第五十六話 護衛騎士まで仲間にしようとしたら、爆乳メイド長までふたなりになりたいと言い出しました
別邸の午後。
三人は普通に茶を飲んでいた。
マコトとユキが向かい合って座り。
エリーは二人の杯へ茶を注ぎ、皿から焼き菓子を取って添える。
「旦那様」
「ありがとう」
「淫――」
エリーが一瞬止まる。
今はマコトもいる。
「ユキも」
「今、淫売って言いかけたでしょう」
「気のせいです」
「絶対言いかけた」
こうしているだけなら。
有能なメイド長。
公爵令女。
公爵家の特別代官。
実にまともだった。
この三人が昨夜、朝の湯浴みを諦めるくらい疲れ果てて同じベッドで寝ていたとは、とても思えない。
*
「それで」
マコトが菓子を一つ取る。
「エリーにも相談しておきたいことがあります」
「何でしょう」
「あの護衛騎士」
エリーの目が少し細くなる。
「公爵令女付きの?」
「そう」
ユキが頷いた。
「以前話しましたでしょう。公爵家そのものへの忠誠とは別に、私個人への忠誠心がかなり強い騎士」
「覚えております」
「できれば」
マコトが続ける。
「彼も、ここの秘密を知る仲間にできないかと」
「理由を伺っても?」
「一番は」
マコトが自分を指す。
「私の生存条件です」
エリーが察する。
「ああ」
「ユキだけに頼るのは、いずれ無理が出る可能性があります」
「公爵令女には公務がありますからね」
「私も領地へ戻ることがあります」
「つまり」
エリーが真顔で確認する。
「旦那様の特殊な条件を満たせる者を、もう一人確保しておきたい」
「かなり端的に言えば」
「そうなります」
*
エリーは。
少し考えてから。
「私にも」
「はい?」
「生えればよろしいのでは?」
マコト。
停止。
ユキ。
停止。
「エリー」
「何でしょう」
「今、何て?」
「私にも男性側の身体が増えれば」
「……」
「旦那様のお役に立てます」
「発想が急!」
ユキが机を叩く。
「というか」
「何です?」
「エリーにそれが生えたら」
ユキの顔が。
完全にエロゲオタクのものになる。
「マコト、監禁されるんじゃない?」
「何故です?」
「だってエリーですよ?」
「はい」
「旦那様大好き」
「当然です」
「嫉妬深い」
「否定しません」
「しかも性神仕様の身体まで手に入れたら」
ユキが指を立てる。
「マコトを離れに閉じ込めて、ずーっと自分だけで可愛がりそう」
「……」
「監禁エロゲ」
「ユキ!」
「絶対似合う」
*
エリーは。
怒るどころか。
数秒考えた。
「悪くありませんね」
「エリー!?」
「旦那様は無理をして働きすぎますから」
「監禁理由が健康管理!」
「食事も」
「はい?」
「睡眠も」
「はい」
「旦那様の身体のお世話も」
「はい?」
「すべて私が管理します」
「最後だけ意味違いますよね!?」
ユキが腹を抱えて笑う。
「ほら! 監禁エロゲ!」
「淫売」
「何?」
「その時は」
エリーの目が。
すっと細くなる。
「二人がかりで旦那様を散々喜ばせているあなたの口を、私が塞いで差し上げます」
「何で私まで!?」
「邪魔なので」
「怖っ!」
*
「二人とも」
マコトが割って入った。
「私を題材に喧嘩しない」
「旦那様」
「はい」
「私は喧嘩しておりません」
「監禁計画立ててましたよね?」
「健康管理です」
「言い換えても駄目です」
マコトがため息をつく。
「そもそも」
話を戻す。
「あの騎士を入れるのは、エリー以上に難しいと思います」
「何故です?」
「エリーの場合」
「はい」
「私への嫉妬が中心だったでしょう」
「……まあ」
「騎士の場合」
マコトがユキを見る。
「ユキ推しです」
「その言い方」
「つまり」
「はい」
「私とエリーを見た瞬間」
マコトが指を立てる。
「『お嬢様を穢した連中』判定される可能性がある」
「……」
エリーも。
少し真面目になった。
*
「最悪」
マコトが続ける。
「私」
「はい」
「エリー」
「はい」
「二人まとめて斬られます」
「私は?」
ユキが聞く。
「救出対象」
「そんな」
「あり得ます」
「でも」
エリーがユキを見る。
「淫売が自分から股を開いて手懐ければよいのでは?」
「エリー!」
「二人きりじゃない!」
「失礼」
まったく反省していない。
「いやいや」
マコトが首を振る。
「そうはならんでしょう」
「そうですわね」
ユキも同意する。
「むしろ」
「はい」
「身体を見せた瞬間」
ユキが自分を見る。
「『偽物め!』ってなる可能性ありますわね」
「ある」
「かなりある」
*
何しろ。
騎士が知っている公爵令女は。
生まれた時から女。
高貴な公爵家の娘。
身持ちも固い。
そこへ。
突然。
『実は性神の祝福で身体が変わりました』
と言われる。
さらに。
『この代官とメイド長は全部知っています』
まで加わる。
「怪しさしかない」
マコトが言った。
「私でも疑います」
「でも」
ユキが言う。
「マコトの条件を理解してもらわないと困るでしょう?」
「そこ」
「騎士が」
「はい」
「男同士のそういう関係へ、抵抗がある人だった場合」
「……」
「旦那様が死にますね」
エリーが真顔で言った。
「そうなんです」
*
「だから」
マコトが指折り数える。
「第一段階」
「秘密を守れるか」
「第二段階」
ユキが続ける。
「性神と身体の変化を信じてもらえるか」
「第三段階」
エリー。
「旦那様の生存条件を理解できるか」
「第四段階」
マコト。
「本人が自分から協力したいと思うか」
「……」
「……」
「……」
三人とも黙る。
「難易度高いですね」
「高いですわ」
「面倒ですね」
*
「もうさ」
ユキが。
突然。
投げやりになった。
「何?」
「性神にお願いして」
「嫌な予感」
「エリーと騎士も」
腕を広げる。
「ふたなりにしてもらえばいいんですよ!」
「解決してない!」
「身体の問題はかなり解決しますわ!」
「人間関係が悪化する!」
「でも考えてくださいよ」
ユキの目が輝く。
「四人」
「はい」
「全員、男でも女でもある」
「はい」
「もう誰が誰を相手にしてもいい」
「……」
「いろんな組み合わせで」
「ユキ」
「みんなで好きなように種付け大会!」
「話が雑!」
*
しかし。
マコトは。
一瞬。
本気で考えてしまった。
「……」
「マコト?」
「確かに」
「旦那様!?」
「組み合わせは増える」
「でしょう!?」
「ユキとエリー」
「はい」
「エリーと騎士」
「はい」
「私と騎士」
「はい!」
「私とエリー」
「もう済み」
「ユキと騎士」
「それもあり」
「四人全員」
「最高!」
エリーが。
呆れた顔で二人を見る。
「旦那様」
「はい」
「公爵令女に毒されすぎです」
「淫売に?」
「そうです」
「エリー!」
*
ところが。
ユキが。
急にマコトを見る。
「そういえば」
「何?」
「前から気になってたんですけど」
「はい」
「マコト」
「何です?」
「私がエリーに責められてる時」
「はい」
「絶対」
ユキが。
自分の胸。
それから。
エリーの爆乳。
二つを指す。
「これの存在、忘れてますよね?」
「……」
マコトが止まる。
「何のこと?」
「おっぱい」
「忘れてない」
「嘘」
「忘れてません」
「じゃあ」
ユキが詰め寄る。
「エリーが私を押さえつけて、淫売だ何だって罵ってる時」
「はい」
「何として見てます?」
「……」
「マコト」
「……」
「正直に」
*
「……気の強いメイド長に」
「はい」
「生意気な若い貴族が」
「はい」
「懲罰されてる感じ」
「やっぱり!」
「違うんです!」
「何が!?」
「脳内でちょっとだけ」
「はい!」
「中性的な男同士っぽく変換される時が」
「ほら!」
「腐女子フィルター!」
ユキが。
エリーを指す。
「この爆乳ですよ!?」
「分かってます!」
次に。
自分を指す。
「私だって女の身体ですよ!?」
「分かってる!」
「なのに」
「はい」
「マコトの頭の中では」
芝居がかった声。
「『気の強い年上の使用人に懲罰される生意気な貴族の美少年』」
「……」
「でしょう?」
マコト。
沈黙。
*
「旦那様」
エリーが。
静かに。
マコトを見る。
「私の乳房」
「はい」
「忘れておられたのですか?」
「忘れてない!」
「先日は随分お好きだと」
「好きです!」
「それなのに」
「エリー」
「何でしょう」
「BLフィルターと爆乳は両立するんです!」
「意味が分かりません」
「私もですわ!」
*
ユキが笑う。
「つまり」
「何?」
「私がエリーに淫売って罵られて」
「はい」
「二人で張り合ってる時」
「はい」
「マコトは興奮しながら」
「はい」
「おっぱいを認識しつつ」
「はい」
「男同士にも変換してる」
「……」
「最低ですね」
「何で!?」
「性癖が節操なさすぎ」
「前世腐女子なので!」
「またそれ!」
*
エリーが。
静かに茶を注ぎ直した。
「旦那様」
「何?」
「騎士を仲間にする件」
「はい」
「もう少し慎重にした方がよろしいかと」
「ですよね」
「ただし」
「はい?」
「もし騎士まで身体を変えられ」
「はい」
「私にも同じものが授けられたなら」
「……」
「旦那様の管理は」
にっこり。
「私にお任せくださいませ」
「まだ監禁エロゲ諦めてない!」
「健康管理です」
「絶対違う!」
ユキが笑う。
「その時は私も一緒に監禁されようかな」
「淫売は不要です」
「エリー!」
結局。
護衛騎士を本当に巻き込むかについては。
またしても。
ほとんど何も決まらなかった。
増えたのは。
四人全員ふたなり案と。
マコトのBLフィルター疑惑だけだった。




