44話 天照祭① 愛のうた
◇
「曲を変える!? もう前日なのだけど!?」
悲鳴に近い声を上げるのはこのデアソリス王国のお姫様、ソフィア様。
相対するは平々凡々ド平民の俺。
「ソフィアがあの歌に思い入れがあるのはわかるけど、あの歌はソフィアの歌じゃないだろ?」
「そ、それはそうだけど……でもあの歌は……」
「知ってるよ、王妃様がずっと歌ってきた歌なんだろ? だからこそ、ソフィアはソフィアの歌を披露するべきだと俺は思うんだよ」
アイツらはたった一晩と少しでよく頑張ってくれたよ。俺も歌詞考えるのに部屋の中をぐるぐると歩き回ったり、廊下を歩き回ったりして騎士の人に不審がられたりしながら頑張ったよ。
全ては明日の天照祭のため。
とにかく聞いてみてくれ、と俺の指輪をちょっと撫でた。
指輪は黒スライムであるジェットの分体で、音を覚えて、全く同じ音を流すことができるスライムなのだ。
『♪〜〜〜』
ソフィアの目が見開かれる。
「歌ってるのは俺だけど、やっぱりこの歌は俺じゃ完成しないな。ソフィアのために作った歌だから、ソフィアが歌わないと」
「わ、私のための……歌……?」
歌詞は結構想像だけど、ソフィアをイメージしてみた。
チョージからソフィアが王都で何をしていたかを聞いた。王城での様子から、ソフィアこの国の姫としてできる限りの責務を果たそうとしている姿を直に見た。
偉大な歌姫を超える歌姫になろうと努力する姿も。
だからこそ、同じ歌ではダメだと思う。
同じ歌では、歌詞に込められた想いとは違う気持ちが前に出すぎてしまう。
どうでもいいって言ったら良くないかもだけど、音程やリズムの正確さなんて二の次でいいと思うんだ。まあ聞き苦しくなるから正確さは必要なんだけど。
でも、ソフィアはその技術は充分にあると思うんだ。
だから、それ以上を目指すなら、何を想って歌うのか、この意識を統一することだと俺は思う。
「俺はね、ソフィアの歌は充分だと思ったんだよ。綺麗だし、正確だし。充分圧倒されたし、感動したよ。でも、チョージがそれじゃ足りないって言ったんでしょ? なら、俺がチョージに言われたことをソフィアに伝えるのがいいと思ったんだ」
「チョージがあなたに伝えたこと? それは一体……」
そんな仰々しい言葉でもなかったけど、俺にとってはチョージに言われた言葉の中で一番印象に残ってる言葉。
「チョージは俺にこう言ったんだ。"思うままに歌え"と。俺が歌った歌こそが、"シュールレアリズム"の歌なんだって」
チョージやアオイがどんな曲を作っても、最終的な曲の命題を決めるのは俺なんだって。すごいこと言うよな。
「だから、この歌詞もこのままじゃなくてもいい。ソフィアの言葉に変えていいよ。ソフィアの想いを、気持ちを、曝け出していこうぜ!」
まあ、それは本当に、正気に戻ると穴があったら入りたくなるくらい照れるんだけどね。勢いで誤魔化してこ!
「思うままに……」
「まだ一晩あるから、よく考えてみて。メロディだけ入れた音源も渡しておくね。後で返してもらえると助かる」
「ええ、借りるわ」
歌詞を書いた紙と、ジェットの分体を渡しておく。
もちろん歌詞はこの国の文字を書けないので壮年のメイドさんに手伝ってもらった。
ジェットの文体はただの丸い置き物型で、ちょんとつつけば音源を流してもらえる。
ここから一晩で、どう歌を作るのか。それはソフィア次第。
「あと、チョージとアオイを当日城に入れて欲しいんだけど……」
「それは許可を出しておくわ。安心して頂戴」
「ありがとう! 助かるよ」
◇
あっという間に天照祭当日。
天照祭は王城の屋上で行われるとかで、朝からバタバタとしていた。準備はずっと前から続いていたけど、雨が強いからいつもより水をどうにかするので大変なようだ。
降り続ける雨は止まることを知らず、王都はどれだけ水の通り道を作っても水で溢れ続けている。
しっかり床上浸水どころか、一階部分は腰くらいまで浸水していて、皆避難を強いられながら天照祭を今か今かと待ち望んでいる。
チョージとアオイも王城に入れた。
チョージが下男の格好をしていて、アオイが料理人の格好をしていたので、ずいぶん街に溶け込んだんだな、と言ったらチョージに蹴られた。
でも、こうして再会できたので肩を抱き合って喜んだりはした。
アオイには持ち上げられて振り回された。死ぬかと思った。
「イルカ」
アオイにバケットを渡された。
「めっちゃいい匂いだけど、今食えって?」
「ウム。イルカ、痩せた」
「そうだな。体力付けておけよ」
「うーん、でも美味い!」
「ウム」
アオイとチョージに促され、歩きながらバケットを齧る食いしん坊にされた。ここ二日の豪華な食生活で結構戻ってきた気がしてたんだけどな。二週間の投獄生活は堪えたらしい。
客室を貸してもらって、服を着替えた。
ロックやるんだからロックな服じゃないとね!
……ロックな服とは?
着替えてからソフィアと合流。
「すご……」
「バカ、こういう時は美しいと褒めてやるものだぞ」
「褒めてやるなどと言わなければ満点ね」
チョージのひそひそ声が聞こえていたらしい。
ソフィアがジト目でチョージを睨んでいた。
「これはこれは美しい姫。こうしてお目に掛かれて光栄です」
「今更世辞はいいわ。あなたのお陰でイルカと会えたもの」
「そうか。イルカの顔ききみたいな扱いは泣けるがな」
「なんでだよ?」
「なんかムカつくから」
「さいで」
長い階段を登るかと思えば、魔法で動くエレベーターみたいな昇降機があって、それで国王と一緒に上に上がる。もちろん初めて会った時にぺこぺこした。緊張した。
国王は俺を処刑しようとしていたことなんて忘れたかのように普通だった。チョージが睨んでいたので腹を摘んでおいた。実際殺されなかったからもういいよ。
そんなこんなで屋上。昇降機付近は天井があるが、舞台はもちろん屋外なので土砂降りだ。
屋上の奥に円形の舞台が置かれていて、魔法陣のような模様が描かれている。
ここの中心に立って、天に向かって歌を捧げることで、天照祭の儀式が完了する。
そしてその様は、マジックネットを通して生配信される。
チョージも当然のように自身の配信ボットを起動した。
「この中で歌うのね……」
ソフィアが緊張した面持ちで呟いた。その手は白く、震えている。薄着なのもあるけど、身体も震えているように見える。
「ソフィア。ソフィアが歌う前に、聴いて欲しい歌があるんだ」
ソフィアと国王、並びに儀式に参加するお歴々の方々が驚いた視線を向ける。
そりゃそうだよね。大事な儀式の前に水刺すのかってね。
でも、これはソフィアのためにやらなくてはいけないこと。
「雨に濡れちゃうから、このまま屋根のあるところで聴いていて。どうしても、今聴いて欲しいんだ」
真剣に伝えれば、国王が何かを言う前に、ソフィアが前に出て頷いた。
「わかったわ。聴かせて頂戴」
「ありがとう、ソフィア」
俺はちらりとソフィアの背後にいる壮年のメイドに視線を向けておく。壮年のメイドは察したようで、頷いて胸元をポンと叩いた。そこに持っているのだろう。
「よし、チョージ、アオイ。久々のライブだ。前座だけど、こんな最高の舞台は無いよな?」
「ああ。いっそ主役を掻っ攫ってやろう」
「そこまではせんでいい」
「ウム。高い。イイ」
「門の上とか高い場所でばっか演奏してるな俺らって……」
土砂降りの舞台に立ち、配信ボットが俺の目の前に飛んでくる。
「どうも、"シュールレアリズム"です。これを見ている王都のみんな。今まさに大雨に苦しんで、一刻も早く晴れを願うばかりだろうけど、あと少しだけ時間をください。今年はいつもと違う天候で、祭りの前から被害が出るなんて初めてだって聞いたよ。しかもこれからこの舞台に立つ歌姫は、これが初めてのお務めだって。みんなが不安な気持ちになるのも頷ける。でも今、一番不安を抱えているのは誰だろう?」
俺はマイクを出し、ギターを構える。
アオイもドラムを出して、スティックを回す。
チョージもベースを構えて、軽く音を出して確認している。
ジェットが二体に分裂して、ウサギの姿を模る。片方はヴァイオリン。片方はグランドピアノだ。
「他でも無い、ソフィア様だ。俺たちは、そんなソフィア様を応援したい。少しでも勇気付けたい。そして、彼女に伝えたい言葉がある」
ソフィアを見る。ソフィアはキョトンとした顔をしていたけど、壮年のメイドが寄り添って、その背に手を置いた。
「この言葉は、俺の言葉じゃない。俺が考えた言葉じゃない。ソフィア様に一番想いを伝えたかった人が、もう伝えられないその言葉を、どうしても届けたかったから」
俺は一度振り返ってチョージとアオイを見た。準備できたらしい。ダブルジェットもサムズアップしてた。
「だからどうか、最後まで聴いて欲しい。――――――『愛のうた』」
◇
ふるえる瞼を眺めていた
ゆっくりと開かれるその瞳に
どうか暖かな光が映りますように
祈りは高く澄んだ青空の
深く清らかな風に乗って
愛してるって どれだけ言葉を並べても
足りないくらいの気持ちを 届けたいの
大丈夫って どれだけ不安な夜があっても
眠れない夜があっても 側にいるよ
ふるえる肩を抱きしめて
ゆっくりとこぼれたその涙が
どうかあなたを救う日が来ますように
願いは高く澄んだ星空の
長く尾を引く光になって
愛してるって どれだけ想いを伝えても
足りなくらいの気持ちで 包みたいの
大丈夫だよ これからあなたに巡る出逢いが
あなたの未来をずっと 輝かせるから
信じて あなたを
愛してるって どれだけ強く願っても
もう届かないのかもしれない それでも
愛してるから これだけ伝えられたら こんな
幸せなことはないと そう思うの
ずっと あなたを
愛してる




