第二十六話 木杯に薬草袋を突っ込んだら、オホ声を上げながら甘露の薬草水ができましたぞ
「オホッ……!」
「オホォォォッ……!」
朝からうるさいですなぁ。
宿の部屋で目を覚ましたおじさんは、寝台の脇に置いていた荷物へ目を向けた。そこには旅の相棒になった木杯と、隠し泉でギャルさんが雄化させた薬草袋がある。
いや。
ある、というより。
「……何をしておりますかな?」
薬草袋が木杯へ頭から突っ込んでいた。
「オホッ……!」
「オホォォォォッ……!」
木杯はおじさんによって雌化した道具で、入れた飲み物を浄化し、妙に美味い甘露へ変えてしまう。薬草袋は元々おじさんの物だったが、隠し泉でギャルさんに使われた結果、外側が雄化していた。
袋の外面は以前の革色ではない。黒々としていて、表面には血管のような筋が何本も浮かんでいる。それが時折どくん、どくん、と脈打つものだから、薬草を入れるただの袋とはとても思えない。
「オホォォォッ……!」
「オホッ……!」
「朝から仲がよろしいことで」
薬草袋を掴んで引っ張る。
抜けない。
「おや」
もう少し力を入れる。
「オホッ!」
「オホォォォッ!」
「嫌がっておりますかな?」
ぐい。
木杯まで一緒に床を滑った。
「これは困りましたなぁ。おじさん、朝の水を飲みたいのですが」
「オホォォ……!」
「薬草袋さんも離れる気はありませんかな」
返事の代わりに、黒い薬草袋が木杯の奥へもう少し沈んだ。
「なるほど」
まったく分かりませんなぁ。
*
しばらく引っ張ってみたものの、二つとも離れる気配がない。
ならば発想を変える。
「薬草袋なのですから、本来の使い方をしてみますかな」
袋の中には、昨日採取した薬草が少し残っていた。傷薬に使う葉、腹の調子を整える草、苦味の強い根。
「ここへ水を」
水差しを持ち上げ、木杯へ突っ込んだままの薬草袋へ注いでみる。
「オホッ……!」
「お」
黒い表面が、どくん、と脈打った。
さらに注ぐ。
「オホォォォッ……!」
「反応しておりますなぁ」
水は袋の中へ染み込み、薬草を濡らしていく。
普通なら、ただの濡れた薬草袋。
ところが。
「……おや?」
じわ。
袋の表面へ液体が滲んだ。
ぽた。
木杯へ落ちる。
「オホッ……! オホォォォッ……!」
ぽたぽた。
液体は薄い緑色で、明らかに薬草の色が移っている。しかも水を入れた量より、薬草の香りがずっと濃い。
「抽出しておりますかな?」
「オッホォォォォォッ……!」
薬草袋が大きく震えた。
表面の黒い血管状の筋が一斉に脈打ち、最後に袋全体がぶるっと震える。
じわぁ。
それまでより多くの薬草色の液体が染み出し、木杯へ溜まった。
「……果てましたかな?」
「オホォ……」
「満足そうですなぁ」
木杯の方も。
「オホッ……」
「そちらまで」
二つとも朝から何をしておりますかなぁ。
*
しかし、木杯に溜まった液体は気になる。
匂いを嗅ぐ。
「薬草ですな」
嫌な臭いではない。
試しに少し口へ含む。
「……おお?」
薬草の苦味。
香り。
ちゃんとある。
なのに。
「甘いですぞ」
木杯の甘露だ。
ただ砂糖を入れたような甘さではない。水そのものが澄んで、薬草のえぐみや泥臭さだけが消えている。苦味は薬草らしく残っているのに、妙に飲みやすい。
もう一口。
「しかも身体が少し軽いですなぁ」
薬草の効能まで消えているわけではないらしい。
薬草袋が成分を水へ移す。
木杯が不要なものを浄化して甘露へ変える。
「これは旅で便利なのでは?」
「オホッ!」
「オホォォッ!」
「二人とも得意げですなぁ」
*
ただ。
薬草袋を眺めていると、一つ気になることがあった。
「外はギャルさんの祝福で雄になっておりますが」
黒い。
血管のような筋。
脈動。
「中はどうなのでしょうなぁ」
袋の口を広げて覗く。
「……普通ですかな?」
少なくとも外側ほど異常ではない。
「どうせなら、こちらにもおじさんの祝福を入れてみますかな」
「オホォ……?」
「試してみますぞ」
*
薬草袋の内側を対象に、性神が認める正式な種付けプレスを行う。
「では、失礼しますぞ」
「オホッ……!」
薬草袋が震える。
「元気ですなぁ」
外側はすでにギャルさんによって雄化している。
だが今回は、袋の中。
内側へおじさんの祝福を通す。
「オホッ……! オホォォォッ……!」
「おじさんも出ますぞ。濃いのが」
祝福が満ちる。
「オッ! オッ! オッ!」
「オッホォォォォォォッ……!」
薬草袋が大きく跳ねた。
直後。
どくん。
外側の黒い血管状の筋が脈打つ。
しかし。
「おや?」
外側は変わらない。
黒いまま。
硬く丈夫なまま。
雄化した性質も消えていない。
「上書きされませんでしたな」
代わりに。
袋の中へ指先を入れて確かめる。
「……湿っておりますなぁ」
さっき入れた水の残りだけではない。
内側そのものが、妙に柔らかくなっている。
しっとり。
湿っている。
「外が雄。中が雌、ですかな?」
「オホッ……!」
「やはりそうですか」
薬草袋の外面は、ギャルさんの祝福によって黒々と雄化したまま。血管のような筋が浮き、時々どくんと脈打つ。
ところが内側は、おじさんの祝福で雌化した。
柔らかい。
湿っている。
何も入れていないのに、内張りだけが常にしっとりしている。
「忙しい袋ですなぁ」
「オホォォォッ……!」
「本人は元気そうですぞ」
*
機能も変わっていた。
「もう一度試してみますかな」
新しい薬草を入れる。
少し乾燥した葉。
苦味の強い根。
香りのよい草。
「水を」
注ぐ。
「オホッ……!」
内側がすぐに薬草へ密着した。
「おや?」
先ほどとは違う。
湿った内張りが薬草全体を包み、水を馴染ませている。
「オホォォォッ……!」
外側。
どくん。
黒い血管状の筋が脈打つ。
そして。
じわ。
「早いですぞ」
薬草色の液体が染み出す。
しかも先ほどより濃い。
「抽出力が上がっておりますなぁ」
ぽたぽた。
木杯へ落ちる。
「オホッ……!」
「オホォォォッ……!」
「だから二人とも声が大きいですぞ」
薬草袋。
内側の湿り気で薬草から成分を引き出す。
外側の雄化した強化で、水を含んでも破れず、脈動しながら液体を外へ送り出す。
そして木杯。
受け取った液体を浄化。
甘露化。
飲む。
「……美味い」
明らかにさっきより良い。
香りが濃い。
薬草らしい苦味もある。
なのに喉へ引っかからない。
「これはかなり完成度が高いですなぁ」
*
どうせなら。
「最初から組み合わせて使いますかな」
木杯へ薬草袋を入れる。
「オホッ……!」
袋。
「オホォォッ……!」
杯。
「相性が良すぎませんかな」
薬草袋の中へ薬草を詰める。
水を注ぐ。
「オホッ……!」
「オホォォォッ……!」
内側の雌化部分が薬草を湿った状態で包み込み、成分を一気に水へ移す。
外側。
黒い血管状の筋。
どくん。
どくん。
脈動。
抽出された薬草水が袋の外へ滲む。
じわぁ。
そのまま木杯へ。
「オホッ……! オホォォォォッ……!」
木杯が受け取り。
浄化。
甘露化。
「うるさいですが」
一口。
「……美味いですなぁ」
薬草の香り。
苦味。
甘露の甘さ。
全部ある。
火を使わない。
煮出す必要もない。
水を入れて少し待つだけ。
「便利すぎませんかな?」
*
朝食の時、女将にも試してもらった。
「何だい、その黒い袋」
「薬草袋ですぞ」
「薬草袋って、もっと普通の色してなかったかい?」
「いろいろありまして」
「その『いろいろ』を聞くとろくなことにならないから聞かないよ」
女将が木杯を見る。
その中。
黒々とした薬草袋。
表面には血管のような筋。
どくん。
「……生きてない?」
「道具ですぞ」
「本当に?」
「おそらく」
「自信持ちな」
薬草を入れる。
水。
注ぐ。
「オホッ……!」
「オホォォォッ……!」
「朝飯時だよ!」
「申し訳ありませんなぁ」
薬草袋の中で薬草水が作られ、外へ染み出す。
木杯が受ける。
女将が嫌そうな顔で見る。
「これを飲めって?」
「味は保証しますぞ」
「その見た目で?」
「性能は最高ですからなぁ」
「挙動は最低だね」
「まったくですぞ」
女将。
一口。
「……」
「いかがです?」
もう一口。
「美味い」
「でしょう?」
「薬草の味はちゃんとする」
「はい」
「苦いのに飲みやすい」
「甘露ですからなぁ」
「……腹立つね」
「なぜです?」
「こんな気持ち悪い道具が普通の薬草茶より便利だからだよ」
「おじさんもそこは否定できませんなぁ」
「オホッ!」
「オホォォッ!」
「お前ら褒められたと思うな!」
*
結論。
木杯。
薬草袋。
薬草。
水。
これだけ。
木杯へ薬草袋を入れる。
薬草袋へ薬草を入れる。
水を注ぐ。
袋の内側は雌化していて、常にしっとり湿っている。その湿った内張りが薬草へ密着し、成分を効率よく水へ移す。
外側はギャルさんによって雄化したまま。黒々として、血管のような筋を浮かべ、脈動しながら抽出された液体を外へ送り出す。
そして最後。
木杯が受け取る。
危険なものを浄化。
雑味を減らす。
甘露へ変える。
「つまり」
一口。
「美味い甘露の薬草水が完成しますぞ」
「オホッ!」
「オホォォォッ!」
「ただし」
薬草袋。
「オホッ……! オホォォォッ……!」
木杯。
「オホォォォォッ……!」
宿の食堂。
全員。
こちらを見る。
「……」
「……」
「……」
おじさん。
もう一口。
「いやぁ」
美味い。
本当に美味い。
「飲み物を作るたびに二体でオホ声を上げることを除けば、完璧ですなぁ」
「オホッ!」
「オホォォォォッ!」
「お前らは宣伝しなくていいですぞ!」




