40話 それは、美しい声をしていた。
今回も全部チョージ目線です。
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イルカが捕まって二週間が過ぎた。
その間ソフィーの送迎という仕事をこなしつつ、情報収集をしていた。
娼館の従業員から直接聞くこともあれば、マジックネットの動画を漁ることもある。おかげでこの国にはだいぶ詳しくなった。
そもそも今いる国は、デアソリス王国というそうで、建国から二百年ほど経つ国なんだとか。
北は山、南は海、東は前人未踏の樹海、西にインゲマグナ帝国という国に囲まれているとかで、これだけ聞くと随分と閉じた立地に思えるが、国土がとてつもなく広いので、諸外国との外交よりも内政重視といった風潮らしい。度々内乱も起きるとか。
マジックネットはこの広い国土にあって情報伝達という利点で大いに役立ち、国を保つ一端を担っているのだとか。
端末の値段が高すぎるので、個人で持っているのは貴族や大商人くらいなものだが、それは逆に情報発信側も煩雑にならないという利点がある。
そんな中で、かなりの頻度で配信される個人配信。それが、『シュールレアリズム』の音楽だった。
その音楽は大衆的で俗人的、かつ反骨精神の強いロックときたものだから、絶対王政の国が危険視するのも頷ける。
これまでそういった激しい曲調の音楽が全くなく、個人で音楽を作ること自体、貴族に雇われてなければやらない。それに、作ったとしてもクラシックだ。オーケストラやオペラくらい。
そんな世界にロックをぶつけてしまったのだ。
聴衆にとっては、音楽でぶん殴られるような衝撃を覚えたことだろう。
しかも歌うのがあのイルカなのだ。音楽にド誠実、聴衆にド正直、自分たちが作り上げる音楽を誰よりも愛している男。
これが、世界に影響を与えないはずがない。
大袈裟だと思われるかもしれないが、何もなかったところから、新しいジャンルが生まれるというのは、それだけ衝撃も大きくなるものなのだ。
――――――それだけが、この二週間で分かった事である。
為政者が急激な社会の変動を危険視するのもわからなくはない。高い視座で見ればそうなのかもしれない。
だからって納得できるか。
こっちは仲間が殺されかけているんだ。
使える手はなんだって使うべき。
情に訴えてでも、全財産を使ってでも、イルカを救う。
そのための手段が、目の前にいる。
「出迎えご苦労様」
およそ町人に見えない上等な布で作られた、町人風のドレスに、これまた上等な布のフード付きマントで顔を隠した、相変わらず変装が下手くそな女性。
「いや、今来たとこだよ」
「はぁ? よくわからないけど、何時間も待たれているよりは良いわ」
王城の近所に住んでいて、男性からのエスコートに慣れきっている女性。
チョージが恭しく手を出せば何の疑問も持たずに自分の手を置いてくる、そう、ソフィーだ。
初めて会った時に手の甲にキスをした時から、ソフィーはこうした扱いをされ慣れていることに気が付いた。
あまりにも自然に受け取るし、普段アオイを見ているからわかるのだが、あらゆる所作が美しい。アオイよりも完璧。これはチョージにとって異常である。
極め付けは……。
『皆様ご機嫌よう。私は、ソフィア・ルナリア・デアソリスです。本日は皆様にお伝えしたいことがあり、こうして映像を記録いただいています』
家電量販店ならぬ、マジックネット量販店の特大モニターに映し出される女性。この国の姫を名乗り、街の治安改善を訴える動画が、ここ数日流されている。
その女性は、髪の色こそ違えど、ソフィーとそっくりなのだ。ちなみにソフィーはくすんだ茶色で、姫様はピンクブロンド。
チョージにかかれば、映像を見て、身長、体重、スリーサイズ、目付き、顔の表情の癖、仕草の癖。何より佇まいから、ソフィーと全く同じであることが見て取れる。
百戦錬磨と謳われるチョージの目は誤魔化せない。
女性に限り、見間違えるわけがない。
それがチョージという男である。
ここに正常なイルカがいたら「すーぱーキショいね」と笑ってくれたことだろう。だが今ここにイルカは居ない。
捕まってから共有ボックスに入っている紙とペンを使い日記を付けてくれるおかげで、生存確認ができているが、ここのところ様子がおかしい。日付の感覚がなくなっているし、日記の数も日数と合わなくなっている。何度か声をかけているが、反応もない。
何より発言がおかしい。ジェットが録音しているので、イルカの頭のおかしい歌も聞いてしまった。
なんだ、すーぱーもふもふぱらだいす、て。下ネタか?
そして日記にある通り、処刑の日程が組まれてしまったようだった。
もう時間がないのだ。つべこべ言っていられないのである。
「もう時間がないわ……」
チョージの考えていることと同じことをソフィーが言ったので、つい驚きの視線を向ける。ソフィーはチョージの様子に気付かず、傘の中でぼそぼそと呟いている。
「雨も上がらない、治安も良くならない……やっぱり私じゃダメなのだわ……」
ソフィーがこの国の姫であるソフィア・ルナリア・デアソリスであるなら、この呟きを聞かなくとも天照祭で歌を捧げる王族=ソフィーだと予想が付く。
「そういえば、毎日のように館に通っているが、何をしているんだ?」
ソフィーが店に着いた後は、チョージは適当に街の中をぶらついていたので、彼女が店で何をしているのかは聞いたことがなかった。
聞かれたソフィーは、少しだけ顔を暗くさせる。
「……雨が続いているでしょう? 特に食べ物の流通が滞っていて、商店に行っても食べ物が買えない人が出てきているの。そんな人たちに食べ物を届けるために、どこが一番被害が大きいかを調べてて……マダムのところには、本当にたくさんの情報が集まるから。あとは、練習のために……」
「練習?」
「あー、えっと。アンタには、話しても平気かしらね。歌の練習なのよ」
「天照祭のか」
「えっ!? ……気付いてたの?」
チョージが特大モニターを指差すと、ソフィーは一度納得したような顔をしたが、すぐに髪の毛を掴んで「なんでわかったの!?」と言ってきた。
逆に何故バレないと思ったのか。
「髪の色が違っていても、それ以外が全て一致しているのだから、同一人物に決まってる」
「それ以外って何!?」
「身長、体型、声、全て一致している」
本当はもっと仕草や癖でも見ているが、そこは言わないでおいた。英断だった。
「嘘、それだけでわかるものなの……? これまで気付かれたことなかったのに」
「それはそうだろう。そもそも、貴人がこんな街中に居るだなんて誰も思わない」
「でもアンタは気付いたじゃない」
「それは前提条件が違うからだ」
首を傾げるソフィー。
「出会った時から、君が貴族であろうことは察していたからな。その立ち振る舞いは、街人に紛れるには洗練され過ぎている」
慌てたように自分の姿を省みるソフィーだが、もう遅い。街の人だって、少し違和感を覚えればすぐに気が付くだろう。それくらいソフィーの変装はお粗末だから。
特大モニターには、姫様の映像の次にシュールレアリズムの曲が流れた。
「そういえばアンタって、あの演奏家なのよね。弾ける楽器はあの不思議な弦楽器だけなの?」
「あとはピアノと、サックスだな」
「ピアノはわかるけど、さっくすって何かしら?」
「金管楽器だが……そうか、ここには無いのか……」
金管楽器の中でも、トランペットは地球でも古くからある楽器なのでこの世界にもあるだろうが、サックスはまだ無いのかもしれない。
「まぁ楽器はいいわ。それなら、音楽がわかるのよね……」
ソフィーは何かを考えるようにブツブツと呟くと、意を決したようにチョージの服の裾を掴んだ。
「今日は私の歌を聴きなさい」
「喜んで。マイ・レディ」
「その言い方虫唾が走るからやめなさい」
「手厳しいお嬢さんだ」
脹脛を蹴られた。意外に足癖が悪い姫様だった。
『至宝館』に着き、マダム・ガーネットの部屋に入ると、マダムが地図を広げながら待っていた。
「おや、今日はアンタも居るのかい?」
「ソフィーの願いだからな」
「そうなの。後で歌を聞いてもらおうと思って……」
マダムは納得したように頷くと、地図を指差していく。王都の街並みの地図のようだ。
「じゃあ手短に終わらせるよ。昨日はこの辺りで問題が起きてる。また商人同士の小競り合いだよ。昨日は塩の値段で言い争っていた。塩にしては安すぎる値段で売りつける輩がいて、それに難癖付けた商人がいたんだが、どうも安さの原因は砂を混ぜていたからでね。バレた奴は捕まったが、近頃そんな紛い物混じりばっかりさ」
「塩は不味いわね……値段が上がり続けているせいでもあるけれど」
「まぁまだアンタんとこの文官でなんとかできるだろうよ。早いとこ手を入れな」
「ええわかったわ。ありがとう」
ソフィーはマダムから聞いた情報を黙々とメモり、一通り話し終えるとメモを懐にしまって片付け始めた。
「待たせたわね、チョージ。これから歌うから、聴いて頂戴。それで、本職の意見を聞かせて欲しいの」
「そういうことなら、俺でも力になれそうだ」
ボイトレしてくれと言われたら困っていたところだ。流石に歌に関して、イルカほどの知識はない。
マダムの部屋の奥にあった塊から、大きな布が外される。ピアノだ。
マダムがピアノの前に座り、美しい旋律を奏で始める。内面から溢れ出る気品がそう感じさせるのだろう。
優雅でゆったりとした曲調に合わせ、ソフィーが喉を震わせる。
それは、美しい声をしていた。
ここがオペラハウスかと錯覚するほど、美しい旋律の並び。ソファにゆったりと腰掛けて、紅茶を楽しみながら聴くこの空間はなんと高貴で優雅なことか。
ただ一つ。問題があるとすれば。
「……どう、だった?」
歌い終わり、恐る恐る訪ねてくるソフィー。
歌に詳しくないチョージだが、常日頃から本気の歌を聴き続けている身としては、物足りないものがある。
それは、パッションだろうか。
その音色に乗せられるべき色が、全く見えないことだろうか。
感情を乗せるのとも違う。人の心を惹きつける要因とも言える何か。
「そうだな。美しかった」
そう、美しいのだ。
完璧な絵画を見せられているような、それこそソフィーの完璧すぎる所作そのものと言うべきか。
万人が聞けば、大勢の人が好印象を受ける、そんな歌ではある。
だけど何かが足りない。
恐らくそれは、ソフィーも感じていることなのだろう。だからこそ、「美しかった」の言葉の続きを待っている。
「……歌において、右に出る者はいないと思う奴がいる。そいつと比べてしまうと、足りないと思ってしまうな」
そう答えれば、ソフィーは目を見開いて、拳を握りしめて、ぐっと感情を堪えるようにして目を瞑った。
わかっていても、プロに言われるのは辛いのかもしれない。
「ソフィーは、自分でも何かが足りないと気付いている。そうだろう?」
「…………えぇ。全くその通りよ」
「なら、その悩みをどうにかできる奴に、心当たりがある」
「誰!? その右に出る者がいないって人のこと!?」
身を乗り出すソフィー。はしたなくテーブルに両手を打ちつけてしまうほど、興奮している。マダムは好きにさせるつもりなのか、やれやれとピアノに布を被せていた。
「そうだ。だが、教えるには二つ条件がある」
「何かしら」
まさかチャンスの方から来るとはな。
チョージは片頬を釣り上げて、不敵に笑う。
「――――――まず、ソフィア・ルナリア・デアソリスの力で、そいつを保護して欲しい」
目の前の少女は、間髪入れずに「良いわ!」と告げた。
チョージは頷く。
「もう一つは何?」
「もう一つは、もっと簡単なことだ」
首を傾げるソフィーの目を見て、チョージは願う。
「そいつ……イルカには、君の想いの全てを打ち明けてほしい。包み隠さず、全てを」
イルカは想いで光る生き物だから。
共感力、とも言うべきか。
だからこそ、彼女が抱える問題は、イルカならきっと解決できることだろう。
俺様ではできないことだが、なんて、口が裂けても言わないが。




