第三十三話 酒杯を空けて、娼館を追い出された虎獣人と女戦士が宿のベッドで全力勝負になりました
「二度と来るな!」
女戦士が娼館の外へ押し出された直後、背中で扉が勢いよく閉まった。
「何でだ! 金は払っただろう!」
「金の問題じゃない! うちの男を壊す気か!」
「壊してない! 途中から少し疲れていただけだ!」
「それを壊しかけたって言うんだよ!」
扉越しの怒鳴り声が通りまで響く。女戦士は納得できない顔で腕を組んだ。相手の男とは最初から合意していたし、嫌なら止めろとも伝えてある。それでも最後には「もう勘弁してくれ」と音を上げられた。
「まったく。鍛え方が足りない」
「お前が言うことじゃない!」
「まだ聞いていたのか!」
女戦士が扉を睨んだ、その少し先だった。
「……俺もか」
別の娼館から、大柄な虎獣人が出てきた。
肩幅は人間の男とは比べものにならず、太い腕には力を抜いていても筋が浮いている。その後ろから娼館の女主人が顔を出した。
「次から別の店へ行っとくれ! うちの娘たちじゃ相手にならないよ!」
「加減した」
「加減してあれなら、なおさら来るんじゃない!」
「……そうか」
「そうだよ!」
また扉が閉まった。
虎獣人と女戦士の目が合う。
見覚えはあった。ギルドで何度も顔を合わせている。それぞれ一度は死にかけ、性神の祝福に関係する妙な治療で生還したということまで、冒険者の間では半ば公然の話になっていた。
「お前も追い出されたのか」
「そう見えるか」
「見える」
「お前もだろ」
「私は悪くない」
「俺も悪くない」
二人はしばらく互いを見る。
「……飲むか」
「奢るなら」
「半分出せ」
「ケチな虎だな」
「娼館から追い出された女に言われたくない」
*
酒場へ入ってから、二人の杯は驚くほど早く空になった。
最初は普通の冒険者らしく、最近増えた魔物の話や依頼の報酬について話していた。それが二杯目には娼館の話へ戻り、三杯目には互いがなぜ追い出されたのかを比べ始めていた。
「で、お前は何をした」
「普通だ」
「追い出された奴が普通と言うな」
「お前こそ何をした」
「普通だ」
「同じじゃないか」
女戦士は杯を空にし、酒を追加した。
「向こうから、もう少し優しくしてくれと言われた」
「それで?」
「優しくした」
「それでも追い出されたのか」
「……私にとっては優しかった」
虎獣人が鼻から息を吐く。
「俺も似たようなものだ」
「お前も?」
「力を抜いていた」
「嘘をつけ。その腕で?」
「かなり抜いた」
二人はまた顔を見合わせた。
「……もしかして」
「ああ」
「同類か」
「らしいな」
女戦士は、酒の勢いもあって隠さず話した。
「私は遠慮されるのが嫌いなんだ。怪我をするほど無茶をしろとは言わん。でも、女だから壊れると思って最初から力を抜かれると腹が立つ」
「分かる」
「私は鍛えてる。受け止められる。なのに最後には相手の方が先に疲れる」
「俺は逆だ」
虎獣人が酒を飲む。
「本気に近づくほど、相手が怖がる。だからいつも抑える。それが悪いとは思わないが……」
「物足りない?」
「ああ」
女戦士の目が細くなる。
「つまり、お前は全力を出したい」
「お前は全力で来られたい」
「……」
「……」
「もう一杯」
「俺にも」
*
酒場を出た二人は、そのまま男女の連れ込み客を相手にする宿へ向かった。
部屋へ入る。扉を閉める。
そこで女戦士は酔った勢いだけで進まないよう、虎獣人を正面から見た。
「確認するぞ。嫌になったら止める。私も言うし、お前も言え」
「分かった」
「性神の加護があるからといって、本当に嫌なことまで我慢する必要はない」
「俺も同じことを言おうと思っていた」
「ならいい」
「それ以外は?」
女戦士が牙でも見せるように笑った。
「遠慮するな。私も遠慮しない」
虎獣人の耳がぴくりと動く。
「後悔するなよ」
「それはこっちの台詞だ」
*
最初に崩れたのは、女戦士の方だった。
虎獣人の大きな手が腰を抱き寄せ、顔が胸元へ近づく。ざらついた舌が、興奮して硬く隆起した乳輪から乳首へゆっくりと這った。
「んっ……!」
肩が跳ねる。
虎獣人はもう一度、今度はさらに念入りに舌を這わせた。
「んぅっ……オホッ……! そこ……っ」
「弱いのか」
「違う……!」
「なら止めるか」
「止めるな!」
即答だった。
「オホッ……! そんなことしてる暇があるなら、もっと来い!」
「他の女なら、もう少し待てと言うところだ」
「私は他の女じゃない!」
女戦士が虎獣人の首へ腕を回し、強引に引き寄せる。
「私は優しくされるためにここへ来たんじゃない。全力で欲しがられたいんだ。雄なら雄らしく来い!」
虎獣人の目つきが変わった。
「……言ったな」
「何度でも言う。お前の欲、全部ぶつけろ!」
*
そこから先は、本当に遠慮がなくなった。
虎獣人は女戦士を軽々と抱き上げた。向かい合ったまま片脚を支え、普通の男なら維持するだけで疲れるような姿勢でも、太い腕と背中はびくともしない。
「軽いな」
「私が軽いんじゃない! お前が馬鹿みたいに力あるだけだ!」
「なら、その力を使うぞ」
「使え!」
次の瞬間、部屋へ重い音が響いた。
「オホッ……! オホォォォッ……!」
「ぐっ……!」
「そうだ! もっと来い!」
虎獣人は向かい合って抱え、次には背後から支え、また別の姿勢へと移る。女戦士もただ運ばれているだけではない。鍛えた脚を絡め、腹へ力を入れ、虎獣人の全力を真正面から押し返してくる。
重い。
激しい。
だが、どちらも崩れない。
「オホォォォッ……! もっと! もっと無茶苦茶に来い!」
「まだ強くしていいのか!」
「聞くな! 私が止めるまで全力だ!」
「ウォォッ……!」
虎獣人の低い吠え声が部屋を震わせる。
「オホッ……! オホォォォォッ……!」
女戦士も負けずに叫んだ。
あえぎ声。
オホ声。
叫び声。
低い唸り。
野生動物のような吠え声。
それらが何度も混ざり合う。
「もっと性欲をぶつけろ! 遠慮なんかするな!」
「お前こそ全部出せ!」
「言われなくても出してる!」
「ならもっとだ!」
「オホォォォォォッ……!」
*
虎獣人にとって、それは初めての感覚だった。
いつもなら、どこかで力を抑える。相手の顔を見て、怖がっていないか、苦しくないか、やりすぎていないか確かめる。
だが、この女は違う。
強くすれば笑う。
さらに強く求めれば、吠えるような声で「もっと」と返してくる。
「……お前、本当にどこまでやっても喜ぶな」
「当たり前だろ! 私はこれがしたかったんだ!」
「俺が全力でも?」
「むしろ全力じゃなきゃ嫌だ!」
女戦士が虎獣人の肩を掴む。
「雄が腹の中で暴れてるみたいなくらいでちょうどいい! もっとだ!」
虎獣人が牙を見せた。
「いい雌だ」
「今さらか!」
「ようやく見つけた」
「何を!」
「どこまで強く求めても、もっと来いと言う雌を!」
「私もだ!」
女戦士が笑う。
「ようやく見つけた! 私が全力でぶつかっても潰れない雄を!」
*
何度限界を迎えたのか、途中から数えるのをやめた。
全身から汗が噴き出す。触れ合うたびに互いの汗も行為の痕跡も混ざり、どちらの匂いか分からなくなっていく。床にはいつの間にか大きな水たまりまでできていた。
「オホッ……! また……っ、来る……オホォォォッ……!」
「ぐぅっ……!」
「止まるな!」
「お前も止まるな!」
「当たり前だ!」
一度離れる。
水を飲む。
荒い呼吸を整える。
目が合う。
「まだ?」
「お前は?」
「まだ」
「俺もだ」
それだけで再び抱き合った。
今までなら、どちらかが先に遠慮して終わっていた。
今夜は違う。
もっと。
まだ足りない。
もっと無茶苦茶に。
もっと自分の欲を叩きつけろ。
互いにそう言い合えること自体が、二人にはたまらなく嬉しかった。
*
今度は女戦士が虎獣人を押し倒した。
「次は私だ」
「何をする」
「さっきまで好き放題しただろ。今度は私が全力を出す」
「来い」
短い返事。
それだけで女戦士の顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
「後悔するなよ!」
鍛え上げた脚。
腹筋。
臀筋。
全身を使って、今度はこちらが主導する。
「オホッ……! オホォォォォッ……!」
「ぐっ……いいぞ!」
「どうした虎! さっきまでの勢いは!」
「もっと来い!」
「言ったな!」
ベッドが激しく軋む。
「ぎしっ!」
二人とも一瞬止まった。
「……」
「……」
「壊すなよ」
「お前が下で支えろ!」
「俺のせいか?」
「筋肉あるだろ!」
「無茶を言う!」
二人は声を上げて笑った。
そのまま女戦士は虎獣人の胸へ手を置き、再び全力で動き始める。
「オホォォォッ……!」
「ウォォッ……!」
虎獣人も腰を支え、女戦士の動きへさらに力を重ねる。
「っ……オホッ! そうだ! もっと強く!」
「自分から来ておいて、まだ足りないのか!」
「足りない! 私の欲も、お前の欲も、全部叩きつけろ!」
*
途中で女戦士が一度身体を離し、背を向けた。
「どうした」
「前だけじゃ足りない」
虎獣人が黙る。
女戦士は振り返り、真正面から言った。
「私の身体を余らせるな。全部、お前が欲しがれ」
「本気か」
「また確認か?」
「大事なことだ」
「なら何度でも答える。嫌じゃない。もっと欲しい」
「分かった」
虎獣人が後ろから抱き寄せる。
女戦士が荒く息を吐いた。
「オホッ……!」
「まだ行くぞ」
「来い!」
女戦士にとって嬉しかったのは、単に激しいことではない。
自分の身体を余すところなく求められること。
鍛えた身体も、激しい欲も、女だからと遠慮されず、全部まとめて受け止めてもらえること。
「オホォォォッ……! そう……全部だ! 私を全部欲しがれ!」
「お前も俺を全部受け止めろ!」
「そのためにここにいる!」
*
また限界。
また水たまりが広がる。
それでも二人とも笑っている。
「……お前、まだいけるか」
「その質問、何回目だ」
「確認だ」
「答えも同じだ」
女戦士は虎獣人の胸を拳で軽く叩いた。
「もっと来い」
「本当に後悔しないな」
「むしろ今まで加減されてた分まで来い」
「無茶を言う」
「無茶しろって言ってるんだよ!」
虎獣人が低く笑った。
「最高だな、お前」
「お前もだ!」
「ウォォォォッ!」
「オホォォォォォォッ!」
二人の叫び声が重なる。
*
どちらが先に始めたのか分からない。
いつの間にか、二人は互いの身体へ残った汗や匂いを拭き取るのではなく、逆に手で広げていた。
「何してる」
「マーキング」
女戦士が虎獣人の胸へ頬を擦りつける。
「獣人の俺にそれを言うのか」
「嫌か?」
「いや」
虎獣人も女戦士の首筋へ鼻先を寄せた。
互いの汗。
互いの体温。
互いの匂い。
それまで何度も全力で求め合った痕跡。
全部、自分の身体へ馴染ませる。
「消すのかと思った」
「後で洗う」
「今は?」
「残しておく」
「俺の匂いを?」
「そうだ」
女戦士が笑った。
「私をここまで満たした雄が誰か、身体に残しておきたい」
虎獣人の目が細くなる。
「なら俺もだ」
「何だ」
「俺をここまで満たした雌が誰か、残しておく」
「いい」
二人はまた抱き合う。
首筋へ頬を擦る。
肩へ鼻先を寄せる。
互いの匂いをさらに身体へ広げる。
最後には軽く歯まで立てた。
「んっ……」
「痛いか」
「もっとつけろ」
「本当に欲張りだな」
「お前もだろ」
女戦士も虎獣人の肩へ噛み跡を残した。
「これで公平」
「俺のものみたいだな」
「違う」
「違うのか」
「お前も私のものだ」
虎獣人が低く笑う。
「それなら公平だ」
*
ようやく本当に満たされた頃、二人はベッドの上で並んでいた。
もう大声を出す力さえ残っていないはずなのに、二人とも妙に機嫌がよかった。
「……初めてだ」
虎獣人が言う。
「何が」
「もう十分だと思えた」
女戦士は少し黙った。
「……私もだ」
「今までは?」
「どこか足りなかった。相手が悪いわけじゃない。私が強すぎるだけだと思ってた」
「俺も同じだ。強くすれば怖がられる。だから抑える。それが普通だと思っていた」
「でも私はもっと来いって言う」
「ああ」
「お前は私が全力で来ても笑う」
「ああ」
二人は顔を見合わせる。
「私を満たせるの、お前だけかもしれない」
「俺も同じことを考えていた」
「……そうか」
「ああ」
女戦士が虎獣人の首へ腕を回す。
「なら、もう一つ」
「まだあるのか」
「これは静かにする」
唇が重なった。
最初は短く。
離れる。
また。
今度は深く。
互いの汗も匂いも、何も気にしない。
「んっ……」
少し離れ、額を合わせる。
「次も全力だ」
「当然だ」
「遠慮したら蹴るぞ」
「お前こそ遠慮したら許さない」
「上等」
*
その直後だった。
「……腹減った」
女戦士が言った。
「俺もだ」
二人とも黙る。
「肉」
「肉だな」
「でかいやつ」
「脂のあるやつ」
「塩多め」
「水も飲め」
「酒も」
「まだ飲むのか」
「肉には酒だろ」
「さっき散々飲んだ」
「腹減ったら別腹だ」
「酒に別腹はない」
さっきまでオホ声と吠え声を響かせていた二人とは思えないほど真剣な相談だった。
*
身体を拭き、服を着る。
女戦士は首筋に残った跡を隠さなかった。
虎獣人も肩の噛み跡をそのままにしている。
「隠さないのか」
「お前こそ」
「俺は気にしない」
「私もだ」
階段を降りる。
宿の主人が二人を見る。
乱れた髪。
首筋。
肩の跡。
妙に満足そうな顔。
「……」
虎獣人が聞いた。
「肉を食える店はまだ開いてるか」
「……大通りの角」
「助かる」
「あと」
「何だ」
「次から丈夫な部屋にしてくれ」
「お前ら次も来る気か!」
*
夜明け前の酒場。
二人の前には、大皿いっぱいの焼いた肉が積まれていた。
「うまい」
「それ俺のだ」
「一枚くらいいいだろ」
「お前の皿にもある」
「もう食った」
「早すぎる」
女戦士が虎獣人の皿から脂身を奪う。
「おい。それ最後の脂身だった」
「だから取った」
「返せ」
「もう食った」
「……」
「何だ」
数秒見つめ合う。
先に吹き出したのは虎獣人だった。
「次はもっと肉が多い店だな」
「ああ」
「それから丈夫な宿」
「ああ」
「あと」
「何だ」
女戦士が大きな肉へ噛みつきながら笑った。
「次も、もっと無茶苦茶にやるぞ」
虎獣人も肉を噛みちぎる。
「俺の台詞だ。今度は最初から全力で行く」
「オホ声出して逃げるなよ」
「それはお前だろ」
「私はもっと出す!」
「胸を張るところじゃない」
「うるさい!」
二人は笑った。
娼館を追い出された者同士。
女戦士は、自分の全部を遠慮なく欲しがる雄を見つけた。
虎獣人は、どこまで強く求めても「もっと」と返してくる雌を見つけた。
互いに欲を隠す必要も、力を抑える必要もない。
全力で欲しがり、全力で受け止め、全力で返す。
それでようやく満たされた二人は、色気も余韻もどこかへ置いてきたような勢いで、大皿の肉を奪い合っていた。




