第十五話 木剣と聖書を鳴かせながら、童貞神父とマジメメガネを交代させたんだけど
「ただいまー」
扉を開ける。
礼拝堂。
長椅子。
祭壇。
「オホォォォ……」
「お前、今日も元気だな」
雄化した男神像が、低い成人男性の声を響かせた。
「オホッ……オホォォォ……」
「二回鳴くな」
最初は大騒ぎだったのに。
最近では、この程度なら誰も飛んでこない。
慣れって怖い。
「おかえりなさい」
「あ」
声の方を見る。
童貞神父。
二十代前半。
黒髪。
細身。
真面目。
清潔。
もう童貞じゃない。
でも、うちの中では完全に童貞神父で定着している。
そして。
今日は、その隣にもう一人いた。
「お戻りでしたか」
眼鏡。
細身。
髪はきっちり。
法衣にも皺ひとつない。
こっちも二十代の成人。
見るからに真面目。
というか。
真面目そのもの。
「マジメメガネもいるじゃん」
「その呼び方はやめてください」
「じゃ名前なんだっけ」
「昨日から何度も名乗っています」
「マジ?」
「マジです」
童貞神父が吹き出した。
「笑わないでください」
「すみません」
「オホォォォ……」
「神像まで笑うな!」
*
「で」
うちは童貞神父を見る。
「朝の約束」
「……」
一瞬で耳まで赤くなった。
「覚えてる?」
「もちろんです」
「今度こそ、うちを満足させるって」
「はい」
今日は目を逸らさない。
「へえ」
「何ですか」
「ちょっと男らしくなったじゃん」
「からかわないでください」
「じゃ、今日?」
「……はい」
即答。
お。
本気らしい。
その横で。
マジメメガネが眼鏡を押し上げた。
「待ってください」
「何?」
「今から、何をするつもりです」
「分かって聞いてるっしょ」
「分かっているから言っているのです!」
「じゃ帰れば?」
「……」
「帰んないの?」
「私は」
詰まった。
顔も。
ちょっと赤い。
「あー」
「何です」
「興味あるんじゃん」
「ありません!」
「じゃ帰る?」
「……」
「ほら」
「それとこれとは別です!」
童貞神父が横を見る。
「あなたも、その……残るのですか」
「あなた一人を残して帰る理由もないでしょう」
「それ、理由になってませんよ」
「うちもそう思う」
「あなたは黙っていてください!」
「オホッ……!」
「何で神像まで返事してるんです!」
*
結局。
宿直室。
三人。
扉を閉める。
かちり。
「一応確認ね」
二人を見る。
「嫌なら、ここでやめていいから」
「私は大丈夫です」
童貞神父。
次。
マジメメガネ。
「……私も」
「自分で決めた?」
「はい」
「じゃ決まり」
「軽いですね……」
「三人とも大人なんだし、そこちゃんとしてればよくない?」
マジメメガネが黙った。
「……あなたは時々、妙にまともなことを言いますね」
「時々って何」
*
最初は。
二人とも。
めちゃくちゃ固かった。
「何でそんな緊張してんの」
「三人は初めてなので」
「私もです」
「うちも三人は初めてだし」
「え」
二人ともこっちを見る。
「何その顔」
「いえ」
「何でもありません」
「失礼じゃない?」
「すみません」
「すみません」
同時。
「ほんと息合うね」
「合ってません」
「合っていません」
「そこまで揃う?」
*
うちは二人の真ん中へ入った。
まず。
童貞神父。
ちゅ。
「……!」
次。
マジメメガネ。
ちゅっ。
「……」
二人とも固まる。
「キスくらいで何その顔」
「あなたが急すぎるんです」
「マジメメガネ、顔赤いよ」
「近いからです!」
「じゃもっと近くする?」
「そういう意味では!」
笑って。
もう一度。
ちゅ。
くちゅ。
「オホッ……!」
二人が止まる。
「止まんな!」
「すみません!」
ちゅ。
「オホッ……!」
くちゅっ。
「オッホォォォォッ!」
「やっぱり声が!」
「だから止まんなって!」
「オホッ! オホッ……オッホォォォォッ!」
自分でも思う。
今日は。
いつもより。
出る。
*
しばらくすると。
二人とも少し慣れてきた。
最初は童貞神父が正面。
マジメメガネが背後。
二つの体温。
二人分の息遣い。
ちゅ。
「オホッ……!」
頬。
首。
また唇。
くちゅ。
「オホォッ……!」
背後から抱き寄せられる。
「オッホォォォォッ!」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫……オホッ!」
「本当に?」
「オッホォォォォッ! 大丈夫だから!」
「分かりました」
「オホッ……!」
マジメメガネ。
こういう時まで真面目。
*
「交代」
「え?」
「何です?」
「前後」
二人が顔を見合わせた。
「早く」
「……はい」
「分かりました」
今度は。
マジメメガネが正面。
童貞神父が背後。
「どう?」
「何がです」
「さっきより緊張してる」
「あなたがじっと見るからです」
「眼鏡曇ってんじゃん」
「見ないでください!」
「じゃ、そのまま」
ちゅっ。
「……!」
「オホッ……!」
また。
くちゅ。
「オホッ……オホッ……!」
マジメメガネの眼鏡がずれる。
「オッホォォォォッ!」
背後では。
童貞神父まで余裕がなくなってきてる。
「そっちも……オホッ……大丈夫?」
「大丈夫です!」
「オッホォォォォッ!」
「あなたの方が大丈夫じゃないでしょう!」
「オホッ! オッホォォォォッ!」
*
それから。
何度も入れ替わった。
「次、童貞神父前」
「またですか?」
「マジメメガネ後ろ」
「忙しいですね……」
「嫌?」
「嫌とは言っていません」
「なら続き」
ちゅ。
「オホッ……!」
くちゅ。
「オホォッ……!」
次。
「交代!」
「もうですか!?」
「早く」
また前後が変わる。
正面に来た方を引き寄せる。
頬。
唇。
首元。
ちゅ。
「オホッ!」
くちゅ。
「オッホォォォォッ!」
背後からは別の体温。
前からも。
後ろからも。
息が近い。
「オホッ……オホッ……!」
声が。
止まらない。
「オッホォォォォッ!」
*
途中から。
二人とも遠慮がなくなった。
童貞神父が前なら。
マジメメガネが後ろ。
マジメメガネが前なら。
童貞神父が後ろ。
それを何度も交代。
「オホッ!」
正面。
ちゅっ。
「オホォォォッ!」
背後から抱かれる。
「オッホォォォォッ!」
「交代!」
「はい!」
「分かりました!」
「オホッ……!」
また。
ちゅ。
くちゅ。
「オホッ!」
「オッホォォォォッ!」
「何か二人とも慣れてきてない?」
「あなたが何度も言うからです!」
「オホッ……!」
「指示が具体的すぎます!」
「オッホォォォォッ!」
「返事しながらオホ声を出さないでください!」
*
「来る……!」
二人がこっちを見る。
「来る……来る来る来る……!」
「オホッ……!」
「あっ、ダメ!」
「オッホォォォォォッ!」
一度。
でも。
止まらない。
「オホッ……!」
また。
「オホッ! オホッ……!」
「まだですか!?」
「来る来る来る……!」
「オッホォォォォォッ!」
声が。
宿直室いっぱいに響く。
二人も。
ほとんど同時に限界を迎えたらしい。
静かになる。
一瞬だけ。
「……」
「……」
「オホッ……」
二人がこっちを見る。
「今のは?」
「まだ残ってる」
「まだ?」
「まだまだなんだけど」
二人。
固まった。
「本当に?」
「オホッ……」
「返事がもうオホ声じゃないですか!」
「だってまだ来てるし!」
「オッホォォォォッ!」
*
机の上から。
「オホッ……!」
聖書。
「お前も!」
壁際。
「オホォォォ……!」
布を巻いた木剣。
「お前まで!」
「オホッ!」
「オホォォォ!」
「うるさ!」
マジメメガネが眼鏡を直す。
「あなたを含めて四方からオホ声しか聞こえません」
「うちを数に入れんな!」
「一番大きいでしょう!」
「オホッ……!」
「ほら!」
*
「回復した?」
「……はい」
童貞神父。
「私も」
マジメメガネ。
「じゃ二巡目」
「本当に続けるんですか」
「何のために回復したん」
「性神の加護を全部それに使わないでください!」
「性神なんだからよくない?」
「反論しにくい!」
「オホッ!」
「まだ始まってません!」
*
二巡目。
今度は。
最初から二人とも近かった。
「オホッ……!」
童貞神父。
正面。
「オホォッ……!」
マジメメガネ。
背後。
「オッホォォォォッ!」
「交代!」
「はい!」
すぐ変わる。
マジメメガネが前。
ちゅ。
「オホッ!」
くちゅ。
「オホォォォッ!」
背後の童貞神父。
「オッホォォォォッ!」
「次!」
「また!?」
「まだまだ!」
「オホッ……!」
前。
後ろ。
入れ替わる。
正面にいる方とはキス。
背後に回った方へ身体を預ける。
また交代。
「オホッ!」
「オホッ……!」
「オッホォォォォォッ!」
*
三巡目。
「まだ?」
「オホッ……まだ」
童貞神父が天井を見た。
四巡目。
「本当にまだですか」
「まだ……オホッ!」
「性神……」
「神様に文句……オッホォォォォッ!」
「あなたにも原因がある気がします!」
「失礼……オホッ!」
*
そのうち。
二人が順番を気にし始めた。
「次は私が前へ」
マジメメガネ。
「さっきもあなたでした」
童貞神父。
「その前はあなたでしょう」
「ちょっと」
二人とも止まる。
「うち抜きで順番決めんな」
「……すみません」
「すみません」
「しかも普通に張り合ってんじゃん」
「張り合ってません」
「競争ではありません」
「じゃその顔何」
「……」
「……」
「二人とも分かりやす」
「オホッ……!」
「今度は何もしてませんよ!?」
「身体が勝手に!」
*
そして。
何巡目か。
もう前後を入れ替えるのも面倒になってきた。
「次、どっち前?」
聞いた。
なのに。
二人とも。
動かない。
「何」
童貞神父がマジメメガネを見る。
マジメメガネも童貞神父を見る。
「……譲りません」
童貞神父。
「私もです」
マジメメガネ。
「は?」
さっきまで。
前。
後ろ。
交代。
また交代。
だったのに。
二人とも。
もう譲る気ないらしい。
「何で最後だけ急に男出してくんの」
「最後とは決まっていません」
マジメメガネ。
「お」
「あなたがまだ足りないのでしょう」
「言うようになったじゃん」
童貞神父まで。
「私も、今度こそ譲りません」
「朝よりだいぶ成長したね」
「からかわないでください」
二人とも。
こっちを見る。
妙に真剣。
「二人とも?」
「はい」
「はい」
「また揃った」
笑う。
「じゃ」
二人の肩へ手を掛けた。
「最後は二人とも来れば?」
「……」
「……」
「嫌ならなし」
童貞神父が首を振る。
「嫌ではありません」
マジメメガネも。
「私もです」
「じゃ決まり」
*
二つの体温が。
同時に近づく。
「オホッ……!」
左右。
どっちも近い。
「オホッ……オホッ……!」
息。
体温。
手。
全部。
一度に来る。
「オッホォォォォォッ!」
今までより。
さらに声が大きい。
二人とも。
もう譲らない。
「オホッ……!」
童貞神父を見る。
次。
マジメメガネを見る。
「二人とも……オホッ……張り合ってんじゃん!」
「違います!」
「競争ではありません!」
「オッホォォォォッ!」
「説得力ないし!」
ちゅ。
童貞神父。
「オホッ!」
ちゅっ。
マジメメガネ。
「オホッ……!」
くちゅ。
「オッホォォォォッ!」
どちらか一人へ寄れば。
もう一人がすぐ近づいてくる。
「オホッ……!」
「何それ!」
「別に」
「何でもありません」
「オッホォォォォォッ!」
「絶対競ってんじゃん!」
*
「来る……!」
二人とも。
こっちを見る。
「来る来る来る……!」
「オホッ!」
「あっ、ダメ!」
「オッホォォォォォッ!」
一回。
「オホッ……!」
二回。
「オホッ! オホッ……!」
三回。
「オッホォォォォォッ!」
声が。
止まらない。
二人も。
ほとんど同時に限界。
「……」
「……」
童貞神父。
息が上がってる。
マジメメガネ。
眼鏡が完全にずれてる。
でも。
うちは。
「オホッ……!」
「まだ?」
「まだ……!」
「まだですか!?」
「まだまだ……オホッ!」
二人を見る。
「二人とも、もう回復始まってるじゃん」
「まさか」
「はい、もう一回」
「もう!?」
「オホッ……!」
「返事より先に始めないでください!」
*
結局。
最後が最後じゃなくなった。
「オホッ!」
「オホォッ!」
「オッホォォォォッ!」
二人同時。
また。
「オホッ……!」
少し休む。
また。
「オッホォォォォォッ!」
「まだ?」
「まだ」
「オホッ……!」
「今のは何回目ですか?」
「知らん!」
「オッホォォォォッ!」
*
もう一回。
ちゅ。
「オホッ!」
くちゅ。
「オホォォォッ!」
また。
「オッホォォォォォッ!」
二人とも。
完全に意地になってる。
「絶対張り合ってるじゃん!」
「違います!」
「私はただ!」
「ただ何?」
「……満足させたいだけです!」
童貞神父。
「私も同じです」
マジメメガネ。
「オホッ……!」
「何でそこだけ仲良いん!」
*
どれくらい続いたのか。
途中から分かんなくなった。
「オホッ……」
少し休む。
「オホッ!」
また。
「オッホォォォォッ!」
また休む。
「オホォ……」
木剣。
「オホッ……」
聖書。
「オホッ!」
うち。
「もう誰の声か分からないですね……」
「マジメメガネ、冷静に分析すんな!」
「オッホォォォォッ!」
*
最初は前後を交代して。
途中から二人とも慣れて。
最後には。
どっちも譲らなくなった。
その結果。
三人とも。
床。
「……」
童貞神父。
壁にもたれてる。
「……」
マジメメガネ。
眼鏡を外して顔を覆ってる。
「オホッ……」
「……」
二人とも。
うちを見る。
「何」
「まだ出るんですか」
「余韻」
「余韻までオホ声なんですか……」
「うちに聞くな」
*
「どう?」
二人を見る。
「何がですか」
「今日」
童貞神父が。
恐る恐る聞いた。
「満足しました?」
「した」
「本当に?」
「うん」
顔。
ぱっと明るくなる。
横から。
マジメメガネ。
「私もいたからでしょう」
「……」
童貞神父が横を見る。
「……」
マジメメガネも見る。
「何」
「別に」
「何でもありません」
「また始まった?」
「始まってません!」
「オホッ……!」
「あなたまで混ざらないでください!」
*
机の上。
「オホッ……!」
聖書。
壁際。
「オホォォォ……!」
木剣。
遠く礼拝堂から。
「オホォォォォ……!」
男神像。
「……」
「……」
「……」
三人で黙る。
「ねえ」
「何です?」
「何ですか」
「教会、オホ声多すぎじゃない?」
「原因はあなたです!」
「ほぼあなたです!」
「うちだけじゃないし!」
「オホッ!」
「聖書はあなたです!」
「オホォォォ!」
「木剣もあなたです!」
「オホォォォォッ!」
「神像もあなたです!」
「……」
「……」
「……」
「まあ」
うちは笑った。
「賑やかでよくない?」
二人。
同時に。
「よくありません!」
「オッホォォォォォッ!」




