第二十七話 薬草籠を抱えていたら、腹筋女戦士が屈しないってオホ声で煽ってきましたぞ
その日の冒険者ギルドも、朝からいつも通り騒がしかった。依頼板の前では冒険者たちが仕事を選び、受付には短い列ができている。
「おはようございますぞ」
「おはようございます。本日も薬草採取でよろしいですか?」
「いつものをお願いしますなぁ」
受付嬢は慣れた手つきで依頼書を出した。
「北東の森です。今回は止血草と鎮痛草を中心にお願いします。危険区域へ入る必要はありません」
「承知しましたぞ」
「それから、怪我をしても無理をしない。危険な魔物を見つけても追わない。勝手に妙な物を孕ませない」
「最後だけ薬草採取と関係ありますかな?」
「あなたの場合はあります」
いつもの受付嬢。
なのですが。
「今日は少しマイルドですなぁ」
「何がです?」
「いやぁ。何となく」
「余計なことを言うなら依頼を取り消しますよ」
「十分怖いですぞ」
そうしていると、ギルドの入口から見覚えのある若い神父が入ってきた。
「あ」
元童貞神父。
向こうもおじさんに気づいて軽く頭を下げる。
「おはようございます」
「おはようございますぞ。今日は教会のお仕事ですかな?」
「少し用事がありまして」
受付嬢が顔を上げた。
「神父様」
「はい」
「先に奥の部屋へ行っていてください」
「……分かりました」
「すぐに伺います」
元童貞神父は妙に素直に頷き、そのまま奥へ消えていった。
「……」
「何です?」
「いえいえ。おじさん、他人様の事情へ首を突っ込まない大人ですぞ」
「そうしてください」
「では、薬草を取ってきますなぁ」
「お気をつけて」
受付のお姉さん。
元童貞神父。
奥の部屋。
「世の中、いろいろありますなぁ」
深くは聞かない。
大人ですからなぁ。
*
北東の森は、もう何度も来ている場所だった。
腰には木杯。荷物には、黒々として血管のような筋が浮いた薬草袋。
「オホッ……」
「今日は静かにお願いしますぞ」
止血草。
鎮痛草。
解毒薬へ使う葉。
採取した薬草を袋へ入れるたび、薬草袋が小さく反応する。
「オホォ……」
「いちいち返事をしなくてよろしいですぞ」
午前中だけで依頼分の半分ほど集まった。
魔物もいない。
危険区域にも入っていない。
「今日は実に平和ですなぁ」
このまま帰れば、非常にまともな薬草採取依頼。
そう思っていた時だった。
「……誰かおりますかな?」
木々の向こうから荒い息が聞こえる。
枝を掻き分けて進むと、大木へ背中を預けて座り込んでいる女戦士がいた。
短く切った髪。
太い腕。
盛り上がった肩。
袖のない革鎧から覗く身体は鍛え抜かれており、腹を覆う装備の一部が外れているせいで、はっきり割れた腹筋まで見えていた。
「いやぁ」
「見るな」
「申し訳ありません」
女戦士は片脚を伸ばしている。太腿から膝にかけて傷があり、血は止まりかけているものの、歩くには少々厳しそうだった。
「魔物ですかな?」
「少し油断した」
「歩けます?」
「歩ける」
立とうとする。
「……っ」
「歩けておりませんなぁ」
「うるさい」
おじさんは少し距離を取ったまま傷を見る。
「薬草ならありますぞ」
「効くまで時間がかかるだろ」
「まあ、そうですなぁ」
女戦士がじっとおじさんを見る。
顔。
腹。
薄くなった頭。
ネクタイ。
「……お前」
「はい」
「ギルドにいる種付け豚だろ」
「随分と呼び名が広がっておりますなぁ」
「噂は聞いた。女とやると傷も疲れも馬鹿みたいに治るとか」
「性神の加護ですな」
「本当か?」
「本当ではありますが、同意なしには何もしませんぞ」
女戦士は自分の傷を見る。
森を見る。
おじさんを見る。
「……やれ」
「はい?」
「治るんだろ」
「かなり」
「なら、やれ」
「本当に?」
「私が頼んでる」
女戦士は真っ直ぐこちらを見る。
「ただし一つ条件がある」
「何でしょう?」
「嫌になったら私が止めると言う。その時は絶対に止まれ」
「もちろんですぞ」
「それ以外で私が何を言っても、役だと思え」
「役?」
「そういうのが好きなんだよ」
「なるほど」
理解しましたぞ。
「では、あくまで合意の上で」
「くどい」
「大事なところですからなぁ」
「分かったから来い、豚」
*
傷へ負担がかからないよう場所を整え、性神が認める正式な形で向き合う。
「始めますぞ?」
「早くしろ」
行為が始まった。
「オホッ……!」
「おお」
「何だその顔!」
「いえいえ」
「勘違いするなよ……オホッ……! 私は屈してないからな!」
「はい」
「殺せ! 豚にやられても心は屈しない……オホォッ……!」
「言葉だけ聞くと大事件ですぞ!」
「そういう役だって言っただろ……オホッ……!」
「確認しただけですなぁ」
「黙って続けろ!」
「はい」
「オホォォォォッ……!」
よく響く声ですなぁ。
「こんなので私が屈すると思うな!」
「思っておりませんぞ」
「全然……大したことない……オホッ……!」
「はい」
「全然……オホォォォッ……!」
「少々無理がありますなぁ」
「うるさい!」
言葉では威勢よく抵抗しているのに、表情は完全に楽しんでいる。
*
しばらくすると、女戦士の傷は見る間に塞がり始めた。腫れも引き、脚へ力も戻っている。
「女戦士さん」
「何だ……オホッ……!」
「もうかなり治っておりますぞ」
「だから?」
「治療目的なら、そろそろ」
「誰が止まれと言った」
「ですが」
おじさんが少し離れようとする。
「おや?」
女戦士の脚が絡み、こちらを逃がさない。
「離しませんなぁ」
「逃げるな、豚」
「もう治っておりますぞ?」
「私はまだ屈してない」
「目的が完全に変わっておりますなぁ」
「変わってない!」
「オホォォォッ……!」
「声はかなり喜んでおりますぞ」
「黙れ!」
さらに力強く引き寄せられる。
「まだだ! 私は負けてない!」
「いつから勝負になりましたかな?」
「今からだ!」
「急ですなぁ」
「もっと来い!」
*
「オホッ……! オホォォッ……!」
身体はもう元気そのものだった。
「こんなので私が屈すると思うな!」
「はいはい」
「ギルドの男連中より凄いからって……オホッ……!」
「比較対象がおりますかな」
「ずっと力強くて……熱くて……オホォッ……!」
「褒めておりますぞ」
「褒めてない!」
「かなり褒めておりますなぁ」
「うるさい! 気持ちいいからって負けじゃない!」
「その理屈なら永遠に負けませんなぁ」
「そうだ!」
「オホォォォォォッ……!」
女戦士は完全に調子に乗っていた。
「どうせこの後も変態なことさせるんだろ!」
「予定はありませんぞ?」
「嘘つけ!」
「なぜです?」
「もっと酷いことして、私を屈服させる気なんだろ!」
「しておりませんなぁ」
「首輪だけで町を歩けとか言うんだろ!」
「言いませんぞ」
「言え!」
「願望になっておりますぞ!?」
「違う!」
「オホォォォッ……!」
「完全に願望ですなぁ」
*
「まだ私は屈してないぞ……!」
「はい」
「もっと酷いことされても絶対負けない!」
「する予定がありませんぞ」
「何でだ!」
「怒られましても」
「もっと豚らしく煽れ!」
「おじさん、既に十分豚扱いされておりますが」
「ならもっと豚になれ!」
「難しい注文ですなぁ」
女戦士は息を切らしながらも、ずっと笑っている。
「まだだ……!」
「はい」
「私から止めろって言わせてみろ!」
「挑戦状ですかな?」
「そうだ!」
「では、無理をしない範囲で」
「そこだけ急に常識人になるな!」
「おじさん、現代日本人ですからなぁ」
「オホォォォッ……!」
*
ようやく二人とも落ち着いた頃には、女戦士の傷は跡形もなく消えていた。
「……」
「生きておりますかな?」
「殺す気か……」
「ありませんぞ」
「心は屈してない」
「まだ言いますかな」
「当然だ」
女戦士はしばらく寝転がったまま荒い息を整えていたが、やがておじさんを見る。
「……待て、豚」
「まだ何かありますかな?」
「そのまま帰る気か」
「はい?」
「こういう時は最後まで後始末させるんだろ」
「おじさん、何も言っておりませんぞ?」
「分かってる。私に綺麗にしろって命令するんだろ」
「しませんなぁ」
「しろ!」
「だから願望になっておりますぞ!?」
「違う!」
顔を真っ赤にしたまま、女戦士は自分からおじさんの前へ身を寄せる。
「これは屈辱だからな……!」
「はいはい」
「豚なんかの後始末までさせられて……私は絶対に屈してない……!」
「全部ご自分で始めておりますが」
「黙れ!」
それでも女戦士は、自分で言い出した後始末を最後までやり遂げた。
途中。
「オホッ……!」
「まだ声が出ますかな?」
「うるさい……!」
余韻が戻ってきたらしい。
「こんなの屈辱なのに……オホッ……!」
「嫌なら止めてもよろしいですぞ?」
「やめない!」
「なぜです?」
「私が決めたからだ!」
「強情ですなぁ」
「オホォッ……!」
終える頃には、女戦士はまた息を乱していた。
しかも興奮が完全には収まっていないらしく、自分の身体を抱え込むようにして、その余韻を自分で鎮め始める。
「……」
「大丈夫ですかな?」
「見るな」
「見ておりませんぞ」
「絶対見るなよ」
「はい」
「でも離れるな」
「難しい注文ですなぁ」
しばらくして、ようやく女戦士が立ち上がった。
「……よし」
「落ち着きましたかな?」
「私は最初から冷静だ」
「そうですかなぁ」
それから自分の身体を見る。
行為の痕跡は完全には拭っていない。
「そのまま町へ戻りますかな?」
「何か文句あるか」
「かなり目立つと思いますぞ」
「見せてやればいい」
「何をです?」
「私が豚なんかに屈してないってところをだ!」
「その状態で主張しますかなぁ」
「オホッ……!」
「まだ喜んでおりますぞ」
「うるさい!」
*
女戦士は本当にそのまま街道を歩いた。
脚取りは軽い。
怪我をしていたとは思えない。
むしろ以前より調子がいいらしく、歩きながら何度か脚を曲げ伸ばししている。
「本当に治ってる」
「性神の加護ですからなぁ」
「変態な神のくせに性能だけは腹立つくらい高いな」
「よく言われますぞ」
数歩。
「オホッ……!」
「まだですかな?」
「うるさい……!」
「町まで響きますぞ」
「聞かせればいい!」
「何をです?」
「私が屈してないってことをだ!」
「余計に誤解されそうですなぁ」
町の門へ近づく。
門番。
通行人。
ちらちら見る。
女戦士は一瞬だけ赤くなった。
しかし胸を張る。
「何見てんだ! 私は屈してないぞ!」
「そこを説明するから余計に怪しいのでは?」
「うるさい、豚!」
*
ギルドへ戻る。
「お帰りなさい」
受付嬢はもういつもの顔に戻っていた。
「依頼品を確認します」
「こちらですぞ」
薬草籠。
止血草。
鎮痛草。
数量。
問題なし。
その横。
ショートカットの女戦士。
朝とは違い、傷一つない。
「怪我をされていたのですか?」
「少しな」
「現在は?」
「完治した」
受付嬢が女戦士を見る。
次に。
おじさんを見る。
「……」
「……」
「何ですかな?」
「何も」
女戦士が腕を組む。
「こいつに治してもらった」
「なるほど」
全部理解した顔。
「でも心は屈してないからな」
「聞いておりません」
「次も負けない」
「聞いておりません」
「もっと酷いことされても絶対屈しない」
「聞いておりません」
「首輪だけで街を歩かされても――」
「だから聞いておりません!」
ギルド中。
こちらを見る。
「……」
「……」
女戦士が顔を赤くする。
「何だよ!」
「なぜ私へ願望を報告するのですか!」
「願望じゃない!」
「では黙ってください!」
おじさんはそっと受付嬢を見る。
「いやぁ」
「何です?」
「お姉さん、やはり今日はいつもよりマイルドでしたなぁ」
ぴく。
「……余計なことを言わない」
「はい」
「依頼は完了です。報酬はこちら」
「ありがとうございますぞ」
受付嬢の視線が、一瞬だけ奥の部屋へ向いた。
おじさんも見る。
しかし。
「では帰りますかな」
深くは聞かない。
大人ですからなぁ。
その背後。
「次は負けないからな!」
「はいはい」
「もっと酷いの考えてこいよ!」
「やはり願望ですなぁ!」
「違う!」
「オホッ……!」
ギルド中。
また。
こちらを見る。
「……」
「……」
「……」
「今のは誰ですかな?」
女戦士。
顔。
真っ赤。
「知らん!」
「明らかにお姉さんですぞ!」
「屈してないからな!」
「それで全部押し切る気ですかな!」




