第十二話 木剣と聖書でも足りなくて、童貞神父が次こそって言ってきたんだけど
「オホッ……オッホォォォッ!」
朝っぱらから、うちの声が教会の宿直室に響いた。
「ちょ……声……!」
「無理っ……オホッ! オッホォォォォッ!」
若い神父が慌てて周りを見る。
二十代前半。
黒髪。
細身。
真面目。
清潔。
そして昨日まで童貞だった男。
正確には、もう童貞じゃない。
でも、うちの中ではもう完全に童貞神父で定着していた。
「昨日より声、大きくなってませんか……?」
「知らな……オホッ! オッホォォォォッ!」
「絶対大きくなってる!」
「神の加護だから!」
「その説明ですべて押し切らないでください!」
そう言いながら。
逃げる気はない。
昨日は途中から真っ赤になっていたくせに、今日は最初から自分でここへ来た。
「昨日のことなんですけど」
とか。
めちゃくちゃ真面目な顔で言うから。
「もう一度したいってこと?」
と聞いたら。
しばらく固まった後。
「……はい」
だって。
素直じゃん。
*
今朝のうちは。
起きた瞬間から身体が妙に元気だった。
昨日。
聖書の四隅を雄化した。
その後。
童貞神父の童貞を卒業させた。
で。
普通なら少しくらい疲れててもいいと思う。
でも性神の祝福は、そういうところだけ異常に強い。
疲れてない。
身体も軽い。
むしろ昨日より調子いい。
そして。
「……また来てんだけど」
朝から衝動。
四十八時間とか関係ない。
あれは死ぬまでの最低期限。
普段はもっと頻繁に欲しくなる。
「性神、絶対設定ミスってるし」
「オホォォォ……」
「お前も朝から元気だな!」
部屋の隅。
布を巻いた木剣が、低い成人男性の声を出した。
さらに。
「オホッ……!」
「そっちもかよ!」
昨日雄化した聖書の四隅まで声を上げる。
本としては普通に読める。
紙も破れない。
むしろ前より丈夫になった。
でも四隅が雄。
意味分かんない。
完全に、
性能は最高。
私生活は最悪。
の仲間入りだった。
*
「今日は、その……」
童貞神父が言いにくそうに立っていた。
「何?」
「昨日は」
「うん」
「私が、その……あまり役に立てなかったので」
「役に立つとか立たないとかじゃなくない?」
「ですが」
めちゃくちゃ真面目。
「今度は、きちんと満足させたいです」
「……」
何それ。
「急に男出してきたじゃん」
「からかわないでください」
「顔真っ赤だし」
「あなたがそういうことを言うからです!」
「かわい」
「やめてください!」
でも。
嫌ではないらしい。
それは昨日から分かってる。
「じゃ」
「はい?」
「やってみる?」
「……はい」
「途中で無理なら言って」
「分かりました」
「うちも嫌なら止める」
「はい」
そこまで確認して。
うちは笑った。
「じゃ、今日もうち主導ね」
「え」
*
結果。
また。
うちが完全に主導だった。
「オホッ……!」
自分が上になる。
「オッホォォォォッ!」
「やっぱり声が……!」
「だから無理だって!」
「オホォォォ……!」
今度は木剣まで鳴いた。
「お前も混ざんな!」
でも。
結局。
混ざった。
童貞神父。
木剣。
うち。
何この状況。
「オホッ! オホッ……!」
神父の方が先に限界を迎えた。
「す、すみません……!」
「何で謝んの?」
「いや、その……」
「まだまだ」
「え?」
「終わりじゃないし」
「ちょっと待ってください!」
「加護あるじゃん」
「そういう問題では――」
「オッホォォォォッ!」
「あなたが一番話を聞いてない!」
だって。
身体がまだ全然満足してない。
性神の祝福のおかげなのか。
神父の方も、少し休めばすぐ元気になる。
「ほら」
「ほら、ではありません!」
「まだいけるっしょ」
「……」
「無理?」
「……できます」
「じゃ、続き」
「どうして嬉しそうなんですか!」
「楽しいから」
「即答しないでください!」
*
でも。
二回。
三回。
続けても。
「オッホォォォォォッ!」
まだ。
身体の奥に、物足りなさが残った。
「……足んない」
「え?」
「まだ足んない」
神父の顔が。
ものすごく傷ついた。
「そんな顔すんなし」
「ですが」
「別に下手って意味じゃないし」
「では」
「うちの祝福が異常なんだって」
「……」
「あと」
木剣を見る。
「こいつもいるし」
「オホォォォォッ!」
「返事すんな!」
聖書。
「オホッ……!」
「お前も!」
童貞神父が。
すごく複雑そうな顔で。
木剣を見る。
聖書を見る。
うちを見る。
「……私は」
「何?」
「剣と聖書に負けるのでしょうか」
「勝ち負けなん?」
「分かりません」
「うちも分かんない」
*
最後は。
神父からいったん離れた。
「少し休んでて」
「あなたは?」
「セルフメンテ」
「またですか!?」
「まだ足んないんだもん」
木剣を手に取る。
「オホォォォ……!」
「嬉しそうに鳴くな!」
聖書も近くへ。
「オホッ!」
「お前もだし!」
結果。
宿直室は。
また。
大惨事になった。
「来る来る来る……!」
木剣。
「オホォォォォォッ!」
聖書。
「オホッ!」
うち。
「オホッ……オッホォォォォォッ!」
「全部同じ声になってます!」
「分かってる!」
波が来る。
「オホッ!」
また。
「オッホォォォォォッ!」
床に水音が弾けた。
「また!?」
「うちに言うなぁ!」
さらに。
「オホッ、オホッ……!」
「まだ続くんですか!?」
「止まんない!」
「オッホォォォォォッ!」
気づけば。
床はびしょ濡れ。
木剣は布まで湿っている。
聖書は。
なぜか無傷。
「何で聖書だけ平然としてんの」
「オホッ」
「答えるな!」
*
しばらくして。
ようやく静かになった。
「……」
うちは床に座る。
「満足しましたか?」
童貞神父。
「まあまあ」
「まあまあ……」
「何その顔」
「いえ」
「傷ついた?」
「少し」
「かわい」
「だから!」
童貞神父が。
珍しく。
ちょっとむっとした。
「次は」
「何?」
「今度こそ」
一拍。
「私が満足させます」
「……」
お。
「言ったね?」
「言いました」
「マジ?」
「はい」
「じゃあ期待しとく」
「……はい」
顔は真っ赤。
でも。
今度は目を逸らさなかった。
「童貞神父のくせに」
「もう童貞ではありません!」
「うちの中では名前みたいなもんだから」
「やめてください!」
*
「あと」
神父が床を見る。
「これ」
「何?」
「誰が掃除するんですか」
「……」
「あなたですよね?」
「手伝って?」
「私もやるんですか!?」
「一緒にやった仲じゃん」
「その言い方をしないでください!」
「オホォォォ……」
木剣。
「お前はまず黙れ!」
「オホッ……!」
聖書。
「お前も!」
*
結局。
掃除。
着替え。
朝飯。
それからギルド。
木剣には新しい布を巻いた。
どうせまた染みてくる。
「最悪」
でも。
武器としては昨日よりさらに良くなっていた。
軽い。
振りやすい。
握った瞬間に手へ馴染む。
「マジで伝説の武器とかになりそうなのがムカつくんだけど」
「オホォ……」
「静かにして」
聖書は教会へ置いてきた。
あれまで持ち歩いたら。
木剣。
聖書。
両方からオホ声がする。
無理。
*
冒険者ギルドの扉を開ける。
朝から結構混んでいた。
「おはようございます」
受付のお姉さんの声。
いつもの。
めちゃくちゃ普通。
知的。
冷静。
仕事できる女。
「おはよー」
返事をしながら。
受付を見る。
「……」
いた。
脂っこい。
腹出てる。
頭薄い。
背も別に高くない。
清潔感もない。
朝から見たくないタイプの。
あのオッサン。
受付の前に立っていた。
「……うわ」
なのに。
身体だけが。
見つけた瞬間。
分かった。
昨日より。
また少し。
あいつの存在感が濃くなっている。
「何で今日もあいついんの」
そして同時に。
思ってしまった。
童貞神父も悪くない。
若い。
顔も普通にいい。
清潔。
性格も真面目。
男として選ぶなら。
どう考えても、そっち。
なのに。
身体だけは。
受付の前にいる。
あの。
臭そうな。
汚い。
デブのオッサンを。
一瞬で見つけてしまっていた。
「……最悪」
その声に。
オッサンが振り返った。




