れ!」
「はい!」
「汚いくせに!」
「はい!」
「臭いくせに!」
「はい!」
「オッサン臭いくせに!」
「はい!」
「身体だけ私に合うな!」
「そこはおじさんの責任では!」
「黙れ、クソ豚!」
*
一度。
大きな声が止んだ。
「……」
「……」
おじさんが息を整える。
「いやぁ」
「何だ」
「終わりましたかな?」
受付嬢の目が。
すっと細くなった。
「は?」
「ドゥフ?」
「誰が終われと言った?」
「いや、今」
「まだできるだろ、クソ豚」
「できますなぁ」
「なら続けろ!」
「即二回目ですかなぁ!?」
「口答えするな!」
「はい!」
「もっとだ、デブ!」
「はい!」
「さっきより激しく!」
「はい!」
「私が終われと言うまで勝手に終わるな!」
「お姉さん、非常に元気ですなぁ」
「貴様が言うな!」
「ドゥフフ」
「笑うな!」
そして。
「オホッ……!」
「またですなぁ」
「実況するな!」
「はい!」
「もっと寄越せ、クソ豚!」
「何をですかな?」
「聞き返すな!」
「はい!」
「身体の奥までいっぱいになるくらいだ!」
「随分な要求ですなぁ!」
「うるさい!」
「はい!」
「変態が……オホッ!」
「お姉さん?」
「貴様のせいで、身体の奥からあふれそうじゃないか!」
「それでも続けます?」
「当たり前だ!」
「ほう!」
「調子に乗るな、ハゲ!」
「はい!」
「もっと濃く!」
「はい!」
「もっと重く!」
「はい!」
「身体の奥に残るくらい寄越せ!」
「いやぁ、要求が具体的ですなぁ!」
「黙れぇぇぇ!」
「はいぃ!」
「オッホォォォォォッ!」
*
三回目。
「まだできるだろ、デブ!」
「できますぞ!」
「なら休むな!」
「はい!」
四回目。
「ハゲ! もっと激しく!」
「はい!」
「オホッ……! それだ!」
「受付のお姉さん」
「何だ!」
「もはや罵倒なのか応援なのか」
「黙れ、クソ豚!」
「はい!」
五回目。
「勝手に終わった顔をするな!」
「顔まで管理ですかなぁ!?」
「全部管理する!」
「全部!?」
「その汚い身体も!」
「はい!」
「臭い汗も!」
「はい!」
「妙に雌を引き寄せる匂いも!」
「はい!」
「全部だ!」
「いやぁ」
「何だ!」
「お姉さん、おじさんを相当気に入って」
「殺すぞ」
「すみません!」
「私は管理しているだけだ!」
「はい」
「危険物を!」
「危険物!」
「こんな汚い変態を野放しにできるか!」
「おじさん、人間扱いされております?」
「ギリギリだ!」
「厳しい!」
「オホッ……!」
「でもまだ続くんですなぁ」
「黙れ、クソ豚!」
*
どれくらい経ったか。
分からない。
ようやく。
受付嬢が立ち上がった。
「……」
「終わりました?」
「黙れ」
「はい」
髪を直す。
服装を整える。
一度。
深呼吸。
そして。
「確認は終了しました」
「……」
戻った。
完全に。
いつもの冷静で知的な受付嬢だ。
「お姉さん」
「何でしょう?」
「切り替えが怖いですぞ」
「何のことでしょう」
「記憶まで!?」
「外へ出ますよ」
「はい」
*
扉が開く。
「お待たせしました」
受付嬢はいつもの声だった。
外で待っていたギャルが見る。
「……普通じゃん」
「何がです?」
「いや」
その後ろ。
おじさんが出てくる。
「いやぁ~……」
ギャルが鼻をひくつかせた。
「おっさん」
「はい?」
「何か、さらに濃くなってない?」
「何がですかな!?」
「オッサン」
「オッサンそのもの!?」
ギャルが近づく。
「うわ」
「何です!?」
「匂いも強くなってる」
「そんな!」
「雌引き付け度も上がってない?」
受付嬢が静かに答える。
「可能性はあります」
「お姉さんも感じる?」
「業務上、確認しました」
「業務?」
「業務です」
おじさんが。
「ドゥフ」
「笑わないでください」
「はい!」
ギャルが首を傾げる。
「何でおっさん、受付のお姉さんにそんなビビってんの?」
「世の中には知らない方がいいこともありますぞ」
「?」
受付嬢は涼しい顔のまま帳簿を開いた。
「それより依頼報告を続けます」
「はい」
「はいですぞ」
*
その時。
「オホォォォォッ!」
「オッホォォォォォッ!」
「……」
三人が振り向いた。
ギルドの隅。
木剣と木杯。
また勝手にくっついている。
「またやってんじゃん!」
「目を離すとすぐですなぁ」
「オホッ! オホォォォッ!」
「オッホォォォォォッ!」
受付嬢が額を押さえる。
「これは何です?」
「うちの木剣」
「おじさんの木杯ですぞ」
「なぜ交尾しているんです?」
「雄化物と雌化物だから」
「相性抜群ですなぁ」
「性能は?」
「木剣は鉄剣折った」
「木杯は毒まで浄化しますぞ」
「……」
受付嬢は二つを見る。
「オホォォォォッ!」
「オッホォォォォッ!」
「……性能は最高」
ギャルが言う。
「私生活は最悪ですなぁ」
「おっさん真似すんな!」
受付嬢は長く息を吐いた。
「あなたたち」
「はい?」
「はいですぞ?」
「全員、管理対象です」
「全員!?」
*
結局。
薬草依頼は減額。
ゴブリンの群れについては情報提供料が出た。
討伐証明は持ち帰っていないため、討伐報酬はなし。
「次回からゴブリンは右耳です」
「はい」
「大型個体の場合は、武器や特徴も確認してください」
「おっけー」
「危険区域へ勝手に入らない」
「はい」
「木剣と木杯を放置しない」
「はい」
「あなたは入浴する」
「おじさんだけ!?」
「ネクタイも洗ってください」
「相棒が!」
「洗う」
「はい」
「それから」
受付嬢がおじさんを見る。
「その妙な引き付ける性質」
「はい?」
「さらに強くなるようなら、必ず報告してください」
「了解ですなぁ」
「勝手に近づいて試さない」
「はい」
「汚いので」
「最後それ必要です!?」
「必要です」
ギャルが笑う。
「めっちゃ管理されてんじゃん」
「お嬢さんも対象です」
「え」
「雄化木剣を持っていますから」
「……はい」
「二人ともです」
「はいですぞ」
受付嬢は。
いつもの知的な顔で。
淡々と書類へ記入していく。
おじさんは思った。
人前では。
完璧な受付嬢。
二人きりでは。
デブ。
ハゲ。
クソ豚。
変態。
そして。
「まだできるだろ」と際限なく続行を要求する。
「いやぁ……」
「何です?」
「いえ、何でもありませんぞ」
「そうですか」
笑顔。
怖い。
ゴブリンより。
絶対。
受付のお姉さんの方が怖い。
「ドゥフフ……」
「何を笑っているんです?」
「何でも!」
「まず風呂へ」
「はい!」
ギャルとの種付けプレスによって。
おじさんは。
格好良くなるどころか。
さらにオッサンらしくなった。
オッサン度上昇。
雌引き付け度上昇。
そして。
それを最初にまともに食らった受付嬢は。
人前では何事もなかった顔をしながら。
二人きりになった時だけ。
とんでもないドSになった。
「オホォォォォッ!」
「オッホォォォォッ!」
「木剣! 木杯! またやってる!」
「元気ですなぁ」
「おっさんも黙れ!」
異世界生活。
まだ始まったばかり。
なのに。
管理対象だけが。
順調に増えていた。




