第八十八話 淫紋魔術師から火急の知らせで呼び出されたら、女にもイチモツを生やせるようになっていました
火急の知らせ。
それも、淫紋魔術師本人から、公爵令嬢であるユキと、爆乳令嬢の二人に直接会いたいというものだった。
「火急って、何をやらかしたのかしら」
「『成功しました。実物を見てください』としか書いてありません」
エリーが手紙を読み直す。差出人の筆跡は間違いなく淫紋魔術師本人。研究の話になると頭がおかしくなる女ではあるが、くだらないことで公爵家と、その対立派閥の有力令嬢を同時に呼びつけるほど常識がないわけでもない。
「成功って何が?」
「書いてないから困ってるのよ」
「乳首から出る方なら、前に途中まで見せてもらったじゃない」
「それなら火急とは書かないでしょうね」
行くしかない。
*
淫紋魔術師の家は、ただの魔術師の家ではない。
一族そのものが貴族であり、代々、城の魔術研究部門へ人材を出してきた家だった。武勲で名を上げた家ではなく、術式、魔道具、人体へ作用する補助魔術など、研究成果そのもので地位を維持してきた一族である。
その中でも彼女は異例だった。
女であることを理由に本来なら家の研究を補佐する立場へ回されるところを、本人が作り上げた人体用魔術紋の有用性があまりにも高く、特例で城の研究部門へ正式に席を与えられた。
だから表向きの彼女は、変態研究者ではない。
若くして城仕えを認められた、才媛の貴族令嬢である。
「……それを知ってから、あの人を見る目がちょっと変わったのよね」
「どちらへ?」
「悪い方」
「なぜです?」
「城で真面目な顔してるくせに、自宅では自分の身体へ変な術式刻みまくってるのよ?」
「それは以前から知っていたでしょう」
*
ただし今回、ユキと爆乳令嬢は同じ馬車では向かわなかった。
公爵家と、爆乳令嬢の実家は、社交界では大きな派閥を率いる競合関係にある。秘密の集まりでは家格を持ち込まない。それでも、昼間から二人が揃って同じ研究貴族の屋敷へ入る姿を見られれば、余計な憶測を招く。
先に入ったのは爆乳令嬢。
時間を空けて、ユキの馬車が到着する。
「面倒ねえ」
「面倒でも必要です」
エリーに言われ、ユキはいつもの公爵令嬢の顔を作って玄関をくぐった。
そして応接室へ入る。
「あら、遅かったですわね」
「先に来てたのね」
爆乳令嬢は既にお茶を飲んでいた。その背後には、秘密結社の事務仕事まで手伝いたがっている例のメイド。
「別々に入る意味、ここまで来ると馬鹿らしくなりますわね」
「外向けよ、外向け」
*
そこへ現れた淫紋魔術師を見て、ユキは少しだけ目を瞬いた。
「……誰?」
「私です」
「いや、分かってるけど」
今日は研究室の白衣でも、身体中の術式を見せるための軽装でもない。髪は綺麗にまとめられ、上等なドレスをまとい、宝石まで控えめに合わせている。
完全に、貴族令嬢。
「ここは私の実家でもありますので」
「そういえばそうだった」
「城に出仕していない日は、家の者の前ではこうしております」
「中身があれなのに」
「何か?」
「何でもないわ」
*
淫紋魔術師は使用人へ茶を用意させると、全員を下がらせた。
扉が閉まる。
部屋に残ったのは五人。
ユキ。
爆乳令嬢。
エリー。
爆乳令嬢付きのメイド。
そして淫紋魔術師。
「では」
淫紋魔術師が立つ。
「火急の知らせとは?」
「実物を見ていただくのが最も早いです」
「何の?」
答えず。
彼女はスカートへ手をかけた。
「……ちょっと待って」
「はい?」
「ここ応接室よね?」
「私の屋敷です」
「そういう問題じゃないのよ」
だが淫紋魔術師は気にしない。
スカートを持ち上げる。
下着はつけていなかった。
そして。
「……」
ユキが止まる。
爆乳令嬢も止まる。
メイド二人まで止まる。
「え」
そこには、本来彼女には存在しなかったはずの、男性器状の器官があった。
「……生えてる」
ユキ。
「生えました」
淫紋魔術師。
「本当に?」
「本当にです」
爆乳令嬢が立ち上がる。
「あなた、それ」
「淫紋魔術による形態変化です」
*
淫紋魔術師は、何事もなかったかのようにスカートを下ろした。
「術理としては、まったく新しい器官を無から作ったわけではありません。女性にもともと存在する組織を魔術的に肥大・再構成し、疑似的な男性器として機能する形へ変化させています」
「つまり」
「極端に言えば、陰核を発達させた疑似男性器です」
「やっぱりそこから来たのね」
ユキが自分の身体を思い出す。
自分の場合は性神の祝福。
こちらは魔術。
「ちゃんと戻るの?」
「現行型は戻せます。術式を解除すれば元の状態へ戻ります。固定化する術式も理論上は可能ですが、現段階では推奨しません」
「安全性は?」
「そこを見ていただきたく、お二人を呼びました」
淫紋魔術師が机へ研究資料を並べる。
「血流、感覚、排尿、生殖器周辺への負荷、魔力消費。現状では大きな異常なし。緊急停止術式も組み込みました。ただし長時間維持試験はまだ途中です」
「自分で試したの?」
「もちろん」
「やっぱり」
*
爆乳令嬢が明らかに楽しそうな顔になっている。
「これ、つまり」
「はい」
「わたくしにも?」
「理論上は可能です」
「ユキにも?」
「可能です」
「エリーにも?」
「可能です」
「私にもでしょうか」
爆乳令嬢のメイドまで手を挙げる。
「可能性は高いです」
「あなたは何でそんなに嬉しそうなのよ」
ユキが突っ込む。
*
淫紋魔術師は資料の一枚を指した。
「この術式が完成すれば、会の内部では身体的な性差によって『できる側』『できない側』が固定される必要がなくなります」
「……」
「女性でも、自分が望むなら男性側の役割を選べる」
「なるほど」
「男性についても、別系統の術式で受容側の補助を研究できます。ただし、それはこちらほど進んでいません」
爆乳令嬢が笑った。
「面白いですわね」
「でしょ?」
「あなたが何で得意げなのよ」
ユキ。
「でも」
少し考える。
「会としてはかなり大きいわね」
秘密結社には、男女の区別なく参加者がいる。同性同士もいれば、異性同士もいる。複数人もいる。そこで身体の組み合わせによる制限そのものを、本人が望む範囲で減らせる。
「誰もが同じ身体になる、ではなく」
「はい」
「欲しい機能を、一時的に選べる」
「その方向です」
「それなら会の趣旨にも合うわね」
エリーも頷いた。
「ただし、正式導入するなら自由選択であることを明記します」
「当然」
「女性だから付ける、男性だから付けない、という扱いにもいたしません」
「それも当然」
「外部での使用についても慎重に」
「そこも」
*
「そして」
淫紋魔術師が言った。
「火急と書いた理由は、こちらだけではありません」
「まだあるの?」
「あります」
今度は胸元。
指差す。
「以前お見せした乳汁分泌促進系の淫紋ですが、男女共通化に成功しました」
「……男も?」
「はい」
「出るの?」
「出ます」
ユキ。
爆乳令嬢。
エリー。
メイド。
四人。
黙る。
「男でも?」
「男でもです」
「……」
爆乳令嬢が笑い始めた。
「何ですの、それ」
「研究成果です」
「馬鹿みたいなのに、術式としては高度なのが腹立ちますわね」
「褒め言葉として受け取ります」
*
「男性の場合、胸部組織そのものが女性ほど発達していないため、従来型では出力不足でした。しかし局所的な組織活性、血流調整、腺組織の一時発達を組み合わせることで、性別を問わず発動可能になりました」
エリーが資料を見る。
「負担は?」
「抑えています。連続使用には制限あり。脱水と栄養消費を監視し、一定値を超えれば自動停止します」
「そこまで作ったのですか」
「以前、三時間止まらなかった経験がありますので」
「まだその失敗を基準にしてるのね」
*
「さらに」
「まだ?」
「あります」
淫紋魔術師。
胸。
押さえる。
「興奮状態に連動して、胸部が一時的に発達する術式も作りました」
爆乳令嬢。
自分の胸を見る。
「わたくしに必要ありませんわね」
「むしろあなたの場合は上限設定が必要です」
「失礼ですわね!」
「男にも効くの?」
「効きます」
ユキ。
「どのくらい?」
「個人差があります。女性はかなり明確に増大する場合があります。男性でも胸部がわずかに膨らみ、輪郭が丸くなる程度には変化します」
「興奮が収まったら?」
「戻ります」
「便利ね」
「見た目だけでなく、先ほどの乳汁分泌術式との連動も可能です」
「……」
ユキ。
「盛りすぎじゃない?」
「機能は分離できます」
「そこ大事」
*
淫紋魔術師が、新しい術式一覧を並べる。
『疑似男性器形成』
『男女共通乳汁分泌』
『興奮連動型胸部発達』
『安全停止』
『持続時間制限』
『魔力・体調監視』
「全部、一枚の淫紋に?」
「可能ですが推奨しません」
「何で?」
「全部載せると管理が面倒です」
「珍しくまとも」
「必要なものだけ後付けできる方式を想定しています」
エリーが即座に反応した。
「では基本の会員認証用淫紋とは分離してください」
「そのつもりです」
「正式会員だから身体改変機能まで付く、という形にはしません」
「はい」
「追加機能は一項目ごとに本人が希望する」
「はい」
「解除可能なものは解除可能と明示」
「はい」
ユキ。
「事務局長、仕事早い」
「当然です」
*
爆乳令嬢は、さっきから疑似男性器形成の資料を見ている。
「ねえ」
「何?」
「ユキ」
「嫌な予感する」
「わたくし、これ欲しいですわ」
「やっぱり!」
「前から欲しいと言っていたでしょう?」
「言ってたけど!」
「神に祈るより早いのではなくて?」
「エリー方式の『神にゴネ勝ち』より現実的ね」
エリー。
「私を方式名にしないでください」
*
「ただし」
淫紋魔術師。
「現段階ではまだ試験運用です」
「なら私が」
「わたくしが」
ユキと爆乳令嬢。
同時。
「……」
「……」
「何で張り合うのよ」
「あなたこそ」
「二大派閥の令嬢が人体実験の順番で競わないでください」
エリーが止める。
*
「お二人を呼んだ理由は、そこにもあります」
淫紋魔術師が真面目な顔をした。
「私はこの技術を会へ提供したい。ただ、私一人の研究として勝手に配るべきではないとも考えました」
「珍しく慎重」
「城仕えですので」
その一言で。
空気。
少し変わる。
「この研究、一族や城には?」
「基礎理論は人体用補助術式として提出しています。しかし、具体的な用途はまだ私個人の研究範囲です」
「会向けの用途を城へ持ち込む気は?」
「ありません。ただし、医学的に有用な部分については、将来的に一般技術として切り分ける価値があります」
「その線引きは必要ね」
ユキが頷く。
秘密結社の遊び。
城の研究。
医療。
同じ術式から生まれても、混ぜてはいけない。
*
爆乳令嬢が資料を閉じる。
「では、まず会の試験としては限定人数」
「はい」
「強制なし」
「はい」
「身体改変機能は認証用淫紋と別」
「はい」
「安全停止あり」
「はい」
「使用記録を取る」
「はい」
「その上で」
にっこり。
「最初の疑似男性器は、わたくしで」
「何でそうなるのよ!」
ユキ。
「言った者勝ちですわ」
「じゃ私も!」
「公爵令嬢まで乗らないでください!」
*
エリー。
ため息。
「順番は健康状態と術式適合を確認して魔術師が決めます」
「えー」
「異議は認めません」
爆乳令嬢のメイド。
小さく。
「私も候補に」
「あなたまで!」
*
淫紋魔術師。
満足そう。
「被験者には困らなそうですね」
「その顔やめて」
「ですが」
「何?」
「今回の成功で、かなり大きな壁を越えました」
彼女は自分の胸元へ触れ、それからスカートの裾を見る。
「身体が最初から持っていた性別だけで、遊び方や役割を決める必要がなくなる」
ユキ。
少し。
笑う。
「それは、うちらの会には合ってるかもね」
「ええ」
爆乳令嬢も頷く。
「外では公爵令嬢も、伯爵令嬢も、男も女もある」
「でも中では」
「本人が何をしたいか、ですわね」
エリーが念押しする。
「だからこそ、付けない自由も同じだけ守ります」
「分かってるって」
*
帰り。
当然。
ユキと爆乳令嬢は。
別々。
時間をずらして屋敷を出る。
先に爆乳令嬢。
玄関。
「ではユキ」
「何?」
「完成したら」
「……」
「最初に試す相手、覚えていますわよね?」
「まだそれ言ってんの!?」
爆乳令嬢。
笑う。
馬車。
乗る。
*
少し後。
ユキも馬車へ。
隣。
エリー。
「ねえ」
「何でしょう」
「技術進歩ってすごいわね」
「方向性については申し上げたいことが大量にあります」
「でも城仕えするくらい優秀なのよね」
「はい」
「その優秀さで、女にイチモツ生やして、男から母乳出して、興奮すると胸大きくしてんのよね」
「はい」
「……」
ユキ。
窓の外。
見る。
「この国の魔術研究、大丈夫かしら」
「少なくとも研究者本人は非常に優秀です」
「そこが一番怖いのよ」




