第四十七話 互いの妄想を白状したら、二人とも自分が調教される方まで好きになっていました
その日の夜。
公爵家の離れで向かい合ったマコトとユキは、しばらく妙な沈黙を続けていた。
理由は単純だった。
二人とも。
昼間、相手を使ってかなり酷い妄想をしていた。
「……先に話します?」
マコトが聞く。
「何をです?」
「昼間の妄想」
「どうして私が妄想していた前提ですの?」
「顔」
「マコトもですわ」
「……」
「……」
互いに視線を逸らした。
駄目だった。
ここ二、三日で、相手が妙なことを考えている時の顔まで分かるようになってしまった。
「では」
ユキが息を吐く。
「隠し事はなしということで」
「前世の名前まで教え合った仲ですしね」
「性神のせいで身体までどんどん変わっておりますし」
「そこは本当に勘弁してほしい」
二人でため息をつく。
まず口を開いたのはマコトだった。
*
「私の方は……」
「はい」
「最初、ユキを可愛い男の子扱いして責めるBL妄想だったんです」
「そこまでは昨日聞きましたわね」
「問題は、その後」
マコトは額を押さえた。
「いつの間にか、私が調教される側になってました」
「……ほう」
「その顔やめて」
「続けてくださいませ」
「絶対楽しんでますよね?」
「かなり」
仕方なく続ける。
「年下の、可愛いふたなり女のユキに」
「私ですわね」
「縛られる」
「はい」
「目隠しもされる」
「はい」
「それで」
言葉に詰まる。
「欲しいってお願いしてるのに、わざと欲しいところは後回しにされる」
「……」
「マンコができたばかりなのに、そこは焦らされて、アナルとか口とか、別のところばっかり責められる」
ユキの目が輝いた。
「マコト」
「何?」
「素晴らしいですわね」
「素晴らしくない!」
「でも妄想したのでしょう?」
「しました!」
「喜んでいた?」
「……妄想の私は」
「はい」
「ものすごく」
沈黙。
「しかも」
マコトがさらに顔を覆う。
「自分からお願いしてるんですよ」
「何を?」
「それは言いたくない」
「言って」
「嫌です」
「マコト」
「嫌」
「お願い」
「……」
声が少し低くなった。
またそれだ。
「ずるい」
「何が?」
「その声」
「効きました?」
「……」
「マコト?」
「『女としてもっとめちゃくちゃにして』とか」
ユキが口を押さえた。
「笑わないで!」
「笑っておりません!」
「目が笑ってる!」
「だって」
ユキが耐えきれず肩を震わせる。
「男なのに、女扱いされて、年下のふたなり女に調教されたいのですか?」
「整理して言わないで!」
「しかも喜んでしまう」
「ユキ!」
「可愛い」
「だからその言葉が効くんです!」
*
「では次は私ですわね」
ユキが姿勢を正す。
「最初は」
「はい」
「女だった頃のマコトに、突然男性側まで生えてしまう妄想でした」
「……うん」
「女なのにチンポが生えて、どうしていいか分からず戸惑っているマコト」
「何でそこが好きなんです?」
「エロゲオタクなので」
「万能回答」
「腐女子よりはましです」
「同類です」
「否定はいたしません」
ユキは続ける。
「それを私がからかって、男としても女としても反応させるつもりだったのです」
「だった?」
「はい」
「過去形なんですよね」
「気づいたら」
今度はユキが顔を逸らした。
「私がマコトに責められておりました」
「……BLで?」
「BLで」
マコトの目が輝く。
「詳しく」
「嫌です」
「さっき私は話しました」
「……」
「ユキ」
「その顔、腐女子ですわね」
「当然」
仕方なくユキも白状した。
「今世のイケメン男のマコトに」
「はい」
「前世は男だったのだろう、と言われながら」
「はい」
「焦らされる」
「いいですね」
「まだ言わないでくださいませ!」
「続けて」
「それで……」
ユキが少し赤くなる。
「私の方から欲しがってしまう」
「何を?」
「言わせますの?」
「さっきのお返し」
「……チンポを」
マコトが黙る。
「何です?」
「ユキ」
「はい」
「ものすごくBLですね」
「でしょう!?」
思わずユキも身を乗り出す。
「私、今世では女ですのよ!?」
「でも前世男」
「そう!」
「そこを今世男の私に男扱いされる」
「そうなんです!」
「それで男同士みたいに言葉で追い込まれて」
「チンポを欲しがらされる!」
二人で止まった。
「……」
「……」
「私たち」
「はい」
「かなり倒錯的では?」
「今さらですわね」
*
二人は並んで寝台へ座った。
「整理しますよ」
マコトが指を一本立てる。
「私は今世では男」
「ええ」
「なのに」
もう一本。
「女として扱われて、ふたなり女のユキに調教されたい」
「正確ですわ」
「正確にしたくなかった」
「では私」
ユキも指を立てる。
「私は今世では女」
「はい」
「なのに」
「はい」
「男として扱われて、ふたなり男のマコトに、身体で教え込まれるBL的な展開を妄想している」
「……」
「……」
二人同時にため息をついた。
「二、三日ですよ?」
「ええ」
「私たち、二、三日前まで身持ちの固い男爵と公爵令嬢だったんですよ?」
「そうですわね」
「最初なんて、四十八時間をどう生き延びるか真剣に相談してた」
「仮面舞踏会の客間で」
「それが今」
「互いに、どう調教されたいかを相談しております」
「……」
「……」
「性神」
「性神ですわね」
*
問題は。
呆れているだけでは終わらないことだった。
マコトはユキを見る。
「でも」
「はい?」
「ユキの妄想」
「私の?」
「かなりいい」
ユキの眉が動く。
「どのあたりが?」
「私がユキを男扱いするところ」
「……」
「前世男だったんだから、男同士みたいにしてやる、って」
「マコト」
「何?」
「目が完全に腐女子ですわ」
「仕方ないでしょう」
今度はユキがマコトを見る。
「私も」
「はい」
「マコトの妄想、かなり好きです」
「私が調教される方?」
「ええ」
「何で」
「今のマコト、見た目は完全に若い男でしょう?」
「はい」
「それなのに、女として扱われると弱い」
「……」
「しかも自分からお願いする」
「やめて」
「焦らされると、もっと欲しがる」
「ユキ」
「可愛い」
「……っ」
マコトが顔を覆った。
「やっぱりその言葉ずるい」
「本当に好きなのですね」
*
さらに。
二人の妄想は別方向へ進み始めた。
「……あと」
マコトが言う。
「何です?」
「相手側の妄想もいいんですよね」
「どういう意味ですの?」
「その」
少し考える。
「自分が散々好き勝手した後のユキ」
「……」
「自分の痕跡をたっぷり残されて、もう余裕なくなってる姿」
ユキの顔が少し赤くなる。
「それは」
「エロい」
「直球ですわね」
「だって」
マコトは止まらない。
「普段公爵令嬢なのに」
「はい」
「二人きりになったら、もうぐったりして、オホ声まで出した後で」
「マコト」
「私がやったんだ、って思える」
「……」
「前世の言い方なら」
「はい?」
「白飯三杯いける」
「この世界にその言い回しを持ち込まないでくださいませ!」
「でも分かるでしょう?」
「……分かります」
「ほら!」
*
ユキも負けていなかった。
「私だって」
「はい」
「マコトが私に散々された後の姿は、かなり好きですわ」
「私?」
「男なのに」
「うん」
「女として責められて」
「うん」
「目隠しを外したら、顔は真っ赤。息も上がって。なのにもっと欲しそうな顔をしている」
「……」
「最高ですわ」
「エロゲオタク」
「腐女子」
「同類」
「ええ」
そして。
もう一つ。
二人とも同じことを思っていた。
「……自分が酷い姿になってるのも」
マコトが言う。
「はい」
「結構いい」
「私もです」
「やっぱり?」
「鏡の前で分かりましたもの」
ユキが少し笑う。
「普段なら絶対に人へ見せないような顔で」
「オホ声まで出して」
「身体にも行為の痕跡が残って」
「もう余裕なくなってる」
「それを」
二人同時に言う。
「見たい」
止まった。
「……」
「……」
ユキが額を押さえた。
「本当に倒錯的ですわ」
「救いがないですね」
「しかも」
「何?」
「相手がそうなっているのも好き」
「はい」
「自分がそうなっているのも好き」
「はい」
「つまり」
「どっちでも白飯が美味い」
「その表現を定着させないで!」
*
少しして。
ユキがぽつりと言った。
「マコト」
「何?」
「これ」
「はい」
「いつか両方やることになりますわよね」
マコトは黙った。
「……多分」
「私の妄想も」
「はい」
「マコトの妄想も」
「はい」
「二人とも、相手の妄想にかなりたぎっておりますもの」
「そうなんですよね」
否定できない。
むしろ。
相手から聞いたことで。
自分一人で考えていた時より、具体的になってしまった。
「……ユキ」
「何です?」
「どっちからやります?」
「もう実践する前提ですの!?」
「ユキだって今そう考えたでしょう!」
「考えましたけれど!」
「ほら!」
「でも今日は」
ユキが一度深呼吸する。
「一旦、普通に寝ません?」
「賛成」
「明日は仕事があります」
「私も」
「ここ数日」
「性生活が急激に変わりすぎですからね」
「ええ」
二人で頷いた。
そして。
数秒。
「……」
「……」
「マコト」
「何?」
「寝る前に、少しだけ」
「駄目」
「まだ何も言っておりません」
「顔で分かる」
「少しだけ妄想の続きについて」
「それ始めたら朝になります!」
「では一個だけ」
「一個だけですよ」
「はい」
「本当に一個」
「分かりましたわ」
それから。
結局。
二人が寝たのは、かなり遅い時間になった。
実際には何もしていない。
ただ。
互いの妄想について話していただけだった。
それなのに。
二人とも。
翌朝には、新しいシチュエーションを三つずつ思いついていた。




