第四十話 離れを借りたので、元腐女子と元エロゲオタクが明るいところで身体を確認しました
公爵との話が、ひとまず終わった。
男爵家を公爵家へ吸収するという話は、これから王家への届け出や裁可、権利関係の整理が必要になる。明日からいきなり何もかも変わるわけではない。
それでも方向は決まった。
男爵領は公爵領へ組み込む。
家臣団や役人は原則として現状維持。
領地経営もそのまま。
そして男爵本人は、公爵家から大きな裁量を与えられた特別代官として、引き続き同じ土地を治める。
「腐女子男爵から、腐女子代官になってしまった……」
「そこを肩書きに含めないでくださいませ」
「分かっています」
応接室を出た二人には、もう一つ決まったことがあった。
二日に一度、二人だけで使える場所が必要になる。
理由について公爵は最後まで聞かなかった。
ただし、娘と将来的な婚姻まで考えている男を二日ごとに秘密の宿へ通わせるよりは、公爵家の管理下へ置いた方がましだと判断したらしい。
公爵邸の敷地内にある小さな離れ。
元は客人を泊めるための建物で、母屋から少し離れている。寝室、居間、浴室まで揃っており、使用中は必要がない限り使用人を近づけないことになった。
「二日に一度の秘密、ですわね」
「公爵閣下には絶対に知られたくありません」
「私もです」
「アナルで絶頂しないと死ぬ代官と、人の体内で射精しないと死ぬ公爵令嬢ですからね」
「口にすると酷いですわ」
「事実でしょう」
「性神を恨みたくなりますわね」
「そこだけは毎回意見が一致します」
*
まだ日は高かった。
離れの寝室には、大きな窓から午後の日差しが差し込んでいる。
昨夜とは違う。
仮面舞踏会の後。
夜。
薄暗い客間。
期限が迫っているという焦り。
初めての経験。
昨日は互いの身体を落ち着いて観察する余裕などなかった。
今日は違う。
期限にはまだ余裕がある。
二人きり。
誰にも邪魔されない。
「……せっかくですから」
公爵令嬢が言った。
「一度、ちゃんと見ておきません?」
「何をです?」
「お互いの身体を」
「……」
「昨日、ほとんど見る余裕がありませんでしたでしょう?」
「それはそうですが」
「これから二日に一度ですわよ」
「改めて言われると凄いですね」
「知らないままというのも変でしょう」
確かに。
二人は顔を見合わせた。
「では」
「ええ」
互いの同意を確かめてから、服を脱いでいった。
*
「……」
「……」
明るい。
ものすごく明るい。
昼の日差しというものは、夜なら曖昧になっていた部分まで容赦なく見せてくる。
先に困惑したのは代官だった。
「……変だ」
「何がです?」
「いや」
自分の身体を見る。
健康な若い男の身体。
それ自体は十八年以上付き合ってきたものだから、今さら何とも思わない。
問題は前世の記憶だった。
「男としては、別に普通なんですよ」
「でしょうね」
「でも元腐女子として見ると」
「はい」
「自分のものを腹側から見るの、妙な違和感があります」
公爵令嬢が数秒黙った。
「……そこですの?」
「そこです」
「もっと重大な葛藤かと思いましたわ」
「本人にとっては重大です!」
前世で読んだ漫画。
前世で付き合った男。
自分が女だった頃に見慣れていた角度とは、まるで違う。
「前世では、基本的に反対側から見るものでしたから」
「なるほど」
「それが今は、自分の腹側から生えているものを見下ろしている」
「言われてみれば」
「頭では十八年間ずっと自分の身体だと分かっているのに、前世の記憶だけが『角度が違う』と言ってくるんです」
「……分かる気がしますわ」
「分かります?」
「ええ」
公爵令嬢が自分の身体を見下ろした。
「私も似たようなものですもの」
*
性神によって変化した身体。
女性として生まれ育った身体に、以前にはなかった男性側の特徴まで加わっている。
「今世の私からすると」
令嬢は少し困った顔をした。
「女性の身体に、今までなかったものが増えているのがまず変ですわ」
「それはそうでしょうね」
「昨日まではなかったのですもの。見慣れるはずがありません」
しかも元からある女性側の身体が消えたわけではない。
「女としての感覚では、自分の身体に男性側のものまである。それが変」
「はい」
「でも前世の男として見ると」
令嬢が今度は胸元を見る。
「上から自分のおっぱいが見える」
「……」
「ものすごく変ですわ」
代官は思わず吹き出した。
「笑わないでくださいませ!」
「すみません。でも分かりやすくて」
「前世では、自分の身体を見下ろして胸があるなどという経験はございませんでしたもの!」
「当然ですね」
「しかも女性側の身体もある」
「はい」
「前世の男の記憶が『何故そこにある』と訴えてきます」
「今世のあなたには十八年間あったでしょう」
「だから困るのです!」
令嬢が頭を抱える。
「今世の私は、これが自分の身体だと完全に納得している。なのに前世の男の記憶を基準にすると、胸も女性側の身体も違和感しかない」
「その上、新しく男性側も追加された」
「そうですわ!」
二人で黙る。
「……ややこしい」
「ややこしいですわ」
*
それは性行為について考えても同じだった。
代官が寝台の端へ腰を下ろす。
「昨日は命がかかっていたから勢いでできましたけど」
「ええ」
「今になって考えると、私、男なんですよね」
「今世では」
「その私が、あなたを受け入れる」
「アナルで」
「具体的に言わなくても!」
「今さらでしょう」
「まあ、そうですが」
代官は唸った。
「男として考えると、やっぱり違和感があります」
「分かりますわ」
「分かる?」
「前世の男だった私からすると、自分の男性側で男性を求めるというのは、今までの感覚にはありませんもの」
「ですよね」
「ええ」
二人とも頷く。
ところが。
「でも」
代官が言う。
「前世の女だった私からすると」
「はい」
「男性を受け入れること自体には、そこまで違和感がない」
「……それも分かりますわ」
「分かるんですか?」
「今世の私は女ですもの」
「ああ」
「男性を受け入れるという発想自体は、今世の女性としてなら特別おかしくありません」
「なるほど」
「でも」
今度は令嬢が困る番だった。
「私があなたへ男性側として応えることを考えると、今世の女としては違和感があります」
「私も前世の女としては、そちら側になるのは違和感があります」
「でしょう?」
「はい」
「でも前世の男だった自分からすれば、そちら側の感覚の方が理解しやすい」
「私は逆です」
「見事に逆ですわね」
「なのに条件だけは噛み合っている」
二人は揃って天井を見た。
「性神」
「性神ですわね」
*
奇妙なのは。
これほど頭の中が混乱しているのに、身体まで困惑しているわけではないことだった。
二人とも健康な成人の身体を持っている。
性神の祝福まで受けている。
何より。
前世から数えれば、二人とも妙な方向への知識だけは豊富だった。
腐女子。
エロゲオタク。
頭では「変だ」「慣れない」「違和感がある」と延々考えているのに。
「……」
「……」
互いの視線が、自然に下がった。
そして。
「あなた」
「はい」
「興奮していますわよね」
「……あなたもでしょう」
「ええ」
否定できなかった。
さっきから二人とも、身体はすっかりその気になっている。
男性側の反応は隠しようもなく強く、腹へ向かって反り返るほどだった。
公爵令嬢の女性側の身体にも、はっきりとした反応が出ている。熱を持ち、潤いが増し、それが脚を伝うほどになっていた。
令嬢が自分を見下ろす。
「……頭では、こんなに違和感だらけですのに」
「身体はものすごく素直ですね」
「あなたもですわ」
「はい」
「どうしてそんなに平然と認められますの?」
「昨日、二人でオホ声まで出した後ですから」
「それを言わないでくださいませ!」
「事実です」
「あなたもでしょう!」
「もちろん」
代官は笑った。
公爵令嬢も、少し遅れて笑う。
*
「変ですわね」
「何がです?」
「昨日までは」
令嬢が寝台へ腰を下ろし、代官の隣へ座る。
「死なないために仕方なく、と思っていました」
「私もです」
「でも今日は、まだ期限に余裕があります」
「ありますね」
「今すぐする必要はない」
「はい」
「なのに」
令嬢が代官を見る。
「したいと思っています」
代官は少しだけ黙った。
「私もです」
「生命維持ではなく?」
「そうですね」
「祝福の確認でもなく?」
「はい」
「では」
令嬢が少し笑う。
「単純に、したいから?」
「……そうなります」
二人とも妙な顔になった。
昨日まで身持ちが固かった男爵と公爵令嬢。
今では腐女子代官と、元エロゲオタクのふたなり令嬢。
「人生、何があるか分かりませんわね」
「数日前の自分に説明しても信じないでしょう」
「私は絶対信じません」
「私もです」
*
それでも急がなかった。
昨日と違って、今日は時間がある。
互いの身体を見る。
触れていい場所を確認する。
違和感があれば言う。
嫌なら止める。
そして、興味があることも隠さない。
「男としては違和感があります」
代官が言った。
「私も、前世の男としては」
「でも」
「はい」
「嫌ですか?」
令嬢は少し考える。
「いいえ」
「私もです」
「むしろ」
「興味はある?」
「……ありますわ」
「私も」
また顔を見合わせる。
「オタクですね」
「オタクですわね」
「実体験することになるとは思いませんでした」
「私もです」
公爵令嬢が手を伸ばす。
代官もその手を取った。
「では、昨日とは違って」
「ええ」
「今日は急がず」
「ちゃんと二人で楽しんでみましょう」
まだ。
二人とも、自分の身体に完全には慣れていない。
前世と今世。
男と女。
見る側と、見られる側。
求める側と、受け入れる側。
どちらの感覚も頭の中に存在して、互いに「これは変だ」と主張している。
なのに。
目の前の相手を求めることだけは、不思議なほど分かりやすかった。
「……始めます?」
「はい」
「嫌なら言ってください」
「あなたも」
「もちろん」
近づく。
まだ笑っていられる。
まだ互いの違和感を冗談にできる。
それでも身体は正直で。
「んっ……」
「はぁ……」
触れ合っただけで、呼吸が変わった。
「……早くありません?」
「あなたもですわ……」
「まだ何も」
「言わないで……んっ……」
昨夜ほどの焦りはない。
だからこそ今日は、二人とも自分が何を感じているのかを確かめながら進められる。
腐女子だった女の記憶を持つ男。
エロゲオタクだった男の記憶を持つ女。
互いに違和感だらけの身体で。
それでも互いを求めている。
「はぁ……っ」
「んっ……」
公爵令嬢が笑った。
「また、すぐオホ声になったらどうします?」
「性神のせいにしましょう」
「賛成ですわ」
そして二人は。
今度は四十八時間に追われるためではなく。
自分たち自身の意思で、もう一度身体を重ねることにした。




