第四十五話 女なのにチンコが生えた腐女子代官を妄想していたら、なぜか私がBLで責められていました
ユキは思った。
「……女なのに、突然チンコが生えて戸惑っているマコトというのは、かなり良いのでは?」
公爵家の離れ。
昼過ぎ。
マコトは代官としての仕事へ戻っており、離れにはユキしかいない。
昨日まで散々騒いだというのに、性神の加護のおかげで身体の疲れはほとんど残っていなかった。
その代わり。
元エロゲオタクの頭だけが、朝から猛烈な勢いで余計な方向へ動いていた。
「マコトは前世では女」
ユキは寝台へ腰掛け、ぶつぶつと整理する。
「しかも腐女子」
ここまでは事実。
「そこで、前世のマコトの姿を使います」
ここから妄想。
前世の日本人女性だったマコト。
当然ながら女の身体。
そこへ。
ある朝突然。
男性側の特徴まで追加される。
『何これ!?』
想像の中のマコトが叫ぶ。
『私、女なんだけど!?』
「……いいですわね」
ユキの目が輝いた。
*
妄想のマコトは混乱している。
鏡の前。
身体は女のまま。
なのに、今までなかったものが増えている。
『どうして!?』
『性神のせいですわ』
『何でこんなもの生やすの!?』
『便利でしょう?』
『便利かどうかの問題じゃない!』
「……ここで私が出てくる」
ユキは一人で頷いた。
想像の中の自分は。
今世の公爵令嬢。
女。
そして性神によって、同じように男女双方の特徴を持っている。
つまり先輩。
『マコト』
『何!?』
『そんなに慌てなくても』
『ユキにはもうあるから言えるんでしょう!』
『でも』
妄想のユキが、少し意地悪く笑う。
『さっきから、かなり反応しておりますわよ』
『見ないで!』
「……いい」
ユキは唇へ指を当てた。
「かなりいいですわ」
女なのに。
突然男性側の身体を与えられ。
本人は戸惑っている。
なのに身体だけは健康そのもの。
しかも元腐女子。
知識だけは妙な方向へ豊富。
「そこを責める」
ユキの中のエロゲオタクが、完全に目を覚ました。
*
『マコト』
『何……?』
『女なのに』
『……』
『男みたいに反応するの、どんな気分ですの?』
『言わないで……!』
『でも気になるのでしょう?』
『何が』
『自分に生えたものが』
『……』
『どう感じるのか』
「……ふふ」
ユキは一人で笑う。
「これは良い」
前世の男としてなら。
女性へ男性側の特徴が生えるというシチュエーションは、エロゲでも何度も見た。
ふたなり物。
変身物。
身体変化物。
本人だけが戸惑っている。
そこを事情を知っている相手がからかう。
「マコト、絶対顔真っ赤にしますわね」
しかも。
腐女子だ。
自分がそういう身体になった瞬間。
頭の中で妙な知識が次々と蘇るに違いない。
『違うの! これはそういう趣味じゃなくて!』
『何も聞いておりませんけれど』
『顔が言ってる!』
『どんな妄想をしたのです?』
『言えるわけないでしょう!』
「……可愛い」
ユキは笑った。
*
ところが。
妄想を続けているうちに。
何かが変わり始めた。
「それで、私がマコトを責めて……」
そのはずだった。
女なのに男性側まで生えて戸惑うマコト。
そこをユキが、元エロゲオタクらしく言葉で追い込む。
そういうシチュエーションだった。
なのに。
『ユキ』
突然。
妄想の中のマコトの声が低くなった。
「……あれ?」
ユキが止まる。
さっきまで。
妄想のマコトは前世の女の姿だった。
それが。
いつの間にか。
今世のマコトになっている。
若い男。
代官。
整った顔。
落ち着いた低い声。
そして。
前世で腐女子だった男。
『ユキ』
『何ですの?』
『さっきから』
マコトが笑っている。
『俺のこと、随分好き勝手に妄想してたね』
『……』
『女なのにチンコが生えて戸惑う俺?』
『違います。前世のあなたを使った想像で』
『ふうん』
「……何故」
現実のユキが小声で呟く。
「マコトが男に戻っておりますの?」
自分の妄想なのに分からない。
*
しかも。
妄想のマコトが近づいてくる。
『ユキ』
『はい』
『楽しかった?』
『何がです?』
『俺を女の子扱いして』
『前世は女だったでしょう』
『今は男だけど』
『……』
『それに』
声が低くなる。
『ユキは前世、男だったよね』
『そうですけれど』
『じゃあ』
マコトが距離を詰める。
『今度はBLっぽく考えてみる?』
「待って」
現実のユキが声を出した。
「何故そうなりますの?」
当然。
妄想なので誰も答えない。
*
気づいた時には。
ユキは妄想の中で寝台へ追い込まれていた。
上にマコト。
今度は完全に男のマコト。
前世腐女子。
今世代官。
あの妙にいい声まで再現されている。
『ユキ』
『何ですの……』
『前世は男だったんだよね』
『はい』
『じゃあ俺となら』
マコトが耳元へ近づく。
『男同士ってことにしてもいい?』
『私は今世では女ですわ!』
『さっき、自分で俺の前世を女扱いしてたのに?』
『それとこれは違います!』
『何が違う?』
『全部です!』
『でも』
マコトが笑う。
『顔、赤いよ』
「……」
現実のユキまで顔を押さえた。
「おかしいなぁ」
どうして。
自分がマコトを責める妄想だったはずなのに。
*
妄想は止まらなかった。
マコトが上。
ユキが下。
しかもマコトは。
昨日ユキが見た。
腐女子として完全にたぎっていた時の顔をしている。
『ユキ』
『はい……』
『前世は男』
『……はい』
『今は女』
『はい』
『その上、性神のせいで男の身体の特徴まである』
『そうですわ』
『便利だね』
『あなたまで性神みたいなことを言わないでくださいませ!』
『だって』
マコトの顔が近づく。
『BLとしても』
『……』
『男女としても』
『……』
『何でもできる』
「……」
ユキの身体が現実でも熱くなる。
「待ってくださいませ」
しかし妄想のマコトは待たない。
『ユキ』
『何』
『さっきまで俺を責めるつもりだった?』
『そのつもりでしたわ』
『じゃあ今は?』
『……』
『俺に責められてる』
『これは私の妄想です!』
『だったら』
低い声。
『何で俺をこんな役にしたの?』
「……っ」
現実のユキが枕を掴んだ。
*
「おかしいなぁ……」
本当におかしい。
最初は。
女だった頃のマコトへ、突然男性側の特徴が追加される。
本人が困惑する。
そこをユキがからかう。
完全にユキが攻める側だった。
なのに。
今では。
今世の男のマコトに、自分が寝台へ押し倒されている。
しかも。
妄想の中のマコトは。
完全にBLの攻め役だった。
『ユキ』
『何ですの』
『俺を見て』
『見ております』
『本当に?』
『……』
『前世男だったユキが』
マコトが笑う。
『今は男の俺に責められてる』
『……っ』
『どう?』
『知りませんわ!』
『嫌?』
そこだけ。
妄想のユキは答えに詰まった。
「……」
現実のユキも。
答えに詰まった。
*
「嫌では……ない」
小さく呟く。
そこが一番問題だった。
むしろ。
かなり良い。
前世は男。
同性に責められる趣味などなかった。
でも今世は女。
男に求められること自体に違和感はない。
その上。
相手は前世女。
腐女子。
今世男。
「頭がおかしくなりそうですわ」
男女が何重にも入れ替わる。
でも。
マコト相手なら。
どの組み合わせでも妙に成立してしまう。
「……性神」
ユキは天井を見る。
「これ、あなたのせいですわよね?」
返事なし。
「絶対そうですわよね?」
ない。
「答えなさい!」
静かだった。
*
夕方。
仕事を終えたマコトが離れへ戻ってきた。
「ただいま」
「……」
「ユキ?」
「お帰りなさいませ」
「何です、その顔」
「何でもありません」
「絶対何かあったでしょう」
「ありません」
マコトが近づく。
ユキはその顔を見る。
昼間。
妄想の中で。
自分をBL的に追い詰めてきた男。
「……」
「ユキ?」
「一つ聞いていいです?」
「はい」
「マコト」
「何?」
「前世の自分が、女の身体のまま突然チンコまで生えたら、どう思います?」
「……はい?」
マコトが完全に止まった。
「何の話?」
「妄想です」
「また?」
「またです」
「それで?」
「私がそのマコトを責めるつもりだったのです」
「つもりだった?」
「はい」
「何で過去形なんです?」
ユキが視線を逸らす。
「気づいたら」
「はい」
「今世の男のマコトに」
「私に?」
「BL的に責められておりました」
「……」
「妄想の中で」
数秒。
マコトが黙った。
「ユキ」
「何です?」
「それ」
「はい」
「続き聞いていい?」
「どうして嬉しそうなんですの!?」
「腐女子なので」
「やっぱり!」
マコトの目が完全に輝いていた。
「どんな攻め方でした?」
「言いません!」
「私、何て言ってました?」
「絶対言いません!」
「再現します?」
「しません!」
「少しだけ」
「しませんわ!」
「ユキ」
「何です!」
マコトが声を低くした。
「本当に?」
ユキが固まる。
昼間の妄想と。
ほとんど同じ声だった。
「……」
「ユキ?」
「おかしいなぁ」
「何が?」
「何でもありません!」
元エロゲオタク公爵令嬢は。
自分が思っていたよりずっと深く。
腐女子代官にBL的に責められる妄想へ、飲み込まれ始めていた。




