第13話 胴切場の病院
恒一の住む町は、昔から南の境だった。
奥州伊達藩の南の要衝で、白壁の天守を持つ支城を中心とした城下町。
南からの侵入を防ぐ場所だった。
この町には妙な名前の場所が多い。
胴切場。
児捨川。
蛇淵。
由来を聞いても誰もはっきり答えない。
昔からそう呼ばれているだけだという。
何年か前、町の総合病院が移転した。
古い市街地にあった病院を、町はずれの山の上に新しく建てた。
広く、ガラス張りの斬新なデザインの病院だった。
だが場所の名前がよくなかった。
新しく建てた場所の名前が、胴切場だった。
誰が言い出したのか分からないが、
昔、罪人を処刑した場所だという話もある。
恒一もその話を聞いたことがあった。
ただの昔話だと思っていた。
ある日の午後。
接骨院の扉が静かに開いた。
入ってきたのは若い女性だった。
白衣のままだった。
「先生……少し相談いいですか」
看護師だった。
「どうしました」
女性は周囲を気にした。
「病院のことで」
恒一は椅子をすすめた。
「けがですか」
「違うんです」
女性は小さな声で言った。
「変なことが起きていて」
恒一は黙って聞いた。
「夜、変な音がするんです」
「音?」
「廊下を歩く音です。誰もいないのに」
恒一は軽くうなずいた。
珍しくない話だった。
病院ではよくあることだ。
だが女性は続けた。
「それだけじゃなくて……」
少し迷ってから言った。
「保育園の子が妙なことを言うんです」
病院には職員用の保育園が併設されていた。
「何て?」
女性はためらった。
「ここ、まだ終わってないって」
恒一の手が止まった。
「終わってない?」
「まだ終わってないから帰れないって、子供が言うんです」
恒一は少し考えて立ち上がった。
「行きましょう」
女性は驚いた。
「えっ?」
「その場所を見たい」
夕方。
二人は病院の裏の坂を上った。
新しい建物。
一面ガラス張りの外壁。
だが空気が重かった。
恒一は駐車場で足を止めた。
その瞬間。
見えた。
地面の上に黒い影が並んでいる。
人。
何人も。
首がない。
恒一は目を閉じた。
映像が浮かぶ。
昔の丘。
縄。
刀。
倒れる体。
そして。
――まだ終わっていない
恒一は目を開けた。
「ここ、動かしましたね」
女性が震えた。
「えっ?」
「土を」
女性はうなずいた。
「造成したんです。山を削って」
恒一は病院を見上げた。
「埋めたんですね」
女性は何も言えなかった。
恒一は坂を下りた。
裏の斜面。
黒い影がただよっている。
雑草の中に小さな石が並んでいた。
古い供養塔のようだった。
半分埋まった石だった。
誰も気づかない場所だった。
恒一はしゃがんだ。
手で土を払う。
丸い石が並んでいる。
首塚だった。
その瞬間。
背後に気配がした。
振り向く。
黒い影。
男が立っていた。
着物。
首に縄の跡。
目だけが生きている。
男が何か言っている。
声は聞こえない。
だが意味は分かった。
――帰る場所がない
恒一は小さく言った。
「ここでいいですか」
影に向かって言った。
風が吹いた。
草が揺れた。
男の影がうなずいた。
翌日。
恒一は町の古い寺に行った。
詳しい事情は話せなかった。
ただお願いした。
「供養をお願いします」
数か月後。
病院の裏に小さな石碑が立った。
町でも噂になったのかもしれない
誰が建てたのか分からない。
理由も書いていない。
ただ一行だけ。
慰霊。
それから。
音は止んだ。
子供は妙なことを言わなくなった。
――終わった
恒一は窓の外を見た。
この町にはまだ残っている。
切った場所。
埋めた場所。
忘れた場所。
消えたわけじゃない。
ただ黙っているだけだ。
恒一にはそれが時々見えてしまう。
ただ、それだけのことだった。




