第三十四話 高級宿のベッドを借りて、今日は生きるためじゃなく番として全力でヤりたいんだけど
朝一番。
まだ町の商店も半分ほどしか開いていない時間に、うちはオッサンの泊まっている宿へ向かった。
四十八時間の期限が近いわけじゃない。性神の祝福に何か異常が起きたわけでもないし、絶頂しなければ死ぬという切羽詰まった状態でもない。
ただ、目が覚めた瞬間から。
「……オッサンとしたい」
そう思ってしまった。
「最悪」
自分で呟いて、さらに腹が立つ。
若くない。
イケメンじゃない。
腹は出てる。
頭は薄い。
汗臭い。
何なら顔を見るたび「何でこいつなんだろ」と思う。
なのに身体は、もう答えを知っていた。
雄として一番欲しいのは、あいつだった。
*
宿へ入ると、オッサンは朝飯を食べていた。
「おや、ギャルさん。朝から珍しいですなぁ」
「食べ終わったら来て」
「どこへ?」
「ホテル」
オッサンの口からパンが落ちた。
「……はい?」
「だから、ホテル」
「朝から?」
「朝から」
「生命維持ですかな?」
「違う」
「祝福の検証?」
「違う」
「何か雄化物が暴れましたかな」
「違うって!」
うちはオッサンの向かいへ座った。
「今日は、ただヤりたい」
「……」
「お前と」
オッサンが完全に固まる。
「何その顔」
「いやぁ……ギャルさんから、理由なしでおじさんとしたいと言われる日が来るとは」
「理由あるし」
「何ですかな?」
「快楽」
「……」
「単純に、お前とするのが一番気持ちいいから」
オッサンが眼鏡を直した。
「顔は?」
「嫌い」
「腹は?」
「嫌い」
「頭は?」
「嫌い」
「そこまで即答されますかな」
「でも身体は好き」
「おじさんもギャルさんの身体は非常に好きですぞ」
「うち清楚じゃないけど?」
「そこが惜しい」
「死ね」
*
選んだのは、商人や貴族の旅客も利用する上等な宿だった。
部屋は広い。
大きなベッド。
厚い壁。
浴室。
水差し。
食事も酒も部屋へ運んでもらえる。
値段は高い。
でも今日は、それでよかった。
「料金」
「うちが出す」
「なぜそこまで」
「本気でやりたいから」
部屋の扉を閉める。
そこで、うちは改めてオッサンを見る。
「今までさ、うちらがヤる時って、だいたい何か理由あったじゃん」
「生命維持」
「種付け」
「祝福の確認」
「他の相手で満たされなかった」
「マーキング」
「そういうの」
どれも嘘じゃない。
それぞれ必要だった。
それぞれ楽しかった。
でも今日は違う。
「今日は、全部なし」
「では何を目的に?」
「だから快楽」
一歩近づく。
「お前としたい」
もう一歩。
「お前と全力でヤったら、どこまで気持ちよくなれるのか試したい」
「試験?」
「そういう理屈っぽいのもなし」
「では?」
「番として」
言って、自分で少し顔をしかめた。
オッサンは見逃さなかった。
「番という言葉は嫌いでは?」
「嫌い」
「ではなぜ」
「身体がそう思ってるから」
「正直ですなぁ」
「うるさい」
*
「一応、確認」
うちはオッサンのネクタイを掴んだ。
「今日はかなりやる」
「はい」
「途中で嫌になったら止める」
「当然ですな」
「お前も嫌なら止める」
「もちろん」
「無茶はする」
「はい」
「でも嫌なことはしない」
「了解ですぞ」
「じゃ、始めよ」
最初の口づけから長かった。
いつもみたいに急ぐ理由がない。
「んっ……」
「……んお゛っ」
一度離れる。
また近づく。
「もっと」
「まだ最初ですぞ」
「だからいいの」
もう一度唇を重ねる。
頬。
耳。
首筋。
肩。
互いに何度も触れた場所を、今日は改めて確かめるみたいに舐めたり、噛んだり、擦り合わせたりする。
ぺたっ。
ぬちゃっ。
汗ばんだ肌同士が触れる音がする。
「んっ……オホッ……」
「もうオホ声ですかな」
「うるさい……」
「まだほとんど何もしておりませんぞ」
「匂いが効くんだって」
オッサンの身体へ近づくと、例の匂いが鼻へ入る。
脂っぽい。
汗っぽい。
普通なら絶対に好きな匂いじゃない。
それなのに今は、身体から余計な力が抜けていく。
肩。
腹。
腰。
全身が自然に熱を受け入れる準備へ変わっていく。
「……ほんと最悪」
「何がですかな」
「お前の匂い好きになってる」
「それは雄として喜んでも?」
「顔は嫌い」
「またそれですかな!」
*
そこから、二人とも遠慮をやめた。
「オホッ……! オホォォッ……!」
「んお゛っ……!」
「もっと!」
「最初からかなり全力ですぞ!」
「まだ足りない!」
「ギャルさんも来てくだされ!」
「言われなくても!」
抱き合う。
押し返す。
また引き寄せる。
立ったまま。
ベッドの上。
向かい合って。
背中を預けて。
姿勢を変えるたび、肌がぶつかる。
ぺたっ。
ぬちゃっ。
ぱしゃっ。
「オホッ……! もっと……!」
「んお゛ぉっ……!」
「その声!」
「何ですかな!」
「耐えてる声、もっと聞かせて!」
「おじさんは必死ですぞ!」
「だからいい!」
「ギャルさんも酷いですなぁ!」
「今日は酷くていい!」
ギャルのオホ声。
オッサンの歯を食いしばるような息。
ベッドの軋み。
汗ばんだ身体が触れ合う湿った音。
何度も重なる。
「オホォォォォッ……!」
「んお゛ぉぉっ……!」
*
昼前には、二人とも汗だくだった。
水を飲む。
果物を食べる。
少し休む。
それでも、目が合う。
「……」
「……」
「まだする?」
「ギャルさんは?」
「する」
「おじさんも」
「じゃ来て」
「はいですぞ」
再開する。
ぺたっ。
ぬちゃっ。
「オホッ……!」
「んお゛っ……!」
息が整ったと思った直後には、また荒くなる。
「オッサン」
「はい?」
「もっと雄になって」
「おじさんは最初から雄ですぞ」
「そういう意味じゃない!」
「では?」
「欲望隠すなってこと!」
「ギャルさんも?」
「うちはもう丸出し!」
「まだ出せそうですなぁ」
「じゃあ出させろ!」
「了解ですぞ!」
オッサンの目つきが変わる。
それだけで、うちの背筋がぞくりとした。
「……その顔」
「何ですかな」
「雄の顔」
「嫌ですかな?」
「逆」
「では?」
「もっと見せて」
*
何度目かの休憩のあと。
うちはベッドの端へ座った。
「オッサン」
「はい?」
「ちょっと違う遊びしたい」
「今日は本当に色々出ますなぁ」
「手首縛って」
オッサンの顔が真面目になる。
「嫌になったら?」
「すぐ言う」
「痺れたら?」
「止める」
「目隠しも?」
「して」
「分かりましたぞ」
柔らかな布が手首に巻かれる。
指が動く。
きつすぎない。
目隠しをされる。
真っ暗になる。
「……オッサン?」
返事がない。
代わりに、衣擦れの音。
近づいてくる気配。
呼吸。
匂い。
「……っ」
胸が高鳴る。
「自分から縛ってほしいとは」
耳元へ、いつもより低い声が落ちた。
「随分と変態ですなぁ」
「……っ」
「目隠しまで」
「もっと言って」
「淫乱」
「んっ……」
「欲しがり」
「もっと……」
「朝から男を高級宿へ連れ込んで、それでも足りないと?」
「足りない……」
「本当にどうしようもない雌ですなぁ」
「オホッ……!」
思わず声が出た。
「それ」
「何ですかな?」
「もっとなぶって」
「変態」
「オホッ……!」
「淫乱」
「オホォッ……!」
「そんな言葉で喜びますかな」
「今日はそれがいいの!」
目が見えない。
だから余計に、声だけが身体へ響く。
「もっと」
「本当に欲深いですなぁ」
「もっと!」
「雄に欲望を全部ぶつけてほしい雌」
「オホォォォッ……!」
*
目隠しを外したあとも、ギャルの欲は収まらなかった。
「次」
「まだありますかな」
「うちのこと、今だけ肉便器って呼んで」
「……」
「何その顔」
「ギャルさん、今日の欲望開放が想像以上ですなぁ」
「いいから」
「本当に?」
「うん」
「では」
オッサンが少し低い声になる。
「おじさんの性欲を受け止めたくて自分から来た肉便器」
「オホッ……!」
「変態」
「もっと!」
「淫乱」
「もっと!」
「どれだけ欲しがれば気が済みますかな」
「満足するまで!」
「もう何度も満足しているでしょう」
「まだ欲しい!」
ギャルはオッサンのネクタイを掴んで引き寄せる。
「ほかの女に遠慮してできないこと、うちには全部ぶつけて」
「全部?」
「全部」
「おじさんの性欲を?」
「全部!」
「本当に欲張りですなぁ」
「そうだよ!」
ギャルは笑う。
「今日は変態で淫乱な肉便器でいい!」
「随分と開き直りましたなぁ」
「その代わり」
「はい?」
「お前も道具」
「やはり」
「うちの肉バイブ」
「酷い」
「うちが気持ちよくなるために全力で働け」
「おじさんにも人権を」
「今だけない」
「横暴ですなぁ」
「嫌?」
「……嫌ではありませんぞ」
「じゃ決まり」
*
そこからは、本当に勝負みたいになった。
「うちをもっと気持ちよくしろ、肉バイブ!」
「んお゛っ……!」
「ほら、耐えた!」
「ギャルさんも、おじさんの性欲をもっと受け止めてくだされ!」
「そのためにいるって言ってる!」
「淫乱!」
「オホッ……!」
「変態!」
「オホォォッ……!」
「もっと!」
「どちらがどちらへ言っているのか分かりませんなぁ!」
「どうでもいい!」
抱き合う。
口づける。
頬を舐める。
耳へ息をかける。
首筋へ噛み跡を残す。
互いがどこで反応するのか、もうかなり知っている。
だからこそ容赦がない。
「んっ……! オホッ!」
「んお゛ぉっ……!」
「そこ効く!」
「ギャルさんもそこですかな!」
「もっと!」
「おじさんも!」
汗。
唾液。
それまで何度も重なった行為の痕跡。
全部が肌の上で混ざる。
ぺたっ。
ぬちゃっ。
ぱしゃっ。
「オッサン」
「はい?」
「うち、もう何の匂いか分かんない」
「おじさんもですぞ」
「お前の匂いと、うちの匂い、ぐちゃぐちゃ」
「番ですなぁ」
「今だけそれ言っていい」
「では番」
「うん」
*
夕方。
食事を頼んだ。
肉。
パン。
果物。
水。
少し酒。
オッサンは肉を山ほど食べる。
「食いすぎ」
「体力を使っておりますからなぁ」
「腹もっと出るよ」
「今言いますかな」
「だって出てるし」
「ギャルさんも随分食べますぞ」
「うちは若いし」
「おじさんもまだ四十代ですぞ」
「オッサンじゃん」
「否定はしませんが」
食べ終わる。
少し休む。
ベッドへ横になる。
ギャルが横を見る。
「……」
「……」
「もう一回?」
「当然」
*
夜。
もう回数は数えていなかった。
「オホッ……! 来る……っ、来る来る来る……!」
「ギャルさん!」
「あっ、ダメ……オホォォォォォッ!」
「んお゛ぉぉっ……!」
また限界。
また息が止まりそうになる。
また抱き合う。
そのたび、二人とも笑っていた。
「まだ?」
「ギャルさんは?」
「まだ」
「おじさんも」
「じゃあ続けよ」
「一体何をもって終わりにしますかな」
「二人とも、もう十分って笑えるまで」
「なるほど」
「身体がほんとに動かなくなる前には休む」
「そこは大事ですぞ」
「分かってる」
「水も」
「飲む」
「食事も」
「した」
「では?」
ギャルがにやりと笑う。
「もっと」
「まだですかなぁ」
「もっとオッサン欲しい」
オッサンが黙った。
「何」
「それが一番効きますな」
「何が?」
「ギャルさんが、おじさんを欲しいと普通に言うこと」
「……今日は言う」
「はい」
「お前欲しい」
「はい」
「もっと雄として欲しい」
「はい」
「他の誰かじゃなくて、今はお前」
オッサンの腕が強く回る。
「おじさんもですぞ」
「うちを?」
「ギャルさんを」
「一番?」
「身体なら一番」
「顔は?」
「タイプ外」
「死ね!」
「ギャルさんもでしょう!」
二人で笑った。
その直後。
「オホォォォォッ……!」
「んお゛ぉぉっ……!」
また声が重なる。
*
深夜。
ようやく二人で風呂へ入った。
湯の中で、首筋や肩に残った噛み跡を見て笑う。
「ひど」
「ギャルさんもですぞ」
「お前のせい」
「お互い様ですなぁ」
ギャルはオッサンの肩へ頬を擦りつけた。
「今日さ」
「はい」
「めっちゃ満たされた」
「おじさんも」
「なのに」
「はい?」
「まだ、お前欲しい」
「まだ?」
「今すぐじゃなくていい」
「なるほど」
「でも明日起きたら、またしたいと思うかも」
「それは嬉しいですなぁ」
「前まで、何か理由つけてたじゃん」
「生命維持」
「祝福」
「種付け」
「マーキング」
「上書き」
「はい」
「でも今日分かった」
「何が?」
ギャルは少しだけ考えた。
「うち、単純にお前とセックスするの好き」
オッサンが止まった。
「……」
「何」
「もう一回言ってくだされ」
「嫌」
「なぜ!」
「キモい顔してるから」
「酷い!」
ギャルは笑う。
「でも本当」
「はい」
「好きなタイプじゃない」
「はい」
「付き合う気もない」
「はい」
「顔も嫌い」
「もう十分ですぞ」
「でも」
ギャルはオッサンの胸へ頭を預けた。
「番として全力でヤるなら、お前が一番」
少しの沈黙。
「おじさんもですぞ」
「うん」
「番?」
「今日だけ」
「明日は?」
「明日起きてから決める」
「ドゥフフ」
「笑うな!」
*
翌朝。
目を覚ます。
隣を見る。
オッサン。
寝顔。
「……うわ」
「何ですかな」
「起きてたの?」
「今起きましたぞ」
「寝起きの顔、最悪」
「第一声がそれですかな!」
「でも」
「はい?」
ギャルは毛布の中からオッサンを見る。
「またしたい」
「……」
「何」
「いやぁ」
「何」
「幸せですなぁ」
「キモ」
「またそれ!」
「でもする」
「はい」
「今日も生きるためじゃない」
「はい」
「種付けの義務でもない」
「はい」
「上書きでもない」
「はい」
ギャルはオッサンの手を掴む。
「ただ、お前としたい」
眼鏡を探していた手が止まった。
「……おじさんもですぞ」
「じゃあ近く来い」
「眼鏡が」
「後でいい」
「見えませんぞ」
「うち見える?」
「近ければ」
「じゃあ近く」
「はいですぞ」
もう、生きるためだからではない。
祝福の条件だからでもない。
他の誰かを消したいからでもない。
ただ、この雄とするのが一番気持ちいい。
この雌とするのが一番満たされる。
それだけの理由で、二人はまた笑いながら抱き合った。




