第四話 捨てる木剣が雄になったんだけど
服を借りた。
正確には、教会で働いている女性から、余っていた服を一式もらった。
「うわ、地味」
白っぽいシャツ。
足首まであるスカート。
革のベルト。
歩きにくそうな靴。
「申し訳ありません。今すぐ用意できる女性用の衣服がこれしかなくて……」
「あ、ごめん! そういう意味じゃないって! マジ助かったし。ありがと!」
危ない。
異世界に来たその日に、全裸のうちへ服までくれた親切な人を傷つけるところだった。
「でもこれ、どうやって着んの?」
「こちらの紐を先に結びまして……」
「紐多くない?」
「普通ですが」
「ファスナーないの地味にキツいわ」
「ふぁすなー?」
「あ、ないよね。ごめん」
教えてもらいながら着てみた。
そして別の問題が発生した。
「……胸が」
「だよねー」
きつい。
かなりきつい。
腰に合わせると尻もきつい。
「これ破れない?」
「もう少し大きなものを探してまいります」
「マジごめん」
元から胸も尻も大きい。
ずっとダンスをやっていたから、腹や脚は締まっているのに、出るところは妙に出ていた。
日本でも海外のモデルみたいと言われることはあった。
「でも全裸より百倍マシ。マジ神」
「神……」
「あ、そっちじゃないから。めっちゃ助かったって意味!」
通じない。
そりゃそうか。
*
着替えたあと、教会のおじいちゃん――たぶん神官の偉い人――と改めて話をした。
「まず、お名前を伺っても?」
名乗った。
「年齢は?」
「十八」
「十八歳。では成人されておりますな」
「こっちも十八から大人?」
「はい」
「一緒じゃん。そこ分かりやすくて助かる」
おじいちゃんは頷いた。
「昨夜、神託がありました。この神殿へ異界より一人の女性が現れる。その者は神の祝福を受けている、と」
「へー。あいつ、ちゃんと根回ししてたんだ」
「あいつ?」
「神様」
「神をあいつと……」
「だって全裸で落としたし」
「……」
「あと、あの像の件もあるし」
二人で扉の向こうを見る。
遠くから。
「オホォォォォォ……!」
「まだやってんじゃん」
低く渋い男のオホ声。
雄化した裸の男神像は、まだ元気だった。
「神像が以前より強い神気を帯びていること自体は、喜ばしいのですが……」
「でもフル勃起で白いの飛ばすもんね」
「言葉を選んでください」
「事実じゃん」
「事実なのが困るのです」
この人、大変そう。
「ところで、どちらの神から祝福を?」
「性神」
「……」
止まった。
「性神。性の神様」
「なるほど……」
「あれ? 思ったより普通」
「性神も正式な神々の一柱ですからな」
「邪神とかじゃない?」
「もちろん違います。性愛、繁殖、夫婦の営み、出産、生命の活力などを司る神です」
「ちゃんとしてんじゃん」
「ただし」
「ただし?」
「その祝福は……個性的なものが多いと伝わっております」
「知ってる」
めちゃくちゃ知ってる。
祭壇横で現在進行形で証明されている。
「オホォォォォォッ!」
「ほら」
「……はい」
「うちの祝福、かなり個性的な方?」
「比較できるほど性神の祝福者を存じません」
「そっか」
「ご自身の祝福については説明を?」
「基本は全部聞いた」
感染症なし。
行為による怪我なし。
相手も傷つけない。
性的な行為で異常回復。
四十八時間以内に一定以上の絶頂を迎えなければ死ぬ。
ただし四十八時間は最低期限。
実際には一日に何度も身体が求める。
そして、使った物が雄化する。
「まあ、そこはもう諦めた」
「諦めた?」
「やんなきゃ死ぬんでしょ?」
「……そう伺ったのであれば」
「じゃ、やるしかなくない?」
簡単な話だ。
雄化アイテムが増える。
死ぬ。
どっちを選ぶか。
「うちは生きる方」
「思い切りがよろしいですな」
「だって考えたって条件変わんないじゃん」
それに。
気持ちいい。
ものすごく。
そこも問題だった。
「ただ、人の物を勝手に雄にすんのはさすがにマズいから、それは避ける」
「ぜひ、そうしてください」
「危ないのも何とかする」
「ぜひ」
「でも変なだけなら……もう知らん」
「……はい」
「増えるもんは増える!」
開き直った。
異世界生活初日。
まだ一時間も経っていない。
*
その直後。
身体の奥が、またざわついた。
「……え」
「どうされました?」
「いや」
知ってる。
この感じ。
「もう来たんだけど」
「何がですかな?」
「言わない」
さっき神像で条件を満たしたばかり。
四十八時間の生命維持時計には余裕がある。
なのに身体はもう次を欲しがっている。
「神様、一日何回もってマジだったんだ……」
「大丈夫ですかな?」
「身体的にはめっちゃ元気」
「それならばよろしいのでは?」
「よくないんだわ」
場所が教会だから。
しかも借り物だらけだから。
長椅子。
机。
燭台。
祭壇。
全部他人の物。
「……ダメダメ」
首を振る。
「これ以上、教会の物を雄にすんのはマジでダメ」
「雄に……?」
「こっちの話!」
おじいちゃんが困った顔をした。
少し考えてから、うちは聞いた。
「ねえ」
「はい」
「捨てる予定の物とかない?」
「捨てる?」
「壊れてて、もう誰も使わないやつ」
「何にお使いで?」
「聞かない方がいいと思う」
「……」
「いやマジで」
「……分かりました」
分かってくれた。
たぶん分かってないけど。
*
案内されたのは教会裏の小さな倉庫だった。
壊れた椅子。
欠けた桶。
古い農具。
割れた板。
「こちらは処分予定の品です」
「いっぱいあんじゃん」
「必要でしたらお持ちになって構いません」
「所有権うち?」
「しょゆうけん?」
「これ、うちの物にしていいってこと?」
「はい」
「よし」
これなら人の物を勝手に変えたことにはならない。
ちゃんと確認した。
現代人として最低限のラインは守った。
そして。
「……」
壁際に一本の木剣があった。
訓練用らしい。
刃はない。
先端も丸い。
ただし真ん中あたりにひびが入り、握り部分もすり減っている。
「これ何?」
「子供や神殿兵が訓練に使っていた木剣です。ひびが入ったため処分する予定でした」
「これももらっていい?」
「もちろんです」
「決まり」
持ってみる。
軽い。
「……ちょうどよくない?」
「何がです?」
「いや、なんでもない!」
おじいちゃんには倉庫を出てもらった。
「しばらく開けないで!」
「なぜ――」
「お願い!」
「……分かりました」
扉が閉まる。
静かになった。
「……」
うちは木剣を見る。
「いやいや」
異世界初日。
教会の物置。
全然趣味じゃない。
「こんなん予定してなかったんだけど」
身体は待ってくれない。
四十八時間経過で死ぬ。
しかもそれ以前に強烈な衝動が何度も来る。
「……しゃーない」
木剣を見る。
「お前、もう捨てられる予定だったんだし」
返事はない。
「第二の人生ってことで」
何を木剣に言っているのだろう。
*
しばらくして。
「来る……来る来る来る……っ!」
倉庫に声が響いた。
「あっ、ダメ! それ、また――」
「お゙っ……!」
またこの声。
「んお゙っ……お゙っ、お゙っ!」
慣れない。
絶対慣れない。
「お゙っ゙お゙っ゙お゙っ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙っ!!」
どんっ。
壁際の古い桶が揺れた。
「……」
うちは息を整える。
「だから声デカすぎだって……」
終わった。
と思った。
「……来る」
終わってない。
「え、もう?」
身体がまた熱くなる。
「ちょ、待って、このまま二回目とか――」
その瞬間。
木剣が光った。
「え」
ひび割れが塞がる。
すり減っていた握りが滑らかになる。
木材そのものが締まり、表面に淡い魔力のようなものが走った。
「うわ」
そして。
木剣の一部が、明らかに生き物めいた形へ変化していく。
「……はいはい」
もう驚かない。
「雄化ね」
第二号。
神像に続く、うちが作った雄化アイテム。
「オ……ホォ……」
「声出た」
低い。
ただし神像ほど渋くない。
こっちは、鍛えた若い男みたいな太い声。
「オホォォォォッ!」
「うるさっ!」
白い液体が飛んだ。
「ちょ! 倉庫!」
床に飛ぶ。
「オホォ……!」
「はいはい、元気ですねー!」
さらに木剣が小刻みに動いた。
「……」
そして十数秒。
「オホォォォォォッ!」
「回復早すぎ!」
二回目。
「神様言ってたけど、本当にほぼ無限じゃん!」
木剣は元気だった。
めちゃくちゃ元気だった。
私生活は最低だった。
*
「……でも」
うちは木剣を拾った。
「あれ?」
軽い。
いや。
軽く感じる。
振ってみる。
ぶんっ。
「何これ」
めちゃくちゃ振りやすい。
重心が完璧。
握った瞬間、身体の延長みたいに馴染む。
ひびは完全に消えた。
試しに倉庫に転がっていた腐った板を軽く叩いた。
ぱきん。
「……」
板が綺麗に割れた。
「木剣だよね?」
刃なんかない。
なのに切れ味みたいなものまである。
「性能上がるって、こういうこと?」
もう一回振る。
気持ちいいくらい狙ったところへ行く。
「……これ普通に使えるじゃん」
「オホォォォ……!」
「そこさえなければ最高なんだけど!」
でも。
捨てる?
「……」
木剣を見る。
性能はめちゃくちゃいい。
うちには武器がない。
これから冒険者ギルドも見てみたい。
「……持ってくか」
「オホッ!」
「返事すんな!」
布を探して巻いた。
雄化した部分が見えないようにする。
「これでよし」
「オホォ……」
「声は隠せないんだ」
ダメだった。
*
倉庫を出る。
待っていた女性神官が、うちの手にある木剣を見る。
「あの木剣は廃棄予定だったはずですが……」
「直った」
「え?」
「超直った」
布を少し外して見せる。
「ひびが……ありません」
「しかもめっちゃ使いやすい」
「どうして?」
「祝福」
「……」
「聞かないで」
「オホォォォ……」
「……」
「……」
「今のは?」
「木剣」
「木剣?」
「雄になった」
「……」
「だから聞かないでって言ったじゃん!」
女性神官は額へ手を当てた。
「神像だけではなかったのですね……」
「たぶんこれからめっちゃ増える」
「……神よ」
「性神のせいだから、その神に祈るとたぶん喜ぶよ」
「困ります」
「だよね」
*
昼飯をもらった。
硬いパン。
スープ。
焼いた肉。
「うまっ」
普通にうまい。
その横には布でぐるぐる巻きにした木剣。
「オホォ……」
「食事中は静かにして」
「オホッ」
「お前、会話できんの?」
たぶんできない。
でもタイミングだけ妙にいい。
食べながら今後を考える。
金がない。
家がない。
仕事もない。
服も借り物。
「……服」
重要。
今の服は地味。
金髪。
ネイル。
メイク。
なのに白シャツと長いスカート。
「ないわ」
可愛くない。
異世界でもそこは譲れない。
「まず金稼ぐ」
そして服を作る。
今風そのままは無理でも、もう少し自分好みにはできるはず。
「よし」
「オホォ」
「お前の服は作らないから」
*
午後。
女性神官に街を案内してもらった。
石造りの家。
露店。
馬車。
剣。
鎧。
「うわー!」
テンションが上がる。
耳の長い女性が歩いていた。
「ねえ! 今の人!」
「エルフの方です」
「エルフいるの!?」
「おります」
「ヤバ! マジ異世界!」
「異世界から来られたのでしょう?」
「そうなんだけど、実物は違うって!」
振り返った。
エルフの女性に睨まれた。
「あ、ごめんなさーい!」
さらに進む。
獣耳の成人男性。
「ケモ耳!」
「獣人の方です」
「触りたい」
「おやめください」
「だよね」
楽しい。
普通に楽しい。
朝から全裸で教会に召喚され。
神像を雄にし。
捨てるはずだった木剣まで雄にした。
それでも楽しいものは楽しい。
「仕事って何あんの?」
「神殿で働くこともできますよ」
「んー」
悪くない。
でも。
「冒険者いる?」
「おります」
「やっぱいるんだ!」
「興味がおありで?」
「あるある」
背中の木剣を見る。
「ちょうど武器もできたし」
「それを武器としてお使いに?」
「性能めっちゃいいよ?」
「オホォォォ……」
「……性能以外に深刻な問題があるように思いますが」
「それはそう」
でも捨てるには惜しい。
性能は最高。
挙動は最低。
まさにそれだった。
*
冒険者ギルドは、思っていたより普通の建物だった。
「もっとでっかい剣とか飾ってあると思ってた」
「なぜです?」
「イメージ?」
中へ入る。
鎧。
剣。
杖。
弓。
冒険者らしい人たち。
「うわ、マジじゃん」
テンションが上がる。
受付には成人した若い女性がいた。
「ご登録ですか?」
「まだ見るだけ!」
「はい?」
「いや、たぶんする! でもまず説明聞きたい!」
「承知しました」
受付の女性が笑う。
「では、こちらへ」
「ありがと!」
椅子へ座ろうとしたところで。
背中の木剣。
「オホォォォッ!」
ギルド内が静かになった。
「……」
「……」
「……」
視線が集まる。
「えーっと」
うちは木剣を指差した。
「こいつだから」
誰も納得していない。
「オホッ!」
「今しゃべんな!」
受付のお姉さんが恐る恐る聞いた。
「魔剣……でしょうか?」
「木剣」
「……木剣?」
「捨てるやつだったんだけど、雄になって性能上がった」
「……」
「説明めっちゃ長いから、とりま冒険者の説明して!」
「は、はい」
もう押し切るしかない。
そして椅子へ座った瞬間。
「……ん?」
ぞくっ。
身体の奥で、別の何かが反応した。
さっきまでの衝動とは違う。
木剣でもない。
生命維持の警告でもない。
「何これ」
妙な感じ。
この街のどこかに。
何かいる。
いや。
誰か。
なぜか気になる誰か。
でも方向なんて分からない。
近いのか遠いのかも分からない。
ただ。
妙に意識へ引っかかる。
「……キモ」
「どうされました?」
「なんでもない!」
気のせい。
たぶん。
「それより説明お願い!」
「はい」
*
同じ頃。
街へ入った一台の馬車。
その荷台には。
眼鏡。
借り物の外套。
革靴。
首には汗と眼鏡の汚れを吸ったネクタイ。
そして膨らんだ木杯を抱えた四十代後半のおじさん。
「オホォ……」
「静かにしていただけませんかなぁ」
孕んだ木杯が鳴く。
その瞬間。
「……ドゥフ?」
おじさんは顔を上げた。
妙な感覚。
誰かがいる。
そんな気がする。
どこかは分からない。
距離も分からない。
なのに、なぜか気になる。
「……なんでしょうなぁ」
「どうした?」
「いやぁ。妙な感じがしましてなぁ」
おじさんはネクタイで額の汗を拭いた。
同じ場所で眼鏡も拭く。
「ドゥフフ……まあ、気のせいでしょうなぁ」
この時。
二人は同じ街にいた。
互いの名前も知らない。
顔も知らない。
当然。
相手が自分の好みから致命的に外れていることも。
身体だけなら、二度と代わりが見つからないほど噛み合うことも。
まだ何一つ知らなかった。
ただ一つ。
「オホォォォォォッ!」
「だからギルドで鳴くなって!」
ギャルの背中では。
新しく生まれた雄化木剣だけが。
今日も無駄に元気だった。




