第六十三話 変態的な日常を振り返っていたら、突然婚約と第二夫人の話になりました
その日も、離れの寝室では三人ともひどい有様だった。
マコト、ユキ、エリー。三人とも裸のままベッドへ倒れ込み、身体には誰のものか分からない行為の余韻が残り、まだ時々力が抜けたように身体を震わせている。
「……オホッ」
「ユキ、まだ?」
「余韻ですわ……」
「私も少し……」
「エリーまで」
もう誰も身体を拭こうともしない。どうせこのあとまた動くかもしれないし、最終的には風呂へ行くことになる。そう考えた結果、三人とも完全に休憩を選んでいた。
*
しばらく天井を見ていたユキが、ぽつりと言った。
「私たち」
「何?」
「領地経営とか」
「はい」
「社交界とか」
「はい」
「公爵家の仕事とか」
「はい」
「そこそこ無難にこなしてますわよね」
「そうですね」
マコトが頷く。
「少なくとも表向きは」
「なのに」
ユキが自分たち三人を見る。
「確実に前世より変態的な日常を送ってる気がしますわ」
「それは否定できない」
「旦那様も即答なのですね」
「だって」
ユキが指を折り始めた。
「毎日のように三人で身体を重ねて」
「はい」
「誰が男役とか女役とか途中でどうでもよくなって」
「はい」
「三人とも限界まで遊んで」
「はい」
「足りないから、最後には相手の身体へ痕跡まで残して」
「はい」
「エロゲより酷い目に遭ってません?」
「ユキが自分で望んでますよね?」
「そこが一番怖いんですわ」
*
「でも」
マコトが少し考える。
「BLだと」
「はい」
「こういう身体の余韻を盛大に残したまま休憩するとか」
「はい」
「そんなに多くない気がする」
「そこ?」
「あと」
マコトの目が少し遠くなる。
「三人で男としての反応を預け合って、同時に可愛がり合うとか」
「はい」
「前世で夢に見たような構図を、普通に体験できてるのは」
「はい」
「かなりいい」
「旦那様」
「何?」
「前世から相当だったのですね」
「見るだけでしたから!」
「今は当事者ですものね」
「最高です」
*
エリーが呆れたように二人を見る。
「私はお二人の前世というものを体験しておりませんので比較できませんが」
「はい」
「何?」
「妾でもないメイドを、ご夫婦二人で毎晩のように可愛がるのは」
「……」
「……」
「通常ではないかと」
沈黙。
「夫婦ではまだないですわ」
ユキが訂正した。
「そこですか?」
「婚約発表もまだです」
「より悪いのでは?」
「エリー、冷静に刺してくるなあ」
*
「ゲームだったら」
ユキがまた天井を見る。
「この辺から事件が起きるんですよね」
「どんな?」
「お父様が病気になる」
「縁起でもない」
「私が攫われる」
「もっと嫌」
「ライバルの女キャラに辱められる」
「ユキ」
「エロゲの定番イベントですわ」
「現実で起きたら笑えませんよ」
「もちろん現実では嫌です」
ユキは即答した。
「でもシチュエーションプレイなら別」
「そういう話ね」
「そういう話です」
*
「BLだと」
マコトも考え始める。
「恋人を人質にされて」
「はい」
「相手の言うことを聞かされるとか」
「それ」
ユキが指を差す。
「エロゲと変わんないですわ」
「確かに」
「ジャンルが違うだけで、やってること似てますよ」
「前世の私が聞いたら怒りそう」
「今のマコトが言ってるんですけど」
「おかしいなぁ」
*
エリーが二人へ視線を向ける。
「どちらにしても」
「何?」
「旦那様もユキも」
「はい」
「外部の者から見れば、身体の秘密を知られた時点で相当に驚かれるでしょうね」
「ああ」
「それはそうですわね」
「男だと思っていた旦那様に女性側の身体がある」
「はい」
「女だと思っていた公爵令女に男性側の身体がある」
「はい」
「さらに」
エリーが自分を指す。
「爆乳メイド長にも男性側の身体がある」
「一番意味分からないのエリーですよ」
「性神にゴネましたので」
「威張るところじゃない!」
*
「まあ」
ユキが横向きになった。
「秘密を脅しに使うような相手が出たら」
「はい」
「こっちもその弱みは利用しますけど」
「ユキ」
「暴力とかではなく」
「はい」
「社交界的に」
「ああ」
「そのくらいは公爵令女ですから」
エリーが頷く。
「そこは普通の貴族らしいですね」
「でしょ?」
「その直後に変な妄想を始めなければ」
「まだ何も言ってませんわ!」
「顔がもう考えております」
*
「例えば」
「ほら」
「ライバルの貴族令女」
「はい」
「最初は私にものすごく反発する」
「はい」
「でも本人も同意してシチュエーションプレイをするようになって」
「はい」
「最初は『あなたなんか嫌いですわ』って態度なのに」
「はい」
「会うたびに」
ユキが声を作る。
「『今日は……私を可愛がってくださらないのですか』」
「うわ」
「顔真っ赤」
「はい」
「しかもいつ何があってもいいように、最初から準備してきてる」
「ツンデレですね」
「最高でしょう?」
「すごくエロゲ」
「でしょう!」
*
「さらに」
ユキの妄想は止まらない。
「ライバル家の屋敷へ招かれて」
「はい」
「本人の部屋で」
「はい」
「家族に聞かれたくないから、自分で口を押さえてる」
「はい」
「でもオホ声が漏れる」
「ユキ」
「何?」
「完全にいつものエロゲオタクに戻ってます」
「だって良くないですか?」
「まあ」
「マコト!?」
「前世腐女子として、ライバル関係から崩れるのは分かる」
「ほら!」
*
「私は」
エリーが静かに口を挟んだ。
「公爵令女が他の成人男性と遊んで散々崩れたあと」
「はい?」
「私が」
「はい」
「『淫売』と呼びながら、改めてしつけ直すのもよいと思います」
「エリー」
「何でしょう」
「方向性が完全にいつものエリーですわ」
「光栄です」
「褒めてません」
「ただし」
エリーが真顔になる。
「現実に第三者を入れるなら、本人が望んだ場合だけです」
「そこは当然」
「旦那様も?」
「当然です」
三人とも、その点だけは即答だった。
*
「で」
エリーが言う。
「淫売」
「何?」
「結局」
「はい」
「何が言いたかったのですか?」
「……」
ユキが止まる。
「何でしたっけ」
「え?」
「エロゲの話じゃないのですか」
「違いましたわ」
「では」
ユキが。
突然。
身体を起こした。
「あ」
「何?」
「そうだ」
「思い出しました?」
「婚約」
マコト。
停止。
エリー。
停止。
*
「そろそろ」
ユキが二人を見る。
「お父様のところへ行って」
「はい」
「正式に婚約発表の話をしません?」
「急に貴族の話になった!」
「元々その話をしようと思ってたんですわ!」
「ここまで全部脱線?」
「全部脱線」
「長い!」
*
「それで」
ユキは今度はエリーを見る。
「エリーも」
「私?」
「はい」
「何でしょう」
「妾のままにするより」
「妾ですらありませんが」
「そこ」
「はい」
「どこか信頼できる貴族家へ形式上養子に入ってもらって」
「……」
「第二夫人にするのはどうです?」
「……」
今度は。
エリーが完全に固まった。
「私が?」
「はい」
「旦那様の?」
「はい」
「第二夫人?」
「そう」
*
マコトも。
さすがに起き上がった。
「ユキ」
「何?」
「そこまで考えてたの?」
「考えてますよ」
「いつから?」
「割と前から」
「全然聞いてない」
「今言ってます」
「そういう問題?」
*
ユキは。
ここから急に。
本当に公爵令女らしい話を始めた。
「旧男爵家はもう公爵家へ吸収されています」
「はい」
「マコトの立場は特別代官」
「はい」
「だから家そのものを以前と同じ形で継承するわけではない」
「そうですね」
「私とマコトの子が、公爵家側の後継になる」
マコトが黙る。
「エリーとの子については」
「……」
「私たちの子を支える立場へ置くのが、一番揉めにくいと思います」
「補佐?」
「そう」
ユキは指を折る。
「分家」
「はい」
「重臣家」
「はい」
「領地経営を支える家」
「はい」
「その辺り」
*
「旦那様の立場を一代限りに近い特殊なものとして整理するなら」
ユキは続ける。
「エリーの子を無理に公爵家の継承争いへ入れる必要もない」
「……」
「でも」
「はい」
「エリーを単なる愛人扱いにもしたくない」
エリーの表情が。
少し変わった。
「それは」
「何?」
「何故です?」
「家族だから」
ユキは。
あっさり言った。
「もう」
「……」
「三人で暮らして」
「はい」
「三人で秘密を共有して」
「はい」
「毎晩みたいに同じベッドで寝てるのに」
「……」
「今さらメイドだから家族ではありません、は無理でしょう」
*
エリーが。
珍しく。
しばらく何も言わなかった。
「ユキ」
「何?」
「淫売」
「せっかくいい話してるのに!」
「でも」
「はい」
「ありがとうございます」
「……」
「私の子まで」
「まだいませんわよ」
「そうですが」
「はい」
「そこまで考えてくださったのですね」
「当然」
*
マコトが。
ユキをじっと見る。
「ユキ」
「何?」
「本当に貴族ですね」
「何ですの、その感想」
「いや」
「はい」
「さっきまで」
マコトが指を立てる。
「ライバル令女がどうとか」
「はい」
「BLがどうとか」
「はい」
「エロゲがどうとか」
「はい」
「そういう話しかしてなかったのに」
「はい」
「いきなり婚姻政策と継承問題」
「公爵令女ですから」
「すごい」
*
エリーも。
じっとユキを見る。
「私も」
「何?」
「少し驚きました」
「失礼ですわね」
「何故なら」
「はい」
「普段のユキは」
「はい」
「頭の中に」
一拍。
「入れるか入れられるかしかないと思っておりましたので」
「エリー!」
マコトが吹き出した。
「ぶっ!」
「旦那様まで笑わないでくださいませ!」
「だって!」
「私は公爵令女です!」
「知っています」
「領地経営も!」
「はい」
「社交も!」
「はい」
「婚姻政策も考えます!」
「はい」
「普段は変態でも!」
「自分で言った」
「マコト!」
*
しばらく。
三人で笑った。
やがて。
マコトが。
少し真面目な顔になる。
「でも」
「何?」
「婚約発表は」
「はい」
「そろそろ本当に進めてもいいかもしれません」
「でしょう?」
「公爵にも改めて話して」
「はい」
「エリーの扱いも」
「はい」
「ちゃんと考えましょう」
エリーが。
マコトを見る。
「旦那様」
「何?」
「私まで?」
「当然でしょう」
「……」
「エリーだけ離れた立場のままにはしたくない」
*
ユキが笑う。
「決まりですわね」
「何が?」
「次の大仕事」
「婚約発表?」
「それと」
ユキがエリーを見る。
「爆乳メイド長を、どうやって合法的に第二夫人へ昇格させるか」
「言い方」
「重要でしょう?」
「重要ですが」
「お父様」
ユキが天井を見る。
「どんな顔するかな」
「たぶん」
マコトも天井を見る。
「ものすごく疲れた顔」
「私もそう思います」
エリーまで同意した。
*
三人。
また。
ベッドへ倒れ込む。
「でも」
ユキが言う。
「ちゃんとしないとね」
「はい」
「遊んでばかりでは」
「はい」
「貴族として」
「はい」
「……」
「ユキ?」
「何?」
「寝ました?」
「まだ」
「じゃあ何で黙ったの」
「疲れた」
「さっきまで元気だったでしょう」
「変態な話は疲れないんです」
「貴族の話は?」
「疲れる」
「公爵令女!」
*
結局。
婚約発表。
エリーの身分。
将来の子どもたちの立場。
その三つについて。
近いうちに公爵へ相談することになった。
いつも通り。
三人とも裸。
行為の余韻を残したまま。
そんな格好で。
貴族家の未来について。
かなり真面目な話をしていた。
「……私たち」
「何?」
「やっぱり前世より変態的ですわね」
「そこへ戻るんだ」
「旦那様」
「何?」
「否定できます?」
「できません」
「私もです」
三人。
また。
同時に笑った。
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