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41話 その嵐は、女の姿をしていた。

 

 ◇



 いつまでも降り続ける雨は、地下牢に多大な影響を与え、寒さや湿気に留まらず、遂には水害をもたらしていた。


「ダメだ、土嚢を積んでも水が漏れる」


 天使の看守が一生懸命土嚢で隙間を埋めてくれるのだが、流れ込む水の勢いは止まることを知らず、少しずつ地下牢の床を埋め始めていた。

 もしかしなくても、このまま放置すれば浸水する。と言うかもう浸水している。


 外の雨は土砂降りになっているそうで、土嚢の隙間から漏れる水の勢いが強い。


「応援を呼んでいるからもう少し待ってね! 移動出来るように進言してるところだから!」


 自分もびしょ濡れになりながら、天使が何度も励ましてくれる。相手がどんな人間だろうが、こうして身体を張って守ろうとしてくれる姿勢は心が救われる思いがする。

 まあ、もう立ち上がる気力もないんだけど。

 というか、本来なら今日が俺の処刑日だったんだけど、この大雨で延期になったらしい。天気に感謝すれば良いのか、どの道死を待つだけなので呪えばいいのか、もはやわからなくなってきた。


 檻に閉じ込められている他の罪人たちも皆同じようで、声も出さずただジッとその時を待っている。


 浸水が進んで、命が水底に沈む時を。


 せめて最期は、穏やかな気持ちで過ごしたい。だってもうどうしようもないんだし。上に掛け合ってるとか言われても、許可が降りる頃には俺たち物言わぬ骸になってるって。


「すーぱーもふもふぱらだいすー♪」


 だったら最期は陽気な気分で、ギターを弾いて歌っていたい。


 檻の中に居る光も、俺の歌に合わせて飛んだり跳ねたり、楽しそうだ。この光は天使にも見えないみたいで、いよいよ俺も年貢の納め時なんだろうかと実感したものだ。


 その時、どこかで、ドガン! と大きな音が鳴った。

 遠くで騒がしい声が聞こえてくる。加えて水音。


 あぁ、そろそろだろうか。


 激しい雨。激しい風。

 喧騒まで響いて、これはすごい。


 世界の終わりに、陽気な音楽。



 ――――――最高にロックだぜ!



 喧騒は、いつの間にかすぐそばに来ていた。


「見つけたわ! あなたがイルカね!?」


 嵐が来た。


 その嵐は、女の姿をしていた。



 ◇



 嵐は名をソフィア・ルナリア・デアソリスと言うらしい。

 天使の看守が止めるのも無視して、むしろ彼から強引に鍵を奪い取って、俺が入っている牢の鉄格子を開けた。

 ズカズカと中に入って、ギター弾き鳴らしてる俺の腕をこれまたものすごい力で引き上げて、引き摺るように地下牢の階段を駆け上がって行った。

 おかげで天使の看守にお礼も言えなかったし、他の牢屋メイトに別れの挨拶もできなかった。


 ソフィアは俺が明らかに場違いな豪華な場所に引き摺り込んで、慌てているメイド達に俺を押し付けた。

 メイド達は拾った捨て犬を洗うかの如くゴシゴシと俺を磨いて、風呂に放り込んだ。確かに牢獄生活で痩せたけど、一応大の大人よ? どんだけムキムキなのこのメイドさん達。

 ていうか、キャーッ! とか恥じらう暇も無かったんですけど。まじで全部洗われたんですけど。もうお嫁に行けないとか泣けばいいのか?

 ていうか、何でこのソフィアという女はそんな俺を仁王立ちで見続けてるんですかね。どこか別の場所で待っていてくれよ。しかも気が急いているのか、ゴシゴシされて聞こえ辛い中、彼女のご説明が長々と続いている。


 半分も頭に入らないが、チョージという単語が聞こえたので、チョージが何とかしてくれたんだろうな。

 次会ったらお礼を言わないと。命の恩人じゃないか。


「……ということで、時間がないのよ。あなたの身の安全は私が保証するから、天照祭の成功に協力しなさい!」


 ふむ。よくわからんが天照祭とやらでソフィアが歌うけど、自信がないから歌について教えて欲しいってこと?

 何で俺? とは思うが、それよりも。


「それよりも、俺、死ななくていいの?」


 スパコーン! と頭を叩かれた。水飛沫が弾ける。


「話聞いてた? あなたは私が保護したの! だから、処刑なんてさせないわよ」


 ポカーンとソフィアを見つめてしまった。よく見ればピンクブロンズの髪に、天空を閉じ込めたかのような瞳をしていた。その瞳には、激情を閉じ込めたかのような強さがあった。


「……ちょっと? どうしたのよ」


 首を傾げるソフィアに答えることができず、思わず湯船に頭まで浸かってしまった。メイド達が慌てて引き上げる。


「ちょっと、本当に大丈夫なの?」

「…………そっか、俺、死ななくていいんだ」


 情けないかもしれないけど、押さえられなかった。

 だって捕まってから、自分に未来はないんだと、元の世界に帰れないままこんなどこかもわからない場所で死ぬのだと思っていたのだから。


「……食堂で待ってるわ。さっさと着替えてきなさいよ」


 ソフィアはこれ以上話を続けないでくれるようで、さっと部屋を後にしてくれた。


 まだ身体にうまく力が入らなくて、メイドさん達に助けられながら着替えを済ませ、何とか食堂と呼ばれる部屋についた。


 長いテーブルのお誕生日席と向かい側にカトラリーがあって、奥にソフィアが座っていた。俺は入ってすぐのお誕生日席に座らされた。


 ソフィアが何かを言うかと思えば、何も言わずに手を挙げると、食事が運ばれてくる。


 ポタージュ的なスープに始まり、よくよく茹でた前菜、と続くとフレンチのフルコースを思い浮かべ、さすがに今の病み上がりの体調でイケる食事じゃなさそうだなと思っていたら、次は麦を煮込んだような粥が出てきた。

 思わず給仕をしてくれたメイドを見やれば、誇らしげに一礼してくれた。


 俺がどういう場所にいたかわかった上で用意してくれた食事なのだろう。

 思わず鼻を啜ってしまった。


 こんな温かい食事なんていつぶりだろうか。共有ボックスにうまそうな料理が入っていたが、匂いでバレそうだったので一切手をつけられなかったのだ。食べられたのはせいぜい牢屋で出されたほぼ水のゲキマズスープと、ちょっとカビてる硬いパンくらいだ。


 一口啜る。


「………」


 次の瞬間には掻き込んでいた。明らか高貴な身分の人の前ではしたないにも程があるが、我慢ができなかった。作法がなんぼのもんじゃい、今俺は生を噛み締めているんじゃい。


 だけど、ソフィアは嫌な顔一つせず同じテーブルで食事を続けてくれた。


 俺は結局粥を三杯食べて、ようやく人心地ついた。



 閑話休題。


「……はぁ、すみません。久しぶりの人間の食事に止まれませんでした。お目汚し失礼しました」

「良いわ。誰だって、あんな場所にいたら外での食事が全部ご馳走になるわよ。まあ、料理長の特製粥は王都でもここでしか味わえない最高の粥なのだけれど」

「ありがとうございます。本当に、生きた心地がします」


 落ち着いてきたら何だか恥ずかしくなってきた。さっきまでの俺なんか色々アウトじゃない? 全部見られたし獣かってくらいムシャムシャ食べてたし。まじで拾われた捨て犬じゃん。

 ……うん、穴があったら入りたい。


「それで、すみません。気が動転しててさっきの話の半分も理解してなくて……歌がどうとか?」

「良いわ。私もつい急ぎすぎたのだわ。本当に時間がないものだから」


 ソフィアは立ち上がり、隣の部屋に俺を招いた。

 隣は客室になっているようで、ソファに向かい合って座ったところで、良い香りがするお茶が出された。紅茶かな。やばい超美味い何これ。茶菓子もお腹に優しげだし美味いしこれなんの焼き菓子?


「コホン」

「あ、すんません」


 久しぶりの文明に心が奪われていた。今度こそちゃんと話を聞かなければ。


「もう一度説明するわね」


 そうして、ソフィアは懇切丁寧にもう一度説明してくれた。


 曰く、この王国、名をデアソリスと言うらしいが、この国には言い伝えがあって、昔はこの地は雨が続く人が住めない地域だったとのことだ。その地で、後の建国の祖である初代国王と王妃が神に歌と音楽を捧げたところ、雲に穴が開いたように晴れて、この地に晴れが訪れるようになったんだとか。

 だけどそれは神の御力だから、毎年祈りを捧げないと、また昔のように雨が降り続けてしまうんだって。

 ちょうど、今のデアソリスのように。


「天照祭は決まった日に執り行われるの。例年はそれまで天候も安定してるのに、今年に限ってはもう雨が降ってしまっていて……本当はすぐにでも天照祭をしたいのだけど、そういうわけにもいかないの」


 神話に基づく伝統儀式ならば、日取りまできっちり守られているのだろう。もう雨が降ってるからって前倒せるものでもないようだ。


「今年は私が歌姫の担当をすることになったのだけど、民からは不安の声が上がってるわ。儀式の前からこんなに雨が降るなんてら今まで一度もなかったのだもの」


 責任感とイレギュラー、か。ソフィアの手は固く握られ、震えていた。必死に隠そうとしているようだけど、抑えきれていない。

 焦りもあるのだろう。


「今年の天照祭は、絶対に成功させなければならないの。だから、歌をもっと完璧に仕上げたくて。チョージによれば、歌に関してはあなたの右に出る者はいないってことなのだし、あなたの意見が欲しいのよ」

「そんなこと言われても、チョージの買い被りすぎですよ。俺なんてその辺にいるシンガーの足元にも及ばない」


 世の中にどれ程のシンガーがいることか。俺の実力なんて石ころにも満たないよ。


 そんなことを宣ったら、テーブルがバン! と叩かれた。

 身体を跳ねさせて見やれば、ソフィアが泣きそうな顔で俺を見ていた。


「もうあなたしか居ないのよ……! どうか私を助けて……!」


 揺れている声音。震えが止まらない手。

 よく知らないけど、創作物とかでは、貴族は感情を面に出さないと聞く。ここでもそうなら、これは相当なことなのだろう。

 背後でメイド達がおろおろとしている空気を感じるし。


 ソフィアは家名に国名が入っていることから、この国のお姫様なんだろう。扱いとか、この部屋とかね。どう見ても城なんだよな。俺が捕まってたのも王城の地下牢って聞いていたし。


 そんな人が、必死で訴えて来ている。

 俺の実力がなんだ。どんなものであれ、チョージに期待され、ソフィアが願っている。


 この想いに応えずして、何がロックか。

 いやロック関係ないか? 締まらないな、俺。


「うん、はい。よく分かりました。まずはあなたの歌を聴いてみないことには分かりませんので、一曲聞かせてくれませんか?」


 やれるだけやったろーじゃないの!

 異世界の姫をプロデュースってね!

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