第二十九話 死にかけの虎獣人を治してたら、今度は向こうが遠慮なく暴れ始めたんだけど
昼過ぎ、教会の正面扉が勢いよく開いた。
「誰か! 治療を頼む!」
「ポーションは使った! でも腹が塞がらねえ!」
叫び声とともに、何人もの冒険者が担架を運び込んでくる。うちも礼拝堂へ顔を出したところで、その上に寝かされているものを見て足を止めた。
「うわ……でか」
虎の獣人だった。
二メートル近くありそうな身体に、黄色と黒の縞模様。肩も腕も異様に太く、見るからに前衛職のムキムキ。ただし今は、その立派な身体の腹へ厚い布が押し当てられ、そこから血が滲み続けている。
「リーダーが俺たちを庇ったんだ! 大型の魔物に腹をやられた!」
「ポーションを二本使って、どうにかここまで運んだ!」
神官たちがすぐに動く。止血、治癒術、傷の確認。けれど、しばらくするとマジメメガネの表情が険しくなった。
「……傷が深すぎます」
「治せないのか!?」
「できる限りのことはします。ただ、このままでは……」
そこまで聞いたところで、担架の虎獣人が薄く目を開いた。
「……聖女」
「え?」
周りを見る。
それから自分を指差す。
「うち?」
「金髪の……聖女がいると聞いた」
「どこで聞いたんだよ」
「ギルドだ……普通の治療で駄目でも、その女なら助けられるかもしれんと」
虎獣人が無理に笑おうとして腹を押さえた。
「ぐっ……!」
「笑うなって!」
「……賭けだった。ここまで来られれば、まだ一つ手があると思ってな」
うちはマジメメガネを見る。向こうもこちらを見返した。
「聖女。可能ですか?」
「たぶん」
性神の祝福。
そういう行為をしている間、うちだけじゃなく相手の回復力まで異常に高くなる。これまでにも何度か確認している。
ただし、相手が今まともに判断できるかは別の話だ。
「本人の確認、ちゃんとして」
「当然です」
マジメメガネは担架の横へ膝をついた。
「聞こえますか?」
「ああ」
「ここがどこか分かりますか?」
「教会」
「ご自身が重傷を負っていることは?」
「分かってる」
「これから聖女による特殊な治療を提案します。通常の治療とは異なり、性的な接触を伴います。拒否しても、可能な範囲での治療は続けます」
「……聞いている」
「本当に希望しますか?」
虎獣人は目を開け、今度ははっきりとうちを見た。
「頼む」
うちも近づく。
「嫌になったら止める。それでいい?」
「ああ」
「途中で気を失ったら?」
「その時は止めろ」
「分かった」
虎獣人は短く息を吐いた。
「……助けてくれ、聖女」
「その呼び方、まだ慣れないんだけど」
まあいい。
「任せて」
*
別室の寝台へ移し、神官たちが最低限の処置を終える。最後まで残っていたマジメメガネは、扉の前でもう一度こちらを振り返った。
「状態が急変した場合は、すぐに呼んでください」
「了解」
「それから、あくまで治療です」
「分かってるって」
「……本当に?」
「何その目」
「いえ」
出ていった。
扉が閉まる。
「超マジメ」
「神父か?」
「そう。めっちゃマジメ」
虎獣人がかすかに笑う。
「だから笑うなって!」
「悪い……」
でも、声はまだ弱い。
うちは寝台へ近づいた。
「じゃ、始めるよ」
「ああ」
念のため、もう一度だけ確かめる。
「現実だからね」
「……何がだ」
「このあと変なことになっても、死に際の幻覚だとか思わないでってこと」
「分かってる」
「ほんと?」
「ああ」
目も合う。
返事もしっかりしている。
「続けたくなくなったら言って」
「分かった」
「よし」
*
寝台へ上がって近くから見ると、虎獣人はやっぱりでかかった。
「うわ」
「何だ」
「いや、近くで見ると余計でかいなって」
「何がだ」
「全部」
「曖昧だな」
肩も腕も太い。腹は大怪我しているのに、それ以外は見事なくらい鍛えられている。
それに。
「……なかなかじゃん」
「何がだ」
「言わせんな」
一瞬だけ、虎獣人の顔が赤くなった気がした。
「虎って赤くなるんだ」
「黙れ」
「元気あるじゃん」
最初はうちが主導する。
「じゃ、いくよ」
身体を重ねた途端。
「オホッ……!」
最初から声が出た。
「オホォォッ……!」
身体が一気に熱くなる。
虎獣人の方は、喉の奥で低い息を漏らした。
「……っ、は……!」
「ねえ、大丈夫?」
「ああ……!」
「傷、痛かったらすぐ言って」
「分かった……っ」
触れ合っているだけで、祝福が働くのが分かる。
うちの身体だけじゃない。
虎獣人の腹から流れていた血が少しずつ減り、荒かった息も戻っていく。
その代わり、気持ちよさまで一緒に上がっていく。
「オホッ……! オホォォッ……!」
「……っ、ぐ……!」
「虎、声漏れてるじゃん」
「うるさい……」
「我慢してんの?」
「してない……っ」
「めっちゃしてるし」
「お前の方がうるさい」
「うちは隠す気ないから!」
*
何度目かの限界が来た。
「来る来る来る……!」
虎獣人の喉から低い声が漏れる。
「……っ、は……!」
「オホッ……! オホォッ……! オッホォォォォォッ……!」
身体が大きく震え、抑えきれないまま寝台まで濡らしてしまう。
しばらく息を整えていると、虎獣人がこちらを見ていた。
「何」
「いや」
「めっちゃ気持ちいいって証拠」
「自分で言うのか」
「だって本当じゃん」
それより。
「……あ」
腹。
見る。
「治ってる」
「本当か?」
「見て」
さっきまで大きく裂けていた傷が、明らかに浅くなっている。まだ赤く開いている場所はあるけど、もう最初とは比較にならない。
虎獣人も自分の腹を見た。
「馬鹿な……」
「性神だから」
「意味が分からん」
「うちも」
「……続けてくれ」
即答だった。
「元気になってんじゃん」
「死にたくない」
「それはそう」
もう一度。
「オホッ……!」
*
繰り返すたびに、傷が塞がる。
うちのオホ声。
虎獣人の低い喘ぎ。
その間に、皮膚が繋がっていく。
「オホォォッ……!」
「……っ、ぐ……!」
「ねえ、腹!」
虎獣人も見る。
「……塞がってる」
残っているのは赤い線だけ。
「痛みは?」
「ほとんどない」
「勝ったじゃん」
「何にだ」
「死にそうだったやつに」
「……そうだな」
虎獣人が自分の腹へ触れ、何度か確かめる。
「本当に治った」
「でしょ?」
ところが、そこで急に表情が変わった。
「どうした?」
「……現実感がない」
「は?」
「腹を裂かれて、仲間を庇って、死ぬと思った。気づいたら教会の寝台で、金髪の女が上にいて、傷が消えている」
「だから幻覚じゃないって最初に言ったじゃん!」
「分かってる」
「ほんと?」
うちは動きを止める。
「今、ここが現実だって分かる?」
「ああ」
「ちゃんと判断できる?」
「ああ」
「もう治療は終わってる。それでも続けたい?」
虎獣人は、しばらくうちを見た。
目はさっきよりずっとはっきりしている。
「続けたい」
「治療じゃなくても?」
「ああ」
「お」
虎獣人が大きく息を吐いた。
「今は何も考えず、気持ちいいことだけしていたい」
「……いいじゃん」
「いいのか?」
「うちも同じ」
「聖女なのに?」
「それ言うな」
*
そこからは、立場が変わった。
虎獣人が動き、でかい腕でうちを支えながら位置を入れ替える。
「うわっ」
「嫌か?」
「……嫌じゃない」
「なら」
「待って」
「何だ」
うちは虎獣人を見る。
「遠慮すんな」
「……」
「せっかくムキムキなんだから、もっと激しく、自分勝手に暴れろって。うちは壊れないから」
虎獣人の喉から低い息が漏れる。
「……っ、は……」
「それ」
「何がだ」
「その声。めっちゃ我慢してんじゃん」
「うるさい……っ」
「もっと出せば?」
「お前ほどは無理だ」
「じゃ、うちが二人分出すし」
「意味が分からん」
「嫌なら止める。うちも嫌なら言う。それだけ覚えといて」
「ああ」
「じゃ」
笑う。
「暴れろ、虎」
*
虎獣人は、本当に遠慮を捨てた。
「オホッ……! オホォォッ……!」
「……っ、ぐ……!」
「もっと! そう、それくらい!」
「お前……本当に……!」
「自分勝手にやれって言ったじゃん!」
「……っ、はぁ……!」
「オホッ……! オホォォォッ……!」
さっきまで死にかけていたとは思えない力だった。
身体が大きい。
力も強い。
でも性神の加護があるから、怖くない。むしろ遠慮なく来られる方がいい。
「まだいけるっしょ!」
「お前がそれを言うのか……!」
「言う!」
「……っ、ぐ……!」
「もっと暴れろ、虎!」
*
また来た。
「来る来る来る……!」
「……っ!」
「あっ、ダメ……! オホッ……! オホォッ……! オッホォォォォォッ……!」
身体が大きく震える。
抑えられない。
また寝台が濡れる。
それでも、嫌じゃない。
むしろ。
「……ほら」
「何がだ……」
「めっちゃ喜んでるって分かるっしょ」
「そこまで自分で言うのか」
「だって気持ちいいし」
虎獣人の喉から、また低い息が漏れた。
「……っ、は……」
「まだ終わってないよね?」
「お前は?」
「まだ!」
「化け物か」
「虎に言われたくない!」
「……っ!」
「オホォォォォッ……!」
*
何度も限界を迎える。
それでも、どちらも止めようとしない。
「止めるか?」
「止めない!」
「即答だな」
「そっちこそ!」
「俺もだ」
「じゃ続けろ!」
「……っ、ぐ……!」
「オホッ……!」
途中で姿勢を変え、今度は虎獣人が後ろからうちを抱えるような形になる。
「大丈夫?」
「ああ」
「うちも平気」
「なら」
「来い!」
寝台がぎしっと鳴った。
「壊すなよ!」
「努力する!」
「絶対壊すやつじゃん!」
「お前も止めろ!」
「やだ!」
「では仕方ない!」
「オホォォォッ……!」
*
どれくらい繰り返したのか、もう分からない。
うちはオホ声を隠さない。
虎獣人は最後まで低い。
「オホッ……! オホォォッ……!」
「……っ、は……! ぐ……!」
「まだいける?」
「……まだ」
「マジ?」
「お前は?」
「まだ!」
「本当に化け物だな」
「だから虎に言われたくないって!」
また虎獣人の低い喘ぎが漏れる。
「……っ、は……!」
「オホォォォォッ……!」
*
ようやく二人とも動かなくなった。
「……」
「……」
虎獣人は仰向け。
うちはその横。
「生きてる?」
「それは俺が聞く台詞だ」
「最初はね」
腹を見る。
傷は完全に消えていた。
「すげ」
「本当に治った」
「でしょ?」
虎獣人が腕を握る。
筋肉が盛り上がる。
「力も戻ってる。むしろ前より調子がいい」
「性神」
「変態な神だな」
「そこは否定しない」
*
服を着る。
虎獣人の身体は治ったけど、鎧の腹部分は大きく裂けたままだった。
「身体は治ったのに装備は治んないんだ」
「当たり前だろ」
「性神ならいけそうなのに」
「これ以上余計なことをするな」
「はいはい」
扉へ向かおうとすると、虎獣人が呼び止めた。
「なあ」
「何?」
「俺は死にかけていた」
「うん」
「だから、助けてもらったことへの感謝と、治った後にしたことは別に考えたい」
「お」
「礼として続けたわけじゃない。俺がしたかった」
「分かってる。うちも」
「ならいい」
「マジメじゃん」
「パーティーのリーダーだからな」
「そういうとこ、ちょっと好きかも」
「……」
少し黙る。
虎獣人の顔が微妙に赤い。
「やっぱ虎って赤くなるんだ」
「うるさい」
*
扉を開けた瞬間。
「リーダー!」
仲間たちが一斉に寄ってきた。
「腹は!?」
「大丈夫なのか!?」
虎獣人が裂けた上着を少し持ち上げる。
「治った」
「……」
「……」
「……は?」
「治った」
仲間が近づき、腹を見る。
「傷がねえ!」
「マジかよ!」
「さっき死にそうだっただろ!」
「聖女すげえ!」
「声でかい!」
そこへマジメメガネも来る。
「傷を確認します」
「好きにしろ」
腹、脈、体温。
一通り確かめてから、マジメメガネが頷いた。
「……問題ありません。驚異的ですね」
「性神だし」
「その一言で済ませないでください」
続いて、虎獣人へ向き直る。
「途中で意識を失ったことは?」
「ない」
「判断が曖昧になったことは?」
「ない」
「治癒が完了した後も、ご自身で続けることを希望しましたか?」
「ああ」
「分かりました」
うち。
「何その確認」
「必要です」
「マジメメガネ」
「当然でしょう!」
*
虎獣人たちが帰る。
教会の入口。
「聖女」
「ギャルでいいって」
「次からそう呼ぶ」
「次あるの?」
「怪我では来たくない」
「そりゃそう」
「だが」
「ん?」
「怪我がなくても、会いに来るくらいはいいだろ」
「お」
「嫌か?」
「全然」
うちは笑う。
「でも次は、死にかけじゃなくていいからね」
「当たり前だ」
「あと幻覚扱い禁止」
「……悪かった」
「マジで」
虎獣人も笑った。
「じゃあな、ギャル」
「じゃね、虎」
「虎って呼ぶな」
「名前聞いてないし」
「……それでいい」
「じゃ虎でいいじゃん」
「よくない」
仲間たちが笑う。
虎獣人も元気。
傷もなし。
教会の階段を降りていく大きな背中を見送りながら、うちはぽつりと言った。
「……ムキムキ虎、なかなかよかったな」
「聖女」
「うわ」
後ろ。
マジメメガネ。
「そういう感想を教会の入口で言わないでください」
「聞いてたのそっちじゃん」
「聞こえたのです!」
「じゃ仕事戻れば?」
「戻ります!」
歩いていく。
「あ」
「何です?」
「女将さん元気?」
マジメメガネ。
止まる。
「なぜ今それを聞くのです!」
「顔赤」
「聖女!」
「はいはい」
今日も教会は平和。
たぶん。
「オホッ……」
「……」
どこかで。
聖書。
鳴いた。
「お前まで返事すんな!」




