42話 俺はそれが知りたい
◇
王城が広いせいなのか、いろんなところに物があるせいなのか、何かと移動が多い気がする。
紅茶と焼き菓子を軽く嗜んだ後に、再びの移動となった。
ついた部屋は小さめのダンスホールみたいな部屋で、奥にグランドピアノが置かれていた。
リッチも弾いてたし、やっぱり普通にあるんだね、グランドピアノ。
地球の文明レベルからすれば、まだオルガンくらいしかなさそうな感じなのに、ピアノは進んでるんだな。
必ずしも一致するわけではないんだろうけど、それならどんな楽器があるのか、一度全部見てみたいなぁ。
などとぼんやりしていると、メイドの一人がピアノの前に座り、その横にソフィアが立つ。
「……始めるわ」
頷いて応えれば、ソフィアはメイドと目を合わせ、ピアノの旋律が奏でられる。
和音だけで構成された、ゆったりとした伴奏。
「♪――――――」
衝撃だった。
結構、ほら、その、なんていうか、第一印象からして嵐だったし、どう見てもじゃじゃ馬……いやお転婆……とんでもなく活発そうなお姫様だったからさ。
こんな美しい、天上の歌声を持っているとは。
「…………」
歌い終わって、しばらくの間。
いや、なんも言えないよこれ、凄すぎて。圧巻だよ。
「ねぇ……それで、どうなのよ……」
「…………」
「ねぇ! 聞いてたかしら!?」
肩を掴まれた。
「いや、聞いてた、聞いてましたよ」
「じゃあどうだったのよって聞いているのだけど!?」
「感想ですかー。そうですねー。それよりも、聞きたいことがあります」
「……何かしら?」
俺が聞きたいことは一つだけ。
ソフィアがどうしてこれではダメだと思うのか、俺はそれが知りたい。
だって、それはそれは美しい歌声なんだもの。感動しちゃったよ。これの何が悪いんだろうか。
「ソフィア様はどう思ってるんですか?」
「はぁ? どうって……」
「どうしてこの歌声では完璧ではないと思うのでしょうか。充分過ぎるほどに美しい歌声だと思ったんですが」
「む……」
ソフィアは一度ムッとしたが、すぐに言葉を無くして、俯いてしまう。
こりゃ、自信が無いだけじゃ無いのかな?
「んー、それなら、普段のソフィア様のことを教えてください」
「それが何の役に立つのよ?」
説明が難しいな。俺って歌に関しては感覚でしかないし。
けれどそう、例えるならば、何のために歌うのか。
誰に向けて歌うのか。どんな言葉を届けたいのか。どんな音楽を聞かせたいのか。
総じて言うならば。
「歌に込めるべき想いがわかります」
◇
それから、王城の中を案内された。見張りと思われる騎士からジロジロ見られながら、ソフィアと共に練り歩く。王族の絵と思われるでっかい絵が飾られたホールだったり、使用人が詰める食堂だったり、王城勤めの貴族が詰める執務室だったり、騎士が詰める訓練所だったり。色んな人からジロジロ見られた。当たり前か、見知らぬ男が姫様の隣にいるんだもんね。
あとは、無人だったから扉から覗き込む感じで見せてもらえた玉座の間は、すごく広くて、奥行きすごくて、語彙力ないんだけど何で言ったら良いんだろう。豪華だったよとにかく。
玉座は遠くてよく見えなかったけど、意外にクッション性高そうだった。
ソフィアはもっと、お転婆な感じで案内してくれるのかと思ったけど、予想に反して御淑やかなガイドだった。すれ違う貴族や騎士にも「ごきげんよう」とお澄ましな笑顔を振り巻いていた。嵐はどこに行ったのやら。台風も台風の目があるもんな。凪の部分なのかも。
そんな失礼なことを考えつつも、最後は姫の私室に着いた。流石に男が入るのはどうかと思ったが、騎士の人が二名くらい一緒に入るから良いと言われた。
なら良いか。俺なんて瞬殺だろうし。
姫の私室はこれまた豪華で、此処でお茶会ができるスペースがあって、奥に寝室があるのだとか。
お茶会スペースには一枚の大きな絵が飾られていて、ソフィアっぽい小さな女の子と、その両親と思われる貴族の風貌の男女。椅子に座る女性の方は、穏やかな顔つきをしているが、どことなくソフィアに似ている。
「あぁ、それは私が幼い頃に描いてもらった絵よ」
「良い絵ですね。ソフィア様が何歳くらいの頃の絵ですか?」
「これは五歳の時の絵よ」
「そういえばホールにも絵がありましたね」
ホールに飾られていたのは、父親と思われる男性とソフィアが一人ずつ描かれた絵だった。この椅子に座る女性の分はなかったような。
「……家族で描いてもらった絵はこれしかないの」
何だか触れたらいけない予感がした。
ソフィアはそのまま何も言わずに近くの椅子に腰掛けたので、俺も座る。
すぐに紅茶が運ばれて来た。すごい至れり尽くせりだな。
「それで、どうだったのかしら」
「何がですか?」
「だから、あなたが普段の私のことを教えろと言うから王城を見せたでしょう? どうだったのかしらと聞いているの」
普段のソフィアのことを教えて欲しいとは言ったが、やってたことは城の案内だけだったような……。
「んー、そうだ。城ではちゃんとお姫様してるんだなって思っ……いましたね、はい」
あぶねー、敬語忘れちゃうところだった。
「ここなら堅苦しい言葉遣いはいらないわ。私のこともソフィアでいいわよ」
「え、お姫様にそんな……」
「私が良いと言っているのよ?」
ソフィアって眼力強すぎるんだよな……。
「えーと、うん。わかったよ。その方が俺も楽だし」
「わかったなら良いわ。あとね、お姫様してるってのがどんな物かわからないけど、貴族も多く勤めている城で気は抜けないわよ」
「じゃあこっちが素なんだ」
「まあ……そうね。チョージから、あなたには隠さず全てを話すようにと言われているの」
チョージが? ソフィアが何かを抱えているとは思ったんだろうな。あのプレイボーイが女性の機微を見逃すはずないし。すーぱーキショいから。
「じゃあ、次はソフィアの言葉で教えて欲しい。ソフィアは、そうだな……好きなこととかあるか? 読書とかさ」
「何よ、その変わった質問。そうね、読書はするけれど、必要だからしているという感じね」
「あー、お姫様だから勉強も忙しいのか。じゃあ運動はする? この国だと馬とか? 乗れないか、お姫様だもんなー」
「おほん。遠乗りならできましてよ」
「急にお嬢様言葉になるじゃん」
どうやら乗馬はお好きらしい。だいぶ食い気味に言われたし。
「遠乗りかー、いいな。剣は? 女性だとさすがに?」
「剣の方も自信ありましてよ」
これまた食い気味に言われた。近くに控えるメイドがやれやれといった空気を出している。
こりゃ相当困らせているタイプのお転婆だぞ。
「はは、いいじゃん。例えば遠乗りでどんな所に行くの?」
それから、ソフィアは水を得た魚のように遠乗りで見に行った街や景色の話をしてくれた。
馬も好きだが、旅そのものも好きなようで、初めて野宿した時の感動を力強く語られた。
その顔は生き生きとしていて、またあの景色が見たいと顔に書いてあるかのよう。
それは城内を案内していた時のソフィアとは全く違う、生きた顔。
こっちが素なら、普段は相当無理してお姫様してるんじゃなかろうか。
「あとは……あなた方の音楽を、ちゃんと聞きました」
ソフィアは、ぽつぽつと続ける。
チョージが、歌において右に出る者はいない、とまで言わせた歌声とはどんなものなのか気になったのだとか。それで一番最近の雨の中で歌っていた配信を見て、その後残っている配信は全部観てくれたんだって。
「なんか照れるな」
「チョージの言っていたこともわかるわ。あなたの歌には力がある。魔力だけじゃない。数字や魔力じゃ証明できない力が。それは今の私に足りないもの」
「なるほどね。ソフィアはその力とやらが足りないと思っているのか」
「そうよ。どうしたらあなたみたいに歌えるのかしら?」
そんなこと言われても、俺は必死に歌ってるだけだしな。
そもそも俺は散々想像力がないと言われているんだし、魔法を使うのも下手だ。
特別な力があるとも思えない。
「そうだな……それを解決するためにも聞きたいことがあるんだけど」
「何でも話すわ」
「何でもはまずいから、必要な分だけで良いからな。あのさ、天照祭で歌う歌ってあれしか歌っちゃダメなのか? 他の曲は?」
「そうね……たしか、時代によって歌が違うという話は聞いたことがあるわ。でも……」
俯いた目が揺れている。
「気になることがあるなら、教えて」
俺はソフィアを真っ直ぐに見た。
チョージから期待されている。
ソフィアが助けを求めている。
牢屋から出してもらった恩がある。
命を救ってもらった恩がある。
その後にあたたかい食事や風呂をくれた恩がある。
もうたくさんのものをもらっている。
俺自身に何か力があるわけではないと思う。
けれどそんな俺だからこそ、伝えられる何かがあるかもしれない。
だったらやれるだけやる。もう腹は括った。
「助けになるよ。だから、教えて欲しい」
ソフィアはゆっくりと顔を上げて、意を決したように口を開いた。
「――――――あれはお母様が歌姫の時に歌っていた歌なの」
◆
母が歌姫となったのは、国王である父と婚約をすることになった十五歳の時。
歌姫になれる者が婚約者になる風潮があったそうで、同じ年代の貴族女性は皆歌に力を入れていた。その中で、一番と認められたのが母だった。
その年の天照祭は、その美しい歌声が、王都中に響いたのだとか。
その時の歌が、誰も歌ったことのない新しい歌だったそうで、作者は今も不明。
けれどその歌は、王都では誰も知らない者がいないくらい浸透した。子守唄に使われるくらいだったとか。
そんな母が正式に王妃になって、私を産み、その後体調を崩した。
なんとか公務に出たり、天照祭だけは続けていたけれど、年々寝台から離れられなくなっていく。
ちょうど一年前の天照祭。
痩せ細った身体を側近に支えられながら舞台に上がり、父が伴奏を始めた直後、母は奇跡のように真っ直ぐに立ち、どこにそんな力が残されていたのかと思うほど、力強く美しい歌声を披露した。
その年の天照祭は筒がなく終わった。
終わったのだが、その直後、すべての力を使い切ったかのように、母は遠くに行ってしまった。
最期の時、寝台の傍らで泣いていた時、母が私の手を掴んで「次は貴方が守るの」と言った言葉を今でも覚えている。
母の言葉通り、今年は私が歌う。
母が遺してくれた歌と共に、舞台に立ちたい。
だけど。
だけど本当は、これで良いのかとずっと考えている。
王城に勤める者たちは皆、母と私を比べてヒソヒソと噂をしている。
やはり見劣りがするのだろう。
母の分まで頑張らなくてはとずっと練習してきた。公務も減らさずに続けて来た。
父からは、歌に集中して良いと言われていたが、そんなことをして成果を残せなかったら?
怖くてたまらない。
だって、私の失敗は、国の存続に直結する。
失敗すれば、今後一年間は雨が続く。
今でさえ床上浸水が始まっているのに、これ以上の雨が降ればどうなる?
結果は見えている。
国の滅亡だ。
私は母の歌を支えにがんばりたい。
けれど同時に、こんなこと考えたくないけど、本当は、母の影が恐ろしくてたまらない。
あの偉大な歌姫を超えなければならないのだ。
私に、そんなことが出来るのだろうか?
こんな不安は、周りに知られてはいけない。
母を超えるならば、完璧でなければならない。
大丈夫、大丈夫。
私ならできる。やらなくちゃ、完璧に。
母を超える歌姫にならなくちゃ。
だからお願い。
私に足りないものを教えて。




