第八十一話 遠くの貴族に性神の話をしてきたマジメメガネが、帰ってきてからずっと疲れた顔してるんだけど
マジメメガネが戻ってきた。
数週間前。
遠方の有力貴族から、性神について講話をしてほしいという正式な依頼が神殿へ届いた。
神殿側で誰を派遣するか話し合った結果。
最近。
性神の祝福による特殊事例に。
嫌というほど詳しくなっている男。
マジメメガネが選ばれた。
そして今日。
長旅を終えて。
ようやく帰還。
「お帰り」
「ただいま戻りました」
「どうだった?」
「……」
「何その間」
「まず」
マジメメガネは眼鏡を外した。
布で。
ゆっくり拭く。
「疲れました」
「講義しただけじゃないの?」
「講義そのものは、です」
*
教会の食堂。
うち。
マジメメガネ。
元童貞神父。
三人。
机。
お茶。
「もう童貞ではありません」
「まだ何も言ってないし」
「あなたの顔を見ると、先に訂正しておく必要を感じるのです」
「被害妄想じゃん」
「積み重ねです!」
マジメメガネが。
また。
ため息。
「元気ないね」
「あります」
「じゃ何でそんな疲れてんの」
「だから説明します」
*
「最初は」
マジメメガネ。
「極めて正式な招聘でした」
「うん」
「公爵家を含む複数の有力家から、神殿を通して依頼が来た」
「マジで上の方じゃん」
「はい」
「何の講義?」
「性神信仰の基礎。祝福。性愛と信仰。身体と健康。妊娠や出産など」
「めっちゃまとも」
「私もそう思っていました」
「過去形?」
「過去形です」
*
元童貞神父。
首を傾げる。
「何か問題でも?」
「最初に、興味のある内容を確認したのです」
「ええ」
「そうしたら」
マジメメガネ。
無言。
「何?」
うち。
「言って」
「……男性側を増やす方法」
「は?」
「生やす方法」
「うん?」
「大きくする魔法」
「おお」
「豊胸魔法」
「ほう」
「身体の一部を任意に変化させる術」
「それ普通に気になる」
「気にならないでください」
*
「さらに」
マジメメガネ。
「神殿に伝わる淫靡な秘儀」
「あるの?」
「ありません」
「即答じゃん」
「地下聖堂」
「うん」
「全裸の神官」
「うん」
「特殊な媚薬」
「うん」
「一晩中続く謎の儀式」
「うん」
「全部、期待されました」
「ないの?」
「ありません!」
*
元童貞神父。
「なぜ、そのようなことを……」
「性神だからだそうです」
「……」
「……」
二人。
沈黙。
うち。
「まあ」
「何です」
「分からなくもない」
「分からないでください!」
「だって性神じゃん」
「あなたまで!」
*
「で」
うち。
「ちゃんと講義したん?」
「しました」
「何話した?」
「性神は性愛だけでなく、繁殖、妊娠、出産、豊穣、夫婦関係、身体の健康などを広く司る」
「うん」
「欲望そのものを悪とはしない」
「うん」
「しかし相手の意思を無視してよいわけではない」
「うん」
「自分が何を望むかを認め、相手が何を望むかを聞き、互いに納得できる形を探す」
「それ大事」
「嫌なら断る。途中で嫌になったなら止める」
「めっちゃまとも」
「だから最初からまともな講義なのです!」
*
元童貞神父。
安心した顔。
「それならよかったではありませんか」
「途中までは」
「また過去形ですね」
「質問時間になった途端、戻りました」
*
「拘束は?」
「本人同士が理解し、了承しているなら、それ自体を神殿が一律に禁じるものではないと答えました」
「複数人は?」
「同様です」
「同性は?」
「同様」
「夫婦以外」
「婚姻契約や家の事情は別として、性神の教義だけで一律禁止するものではない、と」
「へえ」
うち。
「神殿、意外と自由じゃん」
「自由なのではなく」
「うん」
「他人の寝室へ神殿が必要以上に介入しないだけです」
「もっと自由じゃん」
「言い方!」
*
元童貞神父。
「では、その辺りで納得されたのでは?」
「納得はされました」
「よかったですね」
「その結果」
「はい」
「今度は、自分たちがやろうとしていることを一つずつ質問されました」
「……」
「どのような?」
「身体へ絵を描く」
「はい」
「全裸で」
「……」
「複数人で組み合わせる」
「……」
「大勢の前で行う」
「……」
「周囲では別の参加者も自由に遊ぶ」
「……」
元童貞神父。
「ずいぶん具体的ですね」
「私もそう思いました」
*
うち。
「面白そうじゃん」
「あなたは黙っていてください」
「何で!」
「話が増えます!」
*
「でも」
うち。
「貴族なんでしょ?」
「はい」
「そういうのするんだ」
「私も詳しくは聞いていません」
「秘密の会?」
「そこも聞いていません」
「怪しい」
「だから余計な詮索はしていません」
「マジメ」
「神官ですから」
*
「ただ」
マジメメガネ。
少し。
考える。
「妙な集まりではありましたが」
「うん」
「一つだけ、感心した部分もあります」
「何?」
「参加者の間では、爵位や家格を、相手へ何かを強制する理由にしないよう徹底しているらしい」
「へえ」
元童貞神父。
「貴族なのにですか?」
「外では身分秩序を守る。ですが、その集まりの中では別だそうです」
「何か変」
「私もそう思いました」
「でも良くない?」
うち。
「少なくとも上だから断れないとかないんでしょ」
「それは、かなり強く否定されていました」
「じゃまともじゃん」
「質問内容以外は」
*
「で」
うち。
「男側を増やす方法は教えた?」
「教えていません」
「知らない?」
「知りません」
「生やすのは?」
「知りません」
「大きくするのは?」
「知りません!」
「豊胸」
「美容術師へ行ってください!」
「性神役に立たなくない?」
「何を神へ求めているのです!」
*
そこで。
元童貞神父。
「ですが」
「はい」
「身体機能を調整する性神系統の魔法はありますよね」
「……」
マジメメガネ。
見る。
「何です?」
「余計なことを言わないでください」
「しかし事実でしょう」
「お」
うち。
食いつく。
「あるじゃん」
「治療用です!」
「何ができる?」
「身体の回復。妊娠補助。出産時の負担軽減。乳汁分泌の補助などです」
「母乳出せる?」
「産後支援!」
「そこ応用したら」
「しないでください!」
*
うち。
ニヤ。
「貴族に同じこと聞かれた?」
「聞かれました」
「やっぱ考えること一緒じゃん」
「一緒にならないでください!」
*
マジメメガネ。
お茶。
一口。
「最終的には」
「うん」
「性神信仰において、欲望を持つこと自体は恥ではない。ただし、相手の意思を尊重し、安全へ配慮する」
「うん」
「そこへ落ち着きました」
「いい講義じゃん」
「講義自体は最初からそうです」
「質問が変だっただけ?」
「極端に」
*
「そういえば」
うち。
「向こうの人、なんであんた呼んだの?」
「それですが」
マジメメガネ。
止まる。
「何?」
「調査の過程で」
「うん」
「この街のことを知ったそうです」
「へえ」
「性神に関係する複数の奇跡が起きている街として」
「……」
うち。
止まる。
「え」
「そして」
「うん」
「異世界から来た」
「……」
「金髪の」
「……」
「性神の祝福者がいると」
「……」
*
うち。
「待って」
「はい」
「そこまで伝わってんの?」
「かなり遠くまで」
「は?」
「さらに」
マジメメガネ。
「一部で」
「嫌な予感」
「『性女』と呼ばれていることも」
「最悪!」
*
元童貞神父。
「……」
口元。
押さえる。
「笑ってんじゃん!」
「笑っていません」
「肩震えてるし!」
「性女……」
「言うな!」
「もう童貞では――」
「今それ関係ない!」
*
「何で!」
うち。
「なんで遠くの貴族まで知ってんの!」
「この街で奇跡が多すぎるからでしょう」
「何の!」
元童貞神父。
一つずつ。
指。
「神像」
「……」
「聖書」
「……」
「道具」
「……」
「魔法的な回復」
「……」
「その他」
「その他でまとめんな!」
*
マジメメガネ。
「安心してください」
「何を」
「あなた個人の詳しい情報は話していません」
「マジ?」
「当然です」
「聞かれた?」
「聞かれました」
「何て?」
「本当に異世界人なのか」
「うん」
「どのような祝福なのか」
「うん」
「どのような人物なのか」
「うん」
「すべて、本人の情報なので答えられないと」
「……」
*
うち。
少し。
黙る。
「ありがと」
「神官として当然です」
「でもありがと」
「……はい」
*
元童貞神父。
「性女本人を招聘しよう、という話には?」
「少なくとも私のいる場では出ませんでした」
「よかった」
うち。
「めんどいし」
「仮に依頼があっても、本人の意思次第です」
「絶対行かない」
「即答ですね」
「遠いんでしょ?」
「かなり」
「じゃ無理」
*
「ていうか」
うち。
「その貴族たち、どんな人だった?」
「普通の若い貴族です」
「普通?」
「少なくとも外見は」
「その言い方」
「講義中も礼儀正しい」
「へえ」
「質問だけが異常です」
「やっぱ変じゃん」
*
マジメメガネ。
「公爵家の方までいらっしゃいました」
「公爵」
「はい」
「超偉いじゃん」
「そうですね」
「そんな人が」
「はい」
「チンポ生やす方法聞いてたの?」
「表現!」
「でも聞いてた?」
「……近い内容は」
「ウケる!」
*
元童貞神父。
「あなた」
「何」
「人のことを笑える立場ですか?」
「何で?」
「神像」
「最初だから!」
「木剣」
「相棒!」
「聖書」
「お前の教会だろ!」
「オホ声を上げる聖書を作ったのはあなたです!」
「事故!」
「何度事故を起こせば気が済むのです!」
*
マジメメガネ。
「……」
二人を見る。
また。
ため息。
「何?」
「遠方の貴族の方々が」
「うん」
「妙な質問ばかりするので」
「うん」
「かなり特殊な集団だと思っていました」
「うん」
「戻ってきたら」
「うん」
「こちらも何も変わっていませんでした」
「失礼じゃん」
「比較対象として同程度です」
「貴族と一緒にすんな!」
「先方も同じことを言うと思います」
*
「でもさ」
うち。
机。
頬杖。
「ちょっと面白いね」
「何がです?」
「うちら、会ったこともないじゃん」
「はい」
「向こうは向こうで性神について変なこと調べて」
「はい」
「うちらはこっちで勝手に変なこと起こして」
「はい」
「その噂だけ届いて」
「はい」
「あんたが行った」
「その通りです」
「何か」
少し。
考える。
「世界広いのに繋がってんな」
*
元童貞神父。
頷く。
「性神の信仰自体は各地にありますから」
「うん」
「同じ神を信仰していれば、直接会わなくても繋がることはあるでしょう」
「マジメ」
「神父ですから」
「元童貞だけど」
「もう童貞ではありません!」
「久しぶりに聞いた」
*
マジメメガネ。
「それで」
「何?」
「先方から、次回の講話希望もいただきました」
「また行くの?」
「正式な依頼があれば」
「何聞きたいって?」
「……」
眼鏡。
外す。
拭く。
「何その動作」
「心を落ち着けています」
*
「第一希望」
「うん」
「身体改造魔法の応用」
「おお」
「第二」
「うん」
「男性側を生やす、または増やす方法」
「やっぱ!」
「第三」
「うん」
「豊胸および男性側の大型化」
「需要あるじゃん」
「第四」
「うん」
「性神神殿に本当に淫靡な秘儀が存在しないのか」
「まだ疑ってんの!?」
「疑われています」
*
うち。
笑う。
「次行ったらさ」
「嫌な予感しかしません」
「うちから質問持ってって」
「嫌です」
「まだ言ってない!」
「絶対嫌です」
「一個だけ!」
「聞きません」
「性神の加護で――」
「聞きません!」
*
元童貞神父。
「ちなみに、どのような質問を?」
「お前まで興味持つな!」
「純粋な確認です」
「絶対嘘」
「もう童貞ではありませんので、ある程度は」
「関係ないじゃん!」
*
マジメメガネ。
二人。
見る。
「いいですか」
「はい」
「はい」
「私は講師です」
「うん」
「変態魔法の仲介人ではありません」
「うん」
「この街の特殊事例を、遠方の貴族へ紹介する役でもありません」
「うん」
「まして」
「うん」
「性女から質問を預かって届ける使者でもありません」
「性女言うな!」
*
その日。
マジメメガネから。
遠方の貴族たちについて聞けたこと。
礼儀正しい。
身分の高い者が多い。
性神信仰へ本気で興味を持っている。
合意や相手の意思については、かなり真面目に考えている。
そして。
身体改造魔法への興味だけ。
異常に強い。
*
「結論」
うち。
「何です?」
「貴族も変態」
「全貴族を一括りにしないでください」
「でもあんたが会った奴らは?」
「……」
「変態?」
「……特殊でした」
「ほぼ同じじゃん」
*
元童貞神父。
「私としては」
「何?」
「遠くの方々にも、性神について正しく理解していただけたのなら、よいことだと思います」
「お前いい奴だね」
「ありがとうございます」
「元童貞だけど」
「もう童貞ではありません!」
*
マジメメガネ。
天井。
見る。
「なぜ私は」
「何?」
「長旅から戻った直後に」
「うん」
「またこの会話をしているのでしょう」
「性神の神官だから?」
「違います」
「性女の知り合いだから?」
「もっと違います」
「じゃマジメメガネだから」
「それが一番納得できない!」
*
その日の夜。
神殿の報告書には。
『遠方有力貴族への性神信仰講話、無事終了』
とだけ。
非常に。
簡潔に。
記録された。
男側を何本増やせるか。
豊胸魔法は存在するのか。
巨根化は可能なのか。
淫靡な秘儀は本当にないのか。
そんな質問を。
延々されたことは。
マジメメガネの判断により。
一切。
正式記録へ残されなかった。




