第四十四話 性神に祈ったら、腐女子代官にも女の身体が一つ増えました
その夜。
離れの寝室は、完全に二人だけの世界になっていた。
最初は四十八時間を生き延びるためだった。
次は、互いの前世の趣味を試してみるため。
そして今では。
「マコト……まだ?」
「ユキこそ……!」
日付が変わっても、二人は寝る気にならなかった。
前世が腐女子だった代官マコト。
前世がエロゲオタクだった公爵令嬢ユキ。
互いの趣味を知ってしまった結果、やってみたいことが次から次へと増えている。
「次、ユキが言ってたやつ」
「その前にマコトの妄想を一つやったでしょう?」
「一つだけじゃないですか」
「三つやりましたわ!」
「細かく分ければ一つです!」
「オタク特有の分類をしないでくださいませ!」
言い争いながら。
また笑う。
また触れ合う。
また互いの身体を確かめる。
どちらかが「これはどうだ」と言えば、もう片方が「それならこっちは」と返す。
互いのアナルを使う。
口や舌を使った奉仕まで試す。
抱き合う。
互いの顔や背中、尻にまで行為の痕跡を残す。
性神の加護があるせいで身体の回復だけは異様に早い。
普通ならとうに眠っている時間になっても、二人は何度も笑って、何度も声を上げた。
「オホッ……!」
「マコト……!」
「ユキ……オホォッ……!」
「また性神!」
「全部あいつのせいです!」
夜明けが近づく頃には。
さすがに二人とも限界だった。
寝台の上で絡み合うように倒れ込み。
「……もう無理」
「私もですわ……」
「水」
「そこ……」
「取れない」
「では寝ましょう」
「はい……」
結局。
二人ともそのまま意識を失うように眠った。
*
夢を見た。
マコトは、夢の中でも自分の身体を見ていた。
男。
今世ではずっとそうだった。
性神のせいで妙な生存条件を押しつけられたとはいえ、身体そのものは基本的に男のままだった。
けれど。
この数日でユキの身体を見た。
女として生まれた身体。
そこへ男性側の特徴まで加わった身体。
前世の腐女子として。
今世の男として。
あまりにも特殊な状況へ放り込まれて。
いつの間にか一つ、妙なことを考えていた。
(……私にも)
女だった頃の身体の一部があれば。
もっといろいろできるのでは。
自分でも馬鹿な願いだと思う。
しかも。
夢の中では、隣にユキまでいた。
『マコトにもあればいいですのに』
『ユキまで言うんですか』
『だって』
元エロゲオタク。
こちらも発想が碌でもない。
『男性の身体のまま、女性側もあったら』
『……』
『面白そうではありません?』
『面白そうですね』
二人で頷く。
夢だから。
何の責任もない。
だから。
『性神』
二人で同時に祈った。
『マコトにも、女性の身体を一つ』
『お願いします』
そこで。
夢が途切れた。
*
「……」
「……」
朝。
先に目を覚ましたのはユキだった。
眩しい。
窓から朝日が差している。
隣にはマコト。
昨夜のまま、裸で眠っている。
「……酷い夜でしたわね」
楽しかった。
だが酷かった。
寝台も。
床も。
二人の身体も。
昨夜の痕跡がそこら中に残っている。
ユキが身体を起こす。
そして。
「……?」
違和感。
正確には。
マコトの身体に。
「……マコト」
返事なし。
「マコト」
「ん……」
「起きてくださいませ」
「あと少し……」
「今すぐ」
「公爵令嬢の命令?」
「性神案件です」
マコトの目が開いた。
「起きます」
*
「……」
「……」
二人で見た。
マコトを見る。
顔。
男。
胸。
男。
肩。
腕。
脚。
全部、昨日までと同じ。
なのに。
一つだけ。
なかったものが増えていた。
「……ありますわね」
「ありますね」
「女性側が」
「ありますね」
「どうします?」
「どうしましょう」
二人とも固まった。
マコトは恐る恐る、自分の身体を確かめる。
感覚がある。
夢ではない。
性神の祝福によるものなのか、最初からそこにあったかのように身体へ馴染んでいる。
「……性神」
「性神ですわね」
「夢で祈りました?」
「祈りました」
「私もです」
「二人とも?」
「二人とも」
「……」
「……」
ユキが頭を抱える。
「性神、夢の願いまで拾いますの!?」
「そんなサービスいらない!」
「普通、寝言みたいな願いを叶えます!?」
「しかも翌朝即日実装!」
「仕事が早すぎますわ!」
二人で天井を見上げる。
「性神!」
返事はない。
「こういう時だけ出てこない!」
「神託の時は勝手に喋るくせに!」
*
マコトは立ち上がる。
歩ける。
痛くない。
身体のバランスも大きく変わっていない。
「本当に、それ以外は男のままですわね」
「そうですね」
「胸も」
「男」
「声も」
「男」
「身体つきも」
「男」
「でも」
「そこだけ増えた」
「……」
二人でまた黙る。
「腐女子としてどうです?」
ユキが聞いた。
「混乱しています」
「今世の男としては?」
「もっと混乱しています」
「前世の女としては?」
「懐かしいような、全然違うような」
「忙しいですわね」
「ユキにだけは言われたくない」
今度はマコトがユキを見る。
「ユキはどうなんです?」
「何が?」
「私にこれが増えたこと」
「……」
ユキの視線が下がる。
そして。
「ユキ」
「はい」
「反応してますよね」
「……」
「ものすごく」
「言わないでくださいませ」
「昨日私に散々言ったでしょう」
「これは!」
「何です?」
「元エロゲオタクとして!」
「便利ですね、その言い訳」
「あなたも腐女子を万能回答にしているでしょう!」
*
そこで。
ユキの目つきが変わった。
マコトには分かった。
何か思いついた顔だ。
「……ユキ?」
「マコト」
「はい」
「一つ、やってみたいことがあります」
「嫌な予感しかしない」
「あなたも昨日同じことを言われていましたわよ」
「何を思いついたんです?」
ユキが寝台から降りる。
昨夜とは違う。
立ち方。
目線。
声。
少し尊大。
「平民出の娘が」
「……はい?」
「私の婚約者へ色目を使うなど」
「ユキ?」
「身の程を知りなさい」
「……」
マコトが固まる。
「悪役令嬢?」
「正解」
「待って」
「待ちませんわ」
「それ」
「はい?」
「めちゃくちゃエロゲっぽい」
「ですから始めたのです」
「今度は私が主役令嬢役?」
「ええ」
「男なのに?」
「女性側が増えたでしょう?」
「そこだけで!?」
「設定上は十分ですわ」
「雑!」
*
ユキは完全に乗っていた。
「マコト」
「はい」
「あなたは今から、何も知らない主役令嬢です」
「男ですけど」
「聞こえません」
「身体つきも男です」
「聞こえませんわ」
「声も男!」
「うるさい主役令嬢ですね」
「無理があります!」
「では」
ユキがマコトの顎へ指を添える。
「黙らせましょうか」
「……」
「何です?」
「今の」
「はい」
「結構よかった」
「でしょう?」
ユキが笑う。
「ほら」
「何?」
「悪役令嬢に逆らった罰です」
「どんな設定なんです?」
「私のものだと教えて差し上げます」
「……ユキ」
「主役令嬢は黙っていなさい」
「はい」
即答。
「素直ですわね」
「こういうの好きなので」
「腐女子」
「エロゲオタク」
「お互い様ですわね」
*
遊びは。
最初から完全な合意の上だった。
「本当にいいです?」
ユキが確認する。
「いいです」
「初めてですわよ」
「分かっています」
「少しでも嫌なら」
「止める」
「痛かったら?」
「言う」
「では」
ユキが微笑む。
「主役令嬢」
「はい」
「あなたの初めてを」
声を落とす。
「悪役令嬢の私にくださいませ」
マコトの喉が鳴った。
「……どうぞ」
*
そこから先。
マコトの中で。
前世の女。
今世の男。
腐女子。
主役令嬢役。
全部が混ざった。
「んっ……!」
「マコト」
「はい……!」
「そんな顔をして」
「何……?」
「悪役令嬢に奪われるのが、そんなに嬉しい?」
「設定ですよね!?」
「今は設定の中ですわ」
「オホッ……!」
早い。
「もう?」
「ユキの言葉が悪い!」
「ではもっと」
「やめ……なくていい!」
「正直で可愛い主役令嬢」
「オホォッ……!」
ユキの方も。
最初は演技だった。
悪役令嬢。
高慢。
余裕。
だが。
マコトが本気で反応する。
その様子を見ているうちに。
「……これ」
「何?」
「私もかなり好きですわ」
「悪役令嬢?」
「主役令嬢を好き勝手にする悪役令嬢」
「元男ですよね?」
「元エロゲオタクです!」
「納得!」
*
ユキはマコトを抱きしめる。
「マコト」
「はい……」
「今日からあなたは私のもの」
「役の中で?」
「役の中で」
「そこはちゃんと確認するんですね」
「当然でしょう」
ユキはそこで。
もう一度、声を低くした。
「でも今は」
「……」
「私のものですわ」
「ユキ……」
「誰にも渡さない」
「っ……」
「何度でも」
「はい……!」
「私のものだと教えて差し上げます」
「オホォッ……!」
マコトの声が跳ねる。
「すごい反応」
「言葉が!」
「好き?」
「好き……!」
「では」
ユキがマコトの頬へ触れる。
「もっと私のものになって」
「はい……!」
何度も。
互いに限界を迎える。
そのたび。
ユキは「私のもの」と囁く。
マコトは、そのたびに強く反応した。
*
「ユキ……!」
「何です?」
「もう……!」
「もう?」
「限界……!」
「なら」
ユキが顔を寄せる。
「私のものだと言って」
「……」
「言えます?」
「私は……」
「はい」
「ユキのもの……!」
「いい子」
「オホォォォッ……!」
マコトが限界を迎えた。
その反応にユキも引きずられる。
「マコト……!」
「ユキ!」
「オホッ……!」
二人で抱き合ったまま。
しばらく動けなかった。
*
「……」
「……」
朝だった。
完全に朝。
鳥まで鳴いている。
「また寝る時間がなくなりましたわ」
「今日は公務あります?」
「あります」
「私も」
「性神の回復がなければ破綻しておりますわね」
「本当に」
マコトは仰向けになる。
「しかし」
「何です?」
「性神」
「はい」
「本当に増やしましたね」
「増やしましたわね」
「夢で祈っただけなのに」
「二人で祈ったからでしょうか」
「多数決?」
「二人しかいません!」
ユキが笑う。
それから。
マコトの新しく増えた身体へ、改めて目を向けた。
「……これから」
「はい」
「また遊び方が増えましたわね」
「その言い方」
「何です?」
「ものすごく嬉しそう」
「当然です」
「エロゲオタク」
「腐女子に言われたくありません」
二人で笑う。
四十八時間を生きるために出会った二人は。
気づけば。
生きるために必要な以上のものを、性神へ自分たちから願い始めていた。
「マコト」
「何?」
「今夜は?」
「待って」
「まだ何も言っておりませんわ」
「顔で分かります」
「悪役令嬢、第二幕」
「公務!」
「夜に」
「……」
「嫌?」
マコトは少し考えた。
「嫌ではないです」
「では決まり」
「性神より強引ですね」
「褒め言葉として受け取りますわ」
また一つ。
二人だけの離れで。
二人だけの秘密が増えていた。




