第二十三話 黒革ボンテージを見せられた元童貞神父が、受付嬢を御主人様と呼ぶことになったんだけど
森へ入った理由を尋ねられれば、神父は「心配だったからです」と答えるつもりだった。
実際、嘘ではない。
朝から妙に落ち着かなかったギャルが、突然「ちょっと豚に会ってくる」と言い残して教会を出た。その方角には、人がほとんど寄りつかない隠し泉がある。だから少し様子を見るだけ。そう自分に言い聞かせ、神父は聖書を抱えて森へ入った。
一方、受付嬢も同じ頃に別の道から森へ入っていた。
オッサンへ危険度の低い依頼だけを渡し、「終わったら余計なことをせず宿へ戻れ」と念を押したのに、依頼を終えた豚は町とは逆方向へ向かった。
尾行ではない。
管理である。
だから森の分かれ道で二人が鉢合わせした時、どちらも相手を見てしばらく黙った。
「……何をしているんですか」
「そっちこそ」
「私は少し心配になりまして」
「私は管理」
「森の中まで?」
「うるさい」
どちらの言い訳も苦しい。
しかも進む方向は同じ。
二人は微妙な距離を取りながら並んで歩き、しばらくして同時に足を止めた。
「オホォォォォォッ……!」
木々の向こう。
隠し泉の方向から、聞き覚えのあるギャルの声が響いた。
続いて。
「いやぁぁぁ……!」
受付嬢が額を押さえる。
「……あの二人ですね」
「聞けば分かる」
「まだ見えてはいませんが」
「細かい」
二人とも、泉が直接見えるところまで近づくつもりはなかった。
だが声だけは嫌でも届く。
「オホッ……もっと……!」
ぱしゃ、と水の跳ねる音。
少し間を置いて、また大きな声。
「オホォォォォッ……!」
神父は聖書を抱える腕へ力を入れた。
受付嬢も落ち着かないらしく、何度か脚を組み替えている。
「……長いですね」
「豚だからな」
「理由になっていません」
「こういう時まで真面目だな、お前」
「神父ですから」
受付嬢は横目で神父を見た。
顔は真面目。
姿勢も真面目。
だが耳だけは真っ赤だった。
「女の声聞いただけで真っ赤になって。童貞みたいな反応だな」
「もう童貞ではありません!」
「……」
「……」
言った本人が固まった。
受付嬢がゆっくり振り向く。
「今、何て?」
「……忘れてください」
「もう童貞じゃない?」
「忘れてください」
「二回言っても無理」
受付嬢の口元が、ゆっくり吊り上がった。
「へえ。お前、童貞だったんだ」
「過去形です」
「そこ訂正する?」
「事実ですから」
「誰で捨てた?」
「答える必要はありません」
「最近?」
「答えません」
受付嬢は森の奥を見る。
ちょうどそこで。
「オホォォォォォッ!」
ギャル。
神父。
びくっ。
受付嬢は神父を見る。
森を見る。
また神父を見る。
「あのギャルか」
「……」
「図星」
「そのようなことを、あなたへ説明する必要はありません」
「ギャルに童貞を捨てさせてもらったわけだ」
「そういう言い方をしないでください……っ」
神父の息が少し乱れた。
受付嬢の目が細くなる。
「何。その言い方、嫌?」
「非常に恥ずかしいです」
「なのに逃げない」
「それとこれとは別でしょう」
「元童貞」
「……だから、もう童貞ではありません」
声が少し震えた。
受付嬢は見逃さなかった。
「お前、罵られると変になるのか?」
「違います」
「本当に?」
「……違う、はずです」
歯切れが悪い。
受付嬢の顔がますます楽しそうになる。
*
泉から響く二人の声は、まだ止まらなかった。
その熱に当てられたのか。
それとも最初から互いに少しおかしかったのか。
神父も受付嬢も呼吸が浅くなっている。
「帰る?」
「……いいえ」
「もうあの娘、元気だろ」
「無事かどうかと、私が帰るかどうかは別です」
「面倒臭いな」
「あなたも帰らないのでしょう」
「私は豚を管理しないといけない」
「森まで追ってきた時点で、それも大概だと思います」
「口答えするな」
受付嬢が一歩近づいた。
神父は動かない。
「跪け」
「……なぜ私が?」
「お前がどういう反応するか見たい」
「それだけですか?」
「それだけ」
「理由として弱くありませんか」
「嫌なら断れ」
神父は黙った。
断れば終わる。
受付嬢は本当にそれ以上やらないだろう。
だからしばらく考えてから、自分の意思で膝をついた。
「……これでよろしいですか」
受付嬢の呼吸が一瞬詰まった。
「本当にやるんだな」
「あなたが命じたのでしょう」
「嫌なら断れって言った」
「私は断らないと決めました」
「……」
「何ですか?」
「いや」
受付嬢は笑った。
「お前、思ったよりいいな」
「褒められている気がしません」
「立て」
「……はい」
立つ。
「もう一度跪け」
「またですか?」
「嫌?」
「……いいえ」
再び跪く。
今度は最初より迷いがない。
受付嬢の呼吸も少しだけ速くなった。
「私が命令すると嬉しい?」
「まだ分かりません」
「じゃあ確かめるか」
*
受付嬢は周囲を確認すると、制服へ手をかけた。
「何をしているのです?」
「暑い」
「だからといって、ここで脱ぐのですか」
「見るなとは言ってない」
一枚ずつ外れていく仕事着。
その下から現れたのは、身体へぴったり沿った黒革のボンテージだった。
神父。
完全停止。
「……」
「感想」
「非常に似合っています」
「それだけ?」
「……かなり刺激が強いです」
「童貞みたいな感想」
「もう童貞ではありません」
神父は反論しながら一歩下がり、木の根に足を取られた。
どさ。
仰向け。
受付嬢が見下ろす。
「腰抜かした?」
「木の根です」
「黒革見て?」
「木の根です!」
「元童貞」
「もう童貞ではありません!」
受付嬢が笑いながら、そのまま神父の身体を跨いだ。
「……っ」
神父の息が詰まる。
まだオホ声ではない。
せいぜい、小さな喘ぎ。
「近すぎませんか……」
「今さら何言ってる」
「その格好で上に来られると、さすがに……っ」
「弱いな」
受付嬢は神父の服へ手をかけた。
自分で外そうとした神父の手を押さえる。
「動くな」
「自分でできます」
「私が脱がす」
「なぜです?」
「私がそうしたい」
神父は黙った。
「嫌なら止める」
「……いいえ」
「返事」
「続けてください」
受付嬢が一つずつ服を緩めていく。
指先が肌へ触れるたび。
「……んっ」
神父の呼吸が揺れる。
「何、その声」
「あなたが触るからでしょう」
「その程度で?」
「急に触られれば反応くらいします」
受付嬢の指が胸元へ。
乳首を摘まむ。
「っ……!」
身体が跳ねる。
「動くな」
「急に強く摘まめば動きます!」
「じゃあ今度は分かってて耐えろ」
もう一度。
きゅ。
「くっ……」
さっきより強い。
神父は顔をしかめる。
受付嬢の口元が歪む。
「痛い?」
「少し」
「嫌?」
「……いいえ」
「じゃ続ける」
今度は反対側。
きゅ。
「んっ……!」
「弱いな」
「……もう少し」
受付嬢が止まった。
「何?」
神父は呼吸を整えながら、上にいる黒革姿の女を見上げた。
「もう少し……強くしていただけますか」
「自分から頼むんだ?」
「嫌なら止めていただいて構いません。ただ私は……もう少し強い方がいいようです」
受付嬢。
にや。
「言ったな」
強く摘まむ。
「っ……あ……!」
神父の指が地面を掴む。
「もっと?」
「……はい」
「本当に?」
「お願いします」
受付嬢は神父の首筋へ顔を寄せた。
かぷ。
「んっ……!」
もう一度。
少し強く。
かぷ。
「くっ……!」
神父。
逃げない。
むしろ自分から首を傾けた。
「今、自分から差し出したな」
「……はい」
「噛まれるの好き?」
「今まで知りませんでした」
「今は?」
神父は少し迷ってから答えた。
「……もっと噛んでいただきたいです」
受付嬢の呼吸が乱れた。
「お前、本当にそっちなんだな」
「私自身、驚いています」
「ドM」
「……っ」
「変態」
「……はぁ」
「元童貞」
「もう童貞ではありません……っ」
受付嬢が笑う。
「そこだけは絶対訂正するんだな」
*
そこまでは。
二人とも。
まだオホ声を出していなかった。
神父が漏らすのは、噛まれたり強く摘ままれたりした時の短い喘ぎ。
受付嬢も呼吸は荒くなっていたが、まだ余裕がある。
その余裕を全部使って神父をいたぶる。
「手を動かすな」
「……分かりました」
「勝手に触るな」
「はい」
「首」
神父が差し出す。
「もっと」
「……こうですか」
かぷ。
「くっ……!」
「胸も?」
「……お願いします」
きゅ。
「あっ……!」
「気持ち悪いくらい素直になってきたな」
「御主人――」
神父。
止まる。
「今、何て言いかけた?」
「何でもありません」
「言え」
「まだ、あなたからそのように呼べとは言われていません」
「……」
受付嬢が笑った。
「お前、妙なところだけ律儀だな」
そして。
二人の行為が、本当に始まった。
その瞬間だった。
「オホッ……!」
最初に崩れたのは受付嬢。
自分で声を出して、自分で驚いた顔をする。
続いて。
「オホッ……!」
神父。
二人。
一瞬だけ固まった。
「……今」
「言うな!」
「御主人――」
「まだだ!」
受付嬢は顔を真っ赤にしたまま、それでも主導権だけは絶対に手放さなかった。
「オホッ……動け……! 私に合わせろ!」
「オホッ……分かりました……!」
「止めるな……オホォッ……!」
「はい……!」
「もっとだ、元童貞……!」
「もう童貞ではありません……オホッ……!」
「そんな時まで訂正するな!」
オホ声。
そこから急に。
二人とも止まらなくなった。
受付嬢が命令する。
神父が従う。
「オホッ……もっと合わせろ!」
「はい……オホッ……!」
「胸、触られるの好きなんだろ!」
きゅ。
「オホォッ……!」
「噛まれたい?」
「はい……御主――」
「ちゃんと言え!」
受付嬢ももう息が荒い。
それでも神父を見下ろし、命令口調だけは崩さない。
「オホッ……ほら、ちゃんと『イジメてください、御主人様』と言え……!」
神父の顔が真っ赤になった。
「それは……オホッ……」
「嫌なら言わなくていい……! 欲しいなら自分で頼め!」
神父は受付嬢を見る。
逃げ道は残っている。
嫌なら終われる。
だから。
これは自分で選ぶ。
「……イジメてください、御主人様」
「聞こえない!」
「オホォッ……イジメてください、御主人様……!」
「オホォッ……!」
受付嬢まで大きく震えた。
「御主人様……?」
「お前……その真面目な顔で言うな……!」
「命じたのは御主人様でしょう……オホッ……!」
「うるさい!」
きゅ。
「オホォッ……!」
かぷ。
「オホッ……もっと……!」
「何を?」
「もっと強く……お願いします、御主人様……!」
「オホォッ……!」
受付嬢。
完全に楽しんでいる。
「ドM」
「オホッ……!」
「変態」
「オホォッ……!」
「ギャルに童貞捨ててもらったくせに、今度は私に躾けてもらって喜んでる元童貞」
「もう童貞ではありません……オホォォォッ……!」
「それで喜びながら訂正するな!」
「御主人様が言うからです……!」
「じゃあもっと言ってやる!」
受付嬢が強く出れば出るほど。
神父は従う。
神父が従えば従うほど。
受付嬢も昂る。
恐ろしいほど。
噛み合っていた。
*
一度止まる。
二人とも息を整える。
それでも。
受付嬢が神父を見る。
神父も見る。
「……終わる?」
受付嬢が尋ねた。
神父は少し考える。
「……まだ終わりたくありません」
「何してほしい?」
「……」
「自分で言え」
神父は顔を赤くしたまま。
「イジメてください、御主人様」
「オホッ……!」
「もっと強く摘まんでください」
「オホォッ……!」
「もっと噛んでください」
「お前……!」
「御主人様からなら、もっと罵られても……嫌ではありません」
「嫌じゃない?」
「……むしろ、お願いしたいです」
受付嬢の顔が完全なドSの笑みに変わる。
「本物じゃん」
「何がです?」
「お前。完全なドM」
「……否定はできません」
「私の玩具になりたい?」
そこだけは。
神父もすぐ答えなかった。
受付嬢も急かさない。
しばらくして。
「……御主人様の前でだけなら」
「オホォッ……!」
「また御主人様の方が大きな声を」
「黙れ!」
「はい、御主人様」
「オホッ……!」
完全な悪循環だった。
*
何度か休んだ。
何度か続けた。
森の奥から聞こえていたオッサンとギャルの声すら、いつからか気にならなくなっていた。
受付嬢は命令する。
神父は従う。
ただし、何でもではない。
嫌なら嫌と言う。
確認すべきことは確認する。
そのうえで、自分がしたいと思ったことには従う。
それが受付嬢にはたまらなく良かった。
「オホッ……動くな!」
「はい……御主人様……!」
「首出せ!」
「はい……!」
「もっと!」
「オホッ……!」
「情けないドM!」
「オホォッ……!」
「元童貞!」
「もう童貞ではありません……!」
「まだ言うか!」
「事実ですから……オホォッ……!」
そして。
ようやく。
本当に二人とも動けなくなった。
*
神父は仰向けのまま、木々の隙間から空を見ていた。
受付嬢も荒い息を整えている。
「オホッ……はぁ……」
「オホォッ……御主人様……」
受付嬢がゆっくり身体を起こした。
「まだ終わってないぞ」
「……まだですか?」
神父の顔の前まで移動する。
見下ろす。
「綺麗にしろ」
神父は意味を察して顔を赤くした。
「……私が?」
「他に誰がいる」
「その……」
「嫌なら断れ」
神父は少し考え。
首を横へ振った。
「いいえ」
「返事」
「はい、御主人様」
「オホッ……!」
「また反応しましたね」
「うるさい。さっさとやれ」
「分かりました」
神父は命じられた通り、受付嬢の身体を丁寧に整え始めた。
こういう時まで。
神父は生真面目だった。
一度「綺麗にしろ」と言われたら、適当に済ませない。
「そこ……まだ……オホッ……!」
「はい、御主人様」
「もっと丁寧に……オホォッ……!」
「分かりました」
最初は受付嬢に余裕があった。
「そこも」
「はい」
「まだ」
「分かりました」
だが。
徐々に。
「オホッ……待て……」
脚が震える。
「止めますか?」
神父が即座に止まる。
「……誰が止めろと言った」
「では続けます」
「オホォッ……!」
再開。
受付嬢が大きく震える。
「お前……真面目すぎるんだよ……!」
「丁寧にしろと御主人様が」
「そういう意味じゃ……オホッ……!」
「止めますか?」
「止めるな!」
「分かりました、御主人様」
「オホォォォォッ……!」
受付嬢自身が予想していなかったほど、大きな反応が押し寄せた。
身体の力が一気に抜ける。
「オッホォォォォォッ……!」
神父が慌てて支える。
「御主人様?」
「……見るな」
「分かりました」
「いや」
「?」
「やっぱり見ろ」
「どちらです?」
「うるさい!」
受付嬢は真っ赤な顔で神父を睨んだ。
「お前、掃除を命じただけだろ」
「丁寧にとも言われました」
「真面目に答えるな」
「申し訳ありません」
「謝るな、ドM」
「……はい」
「元童貞」
「もう童貞ではありません」
「そこは最後まで訂正するんだな」
「事実ですから」
受付嬢は呆れた顔をした。
でも。
妙に満足そうだった。
*
服を整えると。
黒革はまた制服の下へ隠れた。
受付嬢はいつもの知的で冷静な顔。
神父も法衣を整え、聖書を拾う。
どこから見ても普通。
たぶん。
「……」
「……」
森の奥。
「オホォォォォォッ!」
二人。
同時にそちらを見る。
「……まだ続いていますね」
「豚とギャルだぞ」
「それで説明になりますか?」
「今ならなるだろ」
「……否定はできません」
受付嬢が歩き出す。
「帰るぞ、元童貞」
「もう童貞ではありません」
「知ってる」
「知っているなら呼ばないでください」
「嫌」
「なぜです?」
「お前が毎回訂正するのが面白い」
「では、私は毎回訂正します」
「好きにしろ」
数歩。
受付嬢が小さな声で言った。
「あと」
「はい?」
「町へ戻ったら、御主人様は禁止」
「人前では受付嬢さんですね」
「当然」
「二人の時は?」
受付嬢。
一瞬。
黙る。
「……御主人様」
「分かりました」
「ちゃんと言え」
神父は少しだけ笑った。
「分かりました、御主人様」
「……っ」
受付嬢の足が一瞬止まる。
「どうしました?」
「何でもない!」
「御主人様?」
「何度も言うな!」
「失礼しました」
「元童貞!」
「もう童貞ではありません!」
森の奥で。
オッサンとギャルが互いにしか埋められないものを確かめていた、その少し離れた場所。
受付嬢は。
真面目な男を自分の命令で崩すことが、想像以上に好きだと知った。
神父は。
自分で選んだ相手に強く命令され、罵られ、痛みすら求めることが、想像以上に好きだと知った。
ドS。
ドM。
しかも。
互いに相手限定。
最悪なくらい。
相性がよかった。




