第四十六話 可愛い男の子をBLで責める妄想だったのに、いつの間にか私が調教エロゲのヒロインになっていました
マコトは思った。
「……女の子の特徴まで持った、可愛い男の子を責めるのは、かなりありなのでは?」
公爵家から戻り、自分の領地で代官としての仕事を片付けている最中だった。
もちろん口には出さない。
書類へ署名しながら、頭の中だけで考える。
相手はユキ。
今世では公爵令嬢。
前世では男。
そして性神によって、男女双方の特徴を持つ身体になった。
BLとして考えるなら。
かなり反則的な存在である。
(見た目は完全に可愛い女の子。でも前世まで含めれば男の要素もある)
そこを、都合よくBLフィルターへ通す。
(可愛い男の子)
成立。
「……うん」
マコトは小さく頷いた。
侍従が不思議そうな顔をした。
「何かございましたか?」
「何でもない」
「では、こちらの書類も」
「ああ」
危ない。
公務中だった。
*
だが。
いったん始まった腐女子の妄想は、公務程度では止まらなかった。
(可愛い男の子が、普段は強気)
いい。
(でも二人きりになると、快感に弱い)
もっといい。
(必死に耐えようとしているのに、身体の方は正直で)
非常にいい。
マコトの頭の中では、ユキが完全にBL漫画の登場人物になっていた。
『マコト……!』
『何?』
『そんなにされたら……!』
『嫌?』
『嫌とは言っておりません!』
「……かわいい」
思わず漏れた。
「閣下?」
「書類の話だ」
「こちらの徴税報告書が?」
「……よくまとまっていて可愛い」
「可愛い?」
「忘れてくれ」
侍従が首を傾げた。
*
仕事を終え。
ようやく一人になる。
すると妄想はさらに加速した。
「ユキって」
改めて思い出す。
胸。
柔らかい。
だが、若い身体らしい張りもある。
寝転んでも、動いても、印象が大きく崩れない。
「反則では?」
尻もそうだった。
女らしい柔らかさ。
それでいて、身体を動かした時にはきちんと筋肉が支えているのが分かる。
柔らかいだけではない。
若く。
健康で。
弾む。
「……性神、身体作りだけは妙に仕事が丁寧なんですよね」
それに。
オホ声。
『オホッ……!』
思い出した。
「可愛い」
完全に腐女子の顔になっていた。
*
最初は。
ここまでは。
マコトがユキを責める妄想だった。
可愛い男の子扱いしたユキを。
言葉で追い込む。
余裕をなくさせる。
普段は公爵令嬢として毅然としている相手が、自分の前だけで崩れる。
「……最高」
ところが。
マコトは一つ。
重大なことを思い出した。
「ユキ、あれで結構強いんですよね」
性神に与えられた男性側の身体。
生命維持の条件。
そして。
一度その気になった時の遠慮のなさ。
昨夜。
言葉で責められた。
低い声まで使われた。
「……」
頭の中の構図が変わった。
*
『マコト』
今度はユキが後ろにいた。
『何?』
『さっきまで随分楽しそうでしたわね』
『何の話?』
『私を可愛い男の子扱いする妄想』
『何で知ってるの!?』
『顔に書いてありましたもの』
『嘘!』
『では』
妄想のユキが笑う。
『実際に試してみます?』
そこまでは。
まだいい。
腐女子的には。
むしろ望むところだった。
問題はその次。
妄想のユキが。
何故か。
物凄く強気だった。
『マコト』
『はい』
『逃げませんわよね?』
『……』
『自分から始めた妄想でしょう?』
「……あれ?」
現実のマコトが止まる。
何故。
私が追い込まれている?
*
しかも今のマコトには。
昨日までなかった女性側の身体まで追加されている。
「……」
そこへ意識が向いた。
駄目だった。
妄想がさらに変質する。
(もしユキが主導したら)
自分は男。
でも女性側の身体もある。
そこをユキに利用される。
(後ろから押さえ込まれて)
そこまで考えたところで。
マコトは顔を覆った。
「いやいやいや」
私は腐女子。
攻めを妄想していたはずだ。
「何で自分が受けになってるの?」
しかも。
BLの受けですらない。
新しく増えた女性側を意識した瞬間。
妄想のジャンルが。
急速に変わり始めていた。
*
『マコト』
妄想のユキが言う。
『男なのに』
『……』
『女の身体までこんなに素直なんですのね』
『ユキ』
『何です?』
『その言い方やめて』
『嫌?』
『……もっと』
「待って!」
現実のマコトが叫んだ。
「何で私、自分から続けさせてるの!?」
誰もいない。
当然答えもない。
そして妄想は止まらない。
*
目隠し。
手をまとめられる。
ベッド。
ユキの声。
『マコト』
『はい……』
『見えないの、怖い?』
『少し』
『止めます?』
『……止めない』
『いい子』
「……っ」
現実のマコトまで反応した。
「それは卑怯」
何が卑怯なのか。
自分の妄想である。
しかも。
妄想のユキはどんどん調子に乗る。
『男なのに』
『……はい』
『こんなに女の身体まで欲しがって』
『言わないで』
『どうして?』
『恥ずかしいから』
『でも』
ユキが耳元で笑う。
『そう言われるの、好きでしょう?』
「……」
否定できなかった。
*
そして。
妄想の中の自分が。
何故か。
もっと酷い方向へ進み始めた。
『ユキ』
『何です?』
『……欲しい』
『何が?』
『言わせるの?』
『言えたら考えますわ』
『……』
『マコト?』
『もっと、私を女として扱って』
「…………」
マコトは机へ突っ伏した。
「誰だ、これ」
自分である。
「絶対私だ」
しかも。
さらに想像が続く。
欲しいと頼んだのに。
すぐには欲しい方を与えられない。
わざと焦らされる。
別の場所ばかり構われる。
自分は我慢できなくなって。
とうとう。
自分から身体を見せる。
『ここ』
『どこです?』
『……分かってるでしょう』
『ちゃんと言って』
『ユキ……!』
『お願いできないの?』
「……」
マコトが頭を抱えた。
「これ」
もう。
完全に。
「BLじゃない」
*
BLから。
いつの間にか。
調教系のエロゲになっている。
しかも。
ヒロインは自分。
「おかしいなぁ」
最初は。
ユキを。
女の子みたいに可愛い男の子として責める話だった。
間違いない。
快感に弱いユキ。
オホ声を出すユキ。
柔らかい身体なのに男の特徴まで持つユキ。
そこをマコトが好き勝手に責める。
そういう妄想だった。
なのに。
途中から。
ユキが強い。
自分が押さえられている。
目隠しまでされている。
手まで自由を奪われている。
新しく増えた女性側を散々意識させられている。
しかも。
妄想の自分は。
『お願い……』
などと。
自分からねだっている。
「……おかしいなぁ」
*
夕方。
離れへ戻る。
ユキは先に来ていた。
「お帰りなさいませ」
「……ただいま」
「どうしました?」
「何でもない」
「顔が赤いですわ」
「仕事で疲れただけ」
「性神の加護があるのに?」
「精神的に!」
ユキが首を傾げる。
「何か考えておりました?」
「考えてません」
「本当に?」
「本当に」
ユキが近づく。
その顔を見る。
妄想の中で。
散々自分を追い込んできた顔。
「……」
「マコト?」
「ユキ」
「はい」
「一つ聞いていい?」
「何でしょう」
「私」
「はい」
「もし目隠しされて、手も自由にできない状態で」
「……」
「その」
言いかけて。
マコトは止まった。
「やっぱりなし」
「待ってください」
ユキの目が輝いた。
「今、ものすごく面白そうな話を途中で止めましたわよね?」
「気のせい」
「目隠し?」
「気のせい!」
「手も?」
「忘れて!」
「マコト」
「何!」
ユキが少しだけ声を低くする。
「その先は?」
「……」
また。
妄想と同じ声だった。
「マコト?」
「おかしいなぁ……」
「何がです?」
「何でもない!」
腐女子代官は。
可愛い男の子を責めるBLを妄想していたはずなのに。
気づけば。
自分が元エロゲオタク公爵令嬢に調教されるヒロイン役を、かなり具体的に妄想していた。




