第十八話 小盾を産んだ練習盾を見に行ったら、受付のお姉さんの椅子にされましたぞ
「飯」
「はい」
「残さない」
「はい」
「風呂」
「朝から二回入りましたぞ」
「よし」
「完全に管理されておりますなぁ」
「違う」
「違うよ」
「母娘そろって否定が早いですぞ」
朝。
宿の食堂。
おじさんの前には、女将さんの娘さん。
その少し後ろには、女将さん。
昨日までは女将さん一人だった。
今朝からは娘さんまで、おじさんが何を食べたか、風呂へ何回入ったかを確認してくる。
「今日は何するの」
「ギルドへ行きますぞ」
「依頼?」
「いえ」
おじさんは昨日のことを思い出した。
「孕ませた盾の様子を見に」
「……」
「……」
母娘が黙った。
「盾?」
「はい」
「孕ませた?」
「はい」
「昨日?」
「はい」
女将さんが額を押さえた。
「娘」
「何」
「こいつの行動を普通に理解しようとするな」
「分かった」
「諦めが早いですなぁ!」
*
娘さんが、おじさんをじっと見る。
「森、行かない?」
「今日は行きませんぞ」
「危ない依頼も?」
「受けません」
「変な女についていかない?」
「最後だけ質問の種類が違いませんかなぁ」
「答えて」
「努力しますぞ」
「努力?」
「はい!」
「豚」
「はい!」
女将さんがため息をついた。
「夕飯までには戻りな」
「承知しましたぞ」
「怪我したら隠すんじゃないよ」
「はい」
娘さんも続く。
「風呂」
「入ります」
「飯」
「食べます」
「危ない仕事」
「しません」
「よし」
「やはり管理されておりますなぁ」
「違う」
「違うよ」
「はい!」
*
朝の冒険者ギルドは、それなりに混んでいた。
依頼板の前には冒険者。
受付には列。
その向こう。
いつもの受付のお姉さん。
「おはようございます」
「おはようございますぞ」
「本日は依頼の受注でしょうか?」
「昨日の盾を見に来ましたぞ」
「承知しております」
にこり。
丁寧。
知的。
隙がない。
「こちらへどうぞ」
「はい」
おじさんは素直についていく。
奥。
扉。
受付のお姉さんが先に入り、おじさんも続いた。
ぱたん。
かちり。
鍵。
「遅い、豚」
「今日も切り替えが見事ですなぁ!」
「黙れ」
「はい!」
「そこ座れ」
「はい」
椅子へ座る。
受付のお姉さんはおじさんを上から下まで確認した。
「風呂」
「二回」
「飯」
「完食」
「怪我」
「ありません」
「痛むところ」
「ありませんぞ」
「……」
「どうしました?」
「誰に二回入れと言われた」
「あ」
「豚」
「はい」
「誰だ」
「宿の娘さんですなぁ」
「……」
受付のお姉さんの眉が。
少し。
動いた。
「昨夜、何があった」
「盾を見に来たはずでは?」
「全部話せ」
「いやぁ」
「豚」
「はい!」
*
昨日の宿。
娘さん。
股間を潰されかけた。
そこから話をして。
娘さん本人の意思を確認して。
種付けプレス。
その後。
女将さんが来て。
女将さん本人の意思も確認して。
また種付けプレス。
「以上ですぞ」
「……」
「……」
「受付のお姉さん?」
「この節操なし」
「返す言葉もありませんなぁ」
「宿へ帰るたび女を増やすな、この汚い豚」
「増やしているつもりは」
「黙れ」
「はい」
受付のお姉さんは、おじさんの首を見る。
「それで」
「はい」
「宿の娘」
「はい」
「女将」
「はい」
「あのギャル」
「はい」
「私」
「はい」
「……」
「……」
「本当に節操がないな、お前」
「並べられるとなかなかですなぁ」
「嬉しそうにするな」
「はい!」
*
「盾は今朝産んだ」
「おお」
「三枚」
「三つ子ですかな!」
「声を抑えろ、豚」
「申し訳ない」
「来い」
受付のお姉さんが立つ。
「倉庫へ行く」
「はい」
「勝手に物へ触るな」
「はい」
「特に、被せられそうな物、穴のある物、横に寝かせられそうな物へ近づくな」
「おじさんを歩く災害のように」
「歩く災害だろ」
「否定できませんなぁ!」
*
倉庫。
昨日。
おじさんが孕ませた壊れた練習盾。
もう壊れた盾とは呼べなかった。
ひびは消えている。
欠けもない。
木目には艶。
金具もきれいになっている。
「オホォォォ……」
「おや」
「お前が来る前は静かだった」
「懐かれておりますかな」
「喜ぶな」
その親盾の前。
布の上に。
三枚。
小さな盾。
「おお」
一枚目。
丸型。
二枚目。
少し縦長。
三枚目。
中央が厚い。
「全部違いますなぁ」
「今朝、順番に産まれた」
受付のお姉さんが一枚持ち上げ、おじさんへ渡す。
「軽い」
「だが、硬い」
練習用の木剣を取る。
ばしん。
「おお」
小盾。
ほとんど動かない。
「通常の同じ大きさの盾より、かなり耐久力が高い」
「素晴らしいですなぁ」
「性能はな」
「性能は」
二人。
小盾を見る。
「オホッ……」
「やはり鳴きますか」
「鳴く」
二枚目。
「オホォ……」
三枚目。
「オホッ」
親盾。
「オホォォォォッ!」
「……」
「……」
「賑やかですなぁ」
「全部お前のせいだ、豚」
*
問題は。
おじさんが近くにいると。
四枚とも。
じわじわ寄ってくることだった。
ずる。
「オホッ」
ずる。
「オホォ」
ずるずる。
「おやおや」
「笑うな」
「子供に懐かれているようで」
「盾だ」
「父親ということで」
「物品相手に父親を名乗るな、変態」
「おじさんが言い出したわけでは!」
「全部お前が孕ませた結果だろ」
「親盾だけですぞ!」
「屁理屈」
「はい!」
*
「親盾も子盾も、ギルドで管理する」
「助かりますなぁ」
「お前は持って帰るな」
「もちろん」
「宿へ持って帰って、あの母娘まで巻き込んだら面倒が増える」
「巻き込むとは?」
「想像させるな」
「はい」
「雄化した装備にも近づけない」
「重要ですなぁ」
「お前自身にも、必要以上に近づけない」
「おじさんまで隔離対象?」
「当然」
「悲しいですなぁ」
*
受付のお姉さんは記録用紙を取り出した。
何枚か確認して。
おじさんを見る。
「豚」
「はい」
「四つん這い」
「はい?」
「聞こえなかった?」
「聞こえましたが、なぜ?」
「座れと言ったら座っただろ」
「はい」
「今度は四つん這い」
「理由は?」
「私がそうしたい」
「おお」
「何ニヤついてる」
「はい!」
*
床。
両手。
両膝。
おじさん。
四つん這い。
「これでよろしいですかな」
「背中を伸ばせ」
「はい」
「動くな」
「はい」
受付のお姉さんの手がおじさんの背へ。
ぐっ。
姿勢を確認する。
「……意外と安定してるな」
「褒められております?」
「豚にしては」
「はい」
そのまま。
どすん。
「おおっ」
背中。
重み。
受付のお姉さんが。
おじさんの背へ座った。
「受付のお姉さん?」
「何」
「これは」
「椅子」
「おじさんが?」
「違う」
「では?」
「豚」
「分類が人間ですらない!」
「黙れ」
「はい!」
*
受付のお姉さん。
おじさんの背中。
完全に椅子扱い。
片脚を組み。
観察記録を読む。
「親盾。出産後の損傷なし」
「はい」
「耐久性上昇」
「はい」
「子盾三枚。形状差あり」
「はい」
「豚」
「はい」
「尻が下がってる」
「受付のお姉さんが乗っておりますので」
「言い訳」
ぱんっ!
「オホッ!?」
倉庫に。
すごくいい音が響いた。
「……」
「……」
受付のお姉さん。
紙から目を上げる。
「今の声、何」
「おじさんにも分かりませんぞ」
「オホ声だったな」
「聞かなかったことに」
「却下」
*
また。
紙。
「親盾の自律移動」
「はい」
「対象は主としてお前」
「はい」
「小盾も同傾向」
「はい」
「姿勢」
「え?」
ぱんっ!
「オホッ!」
また。
いい音。
「……」
「受付のお姉さん?」
「何」
「今のは姿勢悪かったですかな」
「悪かった」
「なるほど」
「あと」
ぱんっ!
「オホォッ!」
「今のは!?」
「何となく」
「完全に趣味!」
「黙れ、豚」
ぱんっ!
「オッホォォォッ!」
*
受付のお姉さん。
少し。
口元が上がっている。
「楽しんでおりますな?」
「何を」
「おじさんの尻を」
ぱんっ!
「オホッ!」
「余計なことを言うな」
「はい!」
「しかし」
「何」
「いい音がしますなぁ」
「そこは認める」
「認めるんです!?」
「豚にしては優秀な尻」
「どう受け止めれば」
「黙って支えろ」
「はい!」
*
その後も。
少し姿勢が崩れる。
ぱんっ!
「オホッ!」
膝がずれる。
ぱんっ!
「オホォッ!」
おじさんが余計なことを言う。
ぱんっ!
「オッホォォォッ!」
「受付のお姉さん!」
「何」
「最後は姿勢と関係ありませんぞ!」
「口が悪かった」
「おじさんが!?」
「うるさい」
ぱんっ!
「オホッ!」
*
そのたび。
倉庫。
盾。
「オホォォォ……」
「オホッ」
「オホォ……」
そして。
「オホッ!」
おじさん。
「……」
「……」
受付のお姉さんがため息をついた。
「オホ声だらけだな」
「おじさんまで数に入れないでいただきたい」
「お前が一番うるさい」
「そんな!」
ぱんっ!
「オッホォォォォッ!」
「ほら」
「受付のお姉さんが出させておりますぞ!」
「知ってる」
「知ってて!?」
*
しばらくすると。
受付のお姉さんも。
普通にこの姿勢へ慣れてしまった。
おじさんの背中。
受付のお姉さん。
紙。
盾。
「豚」
「はい」
「宿の娘」
「はい」
「女将」
「はい」
「あのギャル」
「はい」
「私」
「はい」
「……」
「……」
ぱん。
「オホッ」
「節操なし」
「今の軽かったですな」
「次は強くする」
「申し訳ありません!」
「あと」
「はい」
「最近、前より雌を引きつける感じが強くなってるだろ」
「分かります?」
「分かるから腹が立つ」
「おじさんの魅力」
ぱんっ!
「オホッ!」
「魅力と言うな」
「では雌引き付け度」
「それも気持ち悪い」
「能力名に逃げ道がありませんなぁ」
*
「昨日より」
受付のお姉さんの声が。
少しだけ低くなった。
「気になる」
「おや」
「その顔やめろ」
「はい」
「ハゲ」
「はい」
「デブ」
「はい」
「チビ」
「はい」
「腹出てる」
「はい」
「脂っこい」
「風呂二回」
「知ってる」
「顔も悪い」
「はい」
「なのに」
一拍。
「……気になる」
「ドゥフフ」
ぱんっ!
「オホッ!」
「笑うな、豚」
「はい!」
*
倉庫の外。
足音。
受付のお姉さん。
ぴたり。
「豚」
「はい」
「立て」
「はい」
おじさん。
立つ。
受付のお姉さん。
服を整える。
髪。
確認。
扉。
開く。
「お待たせいたしました」
別の職員。
「こちらが例の盾ですか?」
「はい。今朝、新たに三点の派生個体を確認しております」
声。
顔。
姿勢。
完全に。
いつもの受付のお姉さん。
「親個体および三点の派生個体については、当面、ギルド内で隔離管理します」
「分かりました」
「接触試験についても、通常装備とは分離した環境で実施します」
「ありがとうございます」
「なお」
受付のお姉さん。
おじさん。
ちら。
「こちらの方にも、定期的な経過観察へご協力いただく予定です」
「もちろんですぞ」
「ありがとうございます」
にこ。
完璧。
*
職員。
去る。
扉。
ぱたん。
かちり。
「何嬉しそうな顔してる、豚」
「落差!」
「座れ」
「椅子へ?」
「違う」
「では」
受付のお姉さん。
床を指す。
「四つん這い」
「またですかな!?」
「さっさとしろ」
「はい!」
*
再び。
おじさん。
四つん這い。
受付のお姉さん。
背中。
「動くな」
「はい」
座る。
「あと」
「はい?」
「落としたら十回追加」
「何がです?」
ぱんっ!
「オホッ!」
「これ」
「尻叩きですかな!?」
「いい音するからな」
「理由が完全に趣味!」
「口答え」
ぱんっ!
「オホッ!」
「一回追加」
「自分で追加しておりますぞ!」
「二回」
「増えた!」
*
結局。
親盾。
小盾三枚。
より。
おじさん自身の経過観察の方が。
ずっと長かった。
昼前。
ようやく。
受付のお姉さんが、おじさんの背中から降りる。
「立て」
「はい」
尻。
少し。
じんじんする。
「痛む?」
「少し」
「加護で治る」
「はい」
「飯」
「食べます」
「午後」
「危険度の低い依頼だけ」
「はい」
「森の奥へ行くな」
「はい」
「夕方までに宿へ戻れ」
「はい」
「風呂」
「入ります」
「宿の女どもに言われる前に入れ」
「はい!」
「怪我したら」
「申告」
「よし」
「やはり管理」
ぱんっ!
「オホッ!」
「余計なこと言うな」
「はい!」
*
受付のお姉さんが扉を開ける。
その瞬間。
姿勢。
表情。
声。
全部。
元通り。
「では、本日の午前中の確認は以上となります」
「はい」
「午後の依頼については、受付で危険度の低いものをご案内いたします」
「承知しましたぞ」
「お疲れさまでした」
「お疲れさまですなぁ」
おじさん。
廊下。
一歩。
扉が閉じる直前。
受付のお姉さん。
小声。
「夕方までに帰れよ、クソ豚」
「はい!」
ぱたん。
倉庫の中。
「オホォォォォッ!」
「オホッ!」
「オホォッ!」
「オホッ!」
親盾と。
三枚の小盾。
一斉に鳴く。
おじさん。
廊下。
「いやぁ」
尻をさする。
「盾の観察へ来たはずなのですがなぁ」
今日一番。
念入りに観察されたのは。
どう考えても。
おじさんの方だった。




