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45話 天照祭② 手紙

 

 ◆




 叩きつけるような雨が、音を遮ってしまうのではないかと思っていた。

 雨に打たれる痛さで、頭を下に向けてしまうのではないかと思っていた。


 けれど彼らは、雨なんて物ともしない。

 ただ真摯に。真剣に。

 自分達の音楽に、伝えたい想いに、全てをぶつけて来ているかのよう。


『♪〜〜〜』


 彼らの配信で歌われていた曲の中に、こんなゆったりとした曲調の歌は無い。

 ピアノとヴァイオリンも合わさって、より深く劇的な演出が加算されて、美しい旋律を響かせている。


 そして、イルカだ。


「…………」


 言葉が出ない。


 これがチョージにあそこまで言わしめたイルカの歌。

 配信で聴いていたはずなのに、そんなの比じゃ無いくらいのチカラを感じる。


 舞台の魔法陣が少し反応している。

 音楽に合わせて薄らと光っているような……。


『♪〜〜〜〜〜〜』


 何より、この歌詞だ。

 これは恋愛的な歌詞ではない。

 もっと大きな……何かを思い出しそうな……。


 隣で身体をさすってくれていたメイドのマーサが、強く肩を抱いてきた。そんなに倒れそうだっただろうか。しっかりしなければ。


 否、マーサは泣いていた。

 マーサは知っているのだ。この歌が、誰の言葉なのかを。




 ◇




『愛のうた』は、シュルレ初めてのバラード。超高音の主旋律に、ゆったりした曲調。そこにバチボコにド低音をぶつけ、ヴァイオリンとピアノの美しい旋律が響く。

 これを考えたチョージとアオイ天才じゃね?

 俺は歌詞だけさっさと渡して、これが誰の言葉で、曲調はバラードっぽくしてって言っただけなんだけどな。まあ、二人の目にはくっきりと隈があるので、相当大変だっただろうことは察せられるが。


 届けたい。届いて欲しい。

 あんなにひっそりと、隠すように遺された言葉を。

 俺たちはソフィアの事情を良く知らない。王妃とどれくらいの距離感で過ごしていたのかも、どうして亡くなる前に直接渡せなかったのかも。


 けれどあんな風に隠したんだ。直接言えない事情があったのかも。

 それでもあの絵の裏にあったんだ。

 仲睦まじい家族の絵の裏側に。

 あんなの、見つけて欲しかったに決まってる。


「♪〜〜〜〜」


 手紙の内容的に、ソフィアが歌姫を継ぐとわかっていたようだし、重責に押しつぶされそうになることも予想していたんだろう。

 だから遺したんだ。だったら今届けなくていつ届けるんだ。


 どうか届いてくれ。ソフィア。

 君は一人じゃ無い。


 身体から何かがものすごい勢いで吸われているのを感じる。

 ちょっと手元を見るついでに下を見れば、あの"光"が俺の足元をぐるぐると走り回って喜んでいる。


 なんか、ちょっと大きくなってない?


 見た目は馬なんだけど、手のひらサイズだったのに、あら不思議、今はちゃんと仔馬サイズに。


 なあお前、俺の魔力吸ってない?


 そんでデカくなってない?


 "光"は、肯定するかのようにニヤリと微笑んだ。


 コイツ何者なんだ!?


 ええい、今は関係ない。歌に集中しろ。


 持ってけ、ドロボー!!




 ◆




「雨が……」


 近くにいた貴族の呟きが聞こえた。

 空を見上げれば、あんなに強く降っていた雨が弱まっていた。

 だが、まだ止んではいない。


 曲が終わり、誰も声を発せない。

 酷かったのではない。逆だ。

 凄すぎたのだ。


 上層部が危険視して排除しようとしたのも頷ける。この歌の力は凄まじすぎる。


 歌い終わって、イルカが膝から崩れた。


「イルカ!」


 慌てて駆け寄れば、イルカだけ顔が真っ青だった。

 チョージが何処かから小瓶を取り出して、イルカの口に突き刺していた。あれは魔力を回復させるポーションだろう。

 何故今魔力回復ポーションを?


「ぅぇ不味……じゃなくて、あの、あれを渡してください」


 イルカがマーサに声をかける。マーサは頷いて、ソフィアに紙を渡して来た。

 時間が経ったのか少し黄ばんだ紙。


「お嬢様、どうかこちらをお読みください。読めば全てがわかります」


 マーサの言葉に、半信半疑になりながらも紙を開く。雨で濡れてしまうので、一度天井があるところに移動して。


 それは、手紙だった。



『親愛なる愛娘 ソフィアへ


 これを読む頃には、私はお墓の下でしょう。

 もうデビュタントも過ぎたというのに、まだまだ危なっかしくて、目が離せないソフィア。

 側にいられなくてごめんなさい。

 貴方に重荷を背負わせてしまってごめんなさい。

 けれど、貴方なら大丈夫。

 貴方と初めて会った時、光を産んだのかしらと思うくらい温かくて、その目が開かれた時、大空の様な瞳に、天からの贈り物だと思ったものだわ。

 貴方が歩く様になって、話す様になって、貴方が何かをする度に、私も含めて、周りがみんな笑顔になる。そんな貴方の太陽みたいな明るさが、みんなの心をきっと照らすわ。

 だから、胸を張って。周りを見て。

 貴方が周りを温かな気持ちにさせるのと同じように、周りも貴方を温めるわ。


 最後に、私はどこにいても見守っているわ。

 愛してる。ソフィア。


 マリアンヌ』




「お母様…………?」


 マリアンヌとは、ソフィアの母であり、亡き王妃の名前。数十年務め上げた先代歌姫。その人の名だった。


「そうです、お嬢様。王妃様は、あなたに手紙を遺していたようなのです」


 母は亡くなる直前、ほとんど起き上がれなくなっていた。ペンを握ることすら出来なかった。

 この手紙は、それよりも前に書かれた物なのだろう。

 手紙には古いシミがあって、それが何なのかはソフィアでも察せられた。

 亡くなるずっと前から己の死期を悟り、ソフィアに手紙を遺していた。すぐに見つかる場所に置くわけにもいかず、見つかり辛い所に隠していたのだろう。


「どうして、これを……?」

「イルカ様が、お嬢様のお部屋の絵画の裏から見つけて下さったのです。それで、今日渡すようにと」


 イルカを見れば、歯を見せて笑い、ソフィアに親指を立てて見せていた。その手の意味はわからないが、励まされていることはわかる。


 周囲を見渡せば、皆心配そうにソフィアを見ていた。だけどそれは、不安に満ちた冷たいものではない。ソフィアの気持ちを気遣うような、暖かな視線だ。


「ソフィア……」


 国王である父がソフィアに近付く。

 ソフィアの手にある手紙を見て、ソフィアを抱きしめた。


「そうか、そうか……マリアンヌ。ここに居たのか…………」


 その呟きは、母がいなくなってからずっと聴かなくなった、温度のある声音で。


「ソフィア。マリアンヌが亡くなってから、お前ともこうして触れ合うことも無くなっていたように思う。こんなに、こんなに冷え切っていたとは」


 父の手は温かく、震えていた肩がじんわりと溶かされていくかのよう。


「お前の小さな肩に、大きな物を背負わせすぎた。だが、お前が成さなければならない務めであることは変わらない。それはわかるな?」

「はい……」

「それでも、その重荷は、一人で背負うものではないのだ。そうだ、マリアンヌがそう言っていたというのに……余も久しく忘れておったよ」


 父は視線を舞台に向けた。イルカが復調したのか、立ち上がってチョージに背中を叩かれていた。


「彼らの力が恐ろしい。こんなにも真っ直ぐに、人の心に入り込む力を持っている。彼らの歌を聴いた民衆が、王国への忠心を失ってしまうのではないかと恐ろしかった」


 イルカの処刑を決めたのは、他でもない父である。


「だが、それは杞憂だった。彼等は処刑を決めた王族すらも救おうとしている。彼等の歌は、身分関係なく全ての人々の心に寄り添うのだ。だからこんなにも響くのだろう。そこに逆心の意など微塵もない」


 父が身体を離し、ソフィアを舞台に向けた。


「行っておいで。彼等と共に、お前の歌を聴かせておくれ。何か、新しい歌を練習していたのだろう?」


 娘の歌を楽しみにする父親の顔で、背中を押してくれた。


「はい、お父様。精一杯努めます」


 前よりも、ずっと前向きに。

 こんなにも心が軽い。程よい緊張だけを残して。

 身体の芯が温かい。


 これは、母からの手紙のお陰なのか。父から貰った温もりなのか。


 それとも。


「待たせたわね。始めましょう」

「おう、思いっきり楽しんで!」


 彼等の音楽(ロック)が灯した熱なのか。




 ◇




 やっぱ魔力めちゃくちゃ持ってかれてたわ。仔馬になった"光"はものすごく嬉しそうで、崩れてポーション飲まされる俺の肩におでこを擦り付けてくる。


 チョージやアオイにも見えてないみたいだし、ほんと何なんだろう。ちゃんと触れるんだけどなぁ。


「おい、何でそんな魔力無くなってんだ」


 チョージがキレ気味に聞いてくる。


「あー、なんか、俺の近くに光ってる仔馬がいてさ。そいつが持ってっちゃうみたいで」

「ハァ? 馬ァ? そういや日記にも書いてたな……」

「げ、あれ見てたの? もうなんて書いたか覚えてないんだけど」


 獄中で暇すぎたので書いていた日記。そういや間違えて共有ボックスに入れてたかも……うわ恥ず。


「生存確認になってたからいい。ジェットで連絡してくりゃ済む話だったんだがな」

「ジェットはただの指輪ってことにしとかないと取られそうだったんだもんよー、悪かったって」

「まあいい。それで? 馬なんて居ねぇが?」


 チョージが見渡してる辺りにいるんだけどなぁ。

 仔馬もチョージを見て首傾げてるし。


 まあいいか。俺もよくわかんないしな。


「まあいいよ。激マズポーションで回復できたし」

「得体の知れないもんに魔力吸われてる時点で良くねぇんだよ」

「痛っ!」


 立ち上がったら背中を叩かれた。言うほど痛くはないけどね。


「雨」


 アオイが珍しく天気に気が付いた。雨とか気にしない男なのに。


「あ、弱まってる?」


 まさか、と仔馬を見れば、ウンウンと頷いた。


 この仔馬が何かしてるのかな?

 雨を止ませるのに魔力が足りてなかったってこと?


 つまりこの天照祭って……魔力を捧げる儀式なんじゃ……。


 歌姫一人で向こう一年晴れにする程の魔力を捧げるなんて無謀だ。文字通り命を削るだろう。


 もしかしなくても、王妃様が若くして亡くなった原因の一端なんじゃ……。でも数十年続けたらしいしな……。


「ソフィアが来るぞ。真打登場だな」


 チョージに声をかけられたので、ソフィアを見る。


「待たせたわね。始めましょう」


 うん。吹っ切れた顔してるじゃん。


「おう、思いっきり楽しんで!」

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