第五話 木杯は二度目、木剣も二度目
町の門が見えてきた。
「いやぁ~、ようやく到着ですなぁ。ドゥフフ」
石造りの城壁。行き交う馬車。腰に剣を下げた男。杖を持つ女。耳の長い人までいる。
そして、おじさんの膝の上には。
「オホォ……」
「静かにしていただけませんかなぁ」
孕んだ木杯がいた。
捨てる予定だったひび割れ木杯。
おじさんが股間を隠すためにもらい、被せたところで雌化。
その後、種付けプレスまでした結果、現在二度目の人生どころか、初めての妊娠生活を送っている。
「それ、本当に町まで持っていくのか?」
馬車の茶髪の男が聞いた。
「この木杯だけは残そうかと思いましてなぁ」
「なんで?」
「使いやすい」
「孕んでるぞ?」
「それとこれとは別問題ですぞ」
「オホッ」
「ほら本人も同意しておりますなぁ」
「会話できてねえだろ」
そこで。
「オホォッ……!」
「ドゥフ?」
木杯が震えた。
ぷっくり膨らんでいた胴が、さらに大きく脈打つ。
「……これは」
「何だ?」
「出産では?」
「ここで!?」
「おじさんに怒られましても!」
馬車を急いで街道脇へ寄せる。
木杯を荷台へ置いた。
「オッ……オホォォォォォッ!」
ぽこん。
「おお」
小さな木杯が一個。
ぽこん。
二個。
ぽこん、ぽこん。
「増えてる!」
「元気なお子さんですなぁ!」
「木杯だぞ!」
「種族差別はいけませんぞ」
「お前が作ったんだろ!」
結局、五個。
手のひらに乗るくらいの小さな木杯が、親木杯の周りをころころ転がった。
「ドゥフフ。かわいいですなぁ」
「持ってくのか?」
「いや」
おじさんは首を振った。
「この子たちは手放しますぞ」
「急に冷静だな」
「これからおじさんが孕ませるたび、子供まで全部持ち歩いていたら荷車が何台あっても足りませんからなぁ」
現実的だった。
「雌化した物も、できる限り誰かへ譲るか、その土地へ残すつもりですぞ」
「その方がいい」
「ただし」
親木杯を抱き上げる。
「この子だけは残しますかなぁ」
「なんでそれだけ特別なんだよ」
「なんとなく相性がよろしい」
「オホォ……」
「ほら」
「だから会話成立してねえって」
出産を終えた木杯の膨らみはすっかり元へ戻っていた。
ひび割れもない。
以前より艶のある、妙に上等な木杯。
「ところで」
茶髪の男が水筒から水を注いだ。
「本当に普通の杯として使えるのか?」
「試してみますかな」
水を入れる。
一瞬。
木杯が淡く光った。
「……ん?」
普通の水だったはずだ。
だが、透明度が妙に高い。
ほのかに甘い香りまで立っている。
おじさんが口をつけた。
「……おお」
「どうした?」
「甘いですぞ」
「砂糖なんか入れてないぞ」
「いやぁ、甘いといっても砂糖水とは違いますな。身体に染みるというか……」
もう一口。
疲れが抜ける。
喉の渇きもきれいに消えた。
若い男も恐る恐る飲んだ。
「……うまい」
「でしょう?」
「水じゃねえぞ、これ」
さらに試す。
少し濁った古い水。
木杯へ注ぐ。
光る。
澄む。
「まさか……」
茶髪の男が、保存食用に持っていた苦い薬草汁をほんの少し垂らした。
木杯が淡く輝く。
嫌な臭いが消えた。
「浄化されてる?」
「ほほう」
「毒とかも消せるんじゃないか、これ」
「それは便利ですなぁ!」
「便利ってレベルじゃねえぞ!」
ただの雌化木杯ではない。
注いだ飲み物を浄化し、身体に染み渡る甘露へ変えてしまう。
「聖別に近い……」
茶髪の男が呟いた。
「聖別された甘露を作る杯なんて、神殿でもそうそうないぞ」
「ドゥフフ。性神様、下品なだけではありませんでしたなぁ」
「オホォッ!」
「褒めた途端それかよ!」
木杯から透明な液体が溢れた。
「いやぁ、性能は最高、挙動は最低ですなぁ」
「それ、今後ずっと言う気だろ」
「便利な言葉ですからなぁ」
*
そして。
出産を終えた木杯を見ているうちに。
おじさんの身体に、また例の衝動が来た。
「……」
「おい」
「はい?」
「何だその顔」
「いやぁ」
木杯を見る。
「オホッ……」
「やめろ」
「まだ何も言っておりませんぞ?」
「出産直後だぞ」
「しかし、実に元気そうですなぁ」
「オホォ……」
「向こうも求めておりますぞ」
「木杯の鳴き声を都合よく解釈すんな!」
だが、四十八時間は最低限。
おじさんの祝福は、二日に一度だけ済ませれば大人しくなるものではない。
やりたい。
もう一度。
「ドゥフフ……」
「町の外でやれ!」
「もちろんですぞ。おじさんにも常識はありますからなぁ」
「その台詞が一番信用できねえ!」
*
街道から外れた、人目のない草地。
親木杯を仰向け相当に置く。
「いやぁ、出産後とは思えないほど艶々ですなぁ」
「オホッ!」
「その受け口も実に具合がよろしいですぞ。ドゥフフ」
木杯。
「オホォォォ……!」
「では二度目ですなぁ」
しばらくして。
ズンッ!
「オホォッ!」
ズンッ、ズンッ!
「オッホォォォォォッ!」
遠くに逃げた馬車の二人が耳を塞ぐ。
「聞こえる!」
「聞かないでいただきたいですなぁ!」
「音がでけえんだよ!」
ズンッ!
「オホッ! オホォォォォォッ!」
「いやぁ、まだまだいけますなぁ」
そして。
「出ますぞ」
「オホォォォォッ!」
「濃いのが……オッ! オッ! オッ! オッ!」
「オッホォォォォォォォッ!」
草が濡れた。
静かになる。
「ドゥフフ……」
おじさんは満足そうに眼鏡を直した。
「さて」
「オホォ……」
「抜かずの二回戦ですぞ」
「オホッ!」
「まだやるのかよ!」
遠くから怒鳴り声。
「何度でも元気なのが性神様の加護ですからなぁ!」
「説明いらねえ!」
*
しばらく後。
「いやぁ、お待たせしましたなぁ」
「待ってねえよ」
おじさんが戻ってくる。
親木杯は。
再び、ほんのり膨らんでいた。
「……また孕んだ?」
「ドゥフフ」
「答えろ」
「孕みましたなぁ」
「出産直後に!?」
「生命というのは逞しいものですぞ」
「お前が逞しすぎるんだよ!」
五個の子木杯については、町の門近くにいた水売りの男へ譲ることになった。
「本当にいいのか?」
「どうぞどうぞ」
「妙に出来がいい杯だな」
「普通の木杯として使う分には優秀ですぞ」
「普通の?」
「細かいことは気にしない方が幸せですなぁ」
「何だそれ」
五つの小木杯は手放した。
親木杯だけを腰へ下げる。
「これで身軽ですなぁ」
「オホォ……」
「お前はそれ持ってくんだな」
「甘露が作れますからなぁ」
「絶対それだけじゃないだろ」
「ドゥフフ」
*
その頃。
街の反対側。
「……また染みてる」
ギャルは木剣を睨んでいた。
雄化した部分を隠すため、何重にも布を巻いてある。
なのに。
白い布の一部が。
じわ。
じわ。
白濁している。
「いや白い布に白いの染みてても分かるの最悪なんだけど!」
「オホォ……」
「お前のせいだから!」
拭く。
布を巻き直す。
数分。
また染みる。
「意味なくない!?」
しかも。
木剣そのものは。
明らかに昨日より強くなっていた。
ひびは完全消失。
握った時の馴染み方も上がっている。
振れば、空気が鋭く鳴る。
「木剣だよね?」
ぶんっ。
倉庫にあった太い廃材が。
ぱきん。
綺麗に割れた。
「……ヤバ」
前より強い。
しかも、まだ成長している感じがする。
「これ、そのうち普通に伝説の武器とかならない?」
「オホッ!」
「返事だけはいいじゃん」
神像は教会に残した。
これから作る雄化アイテムも、基本はその土地で手放すつもりだ。
全部持って歩くなんて無理。
でも。
「お前は残す」
木剣を持ち上げる。
「性能良すぎ」
「オホォォォ……!」
「挙動は終わってるけど」
さらに。
身体の奥。
「……」
また来た。
「あー」
分かる。
「うちもか」
木剣を見る。
木剣。
「オホッ」
「嬉しそうじゃん」
二度目。
「……まあ」
死なないためだけじゃない。
普通に気持ちいい。
「するよね」
*
扉を閉める。
鍵をかける。
木剣を見る。
「前より立派になってない?」
「オホォ……」
「いや、そこはマジで褒めてる」
ギャルは笑った。
「なんか悔しいけど、お前めっちゃいいじゃん」
そして。
しばらく後。
「来る……来る来る来る……っ!」
「オホォォォォッ!」
「あっ、ダメ! 熱いの……もっと……!」
木剣が低く鳴く。
「オホォォォォォッ!」
「濃いの……もっと出して……!」
ギャルの声が崩れる。
「お゙っ……んお゙っ、お゙っ、お゙っ……!」
「オホォッ!」
「孕ませて……っ、いっぱい出して!」
木剣では妊娠しない。
本人も知っている。
頭では分かっている。
でも身体はそんなことを無視して求める。
「来る来る来る……あっ、ダメ!」
「オホォォォォォッ!」
「んお゙っ゙お゙っ゙お゙っ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙っ!!」
倉庫中に響いた。
「もう出てる……っ、もっと! このまま二回目……!」
木剣もすぐ回復する。
「オホォォォォォォッ!」
「ほんと早っ……!」
白濁液。
また布。
じわっ。
「最悪……その布さっき替えたんだけど……!」
でも止めない。
「もっと……!」
何度目か。
本人にもよく分からなくなる。
「お゙っ゙……お゙っ゙お゙っ゙ぉ゙ぉ゙っ!」
終わった頃。
床は酷い。
布も酷い。
木剣だけは。
また一段、武器として完成度を上げていた。
「……」
振る。
ぶんっ。
さっきより速い。
「絶対育ってる」
「オホォ……」
「マジで伝説武器になる気?」
「オホッ!」
「その前に布どうにかして」
無理だった。
また染みてきた。
*
午後。
冒険者ギルド。
「いやぁ~、ここですなぁ」
おじさんが扉を開けた。
ようやく上下とも服を着ている。
ギルドから古着を借りたのだ。
ただし。
眼鏡。
革靴。
ネクタイ。
ネクタイだけはそのまま。
「そのネクタイは交換されませんか?」
受付の成人女性が聞いた。
「これは駄目ですぞ」
「なぜです?」
「異世界召喚を共に乗り越えた相棒ですからなぁ」
「……そうですか」
「汗も拭けますぞ」
額を拭く。
「眼鏡も」
そのまま眼鏡を拭く。
「……」
受付嬢が一歩下がった。
「なぜ離れるんですかな?」
「なんとなくです」
「ドゥフフ。若い女性は厳しいですなぁ」
それでも登録手続きは親切だった。
名前。
年齢。
出身。
戦闘経験。
「戦闘経験は?」
「ありませんなぁ」
「魔法は?」
「分かりません」
「武器経験は?」
「ありませんなぁ」
「採取は?」
「ありません」
「……何ができます?」
「会社員を二十年以上」
「カイシャイン?」
「こちらにはありませんか」
おじさん、異世界で驚くほど役に立たない。
「最初は荷運びや清掃、採取などをおすすめします」
「魔物討伐などは?」
「死にますよ」
「即答!」
「新人一人では危険です」
「おじさん、かなり丈夫らしいのですがなぁ」
「らしい?」
「性神様のお墨付きですぞ」
「……」
「そんな顔をしないでくださいなぁ」
その時。
腰の木杯。
「オホォ……」
受付嬢が固まる。
「……今のは?」
「木杯ですぞ」
「木杯?」
「二回ほど孕ませましたなぁ」
「……」
「ですが優秀ですぞ!」
「何がです?」
「飲み物を甘露に変えましてなぁ」
水差しから水を一口分もらう。
木杯へ。
淡く光る。
「どうぞ」
「……」
受付嬢は警戒しながら一口。
「……おいしい」
「でしょう?」
「それに……身体が軽く」
「毒も浄化するようですぞ」
「それ、かなり高位の魔道具なのでは?」
「元は捨てる予定のひび割れ木杯ですなぁ」
「……どうしてそうなったのですか?」
「ドゥフフ」
「やっぱり聞かないことにします」
「賢明ですぞ」
*
そこへ。
「だから染みてくんなって!」
やたら明るい女性の声。
「ドゥフ?」
振り向く。
金髪。
十八歳くらいの成人女性。
借り物らしい地味な服。
なのに身体つきだけが派手で、服が完全に負けている。
そして背中には。
布をぐるぐる巻きにした木剣。
その布には。
白い染み。
「……」
おじさんは見た。
ギャルも見た。
「……うわ」
「はい?」
「何このオッサン」
「いやぁ、初対面で随分ですなぁ」
「脂っこ」
「一発目からそこですか」
「腹たるんでる」
「事実ですぞ」
「ハゲかけ」
「自覚しております」
「デブ」
「はい」
「チビ」
「そこまで低くありませんぞ!」
「あとネクタイ汚っ」
「これは相棒ですぞ」
「何で濡れてんの?」
「汗を拭きましたからなぁ」
「眼鏡もそれで拭いてた?」
「なぜ分かりましたかな?」
「キモォ!」
「トドメ!」
おじさんは胸を押さえた。
「いやぁ……最近の若いお嬢さんは容赦ありませんなぁ」
「その笑い方もキモい」
「四発目!」
だが。
妙だった。
おじさんの好みではない。
むしろ真逆。
おじさんが好きなのは清楚で、大人しくて、品のある成人女性。
目の前にいるのは。
金髪。
ギャル。
口が悪い。
派手。
「いやぁ……本当にタイプではありませんなぁ」
「はぁ!?」
「おじさん、清楚系が好みですからなぁ」
「こっちだってオッサンとかマジ無理だし!」
「でしょうなぁ」
「脂っこい中年ハゲデブチビとか、どこ刺さるの?」
「全部並べる必要あります?」
「ない」
「ならやめていただきたい!」
なのに。
二人とも。
相手から目が離れない。
「……」
「……」
「何?」
「いやぁ」
「見んなって」
「失礼」
目を逸らす。
三秒。
また見る。
「だから見るなって!」
「不思議ですなぁ」
「うちもなんかキモい」
「おじさん自身ですかな?」
「この感じ!」
「ああ」
それなら。
おじさんにもある。
街へ入る前から、妙に気になっていた何か。
今。
目の前にいる。
そんな感じだけはする。
方向が分かったわけではない。
距離が分かっていたわけでもない。
ただ。
妙に引っかかる。
「お嬢さん」
「何?」
「神様に会いましたかな?」
ギャルの表情が止まった。
「……会った」
「性神?」
「……そっちも?」
木杯。
「オホォ……」
木剣。
「オホォォォ……」
「……」
「……」
おじさんが木剣を見る。
「そちらもなかなか元気ですなぁ」
「二回目したらまた強くなった」
「ほほう」
「見るなキモい」
「おじさんの木杯も二回目でしてなぁ」
「何、その張り合い」
「しかも出産済みですぞ」
「は!?」
「五個産みましたなぁ」
「持ってんの?」
「子供は手放しましたぞ。この木杯だけ残します」
「うちも。他は残さない。木剣だけ」
「同じですなぁ」
「一緒にすんな」
「しかし木剣の布が随分と」
「言うな!」
白濁した染み。
「また染みてきてんの!」
「ドゥフフ」
「笑うな!」
受付嬢たちが。
少しずつ。
二人から離れていく。
おじさんとギャル。
雌を作る男。
雄を作る女。
互いの見た目は。
見事なまでに好みではなかった。
だが。
同じ神に目をつけられたことだけは。
もう疑いようがなかった。
「どうやら」
「何?」
「おじさんたち、同じ変態神に選ばれたようですなぁ」
「それはマジっぽい」
「オホォォォッ!」
「オホォォォォッ!」
木杯と木剣が同時に鳴いた。
ギルド中が静かになる。
「……」
「……」
ギャルが木剣を叩く。
「お前は今しゃべんな!」
おじさんは木杯を撫でた。
「元気ですなぁ」
「そっちも止めろ!」
「ドゥフフ」
こうして。
種付けオッサンと。
オホ声ギャルは。
異世界で初めて出会った。
第一印象は。
お互い最悪だった。




