43話 悪天候なんてぶん殴ってやろうぜ
◇
「……母の歌、か」
ソフィアの話を聞いていたら、ソフィアが国王に呼び出されたとかで退室していった。
ソフィアの私室だし出てった方がいいかと近くの騎士に尋ねれば、すぐ終わるだろうからここで待っているといいと言われたのでお茶を啜る。
メイドも騎士も何も言わずに控えているので、完全な独り言だ。
俺は壁にかけられた家族の絵を見る。
国王と王妃は穏やかな笑みを浮かべていて、幼いソフィアは嬉しそうに母を見ている。
幸せな空間だったのだろうと察せられる絵で。
「偉大な母、ねー……」
若くして亡くなったとはいえ、数十年は歌姫であり続けたのだろうし、そりゃ積み重ねて来たもので大きく見えるだろうけど、その人も初めての時はどうだったのだろうか。
「あのー、王妃様が初めて天照祭で歌った時のことをご存知の方っています?」
控えているメイドに声をかけてみる。壮年の女性に見えたので、もしかしたら知ってるんじゃないかと思ったのだ。
壮年のメイドは少し驚いた顔をしつつも、答えてくれた。
「はい。当時は王妃様にお支えしておりましたので、よく覚えておりますよ」
「王妃様の様子ってどんな感じでした? 初めての時から堂々と歌っていたんですか?」
俺が尋ねれば、壮年のメイドは俺の言わんとしていることがわかったのか、柔和に微笑んだ。
「歌う時はご立派なものでしたが、直前まではそれはもうすごい震え様でしたよ。私共もたくさん言葉をかけて、冷え切った手を握って少しでも温めようとして……。懐かしいものですね」
当時のことを思い出しているのか、その遠くを見る目が細められる。
「今のソフィア様は、王妃様と比べてどうですか?」
「比べるものではありません。王妃様はそれはご立派に勤め上げられましたが、ソフィア様のお勤めは始まったばかりです。これからなのです」
うんうんと俺も頷いた。騎士の人達もうんうんと頷いていた。
……なんだ、これ、ソフィアだけが不安なんじゃないか?
周りはあたたかく支えているじゃないか。
「なるほどね」
まあ余裕がない時って周りを見るなんてできないと思うし、ましてやプレッシャーに潰されそうになってる時に、他者からの温もりを感じることも難しくなる。
ともあれ、ソフィアが胸を張って舞台に立つには、ソフィア自身の心が変わらないと難しい。
「……?」
ふと、目の前を、あの"光"が横切った。
牢屋の中にいて、空を見上げて泣いていた光。
あそこから出た後どうなったのか見る余裕なかったな。ついて来ていたのか。
光はふよふよと家族の絵に近付き、不思議そうに額縁の端っこをウロチョロとしている。
というか、裏側を見ようとしている?
「どうされました?」
メイドに尋ねられながらも、俺は席を立って絵画に近付いた。
光がちょいちょいと絵の裏側を指すので、ええいままよとチラ見してみた。
「い、イルカ様?」
メイドが困惑する中、絵画の裏に、紙切れが挟まっていた。
『親愛なる愛娘 ソフィアへ』
と書かれていた。
「これは……」
壮年のメイドが覗き込んで、口元を震わせた。
もしかしなくても王妃がソフィアに宛てた手紙なんだろう。
俺は手紙を閉じて、壮年のメイドに渡した。
「これは、あなたが持っていてくれますか?」
「お、お嬢様にお見せにならないのですか?」
「これは天照祭当日に見せたいです」
俺が茶目っ気を出してウインクしてみれば、壮年のメイドは、その見開かれた目を細めて、
「承知いたしました。これは然るべき時までお預かりいたします」
と受け取ってくれた。
「はい。お願いします」
この手紙のおかげで、俺がどうすべきかわかったよ。
「あの、ちょっと集中したいんで、どっか部屋貸してくれませんか?」
◆
王都は騒然としていた。
降り止まない雨は、止むどころか勢いを増していき、ついに家屋への浸水が始まった。
騎士団が水の通り道を作ってなんとか王都の外に流しているが、追いつく気配がない。
止まないのだからしょうがない。
この雨は天照祭が成功するまで続くらしく、つくづく異世界のファンタジーさを体感させられる。
そもそも歌一つで晴れるって何だ?
楽勝すぎないか?
実際そんな簡単な話じゃないのだろうが、結果的には歌一つなんだから、本当に不思議だ。
雨が局所的に降り続けるというのも変な話で、地球の気候じゃまずあり得ない。降りやすい地域はあっても、ずっと降り続けるなんておかしい。しかも雨雲が移動しないのだから、この地が呪われてるとしか思えない。そんなことをこの国で言えば確実に捕まるだろうが。
イルカがとっ捕まっている牢屋は地下だとソフィーが言っていた。
間に合わなければ、今頃処刑よりも先に溺れ死んでいることだろう。
ピアスが何も反応していないので、まだイルカは無事だと信じているが。
というかイルカのやつどうなったんだ?
無事なら無事で連絡をよこせや。
こっちはマダムにこき使われて土嚢を街中に運ばされてるっていうのに、何してんだあいつ。
ソフィーが命を保証すると言った以上、アイツが処刑されることは無くなったはずだ。
なら何で連絡しない。
頭のおかしい日記を書いていたから、連絡すら出来ないほど弱ってるとでもいうのか。
アオイが共有ボックスにガンガン飯を入れていたけど、飯だけは一個も減らなかった。アイツが持っていったのは水と紙だけだ。
地下牢なんて環境も良くないだろうし、まさか本当に身体を壊してしまったのか?
「クソが。なんで野郎の心配なんかせにゃならんのだ」
怒りに任せて土嚢を持ち上げ、指示に従って渡していく。
雨が止まないのでひと段落できるはずもなく、ひたすら運ばされ続ける。
いい加減体力の限界だと感じていたその時。
『えーっと、これでいいんだっけ? 聞こえるか? チョージ。返事をしてくれ』
今一番殴りたい顔の男No.1の間抜けな声が聞こえて来た。
休むと言って持ち場を離れて、建物の陰で応答する。
「連絡が遅えよバカ! 無事なら早く言えってんだ」
あまり大声で話すと周りに気付かれる。そそくさと身を隠すようにして続ける。
『いやぁ、ごめんて。人の心を取り戻すのに手間取って……ほんとヤバかったんだよ』
今となっては元気そうな声音に見えるが、少し喉が掠れているように聞こえる。このブラックスライム通信は電子音に変換するわけではないのでかなりクリアな音声だ。掠れ声までそのまま聞こえる。
「チッ。水しか飲まねぇからそうなんだよ、バカが」
『だって美味そうな匂い漂わせたら即バレだろ? 無理だろあんな監視空間で盗み食いとか……。というか、チョージがソフィアを仕向けてくれたんだってな。ありがとうな。お前は命の恩人だよ』
「けっ、野郎に感謝されたって嬉しくねぇや。それより何だ? ソフィアの話は聞けたのか?」
頭をガリガリ掻きながら尋ねれば、ぼんやりした肯定が返って来た。
『あー、うん。まあ、いろんな人から話を聞いてみて、手紙も見つけて、やりたいことができたんだけどさ。二人の力が必要なんだ』
「良いぜ、新曲だろ?」
『なんでわかったんだ!?』
コイツ頭沸いてんのか。俺らが出来ることといえばロック以外に何があると思ってるんだ。アオイだけは多彩だが。
「で? どんな曲だ? てかアオイにも繋げよ。これ三人同時通信できんだろ」
ピアスを指で弾けば、アオイとも繋がった感触がした。
『え!? そんな便利なことできるの!?』
『ウム』
アオイの嬉しそうな声が聞こえて来た。イルカの元気な声が聞けたからだろう。ほんと、連絡が遅いよなぁ?
「アオイ、作曲するぞ。で、イルカ? どんな曲がいい」
『実は二曲作りたくて……こんな感じの……』
それから三人でしばらく話し合った。
イルカは歌詞を完成させて、共有ボックスに入れること。俺とアオイは黒スライムを通じてデモを作って、後で落ち合って曲にすることにした。
録音は全て黒スライムに任せる。黒スライム様々だな。
『天照祭まであと二日なんだってな。一曲はソフィアに歌って欲しいから、そっちが優先で……できるか?』
「ハッ」
やべぇな、口角が上がってんのが自分でもわかる。
やっと俺たちの音楽が出来るんだ。
しかもコイツぁ、天照祭とかいう、ある意味全国ネットにノせる気でいやがる。何で捕まったのか忘れちまったんだろうな? だがそこが良い。
「出来るに決まってんだろ? 悪天候なんてぶん殴ってやろうぜ、俺様たちの音楽でなぁ!」
『ウム』
これはドラム叩きたくてウズウズしてる時のアオイの声。
『ははっ、ほんと、頼もしいわお前ら』
多少掠れてる情けない声は、心なしか安堵の気配を感じる。
『あ、てかお前ら当日どうやって城に入るんだ? ソフィアに頼んどくか』
「ああ。アオイのツテがあるが口利きしといてくれや。また捕まったら目も当てられねぇからな」
『ウム。パン、持ってく』
『パン? 何それ? そういや共有ボックスに美味そうなパンめっちゃ入ってたけどアオイが作ったのか!』
締まらねぇな、俺たち。
「良いからさっさと作んぞ。時間がねぇ」
『おう、頼むな!』
『ウム』




