第八十話 遠い街の「性女」の噂を辿って性神の神官を招聘したら、変態秘術ではなく真面目な講義が始まりました
きっかけは、いつもの別荘だった。
「一度、本職の性神の神官から話を聞いてみませんこと?」
そう言い出したのは、爆乳令嬢だった。
正式会員の淫紋も完成し、術者も確保した。会員制度も少しずつ整ってきている。そうなれば当然、この会の根っこにある性神について、きちんと知っておいた方がいいのではないか。
そこまでは。
非常にまともな話だった。
「賛成」
ユキが即答する。
「性神の専門家なら、身体を変える魔法とか詳しそうだし」
「もうおかしくなりましたわね」
「早かったですね」
エリーがため息をついた。
*
しかし。
本当に神官を呼ぶとなると、問題があった。
性神は正式な神格の一柱ではあるものの、貴族社会では大っぴらに信仰を語る者が多くない。豊穣、夫婦、妊娠、出産を司る神として神殿自体は存在するが、有力貴族の屋敷へ呼んで「性愛について講義してください」と頼むとなれば、普通の神官では警戒する。
「こちらの目的を正直に書きます?」
エリーが聞いた。
「『若手貴族の秘密の会で、性神の祝福と特殊な身体改造について知りたい』」
「絶対来ない」
「でしょうね」
「しかも淫紋まである」
「ますます来ませんわね」
*
そこで。
調べた。
公爵家。
爆乳令嬢の家。
会員たちの実家。
神殿との繋がり。
商人。
地方貴族。
神官。
伝を伝って。
性神について実地の知識があり、しかも少々特殊な案件にも慣れていそうな神官を探した。
その途中。
妙な噂が引っかかった。
「性女?」
ユキが紙を見る。
「聖女ではなく?」
「性の女と書いて、性女です」
エリーが答える。
「遠方の街で、そのように呼ばれている異世界人がいるそうです」
「異世界人?」
「はい」
*
その街は。
ユキたちの活動圏からかなり離れていた。
公爵家の領地でもない。
爆乳令嬢の家の勢力圏でもない。
普段なら、社交界で話題に上がることすらほとんどない地方都市。
ところが最近。
その街では。
性神に関係するとしか思えない。
奇妙な出来事が。
何度も起きているという。
「具体的には?」
爆乳令嬢。
「神像に起きた異常な奇跡」
「……」
「道具の性質変化」
「……」
「通常では考えられない回復現象」
「……」
「神官たちが説明に困るほど強い祝福反応」
「……」
ユキ。
紙から顔を上げた。
「絶対面白い人いるじゃん」
「会いに行きませんよ」
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてあります」
*
調査を進めると。
噂の中心には。
一人の金髪の若い女性がいるらしい。
異世界から来た。
性神の祝福を受けている。
そのため。
街の一部では。
半ば冗談。
半ば畏敬。
そして半ば諦めを込めて。
『性女』
と呼ばれている。
「三つで一・五倍ですわよ」
「雰囲気」
ただし。
貴族側が得られた情報は。
そこまでだった。
本人の詳しい素性。
能力の全貌。
日常。
関係者。
そこまでは分からない。
「別に本人を調べたいわけじゃないしね」
ユキが言う。
「目的は神官」
「その通りです」
*
その性女を受け入れている街の神殿には。
性神関連の特殊な事例を。
実際に。
間近で扱っている神官がいる。
それが分かった。
ならば。
話は早い。
直接押しかけるのではなく。
公爵家から。
別の有力家へ。
そこから地方神殿との繋がりを持つ貴族へ。
さらに上位神殿を通し。
正式な形で。
「性神信仰と祝福について、若い貴族たちへ講話してほしい」
という依頼を出した。
*
もちろん。
依頼書には。
『チンポの生やし方を聞きたい』
とは書いていない。
「書いたら駄目ですか?」
「駄目です」
「巨根化も?」
「駄目です」
「豊胸」
「駄目です」
「性神神殿に伝わる淫靡な秘儀」
「絶対に駄目です」
エリー。
全部。
消した。
*
正式な依頼。
移動費。
滞在費。
謝礼。
身分保証。
講話の目的。
すべて。
極めて真面目に整えた。
その結果。
遠い街の神殿から。
一人の神官が派遣されることになった。
*
数週間後。
別荘。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
その男は。
非常に。
真面目そうだった。
整った服装。
背筋。
眼鏡。
持参した聖典。
講義用の資料。
どう見ても。
まともな神官。
「……」
ユキ。
見る。
「何でしょう?」
「いや」
「はい」
「思ったより普通」
「どのような人物を想像していたのですか?」
「もっとこう」
ユキ。
手。
広げる。
「性神!」
「説明になっていません」
*
この男。
ユキたちとは。
完全な初対面だった。
向こうも。
ユキたちの会の実態など知らない。
依頼書に書いてあったのは。
『若手貴族を対象とした、性神信仰・祝福・身体と性愛に関する講話』
程度である。
だから。
神官としては。
真面目に。
講義を準備してきた。
「では始める前に、皆様が特に関心をお持ちの分野を確認しても?」
「はい!」
反応。
異様に良い。
*
青年貴族。
「男性側を増やす方法について」
「……」
神官。
止まる。
爆乳令嬢。
「生やす方法も」
「……」
令嬢。
「豊胸魔法」
「……」
騎士。
「巨根化魔法」
「……」
メイド。
「秘術として伝わる淫靡な儀式」
「……」
別の会員。
「普通では思いつかないような変わった遊び方」
「……」
さらに。
「一晩中終われなくする魔法」
「感度を増やす祝福」
「男と女を入れ替える術」
「同じ器官を複数生やす術」
「地下聖堂でやる秘儀」
「全裸で行う典礼」
「神官しか知らない体位」
「待ってください」
*
神官。
両手。
上げる。
「一つずつお願いします」
「あります?」
ユキ。
「何がです?」
「今言ったやつ」
「ほとんどありません」
「ほとんど?」
全員。
そこだけ拾った。
「今の『ほとんど』重要では?」
「重要ではありません!」
*
神官。
一度。
咳払い。
「まず」
「はい」
「性神について、根本的な誤解があるようです」
「誤解?」
「性神は、性愛だけを司る神ではありません」
静か。
「……」
「何です、その反応は」
ユキ。
「いや」
「はい」
「性神なのに?」
「性愛も司ります!」
「じゃあ」
「しかし、それだけではありません!」
*
神官は。
聖典を開いた。
「性神が司るものは、性愛、繁殖、妊娠、出産、豊穣、夫婦関係、身体の健康、生命の継承など、多岐にわたります」
「まとも」
「神ですから!」
「性神の神殿って」
爆乳令嬢。
「毎晩すごい儀式をしているわけでは?」
「していません」
「全裸で?」
「していません」
「本当に?」
「なぜ疑うのです!」
*
「実際の神殿で多い相談は」
神官。
資料を見る。
「子を望む夫婦」
「はい」
「妊婦」
「はい」
「出産後の母親」
「はい」
「夫婦間の悩み」
「はい」
「家畜の繁殖」
「はい」
「農地の豊穣祈願」
「……」
ユキ。
「すっごい普通」
「普通の信仰です!」
*
「では質問」
青年貴族。
「男性側を増やす術は?」
「正規の典礼にはありません」
「正規には」
「そこを強調しないでください」
「つまり非正規なら」
「知りません!」
*
「豊胸は?」
令嬢。
「美容目的で神官が行う典礼はありません」
「巨根化」
「ありません」
「男側を生やす」
「ありません」
爆乳令嬢。
「本当に?」
「少なくとも、性神神殿に行けば神官が生やしてくれる、という制度はありません!」
「制度」
ユキ。
「制度化されてないだけ?」
「言葉尻を拾わないでください!」
*
爆乳令嬢。
少し。
考える。
「でも」
「何でしょう」
「性神本人が、身体を変えることは?」
「特殊な祝福として、身体に変化が起きる例は否定できません」
爆乳令嬢。
目。
輝く。
「ある!」
「特殊事例です!」
「祈り続ければ?」
「神が応じるかは神次第です」
「夢に出た神を捕まえて」
「捕まえないでください」
「叶えるまで離さない」
「神学の話から急に脅迫になりましたね?」
*
エリー。
黙って。
紅茶を飲む。
ユキが。
横を見る。
「……」
「何です?」
「成功者」
「私は何も申し上げておりません」
神官。
「成功者?」
「何でもないです」
*
それでも。
講義は。
少しずつ。
まともな方向へ進んだ。
「性神信仰では」
神官。
「欲望そのものを、罪とは考えません」
「お」
ユキ。
反応。
「自分が何を望んでいるのかを認める」
「うん」
「相手が何を望んでいるのかを聞く」
「うん」
「互いに納得できるところを探す」
「うん」
「嫌なら断る」
「それ」
「途中で嫌になれば止める」
「それも」
「恥ずかしい欲望であっても、持つこと自体を恥じる必要はない」
「うん」
「ただし」
「うん」
「相手がそれに応じる義務もありません」
部屋。
少し。
静かになる。
*
爆乳令嬢が。
ユキを見る。
「似ていますわね」
「うちの会?」
「ええ」
神官。
「何の会です?」
「若手の交流会」
エリー。
即答。
「……そうですか」
神官。
深く追及しない。
有能。
*
「性神は」
神官。
「性そのものを汚いものとは考えません」
「うん」
「ですが、他人を自分の快楽だけのために扱うことを勧めるわけでもない」
「うん」
「欲望があることと」
「うん」
「他人の意思を無視することは」
「別」
ユキ。
先に言った。
「その通りです」
*
メイド。
手。
「では」
「はい」
「拘束」
「当人同士が理解し、同意しており、安全に配慮しているなら、それ自体を一律禁止する教義ではありません」
「複数人」
「同様です」
「同性」
「同様です」
「夫婦以外」
「婚姻契約や家の規則は別問題ですが、性神の教義だけを理由に一律で禁じるものではありません」
「先生!」
「急に先生と呼ばないでください」
*
会員たち。
妙に。
食いつき始める。
「では全裸で身体に絵を描く」
「本人が了承しているなら」
「人前で」
「本人が了承しているなら」
「その周囲で他の参加者も遊ぶ」
「……安全と合意が確保されているのであれば、それだけを理由に神殿が介入するものではありません」
「ライブペインティング、神学的にも問題なし!」
「私の発言を開催許可にしないでください!」
*
神官。
頭。
抱える。
「皆様」
「はい」
「性神信仰は」
「はい」
「変態行為の免許ではありません」
「でも変態を否定もしない」
「嗜好だけを理由に否定はしない、と申し上げています!」
「ほぼ一緒」
「違います!」
*
青年貴族。
「ところで」
「はい」
「性神の神殿に、本当に淫靡な秘儀はないのですか?」
「ありません」
「地下聖堂」
「ありません」
「裸の神官たち」
「ありません」
「特別な媚薬」
「ありません」
「一晩かけて行う繁殖儀礼」
「少なくとも、あなたが期待している意味ではありません!」
*
爆乳令嬢。
「残念ですわ」
「何を期待して神殿へ行くつもりだったのです?」
「性神ですもの」
「その一言ですべて許されると思わないでください」
*
「ただ」
ユキ。
「魔法はあるんでしょ?」
「もちろんです」
全員。
再び。
前のめり。
「性神系統の魔法は、主に回復、妊娠補助、出産時の負担軽減、感染症対策、身体機能の正常化などに用いられます」
「また普通」
「何度言えばよいのです!」
*
爆乳令嬢。
「身体機能の正常化」
「はい」
「どこまで?」
「症例によります」
「胸は?」
「……」
「男性側は?」
「……」
「乳汁分泌は?」
「産後の母親に対する補助術があります」
「ある!」
「医療です!」
「でも魔法としてはある」
「ありますが!」
「では応用すれば」
「やめてください」
*
騎士。
「筋肉を発達させる身体強化術がある」
「あります」
「なら」
「はい」
「特定の部位へ」
「その先を言わなくて結構です」
「理論上」
「専門の術者に聞いてください」
「可能性は?」
「……」
「先生」
「その呼び方をやめてください」
*
神官。
とうとう。
深い。
ため息。
「なぜ遠路はるばる呼ばれたのか、少し分かってきました」
「性神について勉強したくて」
ユキ。
「半分ほどは本当ですね」
「半分も本当なら十分じゃない?」
「普通は全部本当なのです」
*
そこで。
会員の一人が。
「ところで」
「はい」
「あなたの神殿には、噂の性女がおられるとか」
神官。
少し。
表情が変わった。
「その呼び名は、どこで?」
「調査中に」
「なるほど」
*
「本当に」
爆乳令嬢。
「異世界から来た方なのです?」
「個人の詳細について、私から申し上げることはできません」
「やはりいる?」
「それも含めて、本人のことを面白半分に語るつもりはありません」
さっきまで。
散々。
変態質問へ振り回されていた男が。
そこだけ。
はっきり。
線を引いた。
「ただ」
「はい」
「我々の街で、通常では説明の難しい祝福に関係した現象が複数起きていること自体は事実です」
「神像も?」
「詳細は控えます」
「道具も?」
「控えます」
「なるほど」
爆乳令嬢。
「きちんと守る方ですのね」
「神官ですので」
*
ユキ。
少し。
感心する。
噂の異世界人と。
自分たち。
直接の関係はない。
会ったこともない。
おそらく。
向こうも。
こちらの存在など知らない。
ただ。
遠い街で起きた。
性神にまつわる奇跡。
その噂を辿った結果。
今日。
その街から。
一人の神官がここにいる。
「なんか変な繋がり方したね」
「何がです?」
「遠い街の奇跡から、性神の講義まで来た」
「世の中とは、そういうものかもしれません」
「マジメ」
「神官です」
*
講義の最後。
ユキが。
手を上げる。
「最後に一個」
「今度こそ普通の質問でお願いします」
「性神って」
「はい」
「うちみたいな集まり、嫌うと思う?」
「……」
神官。
止まる。
「どのような集まりか、私は詳しく存じません」
「まあそうだけど」
「ですが」
一拍。
「相手の欲望を笑わない」
「うん」
「嫌という言葉を尊重する」
「うん」
「自分の欲望にも嘘をつかない」
「うん」
「少なくとも、それらを守ろうとしているなら」
神官。
少し笑った。
「性神へ顔向けできない集まりではないでしょう」
*
静か。
数秒。
「いい話」
ユキ。
「綺麗に終わりましたわね」
爆乳令嬢。
「では、本日の記録を」
エリー。
青年貴族。
「先生」
「はい」
「巨根化の件ですが」
「終わりました!」
*
その日の。
事務局記録。
『遠方神殿より性神神官を招聘し、講話を実施』
講義内容。
『性神信仰の基礎』
『性愛と相互同意』
『妊娠・出産・健康』
『欲望と他者の意思』
『性神系統魔法の一般的用途』
非常に。
まとも。
*
なお。
講義後に取った。
次回希望内容。
一位。
『身体改造魔法の応用』
二位。
『男性側を生やす・増やす方法』
三位。
『豊胸・巨根化等の身体強化』
四位。
『性神神殿に本当に淫靡な秘儀が存在しないのか』
五位。
『遠方の性女に関係する奇跡の学術的調査』
*
結果を見た神官は。
長い。
長い。
沈黙のあと。
「……次回は、もっと普通の質問を用意してください」
と言った。
ユキ。
「また来てくれるんだ」
「そこを喜ばないでください」
少なくとも。
完全に。
二度と来ない。
とは。
言われなかった。




