第六十五話 マジメメガネが宿へ帰宅したら、女将親子に寝盗られ役をやらされていました
「そういえばギャルさん」
いつもの薬草採取の最中、オッサンが思い出したように口を開いた。
「何?」
「最近、マジメメガネさんが毎晩宿へ来るようになりましてな」
「泊まってんの?」
「いやぁ。あれはもう泊まりというより」
オッサンは摘んだ薬草を袋へ入れ、少し考える。
「帰宅ですな」
「家じゃん」
「完全に」
*
マジメメガネが宿へ戻ってくるのは遅い。神殿の仕事を終え、片付けや翌日の準備まで済ませてからなので、夕食時を過ぎることも珍しくない。
それでも女将は食事を残している。娘は着替えを置いている。寝床もある。朝になれば、マジメメガネはそこから神殿へ仕事に出る。
「最近は普通に『ただいま』と言いますぞ」
「女将さんは?」
「おかえり」
「娘さんは?」
「お父さん、おかえり」
「家族じゃん」
「本人だけ毎回、『その呼び方はやめてください!』と抗議しておりますがな」
「もう諦めろよ」
女将には毎晩帰ってくる相手ができた。
娘には、本人が認めるかどうかはともかく、父親のような男ができた。
そしてマジメメガネにも、仕事を終えたあとに帰る場所ができた。
そこだけ聞けば。
わりといい話だった。
「でもオッサンもまだ宿に行ってんでしょ」
「ドゥフフ」
「その笑い方だけで全部台無し」
*
マジメメガネが帰宅する前。
女将と娘は相変わらずオッサンと遊んでいた。
「オホッ……! オホォォッ……!」
女将が何度も身体を震わせる。
「まだ」
「女将さん、もう結構長いですぞ」
「帰ってきてないだろ」
「ドゥフフ」
「笑ってないで続けな」
娘も負けていない。
「次、私」
「元気ですな」
「誰のせいだと思ってんの」
「おじさん?」
「豚」
「酷い」
「オホッ……! オホォォッ……!」
女将も娘も、一度限界を迎えた程度では終わらない。少し休む。また始める。声が上がる。シーツも床も濡れる。また休む。
付き合うオッサンの方も、何度目か分からなくなっていた。
「性豪親子」
「おじさんからは何とも」
「お前も同類だからな」
*
その中でも。
特に酷かったのが数日前。
「今日は、あいつに見せたい」
女将が突然そう言った。
「マジメメガネさんに?」
「そうだよ」
「何をですかな?」
「決まってるだろ」
女将は笑った。
「私が、あんたに可愛がられてるところ」
「ドゥフフ」
「だからその笑い方やめな」
場所まで、わざわざ三人が使っている家族部屋を選んだ。
いつもの扉。
いつものベッド。
いつものようにマジメメガネが「ただいま」と帰ってくる部屋。
そこで。
女将は帰宅時間までオッサンとの種付け遊びを何度も繰り返した。
「まだかい」
「そろそろですかな」
「じゃあ止めるな」
「もう何度目ですかな」
「数えるな」
「オホッ……!」
また身体が震える。
「オホォォォッ……!」
少し休む。
「もう一回」
「本当に元気ですな」
「帰ってくるまでだよ」
*
そして。
扉が開いた。
「ただいま――」
マジメメガネ。
停止。
「……」
「おかえり」
女将は。
わざと扉の方を見た。
「遅かったね」
「……何を、しているんですか」
「見りゃ分かるだろ」
よりによって。
その瞬間。
「オホッ……!」
女将が大きく跳ねた。
「オホォォォォッ……!」
その日一番。
派手に。
全身を震わせて限界を迎える。
扉の前で。
マジメメガネは完全に呆然としていた。
「どうしたい」
女将は息を乱しながら笑う。
「そんなところに突っ立って」
「あなたは……!」
「ちゃんと見な」
*
「本当に固まってましたぞ」
草原でオッサンが言った。
「そりゃ固まるわ」
「眼鏡も直しませんでした」
「相当だな」
「ところが」
「何?」
「身体の方は、そうでもなかったようで」
「……ああ」
「娘さんに即座に発見されまして」
「最悪」
*
娘は。
女将。
オッサン。
扉の前のマジメメガネ。
三人を順番に見た。
最後に。
にやっと笑った。
「お父さん」
「その呼び方はやめてください!」
「お母さんが他の男に寝盗られてるところ見て、すごい顔」
「違います!」
「本当に?」
「本当です!」
「じゃあ」
娘が腕を掴む。
「こっち」
「何をする気ですか」
「私の相手」
「今ですか!?」
「今だからいいんじゃん」
「あなたたち親子は!」
「嫌ならやめるよ?」
「……」
「やめる?」
「……やめなくていいです」
「ほら」
娘は嬉しそうに笑った。
「寝盗られ好き」
*
そこから。
部屋の左右で。
別々の騒ぎになった。
「オホッ……!」
女将。
「オホォォッ……!」
娘。
「声が大きい!」
「お父さんが頑張るからじゃん!」
「その呼び方を!」
「じゃあ止める?」
「それとこれとは別です!」
「オホッ……!」
また娘が身体を震わせる。
「お父さん」
「何です!」
「向こう、聞こえる?」
隣から。
「オホォォォッ……!」
女将の大声。
「聞こえています!」
「お母さん、他の男にあんな声出してる」
「わざわざ言わなくていい!」
「それ聞きながら私の相手してる」
「あなたは……!」
「変態」
「あなたにだけは言われたくありません!」
*
女将の方も。
マジメメガネが寝盗られ役に弱いと分かってから。
遠慮がなくなった。
「ほら」
女将が、わざとマジメメガネへ声を飛ばす。
「さっきまで、あんたじゃない男に散々可愛がられてた身体だよ」
「女将さん……!」
「それでも欲しいんだろ?」
「そういう言い方は……!」
「嫌ならやめるかい?」
「……」
「やめないんだね」
女将はますます楽しそうに笑う。
「じゃあ来な。あんた以外の男に種付けされた女でも、抱きたいんだろ?」
「あなたは本当に……!」
「オホッ……!」
わざと。
聞かせるように。
声を上げる。
「ほら。こういう私が好きなんだろ?」
*
娘も負けない。
「お父さん」
「何ですか!」
「今、お父さんが散々可愛がった私さ」
「……」
「このあと豚に寝盗られるよ」
「言わなくていいです!」
「ちゃんと見ててね」
「やめてください!」
「本当に?」
「……」
「帰る?」
「……帰りません」
「ほら」
娘が笑う。
「寝盗られ好き」
「違います!」
「じゃあ明日はやめる?」
「何をですか!」
「明日は私が先に豚と遊んでから、お父さんのところ行く」
「やめなさい!」
「でも欲しいんでしょ?」
「あなたは……!」
*
「かなり煽られてますな」
「オッサン完全に他人事じゃん」
「おじさんは頼まれた役を」
「豚役」
「もう豚役で定着してませんかな!?」
「適役」
「酷い」
*
女将もさらに。
「聞こえてるかい!」
「聞こえています!」
「こっちはまだ終わらないよ!」
「報告しなくていいです!」
「今日はあんたじゃない男の方がずっと私を乱してる」
「女将さん!」
「オホォォッ……!」
「わざと声を上げるのをやめなさい!」
「どうして?」
「どうしてって!」
「嫉妬する?」
「……」
「するんだね」
娘が向こうで大笑いした。
「お父さん、顔真っ赤!」
「あなたは黙って!」
「お母さん寝盗られて興奮してる変態!」
「違います!」
「私まで寝盗られたらもっと興奮するんでしょ?」
「違うと言っているでしょう!」
*
ところが。
散々否定しながら。
マジメメガネも。
娘に煽られるたびに。
何度も余裕を失った。
「もう……無理です!」
「終わり?」
「……」
「本当に終わり?」
「あなたは性格が悪い!」
「じゃあ続けるんだ」
「誰のせいですか!」
そして。
娘も。
「オホッ……!」
また。
「オホォォッ……!」
また。
何度も限界。
「お父さん、また?」
「その呼び方!」
「でも私もまた」
「それは見れば分かります!」
「オホォッ……!」
「ほら!」
「あなたが煽るからでしょう!」
*
女将の方も。
まだ終わっていなかった。
「もう十分では?」
「何言ってんだい」
「おじさんも何度目ですかな」
「知らないよ」
「ドゥフフ」
「まだやれるんだろ」
「いやぁ」
「ほら」
そして。
「オホッ……!」
また。
「オホォォォッ……!」
女将が全身を震わせる。
男二人も。
女二人も。
途中から何度目なのか。
誰も数えていなかった。
*
「部屋どうなってんの」
「途中から床を拭くのを諦めましたな」
「うわ」
「女将さんも娘さんも、何度も限界を迎えますし」
「男二人も?」
「こちらも何度も」
「全員アホ」
「否定できませんな」
*
さらに。
途中で組み合わせが変わる。
女将がマジメメガネの方へ。
娘がオッサンの方へ。
「次、私」
「娘さんもまだ元気ですな」
「誰のせいだと思ってんの」
「おじさん?」
「豚」
「酷い」
「早く」
娘も。
母親に負けない。
「オホッ……!」
少しして。
「オホォォッ……!」
「またですかな?」
「うるさい!」
向こうからも。
「オホッ……!」
女将。
それから。
マジメメガネの情けない声。
「もう今日は!」
「まだだよ」
「女将さん!」
「さっき他の男に可愛がられてた私だよ」
「それを何度言うんですか!」
「効くから」
「……!」
「ほら」
*
娘は。
オッサンと遊びながらも。
マジメメガネへの攻撃を忘れない。
「お父さん」
「何です!」
「見てる?」
「見ていません!」
「嘘」
「……」
「さっきお父さんが可愛がった私を、今度は豚が可愛がってる」
「報告不要です!」
「明日は逆にしよっか」
「何がです!」
「先に豚」
「やめてください!」
「そのあとお父さん」
「……」
「嫌?」
「……」
「ほら」
娘はまた笑う。
「ほんっと寝盗られ好き」
*
「完全に趣味じゃん」
ギャルが断言した。
「本人だけ認めませんな」
「毎晩帰ってくるくせに」
「はい」
「女将さんと娘さんがオッサンとも遊んでるの知ってて」
「はい」
「見せつけられて」
「はい」
「煽られて」
「はい」
「それでも夜になったら」
「ただいま」
「趣味じゃん」
「そういう結論になりますな」
*
ただ。
散々遊んだあと。
娘は。
時々。
急に静かになる。
「豚」
「何ですかな」
「まだ帰らないで」
「はい?」
「もうちょっと」
それまでマジメメガネを散々煽っていた娘が。
少しだけ。
恥ずかしそうな顔をする。
「お母さんに」
「はい」
「ちゃんと相手ができた」
「マジメメガネさん?」
「うん」
「夜になったら帰ってくる人」
「はい」
「朝になったら仕事行って」
「はい」
「また帰ってくる」
娘は。
ちらりと向こうを見る。
「私にも」
「はい」
「お父さんみたいな人ができた」
「……」
「だから」
少し笑う。
「嬉しい」
*
「そんなこと言うんだ」
ギャルが驚いた。
「おじさんも意外でしたぞ」
「本人に言えばいいのに」
「それは絶対嫌だそうです」
「散々お父さんって呼んでんじゃん」
「あれは煽るためだから別」
「面倒くせえ」
「娘さん自身も似たようなことを言ってましたな」
女将にとっても。
マジメメガネは。
もう単なる遊び相手ではない。
帰りが遅ければ心配する。
食事を残す。
翌日の仕事を気にする。
疲れていれば。
「今日は寝な」
と本気で休ませる。
そして元気なら。
「今日は遅かったね」
「仕事です!」
「じゃあ遅かった分、付き合いな」
「明日も仕事が!」
「知るか」
「オホッ……!」
「女将さん!」
となる。
「愛が重いな」
「いろいろな意味で」
*
「つまり」
ギャルが指を折る。
「女将さんにはパートナーができた」
「はい」
「娘さんには父親みたいな人ができた」
「はい」
「マジメメガネには帰る家ができた」
「はい」
「オッサンは?」
「……」
「……」
「時々やって来る種付け豚?」
「正解」
「自分で言わせておいて!」
*
「でも」
ギャルは笑いながら薬草を摘む。
「マジメメガネ、なんだかんだ幸せなんじゃない?」
「おじさんもそう思いますぞ」
毎晩。
「ただいま」
と言って帰ってくる。
「おかえり」
女将が返す。
「お父さん、おかえり」
「その呼び方はやめてください!」
娘が笑う。
夕食を食べ。
神殿であったことを話し。
宿であったことを聞き。
娘のくだらない話に付き合う。
そして。
時々。
そのまま大人だけの馬鹿げた遊びが始まる。
「オホッ……!」
「オホォォッ……!」
「もう無理です!」
「まだ!」
「お父さん頑張れ」
「あなたが言うな!」
そんな夜を過ごす。
朝になれば。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「お父さん、仕事頑張って」
「だからその呼び方は!」
そうして。
また神殿へ向かう。
「もう家だね」
「家ですな」
*
「ただ一つ」
オッサンが言った。
「何?」
「マジメメガネさん」
「うん」
「女将さんと娘さんが、どれほど性豪なのか」
「うん」
「まだ完全には理解していない気がしますぞ」
「毎晩一緒にいて!?」
「自分が頑張れば何とかなると思っている節がありますな」
「無理じゃね?」
「おじさんでも大変ですからな」
「オッサンでも何度も限界まで付き合わされてるもんな」
「ドゥフフ」
「嬉しそうにするな」
*
二人はしばらく黙って薬草を摘んだ。
やがて。
ギャルがぽつりと言う。
「まあ、いいんじゃね」
「何が?」
「普通じゃないけど」
「はい」
「女将さんも娘さんも楽しそうで」
「はい」
「マジメメガネも、本当に嫌なら止められて」
「はい」
「それでも毎晩そこへ帰ってくるなら」
「はい」
「そこが家なんでしょ」
オッサンも。
少し笑った。
「そうですな」
「変態家族だけど」
「それは否定できませんな」
「そこに出入りしてる豚もいるし」
「おじさんは家族ではありませんぞ!」
「じゃあ何だよ」
「……時々やって来る種付け豚」
「自分で答え出してんじゃん」
「ギャルさんが言わせたのでしょう!」
草原に。
ギャルの笑い声が響いた。
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