第六十七話 明日、神の獣の子を産むことになったので、オッサンに先に謝っておきました
「オッサン」
「はい?」
「私さ」
「はい」
「今度、神の獣と交尾することになった」
「……はい?」
薬草を摘んでいたオッサンの手が止まった。
「もう一度お願いできますかな」
「神の獣と交尾する」
「聞き間違いではありませんでしたな」
「うん」
*
話が来たのは教会だった。
性神に関係する神獣が、かなり久しぶりにこの地方へ現れたらしい。
「二匹いるんだって」
「どのような?」
「なんかすげえムキムキ」
「そこが最初に来るのですな」
「だってムキムキなんだもん」
姿は人に近い。
二本の脚で立ち、腕もあり、人と同じように言葉も理解する。
ただし。
「片方が馬みたいな頭」
「ほう」
「もう片方が牛みたいな頭」
「ほう……」
「身体だけ見たら、どっちも筋肉すげえ男」
「性神様の御関係は、どうしてこう……」
「分かりやすいよね」
「大変分かりやすいですな」
単なる動物ではない。
古くから性神に仕える、知性を持った雄の神獣。
教会に残る古い記録にも、何度か同じような神事が書かれていた。
*
「でね」
「はい」
「こいつら、代替わりするんだって」
「代替わり?」
「うん」
長く生きた神獣は、ある時期になると性神の祝福を持つ女性を選ぶ。
そこで交わる。
すると。
「その場で孕むらしい」
「その場で?」
「うん」
「そしてですかな」
「腹もその場で大きくなる」
「はい」
「産む」
「早い!」
「超早い」
しかも。
二頭なら。
それぞれの子を一人ずつ。
「つまりギャルさんが」
「馬頭の方の子と、牛頭の方の子を産む」
「一日に?」
「たぶんその場で」
「性神様!」
「私に言うなよ」
*
そして。
子が無事に生まれると。
古い神獣は役目を終える。
「死ぬみたい」
「……」
「で、産まれた子が次の神獣になる」
「なるほど」
オッサンは少しだけ真面目な顔になった。
「では」
「うん」
「単なる遊びではないのですな」
「そだね」
「命を繋ぐための神事」
「そんな感じ」
親が死ぬ。
子が後を継ぐ。
また長い年月。
性神に仕える。
そして次の代替わりの時。
また別の誰かへ命を託す。
「意外とちゃんとした話ですな」
「だろ?」
「性神様なのに」
「そこは余計」
*
ギャルは。
そこで。
急に薬草を摘む手を止めた。
「……でさ」
「はい?」
「だから」
「はい」
「明日なんだよね」
「何が?」
「その神事」
「明日!?」
「うん」
「急ですな!」
「神獣の方にも時期があるんだって」
「なるほど」
「だから明日」
ギャルは。
自分の腹を見る。
「私、他の雄に種付けされて」
「……」
「孕んで」
「……」
「そのまま子供産む」
オッサンが黙った。
*
「なんかさ」
「はい」
「変なんだけど」
「何がですかな」
「別にオッサンと私、恋人じゃないじゃん」
「はい」
「付き合ってもない」
「はい」
「私が誰とするかも自由」
「もちろん」
「オッサンだって他の女と散々してるし」
「ドゥフフ」
「今笑うところじゃねえ」
「すみません」
ギャルは。
少し考える。
「獣人とやる時とか」
「はい」
「全然こんなこと思わないんだよ」
「ほう」
「楽しいし」
「はい」
「オッサンが女戦士とやってても、ちょっと寝取られっぽくて面白いくらい」
「昨日のお話ですな」
「うん」
「ですが今回は?」
「違う」
*
交尾する。
そこまでは。
別にいい。
ギャルにとっては、今さらだった。
問題は。
「孕むんだよ」
「……」
「確実に」
「はい」
「他の雄の子」
「はい」
「しかも産む」
「はい」
「明日」
「……はい」
それを考えた途端。
妙に。
オッサンの顔が浮かんだ。
「何でだろ」
「おじさんに聞かれましても」
「なんか悪いことする感じがして」
「……」
「だから」
ギャルが。
オッサンを見る。
「ゴメン」
*
「何故謝るのですかな?」
「知らん」
「ギャルさんは、おじさんの妻でも恋人でもありませんぞ」
「分かってる」
「それに、神獣さんとの神事なのでしょう?」
「分かってる」
「御本人が納得されているのなら」
「納得してる」
「なら問題は」
「だから」
ギャルが。
少し苛立った。
「理屈じゃねえんだって」
「……」
「明日」
自分の腹を。
軽く叩く。
「ここにオッサン以外の雄の子が入って」
「はい」
「大きくなって」
「はい」
「私が産む」
「はい」
「そう考えたら」
一度。
言葉が止まった。
「なんか」
もう一度。
「ゴメンって言っときたくなった」
*
オッサンは。
しばらく何も言わなかった。
「……」
「何だよ」
「いやぁ」
「何」
「おじさんも」
「うん」
「少々変な気分になりましてな」
「ほら」
「何がほらなのですかな」
「オッサンも嫌なんじゃん」
「嫌というより」
「じゃあ何」
「……」
オッサンは。
眼鏡を直した。
「ギャルさんが」
「うん」
「本当に他の雄の子を孕んで産むと聞きますと」
「うん」
「胸の辺りが」
「うん」
「もやっと」
「それ嫉妬じゃね?」
「違いますぞ!」
「即答すんな」
「おじさんとギャルさんは恋人では!」
「はいはい」
「本当に!」
*
ギャルが笑う。
「じゃあさ」
「はい」
「私が明日」
「はい」
「馬頭のムキムキと牛頭のムキムキに種付けされて」
「言い方!」
「二人の子を孕んで」
「はい……」
「腹パンパンになって」
「はい」
「二人の子供産んで帰ってきても」
「はい」
「全然平気?」
「……」
「オッサン?」
「……神事ですからな」
「質問に答えろ」
「ドゥフフ」
「誤魔化した」
*
「でも」
オッサンが言った。
「一つだけ」
「何?」
「帰ってきますよな?」
「は?」
「神事が終わりましたら」
「当たり前じゃん」
「本当に?」
「子供は神獣として教会側が面倒見るんでしょ。私は産むところまで」
「そうですか」
「終わったら帰るよ」
「そうですか」
オッサンは。
露骨に。
ほっとした。
ギャルが。
それを見る。
「……」
「何ですかな」
「いや」
「はい?」
「なんか今」
にやり。
「彼氏みたいだった」
「違いますぞ!」
「私が他の男の子供産みに行くって聞いて不安になって」
「神獣です!」
「帰ってくるって聞いて安心した」
「安全確認ですぞ!」
「へえ」
「ギャルさん!」
*
少し歩く。
二人で薬草を摘む。
いつもの時間。
いつもの草原。
明日になれば。
ギャルは。
ここにはいない。
神殿で。
二頭の神獣と。
その命を次へ繋ぐ。
「オッサン」
「はい?」
「やっぱゴメン」
「ですから」
「言わせて」
「……」
「何となくだから」
「はい」
「明日、他の雄に種付けされて」
「はい」
「孕んで」
「はい」
「産んでくる」
「はい」
「ゴメン」
*
オッサンは。
少しだけ困った顔をした。
そして。
「では」
「うん」
「おじさんも」
「何?」
「いってらっしゃい、と言っておきますかな」
「まだ今日だけど」
「明日は会えないかもしれませんからな」
「ああ」
「いってらっしゃい」
「……」
「無事に帰ってきてくださいな」
ギャルは。
少しだけ黙る。
「うん」
「はい」
「帰ってくる」
「はい」
「絶対」
「では」
「何?」
「帰ってきたら」
オッサンが。
少しだけいつもの顔に戻る。
「おじさんにも構っていただければ」
「……」
「ドゥフフ」
「結局それかよ豚!」
*
ギャルは笑った。
だが。
何故か。
少しだけ安心した。
恋人ではない。
約束もしていない。
互いに他の相手もいる。
それでも。
明日。
別の雄の子を孕んで。
別の雄の子を産む。
その前に。
オッサンへ。
ゴメンと言っておきたかった。
そして。
帰ってくると。
約束しておきたかった。
「オッサン」
「はい?」
「帰ってきたらさ」
「はい」
「いっぱいしよ」
「ドゥフフ!」
「その笑い方したから今のなし」
「何故ですかな!?」
「キモいから」
「ギャルさん!」
いつもの声が。
草原に響いた。
明日。
ギャルは。
神の獣の子を産む。
それでも。
その次の日には。
たぶんまた。
この気持ち悪いオッサンと。
いつものように薬草を摘んでいる。
何となく。
そう思えた。
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