第十七話 孕んだ鞘が子鞘を産んで、木剣を取り合い始めたんだけど
「オホォォォォ……」
「……うるさ」
朝っぱらから響いた低い声で、うちは目を覚ました。
教会の宿直室。
昨日そのまま使った毛布が床に転がっていて、その向こうには童貞神父。
反対側にはマジメメガネ。
二人とも生きてる。
「……よかった」
「何がですか」
「うわ、起きてた」
マジメメガネが顔を上げた。
まだ眼鏡を掛けてない。
髪も少し崩れてる。
普段の、法衣に皺ひとつ許しません、みたいな姿しか知らなかったから新鮮。
「何を確認していたのです」
「二人とも生きてんなーって」
「性神の加護があるのですから、大丈夫でしょう」
「まあ、そうなんだけど」
向こうでは童貞神父も起き上がっていた。
「おはようございます」
「おはよ」
「身体は大丈夫ですか?」
「超元気」
「……そうですか」
「あれ?」
「何です?」
「ちょっと悔しそうじゃない?」
「違います」
「昨日あんなに頑張ったのに、うちが普通に元気だから?」
「違います!」
図星っぽい。
面白。
*
「オホッ……」
「はいはい。お前も朝から元気ね」
壁際に立てかけてある木剣。
布を三重に巻いてあるのに、今日もしっかり鳴いている。
最近、こいつの扱いには慣れてきた。
性能はどんどん良くなる。
挙動はどんどん悪くなる。
たぶん今後もこの方向。
「オホォォォ……」
「……ん?」
もう一つ。
今の。
木剣じゃない。
うちは毛布から身体を起こして、木剣の隣を見る。
そこには革の鞘が置いてあった。
「……あれ?」
「どうしました?」
童貞神父がこっちを見る。
「この鞘」
「鞘?」
「昨日より太ってない?」
二人も覗き込んだ。
マジメメガネが眼鏡を掛けて、真面目な顔で観察する。
「確かに。中央付近が膨らんでいますね」
「だよね」
何でだっけ。
昨日。
森。
薬草。
豚。
「あ」
「何です?」
「こいつ、孕んでたわ」
「は?」
「え?」
二人が同時にこっちを見る。
「昨日、森でオッサンが」
「待ってください」
マジメメガネが手を上げた。
「まず、鞘が妊娠するというところから説明してください」
「そこから?」
「当然でしょう!」
*
説明した。
あのオッサンには、物を雌に変える妙な力がある。
しかも、ちゃんと種付けプレスの条件を満たすと、相手が物でも孕む。
そして。
「次の日に産む」
「……」
「……」
「以上」
宿直室が静かになった。
童貞神父が、恐る恐る鞘を見る。
「昨日の森で、その鞘を?」
「うん」
「例の男性が?」
「豚が」
「その呼び方で本人は怒らないのですか?」
「むしろ慣れてる」
マジメメガネは眉間を押さえている。
「確認します。彼は物品を女性化させ、妊娠させられる」
「そう」
「あなたは物品を男性化させる」
「そう」
「……」
「何」
「あなた方二人を近づけてはいけないのでは?」
「今さら?」
一回近づいたせいで、お互いどこにいるか何となく分かるようになってるし。
*
「オホォォォォッ!」
床の鞘が突然大きな声を上げた。
三人。
同時に見る。
「……今、動きましたよね?」
「動いたね」
「オホッ……!」
ぷるん。
確実に動いた。
童貞神父が青ざめる。
「まさか」
「産む?」
「ここで!?」
「うちに言われても!」
*
そこから急に忙しくなった。
「清潔な布を!」
マジメメガネ。
「何で!?」
「出産でしょう!」
「鞘だよ!?」
「鞘でも出産は出産です!」
童貞神父は桶まで持ってきた。
「何で桶?」
「私に聞かないでください! 何を用意すれば正解なんですか!?」
「知らん!」
「オホッ……!」
当の鞘だけが。
うちら三人より落ち着いてる気がする。
「オホォォォォッ!」
「頑張れー?」
「鞘への声掛けとして正しいのでしょうか」
「知らないって!」
*
鞘の口が。
ぱか。
「……」
「……」
「……」
ころん。
何か出た。
「え」
床の布の上。
小さい。
短い。
革張り。
「……鞘?」
短剣用くらいの、小さな鞘だった。
三人で見つめる。
「生まれた」
「生まれましたね」
「本当に生まれるんですね……」
「うちも初めて見た」
話には聞いてたけど。
実際見ると。
シュールすぎる。
*
「オホッ……!」
親鞘。
まだ終わってなかった。
「え、まだ?」
ころん。
二個目。
「また出ました!」
「オホォォォッ!」
ころん。
三個目。
「三つ!?」
童貞神父が思わず身を乗り出す。
「三つ子でしょうか」
「鞘の?」
「他に何と呼べばいいのです!」
「確かに」
その後。
親鞘が大きく震えた。
「オッホォォォォォッ!」
そして。
ぴたり。
静かになる。
「……終わった?」
マジメメガネが慎重に確認する。
「そのようですね」
床には。
小さな鞘が三つ。
黒っぽい革。
茶色い革。
少し艶のある革。
同じ親から出たのに、微妙に違う。
「……かわい」
「え?」
「何でもない」
*
近くで見ると。
三つとも出来がいい。
縫い目は揃っているし、金具もきれい。
昨日までの親鞘は結構くたびれてたのに、親の方も修理されたみたいに状態が良くなってる。
「元の鞘より品質が上がっていませんか?」
マジメメガネが親鞘を観察する。
「たぶん、あの豚に孕まされた影響」
「その言葉だけ聞くと、とても鞘の話には聞こえませんね」
「鞘の話だし」
うちは小鞘の一つを指先でつついた。
ぷる。
「あ」
「動きました」
「生きてるっぽい」
もう一度。
つん。
「オホッ」
「声まで!?」
小さい。
でも。
ちゃんと成人女性っぽい声。
隣も。
「オホッ」
もう一つ。
「オホォ……」
「増えた……」
*
その時。
「オホォォォォォッ!」
背後で。
木剣が暴れた。
「あ」
「今度は何です!?」
童貞神父が振り返る。
布を巻いた木剣が、壁に立てかけたままガタガタしている。
親鞘。
ぴく。
小鞘三つ。
ぴくぴく。
「……あー」
「何か分かったのですか?」
「木剣、男じゃん」
「はい」
「鞘、女じゃん」
「……」
マジメメガネが眼鏡の奥で目を細めた。
「近づけない方がよいのでは?」
「そう思う」
親鞘。
ずる。
「もう動いています!」
小鞘。
ずるずる。
「三つとも!」
木剣。
「オホォォォォォッ!」
「お前も喜ぶな!」
*
うちは木剣を掴んだ。
持ち上げる。
親鞘。
追ってくる。
「オホッ!」
「ちょっと待って」
木剣。
「オホォォォォ!」
親鞘。
「オホッ! オホッ!」
「……」
うちは。
木剣を見る。
親鞘を見る。
もう一回。
木剣。
「ねえ」
「嫌な予感がします」
マジメメガネ。
「何をするつもりですか?」
「いや」
親鞘って。
元々。
「木剣入れる物じゃん」
「それはそうですが」
童貞神父。
「今、それを試す必要がありますか?」
「ちゃんと使えるか確認しないと」
「絶対それだけではないでしょう!」
「大丈夫大丈夫」
「何がです!?」
*
親鞘を床に置く。
「オホッ……!」
もう。
露骨に。
木剣の方へ向いてる。
「はいはい」
うちは木剣の布を少しずらした。
「オホォォォォッ!」
「喜ぶなって!」
親鞘の口へ。
木剣の先を合わせる。
「……」
童貞神父。
凝視。
マジメメガネ。
凝視。
「何二人とも見てんの」
「あなたが始めたのでしょう!」
「そうだけど」
そのまま。
すっ。
木剣を。
親鞘へ挿す。
「オホッ!」
「オホォォォォッ!」
「うわ」
二つ。
同時に鳴いた。
「やっぱそうなるんだ」
「なぜ驚いているのですか!」
*
さらに。
すっ。
奥まで収める。
「オッホォォォォォッ!」
親鞘。
「オホォォォォォッ!」
木剣。
「うるさ!」
でも。
ちゃんと入る。
それどころか。
前より。
収まりがいい。
「……ぴったり」
うち。
ちょっと感心。
木剣って。
雄化してから形も少しずつ変わってる。
なのに。
親鞘の方も。
それに合わせるみたいに馴染んでる。
マジメメガネが近づく。
「固定性も上がっているようですね」
「だよね」
「抜け落ちる気配がありません」
「性能は上がってる」
童貞神父。
「では、普通の鞘として使えるのですか?」
「たぶん」
「それならよかったのでは」
「うん」
うち。
木剣を抜こうとする。
「……」
引く。
「……あれ」
「どうしました?」
もう一回。
ぐっ。
親鞘。
「オホッ!」
ぎゅ。
木剣。
「オホォォォォ!」
「離さない」
「は?」
「親鞘が木剣離さない!」
*
「ちょっ!」
うち。
引く。
「オホッ!」
親鞘。
耐える。
「オホォォォォ!」
木剣。
なんか嬉しそう。
「お前は協力しろ!」
ぐっ。
「オホッ!」
「離せ!」
ぐっ。
「オホォォォォッ!」
「お前も鳴くな!」
童貞神父が親鞘を押さえる。
「私がこちらを!」
「じゃうち木剣!」
「待ってください」
マジメメガネ。
「無理に引くと破損するのでは?」
三人。
止まる。
「……」
「……」
「……それは困る」
*
仕方なく。
一度。
そのまま床へ置く。
木剣。
親鞘。
完全に一体。
「オホォォォ……」
「オホッ……」
「落ち着いた」
童貞神父。
「満足したのでしょうか」
「何に」
「私に聞かないでください」
その横。
小鞘三つ。
「オホッ」
「オホォッ」
「オホッ!」
ずるずる。
近寄ってきた。
「あ」
「今度は子供たちが」
木剣。
「オホォォォォ!」
小鞘。
三つ。
「オホッ!」
「オホッ!」
「オホォッ!」
「お前一本しかないから!」
*
親鞘。
木剣を入れたまま。
小鞘を威嚇するみたいに。
ぐい。
向きを変える。
「オホッ!」
小鞘。
「オホッ!」
「オホォッ!」
「親子喧嘩?」
童貞神父。
「鞘が木剣を取り合っています」
マジメメガネ。
「朝から何を見せられているのでしょう」
「うちも知らん」
*
親鞘に収まった木剣を。
一旦。
部屋の端へ。
小鞘三つ。
箱。
「オホッ!」
「オホッ!」
「オホォッ!」
蓋。
ぱたん。
「よし」
「よくありません」
「何で?」
マジメメガネが親鞘を見る。
「まず、その木剣を抜くべきです」
「抜けないんだって」
「時間を置けば離れるでしょうか」
「分かんない」
童貞神父。
「このまま腰へ下げることは?」
「……」
うち。
親鞘入り木剣。
持つ。
普通に。
鞘付きの木剣。
見た目だけなら。
かなりまとも。
「いけるかも」
「本当ですか?」
「前より持ちやすい」
鞘の革も金具も。
かなり良くなってる。
木剣も。
親鞘も。
実用品としては。
普通に優秀。
「……」
三人。
見つめる。
「オホッ……」
「オホォォォ……」
「性能は最高」
うち。
ため息。
「挙動は最低」
「完全に同意します」
*
「で、これどうすんの?」
箱。
小鞘三つ。
腰。
親鞘と木剣。
親鞘は、どうやら木剣を入れてる間はめちゃくちゃ大人しい。
木剣も。
「オホォ……」
いつもより。
少し静か。
「もしかして」
童貞神父。
「一緒にしておいた方が静かなのでは?」
「あり得る」
マジメメガネ。
「しかし、以前のお話では、雄化した物品と雌化した物品は互いに強く引き合うのでしょう」
「うん」
「放置するのは危険では?」
「……」
うち。
腰。
見る。
「じゃ、見張ってれば?」
「誰がです?」
二人。
うちを見る。
「うち?」
「所有者でしょう」
「正論やめて」
*
「小鞘はどうします?」
「手放す」
「即答ですね」
「木剣以外は増やさないって決めてるし」
「親鞘は?」
「……」
腰。
「オホッ……」
木剣。
「オホォ……」
「……こいつは」
ちょっと迷う。
木剣を収める鞘。
本来。
必要。
しかも。
性能が上がって。
今の木剣にぴったり。
「残すかも」
童貞神父。
「例外が増えましたね」
「うるさい」
*
問題は。
小鞘三つ。
普通に売るのは怖い。
教会へ置いても。
雄化した何かを見つけて勝手に動きそう。
「ギルドかな」
「冒険者ギルドですか?」
「うん。こういう変なの、受付の人に見せた方が早そう」
「変なのという分類で持ち込んでよいのでしょうか」
「豚もいるし」
童貞神父。
一瞬。
微妙な顔。
「何」
「何でもありません」
「豚って言った瞬間、顔変わったじゃん」
「変わってません」
「へえ」
「何ですか」
「別にー」
*
「私も行きます」
マジメメガネが小鞘の箱を持ち上げた。
「何で?」
「教会内で発生した異常物品です。経緯を把握している者が同行すべきでしょう」
「マジメ」
「普通です」
童貞神父も立つ。
「私も」
「二人とも来んの?」
「一人では危ないでしょう」
「何が?」
二人。
ちょっと黙る。
「いろいろです」
「何それ」
*
出発。
今日は。
背中に木剣。
じゃなくて。
腰に。
親鞘。
その中。
木剣。
「オホッ……」
「オホォ……」
「……静か」
童貞神父。
「朝よりかなり静かですね」
マジメメガネ。
「抜かなければ実用品として優秀なのでは?」
「木剣なのに抜けないの意味ないじゃん」
「確かに」
うちは柄を持って。
少し引く。
「オホッ!」
親鞘。
ぎゅ。
「オホォォォ!」
木剣。
「はい無理」
「抜く時だけ大問題ですね」
*
マジメメガネ。
箱。
中。
小鞘三つ。
「オホッ……」
「オホォ……」
「オホッ……」
うち。
親鞘付き木剣。
左右。
童貞神父。
マジメメガネ。
「何このパーティー」
「私が聞きたいです」
「同感です」
道行く人。
見る。
箱。
「オホッ……」
腰。
「オホォ……」
童貞神父が顔を赤くする。
「見られています!」
「気にしない気にしない」
「教会関係者が二人もいるのですよ!」
マジメメガネも眼鏡を押し上げる。
「しかも箱から成人女性の声がしています!」
「でも腰からも聞こえるし」
「増やさないでください!」
*
うちは笑った。
昨日までは。
木剣一本だった。
今は。
木剣。
そいつを離さなくなった親鞘。
親鞘が産んだ小鞘三つ。
童貞神父。
マジメメガネ。
普通に考えたら。
意味分かんない。
でも。
「まあ、何とかなるっしょ」
二人。
同時。
「なりません!」
箱。
「オホッ!」
腰。
「オホォォォォッ!」
「お前らまで返事すんな!」




