第四十三話 離れのベッドで、元エロゲオタク令嬢が今度は自分のシチュを再現しました
化粧台の前での騒ぎが終わって。
マコトとユキは、一度身体を離した。
「……はぁ」
「……疲れましたわ」
「性神の回復があるのに?」
「身体ではなく精神がです」
「それは分かる」
二人とも裸のまま。
水を飲み。
少しだけ呼吸を整える。
互いの身体には、先ほどまで散々遊んでいた痕跡が残っていた。
元腐女子のマコトが、BLの世界へ自分から飛び込んだ。
鏡まで使った。
言葉で責めた。
前世なら本の向こう側にしか存在しなかったような場面を、今世の自分で実践した。
「……満足ですか?」
ユキが聞く。
「かなり」
「即答ですのね」
「前世の私に教えてやりたいくらいです」
「何と?」
「お前、来世でそっち側に行くぞ、と」
「絶対に信じませんわね」
「ですよね」
二人で笑う。
そこで。
ユキが立ち上がった。
「では」
「はい?」
「次は私の番ですわ」
「……何の?」
「前世の趣味を実践する番」
マコトが目を瞬く。
ユキは元エロゲオタク。
その事実を思い出した。
「待って」
「待ちません」
「さっきの私を見て何か思いつきました?」
「山ほど」
「怖いな!」
「あなたにだけは言われたくありませんわ」
*
ユキは寝台へ戻らなかった。
その手前。
床へ腰を下ろす。
そしてマコトの方を向いたまま、大胆に脚を開いた。
「……ユキ?」
「何ですの?」
「何をしてるんです?」
「見せています」
「何を」
「私を」
あまりにも堂々としていた。
貴族令嬢としての慎ましさはどこへ行った。
裸のまま。
身体を隠そうともせず。
先ほどの行為の余韻まで残した姿を、真正面からマコトへ見せつけている。
「さっきまでの私なら」
ユキが言う。
「前世の男として、同性だった相手に責められる、という変なシチュエーションを楽しんでおりました」
「はい」
「でも今度は」
自分の胸元へ手を添える。
「元エロゲオタクとして遊びたいですわ」
「……」
「マコト」
「はい」
「身体、反応していますわよ」
「言わなくていいです」
「どうして?」
「恥ずかしいから!」
「先ほど私には散々言いましたのに?」
「復讐ですか!?」
「少し」
「やっぱり!」
*
ユキが笑う。
「マコト」
「何?」
「私は今、女ですわよ」
「……はい」
「あなたは男」
「はい」
「今度はBLでも、前世がどうだったかでもなく」
ユキが自分を指す。
「普通に、私を女として欲しがってみません?」
マコトの顔から、少しだけ笑いが消えた。
「……いいんですか?」
「そのために見せております」
「生命維持のためじゃなく?」
「違います」
「実験でも」
「ありません」
ユキが少し声を落とした。
「あなたが欲しいから」
マコトが黙る。
「それに」
「まだ何か?」
「さっき、マコトは私に自分の印を残したでしょう?」
「……」
「今度は」
ユキは自分の身体へ両手を滑らせる。
隠すのではなく。
むしろ自分が女であることを強調するように。
「女の私にも、ちゃんとマコトの印を残して」
「ユキ」
「私の全部を、あなたが好きなだけ堪能すればいいですわ」
完全に。
今度はユキの世界だった。
「……それ」
「何です?」
「前世のエロゲで見た?」
「似たようなものなら」
「やっぱり」
「マコト」
「はい」
「興奮しました?」
「……ものすごく」
「正直でよろしい」
*
マコトがユキへ近づく。
さっきまでと逆だった。
先ほどはマコトが妄想を語り、ユキを振り回していた。
今は。
ユキが完全に楽しんでいる。
「ほら」
「何?」
「さっきまであんなに余裕がありましたのに」
マコトが目の前まで来る。
「今は必死ですわね」
「誰のせいだと思ってるんです」
「私?」
「そうです」
「嬉しい」
「……」
「男の人に、そんな顔で欲しがられるの」
ユキがマコトを見上げる。
「前世の男だった私なら、こんなことを言う日が来るとは思いませんでしたわ」
「私も」
「腐女子だった女が」
「はい」
「今は女の私を欲しがってる」
「ものすごくややこしいですね」
「でも」
ユキが笑う。
「今はそれでいいですわ」
*
マコトがユキを抱き上げる。
「わっ」
「床ではやりません」
「どうして?」
「せっかく寝台があるでしょう!」
「真面目ですわね」
「代官なので」
「今それ関係あります?」
「ないです!」
ユキを寝台へ下ろす。
仰向け。
その上へマコトが覆いかぶさる。
正面から顔を見る。
「……」
「……」
急に二人とも静かになった。
「何ですの?」
「いや」
「緊張しています?」
「少し」
「どうして?」
「さっきとは違うから」
「男と女として?」
「はい」
「だったら」
ユキが両腕を伸ばす。
「来てください」
マコトが抱きしめる。
唇が重なる。
「んっ……」
「ユキ」
「もっと」
二度。
三度。
さっきの遊びより、ずっと単純だった。
抱く。
抱かれる。
正面から見つめる。
それだけなのに。
「はぁ……っ」
「ユキ……」
「マコト」
「何?」
「余裕ありませんわね」
「……ないです」
「可愛い」
「それ、男に言います?」
「私から見れば可愛いですもの」
「やめて」
「嫌?」
「もっと言って」
「やはり元腐女子ですわね」
「今その話しないで!」
*
二人は正面から身体を重ねた。
今度は。
前世の男女を入れ替えて考える必要もない。
BLの受けも攻めもない。
性神の生命維持条件を満たすためだけでもない。
今世の男と女として。
互いにしたいからする。
「……っ」
「大丈夫?」
「ええ」
「無理なら」
「マコト」
「何?」
「今は私より、あなたの方が余裕ありませんわよ」
「……」
「顔」
「見ないで」
「嫌です」
「ユキ」
「必死」
「うるさい」
「可愛い」
「……!」
マコトがユキへ顔を埋める。
「逃げました?」
「逃げてません」
「顔を隠しておりますわ」
「集中してるだけです!」
「ふふ」
ユキはそんなマコトを抱きしめる。
「いいですわよ」
「何が?」
「格好つけなくて」
「……」
「満足するまで、私の身体を好きなだけ楽しんで」
その言葉に。
マコトが完全に黙った。
「マコト?」
「それは駄目」
「どうして?」
「すごく効く」
「なら」
耳元。
「もっと欲しがってくださいませ」
「……ユキ」
「はい?」
「本当に元エロゲオタクですね」
「今さらですわ」
*
「んっ……!」
「ユキ……!」
「はぁっ……!」
次第に。
どちらからともなく声が大きくなる。
「オホッ……!」
先に出たのはユキだった。
「……」
「……」
「今のは」
「言わないでくださいませ!」
「でも」
「マコトだってすぐですわ!」
「私はまだ――」
「オホッ……!」
言った直後に出た。
ユキが笑う。
「ほら」
「性神!」
「はいはい、性神のせいですわ」
「絶対そうです!」
「オホォッ……!」
「ユキ……!」
「マコトも……もっと……!」
「オホッ……!」
二人とも。
もう余裕などなかった。
言葉遊び。
前世。
BL。
エロゲ。
そんなものを考える暇すらなくなっていく。
「マコト……!」
「何……?」
「まだ足りませんわ……!」
「私も……!」
「だったら」
ユキがマコトの頬を両手で挟む。
「もっと私を見て」
「見てる」
「私の身体」
「はい」
「全部、好きなだけ」
「ユキ」
「あなたが満足するまで、堪能してくださいませ」
「オホッ……!」
「また出ましたわ」
「今は言わないで!」
*
先ほどまでの激しい遊びの余韻が残る身体で。
今度は。
ただ男と女として求め合う。
それが。
二人には逆に新鮮だった。
「ユキ……!」
「はい……!」
「来る……!」
「私も……!」
互いに抱き合う。
離れない。
身体には、今日一日で重ねてきた幾つもの行為の痕跡が残っている。
けれど最後は。
何の設定もいらなかった。
「マコト……!」
「ユキ!」
「オホォォォッ……!」
「オホッ……!」
二人とも限界を迎えた。
しばらく。
マコトはユキの上から動かなかった。
ユキもその背中へ腕を回したままだった。
*
「……マコト」
「はい」
「重いですわ」
「すみません!」
慌てて横へ転がる。
ユキが笑う。
「冗談です」
「やめてください」
「でも」
「何?」
「今回の方が」
ユキが少し考える。
「なんだか普通でしたわね」
「普通?」
「男と女が、普通に互いを欲しがって」
「……」
「普通に抱き合って」
「はい」
「普通に満足した」
マコトも考える。
「確かに」
「前世の趣味を再現するのも楽しいですけれど」
「楽しいんですね」
「あなたもでしょう?」
「ものすごく」
「でも」
ユキがマコトの肩へ頭を乗せる。
「こういうのも、いいですわ」
「……はい」
「マコト」
「何?」
「さっき」
「はい」
「私の身体を、満足するまで堪能しました?」
マコトが固まる。
「何故そこで聞くんです」
「気になりますもの」
「……しました」
「本当に?」
「かなり」
「ふふ」
「ユキは?」
「私も」
少しの沈黙。
やがてマコトが言う。
「二日前まで」
「はい」
「生きるためだけに会う相手だと思ってたんですよね」
「私もです」
「それが」
「今は?」
マコトは隣を見る。
「二日待たなくても会いたい」
ユキの表情が止まった。
「……それ」
「はい?」
「突然そういうことを言うのはずるいですわ」
「事実なので」
「では私も」
「何です?」
「二日に一度だけでは、少ないと思い始めています」
「……」
「マコト?」
「公爵閣下に離れを毎日使わせてくださいとお願いする?」
「理由を聞かれますわよ」
「無理ですね」
「二日に一度という時点でもかなり怪しまれておりますもの」
「ですよね」
二人で笑う。
命をつなぐために始まった秘密。
けれど。
その離れで会う理由は。
もう四十八時間だけでは説明できなくなり始めていた。




