第十四話 壊れた練習盾を孕ませて、受付嬢に虫刺されを管理されましたぞ
「では、お嬢さんはこれで結構です」
「はーい」
森から戻り、採取依頼の報酬を受け取ったお嬢さんが手を振る。
「じゃ、おっさん」
「はい?」
「頑張って」
「お嬢さんのせいでは!?」
「知らなーい」
ひらひら。
実に無責任である。
お嬢さんがギルドの扉から出ていく。
「では、おじさんも――」
「どこへ行く」
「……」
声が変わった。
振り返る。
受付のお姉さん。
まだ周囲には冒険者も職員もいる。
笑顔もいつも通り。
「奥へどうぞ」
「はい」
声も丁寧。
おじさんは素直に従った。
*
ギルド奥の個室。
おじさんが入る。
受付のお姉さんも入る。
ぱたん。
扉が閉まった。
かちり。
鍵が掛かった。
「座れ、豚」
「切り替えが早いですなぁ!」
「黙れ。座れと言った」
「はい!」
椅子へ座る。
「首を出せ、クソ豚」
「治療ですかな?」
「口を開くな。言われたことだけしろ」
「はい」
襟元を緩める。
受付のお姉さんの顔が近づいた。
「一つ」
「……」
「二つ」
「……」
「三つ」
首筋に残った赤い跡を指先でなぞられる。
「随分と派手に食われてきたな、この節操なし」
「いやぁ」
「しゃべるな」
「はい」
「森へ薬草を取りに行かせただけで、何で豚の首がこうなる」
「……」
「答えろ」
「どちらです!?」
「今は答えろと言ったんだ、豚」
「難しいですなぁ!」
受付のお姉さんが首筋の一つを押した。
「痛くありませんぞ」
「知ってる」
「では治療の必要は」
「ある」
「なぜ?」
「黙れ」
「はい」
受付のお姉さんは、おじさんの首をもう一度眺めた。
「森であの小娘と何をした」
「採取を」
「それ以外だ」
「白い花を」
「誤魔化すな、脂ぎったハゲ」
「はい!」
「何をした」
「いやぁ……」
「豚」
「仲良くしましたぞ!」
「最初からそう言え、ゴミ」
「怖いですなぁ」
「楽しんできた顔をするな。腹が立つ」
「顔は生まれつきですぞ」
「それはただのブサイクだ」
「女将さんにも同じことを言われましたなぁ」
「……女将?」
「あ」
受付のお姉さんの目が細くなる。
「豚」
「はい」
「今、何と言った」
「女将さんにも」
「そこじゃない。その女将と何をした」
「いやぁ」
「全部吐け」
*
話した。
宿のベッドを雌化したこと。
孕ませたこと。
女将に発見されたこと。
弁済として関係を持ったこと。
風呂場まで一緒に入ったこと。
「それで?」
「それで、と申しますと」
「風呂で何をした」
「身体を洗われまして」
「その後だ」
「いやぁ」
「そのニヤけた顔を潰すぞ、豚」
「仲良くしました!」
「何回だ」
「そこまで報告が必要ですかな?」
「管理対象の行動記録だ。答えろ」
「数えておりませんなぁ」
「……」
「受付のお姉さん?」
「一日の間に女将と盛って、森ではあの小娘と盛って、その前には私のところにも来た」
「はい」
「それでこの脂ぎった顔か」
「絶好調ですぞ」
「死ね」
「死んだら困るのでは!?」
「だから管理しているんだろうが、この馬鹿豚」
理不尽である。
しかし。
受付のお姉さんは、本気で怒っているようには見えない。
いつもの。
二人きりの時だけ見せる顔。
鋭い目。
容赦のない言葉。
そして何故か、おじさんを帰す気はまったくない。
「ところで、豚」
「はい」
「祝福の検証をする」
「急に話が変わりましたなぁ」
「黙れ」
「はい」
「ついてこい」
*
今度はギルドの倉庫だった。
壊れた椅子。
割れた籠。
刃こぼれした訓練剣。
折れた槍。
古びた木箱。
廃棄予定の品がまとめて置かれている。
「見るだけだぞ」
「はい?」
「お前の目がもう物色している」
「いやぁ、使えそうな物が多いですなぁ」
「勝手に雌にしたら、その残り少ない髪を一本ずつ抜く」
「恐ろしい!」
「これだけ使え」
受付のお姉さんが一枚の盾を蹴るように前へ出した。
木製の練習盾。
表面中央から大きく亀裂が走っている。
縁も欠けていた。
「壊れてますなぁ」
「だから廃棄品だ、豚」
「これを?」
「今からお前に譲渡する。壊そうが孕ませようが好きにしろ」
「孕ませる前提!」
「ただし、それ以外には触るな」
「はい」
「床もだ」
「はい」
「棚も」
「はい」
「壁も」
「はい」
「私にも勝手に触るな」
「それは残念」
「死ね」
「はい!」
*
盾を受け取る。
思ったより軽い。
ただ。
この亀裂では実戦には使えない。
「では」
「さっさとやれ、種付けしか能のない豚」
「まだ触るだけですぞ」
「口答えするな」
「はい」
盾の表面へ手を置く。
びくん。
「オホッ……!」
「おお」
女の声。
受付のお姉さんの眉が上がった。
「始まったな」
「雌化ですなぁ」
亀裂が塞がっていく。
欠けていた縁が整う。
傷だらけだった木肌に艶が戻った。
それだけではない。
盾の表面。
ちょうど中央。
木目そのものが柔らかく形を変え始めた。
「……」
「……」
盾だった場所に。
明らかに盾には必要のない。
女性器を思わせる器官が形成されていく。
「オホォォォ……!」
そこが濡れた。
わずかに開く。
閉じる。
また開く。
おじさんの方へ向けて、誘うように動く。
「いやぁ」
「ニヤけるな、変態豚」
「これは資料どおりですなぁ」
「誰の資料だ」
「おじさんの経験則ですぞ」
「余計に気持ち悪い」
「酷い!」
盾の表面から透明な液体が流れた。
「オホッ……オホォォォ……!」
ぴく。
また開く。
盾そのものが、おじさんの方へ少し傾いた。
「積極的ですなぁ」
「お前に似たんじゃないのか」
「おじさんが母親みたいな言い方!」
「父親でも嫌だろ、こんな豚」
「それはそうですなぁ」
「同意するな」
*
「持ってみろ」
「はい」
受付のお姉さんに言われ、盾を持ち上げる。
「軽い」
「元より?」
「かなりですなぁ」
「構えろ」
構える。
重心が妙に良い。
腕へ吸い付くように馴染む。
「オホォ……」
「防具が戦闘中に鳴いたら嫌ですなぁ」
「性能を見ろ、豚」
「はい!」
受付のお姉さんが訓練剣を取る。
ばん。
盾が受けた。
ほとんど衝撃が来ない。
「おお」
ばん!
さっきより強い。
それでも。
無傷。
「これは」
「昨日まで廃棄予定だった盾だ」
「使えますなぁ」
「それどころじゃない」
受付のお姉さんが表面を確認する。
さっき塞がった亀裂も戻っていない。
「防御力も上がってる」
「やはり」
「性能は最高」
「挙動は」
「最低だ、豚」
「そこは盾の話では!?」
「両方だ」
「酷い!」
「オホォォォッ!」
「盾殿まで同意しないでくださいなぁ!」
*
受付のお姉さんが盾を床へ置いた。
表を上へ。
「やれ」
「はい?」
「最後までだ」
「ここでですかな?」
「何のために人払いしたと思ってる、脳味噌まで脂肪の豚」
「実験のため?」
「さっさと孕ませろ」
「随分直接的ですなぁ」
「お前が何を今さら恥ずかしがる」
「それもそうですなぁ」
「納得するな、変態」
盾の中央。
女性器状の器官が。
ぴく。
開く。
「オホォォォ……!」
こちらへ求めるように反応する。
「いやぁ」
「何だ」
「やる気満々ですぞ」
「お前もだろ、豚」
「否定できませんなぁ」
「気持ち悪い」
*
正式な種付けプレス。
どん。
「オッホォォォォッ!」
倉庫に響いた。
「声でかいな、この盾」
「雌化物は元気ですからなぁ」
「お前も黙って動け」
「はい!」
どん。
「オッホォォォォォッ!」
盾の表面から液体が散る。
女の声が止まらない。
「オホッ! オホッ! オッホォォォォッ!」
「倉庫の外まで聞こえませんかなぁ」
「聞こえたらお前の責任だ」
「盾殿の声では?」
「作った豚の責任だ」
「世知辛いですなぁ!」
「黙れ!」
どん。
「オッホォォォォォッ!」
盾全体に魔力のような淡い脈が走った。
木目がさらに密になる。
縁が硬くなる。
持ち手の形まで変わっていく。
「出ますぞ」
「オッホォォォォッ!」
「濃いのが」
「オッホォォォォォッ!」
「オッ! オッ! オッ!」
盾が大きく震えた。
それから。
ふっと。
力が抜ける。
「オホォォォ……」
「完了ですなぁ」
「毎回その台詞なのか、この気色悪い豚」
「決め台詞になってきましたぞ」
「今度言ったら蹴る」
「はい!」
*
受付のお姉さんが盾を持ち上げた。
「……」
「どうです?」
「黙ってろ」
「はい」
盾の中央にできた女性器状の器官は残ったまま。
ただ。
さっきまでとは少し違う。
表面に淡い魔力の筋が広がり。
盾そのものが。
どこか落ち着いたように脈打っている。
「孕んだのか」
「そのはずですなぁ」
「明日産む?」
「これまでと同じなら」
「何を」
「盾では?」
「……」
受付のお姉さんが頭を押さえた。
「何で壊れた盾一枚から、盾が増えるんだ」
「性神様ですので」
「便利な言葉で済ませるな」
「おじさんもそう思いますぞ」
「オホォ……」
「お前も黙れ」
盾が小さく震えた。
*
試しに。
もう一度。
訓練剣で叩く。
ばん!
無傷。
さらに。
ばん!
無傷。
「実用品どころじゃないな」
「上等な盾ですなぁ」
「これなら前衛に売れる」
「売るんです?」
「売らない」
「おや」
「まず明日の出産まで観察する」
「なるほど」
「それからギルド管理だ」
「おじさんの物では?」
「いらないだろ」
「もちろん」
「即答か」
「おじさんは、孕ませたものは基本的に手放しますので」
「その方針だけは褒めてやる」
「おお」
「調子に乗るな、豚」
「はい!」
「ただし」
「はい?」
受付のお姉さんが、盾の中央を見る。
「これを武器庫へ持っていくのは危険だな」
「なぜ?」
「お前、本当に馬鹿か?」
「はい?」
「雄化した武器があったらどうなる」
「……」
「……」
二人で盾を見る。
「オホォォォ……」
「やりますな」
「やるだろうな」
「性能は最高」
「私生活は最低だ」
「ですなぁ」
*
「さて」
「実験終了ですかな?」
「誰が終わりと言った」
「はい?」
受付のお姉さんが盾を壁際へ置いた。
「豚」
「はい」
「こっち来い」
「まだ何か?」
「首を見せろ」
「またですかな?」
「口答えするな」
「はい」
近づく。
首を掴まれた。
「この跡」
「はい」
「森であの小娘につけられた」
「おそらく」
「おそらく?」
「夢中でしたので」
「……」
「受付のお姉さん?」
「本当に腹が立つな、お前」
「なぜ!?」
「黙れ、クソ豚」
ちゅ。
「……おや」
「声を出すな」
赤い跡のすぐ横。
また。
ちゅっ。
「これは?」
「治療だ」
「増えておりますぞ」
「治療痕だ」
「便利ですなぁ!」
「黙れ」
ちゅ。
今度は反対側。
「お姉さん」
「何だ、豚」
「完全に上書きしてません?」
「悪い虫の痕跡を消しているだけだ」
「痕跡が増えてますぞ」
「黙れと言ってるだろ」
「はい!」
*
「臭い」
「風呂入りましたぞ」
「まだ臭い」
「女将さんに洗われました」
「その女の話を今するな、馬鹿豚」
「はい!」
「脂っこい」
「はい」
「腹も出てる」
「はい」
「頭も薄い」
「はい」
「ブサイク」
「はい」
「なのに」
「はい?」
「何でお前みたいなのが、こんなに腹立つくらい――」
受付のお姉さんが止まった。
「何ですかな?」
「黙れ!」
「はい!」
*
そこから。
受付のお姉さんの声が変わった。
「オホッ……!」
さっきまでの。
低く鋭い罵倒声ではない。
「オッホォォォォッ!」
それでも合間には。
「豚……!」
短い罵倒。
「オホッ!」
「ハゲ……!」
「オッホォォォォォッ!」
「臭い……豚……!」
そして。
「もっと!」
「はい!」
「オッホォォォォッ!」
行為中は。
ほとんどオホ声。
その合間に。
命令。
罵倒。
要求。
「オホッ……!」
「止めるな、豚!」
「はい!」
「オッホォォォォォッ!」
*
一度。
区切り。
「では――」
「誰が終わっていいと言った」
「はい?」
「まだ管理が足りない」
「いやぁ」
「何をニヤついてる」
「管理されるのも慣れてきまして」
「気持ち悪いことを言うな、クソ豚」
「はい!」
「続けろ」
「はい」
「オホッ……!」
また。
「オッホォォォォォッ!」
*
しばらくして。
ようやく。
「……」
受付のお姉さんが息を整えた。
「豚」
「はい」
「今日の管理はここまでだ」
「お疲れさまですぞ」
「お前が言うな」
「はい」
「盾は触るな」
「はい」
「明日の朝、私が確認する」
「はい」
「勝手にまた孕ませるな」
「はい」
「他の廃棄物も雌にするな」
「はい」
「宿へ戻ったら風呂に入れ」
「今朝入りましたぞ」
「もう臭い」
「そんな!」
「飯も食え」
「はい」
「危険な依頼は勝手に受けるな」
「はい」
「怪我もするな」
「はい」
「分かったか、豚」
「いやぁ」
「何だ」
「ずいぶん大切に管理されておりますなぁ」
「……」
「受付のお姉さん?」
「次言ったら蹴り殺す」
「死んだら困るのでは?」
「治してからもう一度蹴る」
「怖い!」
*
受付のお姉さんが服を整える。
髪を整える。
深呼吸。
そして。
扉へ手を掛けた。
「豚」
「はい」
「外へ出たら余計なことをしゃべるな」
「はい」
「盾の件だけ報告する」
「はい」
「私とのことを一言でも漏らしたら」
「管理?」
「地獄を見ると思え」
「はい!」
かちり。
鍵が外れる。
扉が開いた。
「では」
受付のお姉さんが廊下へ一歩出た。
その瞬間。
「本日の手続きは以上となります。お疲れさまでした」
「……」
知的。
冷静。
丁寧。
完璧な受付嬢。
「いやぁ、やはり怖いですなぁ」
「何か?」
「何でもありませんぞ!」
倉庫の奥から。
「オホォォォォォ……!」
孕んだ盾の声が響いた。
「……」
「……」
受付のお姉さんは笑顔のまま。
小さな声で。
「明日まで鳴き続けたら、お前が責任取れよ、豚」
「外でも少し漏れてますぞ!」
「何か?」
「何でもありません!」




