第七十七話 淫紋のデザインを決めたら、今度は全裸の身体をキャンバスにする話になりました
公爵令嬢の別荘。
その一室。
「次」
「はい」
エリーが。
無表情で。
スカートを持ち上げた。
「……何で私なのでしょう」
「一番分かりやすいから」
「何がですか」
「映えるかどうか」
「公爵令嬢様」
エリーの下腹部には。
今日だけで。
何種類目か分からない模様が描かれていた。
*
正式会員へ刻む。
一生消えない第一の淫紋。
さらに。
秘密の符号によって魔法的に浮かび上がる第二の淫紋。
その基本意匠を決めるため。
ようやく。
専門家が呼ばれた。
*
一人は。
若い男性貴族。
絵画を趣味の域を越えて学び、王都でも何度か作品を展示したことのある男。
もう一人は。
若い令嬢。
こちらも画家として活動しており、人物画や衣装意匠を得意としている。
「男女両方の感覚を入れたかったからね」
ユキが言う。
「男性だけで作ったら、男から見たエロさに寄りすぎるかもしれないし」
「女性だけでも同じでしょうね」
マコトが頷く。
「なので、お二人に共同で」
「光栄です」
男の画家が答える。
令嬢の方も。
「大変興味深い依頼ですわ」
楽しそうだった。
*
「ただ」
エリー。
「何故、毎回私へ描くのです?」
「紙の上と身体の上じゃ違うから」
ユキ。
「それは理解しております」
「腰の線とか」
「はい」
「腹の形とか」
「はい」
「脚との繋がりとか」
「はい」
「そこまで含めて淫紋でしょ?」
「それも理解しております」
一拍。
「何故、あなたが毎回私を凝視しているのです」
「監修」
「嘘ですね」
*
新しい案。
画家二人が。
エリーの下腹部へ。
丁寧に線を置いていく。
左右対称。
中心から広がる曲線。
蔓のような線。
花弁にも。
炎にも。
何かを受け入れる形にも見える。
「どう?」
令嬢画家が聞く。
ユキ。
見る。
「……」
じっと。
「……」
さらに。
見る。
「公爵令嬢様?」
「これ」
「はい?」
「かなり来る」
「何がです?」
「私の股間に」
「公爵令嬢様」
*
マコト。
「つまり?」
「今までで一番エロい」
「採用基準がそれなのですか?」
エリー。
「大事でしょ?」
「会員証ですよ」
「淫紋だよ?」
「……」
「名前からしてエロいじゃん」
「それはあなたがそう呼んでいるだけです」
*
男性画家が。
少し笑う。
「ですが」
「何?」
「私も、この案が最も良いと思います」
女性画家も頷く。
「わたくしも」
「ほら」
ユキ。
勝ち誇る。
「芸術家二人も言ってる」
「理由を聞いてから喜んでください」
*
男性画家が。
エリーの身体を。
あくまで作品として見る。
「腰の形を邪魔しない」
「はい」
「身体そのものを隠すのではなく」
一拍。
「元々ある曲線を強調しています」
女性画家も続ける。
「それに」
「はい」
「男性の身体へ入れても」
「うん」
「女性の身体へ入れても」
「うん」
「どちらでも成立する形ですわ」
「それ!」
ユキが。
指を差す。
「男用女用で分けたくなかったんだよ」
「この会らしいですものね」
「そうそう」
*
マコトも。
完成案を眺める。
「外側は同じで」
「うん」
「第二の魔法紋が出た時だけ」
「内側にさらに線が増える」
「いいですね」
「でしょ?」
「秘密の符号で」
「こう」
ユキ。
指で輪を作り。
もう片方の指を。
そこへ。
入れる。
抜く。
「……」
画家二人。
沈黙。
「これが符号ですか?」
「そう」
「下品ですわね」
女性画家。
「でしょ?」
「何故嬉しそうなのです」
*
それでも。
デザインは決まった。
第一の淫紋。
普段から身体へ残る。
正式会員であることを、自分自身には常に意識させる印。
第二の淫紋。
普段は見えない。
秘密の符号と魔力によってのみ浮かび上がる。
会員同士。
互いを確認するための印。
「これで意匠担当は完了ですね」
エリーが言う。
「待って」
ユキ。
「何です?」
「もうちょっと画家さんたちの話聞きたい」
*
そもそも。
この二人。
ただの仕事仲間ではなかった。
「婚約したんだよね?」
ユキが聞く。
「はい」
男性画家。
「つい先日」
女性画家も。
少し照れた。
「正式に話がまとまりましたの」
「出会いは?」
「……」
「……」
二人。
目を合わせる。
ユキ。
「乱痴気会?」
「はい」
「やっぱり」
*
元々。
二人の家には。
政治的に縁を結ぶ意味もあった。
だが。
親が話を進める前。
二人は。
あの婚約発表の宴で。
先に。
知り合った。
「最初は」
男性画家が言う。
「彼女の身体に絵を描きたいと思ったのです」
「そこから?」
「はい」
「普通、顔とか性格とかじゃない?」
「もちろん、それも後から」
「後からなんだ」
女性画家が笑う。
「わたくしも同じようなものでしたわ」
「どういう?」
「彼の背中を見て」
一拍。
「ここへ絵を描いたら綺麗だろうな、と」
「画家同士だ」
*
そこから。
二人で話すようになった。
絵。
身体。
色。
線。
互いの作品。
そして。
政治的にも。
家同士の婚姻には意味があった。
「親に話したところ」
男性画家。
「むしろ非常に喜ばれました」
「いいじゃん」
「はい」
「乱痴気会が縁談まで作ってる」
「言い方」
エリー。
*
「それで」
女性画家が。
少し身を乗り出した。
「実は」
「何?」
「今、二人で考えている作品がありますの」
「どんな?」
「人間の身体そのものを」
一拍。
「キャンバスにしたいのです」
「ボディペイント?」
「そういうものですわ」
*
全裸の身体へ。
模様を描く。
淫紋のような線を。
下腹部だけではなく。
胸。
腹。
腰。
背中。
腕。
脚。
全身へ広げていく。
「いいじゃん」
ユキ。
「すごくいい」
「でしょう?」
「身体の線と絵が一体になるんだ」
「ええ」
男性画家も。
「立っている時」
「うん」
「座った時」
「うん」
「身体を曲げた時」
「うん」
「抱き合った時」
「……」
ユキ。
止まる。
「それ」
「はい?」
「二人分で一枚になる絵とかできない?」
*
画家二人。
同時に。
止まった。
「……」
「……」
「例えばさ」
ユキ。
楽しそう。
「男女でもいい」
「はい」
「女同士でもいい」
「はい」
「男同士でもいい」
「はい」
「一人ずつだと模様が途中で切れてるんだけど」
一拍。
「抱き合うと、線が全部繋がって一つの絵になる」
女性画家の目が。
変わった。
「……それ」
「いい?」
「素晴らしいですわ」
*
男性画家も。
すでに紙を取っている。
「さらに」
ユキ。
「何人かで繋がるとか」
「できます」
「身体の位置を変えると、別の絵になるとか」
「面白い」
「動いてる最中に」
エリー。
「公爵令嬢様」
「まだ何も言ってない」
「顔で分かります」
*
「あとさ」
ユキ。
「ライブペインティングは?」
「……ライブ?」
「人前で描くの」
「つまり」
女性画家。
「制作そのものを見せる?」
「そう」
「裸の人に?」
「そう」
「その場で?」
「そう」
「面白いですわね」
*
ユキは。
さらに。
止まらない。
「乱痴気会の真ん中でやったら?」
「公爵令嬢様」
「何?」
「やはりそう来ましたね」
「だって最高じゃん」
広い部屋。
真ん中。
全裸のモデル。
その身体へ。
画家が。
少しずつ。
線を描く。
周囲では。
参加者たちが。
自由に遊ぶ。
「描いてる途中でさ」
「はい」
「周りから、いろんな遊びの痕跡とか水気とか飛んできても」
「公爵令嬢様」
「それも作品にしちゃえばいい」
*
画家二人。
黙る。
そして。
考える。
「……面白い」
男性画家。
「でしょ?」
「偶然を作品へ取り込むわけですね」
「そうそう」
女性画家も。
「身体そのものがキャンバス」
「うん」
「画家が描いた線」
「うん」
「会場で起きたことによって付いた痕跡」
「うん」
「それらが一晩で一つの作品になる」
「そう!」
*
エリー。
頭を抱える。
「公爵令嬢様」
「何?」
「また変な文化を生み出そうとしております」
「芸術だよ」
「乱痴気会の中央で全裸の身体へ絵を描くのが?」
「芸術」
「そこへ遊びの痕跡まで作品として加える?」
「現代芸術」
「何ですか、それは」
「いいじゃん」
*
爆乳令嬢が。
横で話を聞いていた。
「でも」
「何?」
「悪くありませんわ」
「でしょ?」
「会の者たちなら」
一拍。
「自分の身体を作品として晒すこと自体、喜ぶ方もいるでしょうし」
「いる絶対」
「それに」
爆乳令嬢。
画家二人を見る。
「お二人の活動としても、新しいものになる」
「はい」
女性画家は。
すでに。
かなり乗り気だった。
*
「じゃあ」
ユキ。
「私、パトロンやる」
「……」
マコト。
「即決ですね」
「だって見たいもん」
「公爵令嬢様」
「材料費」
「はい」
「部屋」
「はい」
「モデル」
「会員から希望者を募る?」
「それ!」
「公爵令嬢様」
「エリー」
「何でしょう」
「事務局で募集」
「もう業務になっておりますね……」
*
男性画家。
「でしたら」
「何?」
「最初の作品は」
一拍。
「今回の淫紋を全身へ発展させたものにしたいです」
「いい」
「男女一名ずつ?」
「それもいい」
女性画家。
「いえ」
一拍。
「最初は二人ではなく」
「何人?」
「できるだけ多く」
「……」
「身体を繋げて」
「……」
「全員で、一枚の絵に」
ユキ。
笑う。
「最高」
*
エリー。
「公爵令嬢様」
「何?」
「目が完全に」
「うん」
「政治をしている時より輝いております」
「楽しいからね」
爆乳令嬢。
「以前も申し上げましたけれど」
「何?」
「その頭の何割かを政治へ向けてくだされば」
「嫌」
「即答ですの?」
*
こうして。
正式会員用の淫紋。
基本意匠。
完成。
監修。
公爵令嬢ユキ。
特別代官マコト。
制作。
画家の若い貴族。
画家の若い令嬢。
採用基準。
エリーの身体へ何案も試し描きした結果。
ユキが。
一番。
「これ、来る」
と言ったもの。
「そこ正式記録に残すんですか?」
「駄目?」
「駄目です」
*
そして。
淫紋の仕事を依頼しただけだったはずなのに。
さらに。
新しい計画。
『全身淫紋を利用した人体絵画』
『複数人を組み合わせた連結絵画』
『会場でのライブペインティング』
『乱痴気会そのものを取り込んだ一夜限りの人体作品』
まで。
事務局の紙へ。
増えていた。
「……」
エリー。
見る。
「何です?」
ユキ。
「淫紋のデザインだけを決める日では?」
「決まったじゃん」
「はい」
「ついでに芸術も発展した」
「何故ですか」
*
画家二人は。
帰り際。
かなり楽しそうだった。
「次回までに、全身用の案を持ってまいります」
「よろしく」
「モデルについても」
「募集しとく」
「ありがとうございます、公爵令嬢様」
「あと」
ユキ。
「婚約おめでとう」
二人。
少し照れる。
「ありがとうございます」
「乱痴気会で出会ったとは親には言えないでしょうけど」
「絶対に言いません」
「そこは守ろう」
*
二人を見送ったあと。
エリーが。
完成した淫紋の図案を見る。
「これで」
「うん」
「次は術者ですね」
「魔法淫紋」
「はい」
「感度上昇も」
「希望者用です」
「興奮増加も」
「希望者用です」
「いっぱい変な機能入れよう」
「公爵令嬢様」
「楽しみだなあ」
「……」
エリー。
ため息。
会員証を作ろうとしていただけなのに。
何故か。
秘密結社には。
専属芸術家まで。
生まれつつあった。




