第八十五話 全店出禁の虎獣人と女戦士に石造りの教会建屋を貸したら、自信家が泊まって自信を失う宿になりました
虎獣人と女戦士が、歓楽街の全店舗から出禁になった。二人一緒だからではない。虎獣人は単独でも駄目。女戦士も単独でも駄目。男性向け、女性向け、男女どちらも利用する店、全部駄目だった。金払いはいい。暴れもしない。店の規則も守る。相手が嫌がれば止まる。それでも、体力がおかしい。設備がもたない。従業員の予定が崩れる。一人の客だけで店の一晩が終わる。だから歓楽街の店主会議が出した結論は、ひどく簡潔だった。
『二人とも、自分たちだけで何とかしてください』
「……じゃあ逆に金取れば?」
うちが出禁通知を見ながら言うと、神官が嫌そうな顔をした。
「何の話です?」
「この二人」
「はい」
「全店出禁になるくらいなんでしょ?」
「そうだな」
女戦士は全く反省していなかった。虎獣人も隣で普通に頷いている。
「二人だけでも十分だが、たまには他の相手とも遊びたい」
「俺もだ」
「なら、相手してもらう側じゃなくて、相手する側になればよくない?」
「……」
「全店出禁になった男と女を相手にしてみませんかー、って」
神官が額を押さえた。
「なぜそれで客が来ると思うのです」
「来るって。今この街、外から人いっぱい来てるじゃん。冒険者もいるし、旅人もいるし、歓楽街目当ての客もいる。そういう中に絶対いるって。『俺ならいける』『私ならあの女戦士と張り合える』『二人まとめてでも平気』って言う自信ある奴」
「最後の方はかなり特殊では?」
「でもいる」
「根拠は?」
「人間って自信あると試したくなるじゃん」
「何の自信です?」
「体力とか、夜の技術とか」
「言葉を選びましたね」
「褒めて」
女戦士は少し考えただけで、あっさり頷いた。
「私は構わないぞ」
「早っ」
「冒険者として魔物を倒して金をもらうのと、こちらが納得して相手をして金をもらうのと、私にはそこまで大きな違いはない。相手も納得して来るんだろう?」
「当然。嫌なら断れるし、途中で嫌になったらやめる」
「ならいい」
「俺もそれでいい」
虎獣人まで迷わない。神官だけが頭を抱えていた。
「あなた方はもう少し悩まないのですか」
「店を全部断られて、欲求だけ溜める方が辛い」
「それは分かる」
「あなたは特に分かるのでしょうね……」
「うん。したいのにできないの、普通にしんどいじゃん。したい二人がいて、相手してみたい客がいて、全員納得してるならよくない?」
「理屈だけなら否定しづらいのが腹立たしいですね」
「勝った」
「まだ許可していません!」
*
問題は場所だった。歓楽街の店は全部出禁。普通の宿でやれば、また壁か床かベッドが死ぬ。二人の今の家は寝るだけなら十分だが、何人も客を入れられる広さはない。
「頑丈な建物借りれば?」
「どこを」
「石造り」
うちは神殿の方を見た。
「こちらを見ないでください」
「神殿の裏に使ってない建物あるじゃん」
「ありません」
「ある」
「ありません」
「あの古い二階建て」
「……」
「あるじゃん」
神殿の敷地の端には、昔使っていた石造りの巡礼者宿が残っていた。新しい宿泊棟ができてからは使われず、倉庫にすらなっていない。
「今使ってないんでしょ?」
「将来的な用途が」
「じゃあ家賃取って貸せば?」
「教会資産です」
「だから家賃払うって言ってんじゃん。タダで寄越せとは言ってないし」
うちは指を立てた。
「賃料を神殿に払う。売上からも何割か神殿に入れる。建物壊したら二人が直す。客は成人だけ。酒で判断怪しい奴は駄目。料金は先に決める。客も途中でやめていいし、この二人も嫌な相手は断っていい」
「……」
「めっちゃまともじゃん」
「それをあなたが考えたことに一番驚いています」
「失礼!」
神官はすぐには認めなかったが、結局、最後に効いたのは金だった。参拝者が増えれば神殿の維持費も増える。妊婦への支援、産婆への補助、貧しい夫婦への相談事業にも金がかかる。使っていない建物から賃料が入り、さらに売上の一部まで入る。
「……会計上は、悪くありません」
「よっしゃ!」
「その喜び方をやめてください」
*
こうして古い石造りの建物は補修され、虎獣人と女戦士の自宅兼店舗になった。看板は二人が考えると本当に『虎と女戦士の家』になりそうだったので、最終的には『虎と女戦士の宿』で落ち着いた。宿泊もできるため、嘘ではない。
「飯は?」
「出さない」
「風呂は?」
「ある」
「泊まれる?」
「泊まれる」
「営業日は?」
「私たちがしたい日」
「自由すぎる!」
二人は冒険者を辞めなかった。依頼へ行き、魔物を狩り、疲れて帰ってきた日は休む。二人だけで過ごしたい日も休む。客が欲しい日だけ看板を出す。
『本日営業』
それだけだった。
*
最初の二日ほど、客は遠巻きに眺めるだけだった。だが三日目、とうとう一人の男性冒険者が入った。
「本当に二人とも選べるのか?」
「俺だけでもいい」
「私だけでもいい」
「全員が納得しているなら、二人ともでも構わない」
冒険者は虎獣人を見る。女戦士を見る。もう一度虎獣人を見る。
「……二人で」
「お」
たまたま近くにいたうちが思わず声を出した。
「勇者」
「違います!」
神官に怒られた。
翌朝、男は自分の足で出てきた。怪我もない。普通に歩ける。ただし顔だけが妙に静かだった。
「どうだった?」
「聞くな」
「でも生きてるじゃん」
「俺、自分は体力ある方だと思ってた」
「うん」
「違った」
「……」
「全然違った」
そこから口コミが広がるのは早かった。
『自信がある奴だけ行け』
『虎だけでもきつい』
『女戦士だけでもきつい』
『二人同時は選ぶな』
『絶対に選ぶな』
そして人間は、絶対に選ぶなと言われると選びたくなるらしい。
*
女冒険者が来た。
「女戦士一人で」
翌朝。
「私、女同士なら負けないと思ってた」
「何に勝つ気だったん?」
獣人の男が来た。
「虎で」
翌朝。
「自信なくした」
夫婦も来た。
「私たち二人で、お二人ともお願いしたいのですが」
「四人?」
「全員が納得しているならいいぞ」
翌朝、夫婦は並んで出てきた。
「どうだった?」
「仲は深まりました」
「いいじゃん」
「自信はなくなりました」
「両方なんだ」
ついには冒険者三人組がやって来た。
「三人なら二人を相手にできるだろ」
翌朝。
「……人数じゃなかった」
五人。
「何であの二人、普通に朝飯食ってんだ?」
八人。
「団体予約まで入った!」
翌朝、八人は女将の店で朝食を取りながら、全員無言だった。
「何だい、朝から葬式みたいな顔して」
一人がパンを見つめたまま答える。
「自信を置いてきました」
「どこに?」
「虎と女戦士の宿」
「ああ。なら仕方ないね」
「街の共通認識になってるじゃん!」
*
やがて『虎と女戦士の宿』には、正式な店名とは別に妙な評判がついた。
『自分の体力に自信がある者が泊まる宿』
『夜の技術に自信がある者が挑む宿』
『冒険者が自分の実力を確認する場所』
『そして大抵、自信を失って帰る宿』
「何だこれ」
女戦士が評判を書いた紙を見る。
「人気店じゃん」
「私は普通に相手をしているだけだぞ」
「それで歓楽街全部出禁になったんだって」
「虎も普通だ」
「俺は普通だ」
「二人の普通がおかしいんだよ!」
二人にとって重要なのは、客の数ではなかった。今日は二人だけで過ごしたいなら休業。誰かと遊びたいなら営業。一人でも、複数でも、男でも女でも、二人が嫌なら断る。
「今日は客を取らない」
「何で?」
「二人でしたい」
「なるほど」
翌日は。
「今日は客がほしい」
「じゃ営業?」
「ああ」
気分営業。それなのに、その不規則さまで希少価値になった。
「今日開いてるらしいぞ」
「マジか」
「今夜泊まれるか?」
「自信あるのか?」
「ある」
「明日の朝にも同じこと言えるといいな」
「何その会話!」
*
神殿にも、きちんと金が入った。賃料。さらに売上の一部。
「どう?」
うちが帳簿を覗く。
「見ないでください」
「儲かってる?」
「かなり」
「ほら」
「認めたくありません」
「妊婦さんの支援増やせる?」
「今月はかなり増やせます」
「ほら!」
「そこだけは本当にありがたいのですが……」
しかも石造りの建物を選んだのは正解だった。壁も床も厚く、事前に補強までしたため、今のところ建物は無事である。音も普通の宿よりかなり外へ漏れにくい。
以前二人を出禁にした歓楽街の店主たちも、一度見学へ来た。
「繁盛してるな」
「おかげさまで」
女戦士が答えると、一人の店主がおそるおそる聞いた。
「……うちへ戻りたいとか思ってないよな?」
「いや。こっちの方が気楽だ」
「俺もだ」
「よかった」
「そこまで安心するか?」
「本当に戻ってこないでください」
「まだ言うのか!」
*
ある朝、宿の看板の下へ誰かが勝手に札を付けていた。
『あなたの自信、確認します』
「これ誰が書いたの?」
「客らしい」
「センスあるじゃん」
翌日。
その下へ、さらに一枚。
『確認ではありません。破壊されます』
「ひどくない?」
その翌日。
『三人で行って三人とも負けました』
「だから勝負じゃねえって!」
それでも客は来た。むしろ増えた。
*
神殿は参拝者が増え、御神像が名物になった。女将は店を増やし、歓楽街も広がった。そして街の端には、新しい名所として『虎と女戦士の宿』が加わった。
旅人の間では、いつの間にかこんな案内まで広まっている。
「性神の街へ行くなら御神像を見ろ」
「御守りを買え」
「夜は歓楽街へ行け」
「それから、自分の体力や夜の技術に自信があるなら――虎と女戦士の宿へ行ってみろ」
「おすすめなん?」
「いや」
「じゃ何で?」
「帰ってきたら、自分がどの程度だったのか分かる」
「完全に観光名所じゃん」
うちが呆れている横で、オッサンは木杯を傾けていた。
「ギャルさんの企画ですからなぁ」
「商才ある?」
「かなり」
「マジ?」
「その商才を、もう少し普通の方向へ使ってください」
後ろから神官。
「でも儲かってんじゃん」
「それを言われると弱いのです!」
夜。
街の端から、遠く声が響く。
「オホォォォォォッ……!」
反対側。
神殿からも。
「オホォォォォッ……!」
うちは立ち止まった。
「右、御神像」
「はい」
「左、虎と女戦士」
「はい」
「……この街、夜うるさすぎない?」
「観光地には活気が必要ですからなぁ」
「そういう活気じゃねえよ!」




