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38話 ソフィー

今回は全部チョージ目線です。

 

 ◆



「なんか勘違いしてない?」


 裏口から店に入ると、助けた女性が胡乱な目を向けてきた。


「何のことかな、レディ。従業員なら裏口を使うのも頷けるが」

「それよ、それ! 私は従業員じゃないわよ! ……ちょっと縁があって、お世話になってるだけ」


 オトナのお店にお世話になるとは、一体どんなお世話なのだろう。

 下世話なことを考えているのがバレたのか、女性はチョージの手を軽くつねった。


「違うからね!? 私はまだ……いや、そうじゃなくて! とにかく、見送りはここまでで良いわよ。どうもありがとう」


 女性はそのまま店の奥に行こうとしてしまう。チョージはその手を掴んで引き留めた。


「何? まだ何か?」

「少し待って欲しい。こちらもこういった店に用があるんだ。君がこの店の者と知り合いなら、口利きしてもらえないか?」

「はぁ? あぁ、助けてもらった礼をしろってこと? でもお生憎様。客としてなら無理よ。私、そういうのは聞かれてもわかんないし、何よりマダムが許さないわ」

「客じゃない。ここで雇って欲しいんだよ。用心棒としてね」

「ふーん?」


 女性は片眉を上げてチョージを見るが、悪い印象ではなさそうだ。


「そのマダムというのが、この店の主人なのか?」

「まぁそうだけど。そういうことなら会わせてあげても良いわ。でも会わせるまでよ。その先は知らない。助けてもらった恩は、それでチャラにして」

「あぁ、充分だ。助かるよ。レディ」

「それから」


 女性はくるりと振り返って、チョージに人差し指を突き出す。


「私はソフィーよ、ソフィー。レディなんて寒気が走る呼び方しないで」

「……そうかい、ソフィー。俺はチョージだ」

「変な名前」


 失礼な! 艶やかに舞う蝶の名なんだぞ、と指摘しようとしたところで、ソフィーはさっさと店に入って行ってしまった。仕方がないので肩をすくめて追いかけることにした。


 ソフィーはこの店にとって賓客だったらしく、彼女が近くの人間に声を掛ければ、店の人がすぐに取り次いでくれ、『至宝館』の女主人の元に案内された。


 女主人は部屋の奥で高級そうなソファに寝そべって、ワイングラスを傾けている。

 部屋に入って来たソフィーを見て、喜ぶように目を細めた後、続いて入って来たチョージに鋭い視線を送った。


 ソフィーが事情を説明すると、見定めるようにチョージに視線を送る。


「ヘェ、アンタ、見たことある顔だねぇ。それで? ここに置いて欲しいって? 生憎、男娼は雇ってないよ」

「この顔に見覚えがあるとは、光栄なことだ、マダム。だが、生憎俺はコレで雇ってもらいたいんだよ」


 チョージが手から魔法で氷を作り出し、マダムに見せた。

 マダムは特に驚いた風もなく、軽く鼻を鳴らすと、手にしたワインを飲み干した。


「フン、氷魔法だね。それがどうしたって? 酒用の氷なら間に合ってるよ」

「近頃この辺りも物騒なんだろ? 用心棒が一人くらい増えてもいいんじゃないのか?」

「ハン、大した自信だね。だが、アンタの方が危なっかしいように見えるがねぇ……」


 マダムがそう言いつつ視線を向けた先を見れば、扉の影に隠れるようにして娼館の女たちがチョージをみてきゃぁきゃあ言っている。

 ウインクを投げれば、一際歓声が上がった。


 気分がいい。やはり俺様もまだまだ人気があるということか。


「ハァ……まぁいいか。この子のこともあるしねぇ」


 マダムがソフィーの頭を撫で、ソフィーは嬉しそうに微笑んでいる。気安い関係のようだ。


「部屋は貸す。食事は自分でなんとかしな。仕事内容は、この子の送迎。いいね?」

「感謝するよ、マダム」

「クミン、この男に離れの部屋を用意しな」

「はぁい」


 マダムが扉の影に隠れていた従業員の一人に声を掛け、クミンと呼ばれた女性がチョージに軽く手を振って去っていく。

 つられるように、他の女たちも仕事に戻っていったので、部屋は三人だけとなった。


「それで? ソフィーはどうしてここに来たんだい。しばらく来るなと言っただろう」

「でもガーネット、あんな手紙だけ寄越されても心配になるだけだわ。どうしてここへ来ては行けないの?」


 マダムはガーネットという名前らしい。そういえばお互い名乗ってないな。どうでもいいか。


「アンタねぇ……今は大事な時期だろうに。この男が言ったように、今は王都中の治安が悪くなっているんだよ。そんな中一人で出歩くなと忠告したかったのさ。アンタだって、今日ここに来るまでに絡まれたんだろう?」


 だからこの男が付いてきた、と視線だけでチョージを見るマダム。チョージは肩をすくめた。


「そうだけど……でももうすぐ天照祭でしょう? 私も何かしたいの……」

「それこそ、家で大人しくしてるのがアンタにできることだよ」

「でも……」


 子供のようにぐずるソフィー。


「一つ聞いても良いだろうか」


 気になることは聞いておこう。マダムに視線で促されたので、先を続ける。


「天照祭というのは、王族が天に歌を捧げる儀式なのだろう? この店で何かすることがあるのか?」


 王都に入る前に商人から聞いた話では、王族が歌うだけの祭りのように思っていた。

 けれどそれは違うらしい。


「あぁ、アンタはこの国の人間じゃなさそうだしねぇ。知らなくても無理はないか。天照祭の儀式自体は王家が城で行うものだけど、マジックネットで放映されるんだよ。街の人間はその歌を聞いて、王家と天に祈りを捧げ、儀式の成功を祝うのさ。アタシはこの辺りの取り纏めをしていてね。治安警備やら何やらで大忙しさ」


 要は、儀式にかこつけてお祭り騒ぎをするんだとか。酒が回るのでそれなりに諍いが起きるらしく、この街の警備隊では足りないので、民間でそれを諌める役回りがあるんだとか。


「それが今回は祭りをやる前からあちこちで事件が起きていてね。これ以上増えるようならしばらくは店も締めようかと思っていたところだよ」

「治安の悪さの原因は何なんだ? 男も出歩くのに気をつけろと言われたくらいだったぞ」


 肩をすくめるマダム。目を伏せるソフィー。

 マダムは気遣うようにソフィーの背中を撫で、話は終わったとばかりにこう告げる。


「アンタに言えることはないね。それよりソフィーと二人で話があるから、クミンに部屋でも案内してもらいな。仕事がある時は呼ぶ」

「……わかった」


 ここで追い縋っても意味がないだろう。それに、態度だけでも充分情報になっていた。


 治安悪化の原因に、ソフィーが関わっている、と。


 これがイルカを助ける手掛かりに繋がるのかは不明だが、覚えておいて損はないだろう。


 マダムの部屋を出て、近くの従業員に声をかければ、すぐにクミンの元に連れて行ってくれた。

 従業員の待合室のような場所に案内され、そこにクミンがいた。

 クミンは栗毛のショートヘアと、淡い緑の瞳が魅力的な女性で、この店でもそれなりに高い地位にあるのか、他の従業員から挨拶されている様子が見て取れた。胸元を強調するような薄いドレスに身を包んだ彼女は、チョージに気がつくと足早に近付いてくる。


「あら、マダム・ガーネットとのお話は終わったかしら?」

「ああ。マダムから、君に部屋の場所を聞くように言われたよ」

「あらそうなの。じゃ、こっち」


 クミンは慣れた仕草でチョージの腕に自らの腕を絡ませ、ゆったりとした力でチョージを誘う。


 チョージの部屋は別館に用意されているとかで、およそ客が通らないであろう通路を通り、一度館の外に出る。裏庭に隠されるように建てられた建物に入り、その一階の奥の部屋に案内された。


 てっきり物置小屋に通されるかと思ったが、まともな客室だった。


「ここはお店とは別で、事情があって人を泊める時に使う客室なのよ。普段から掃除もしてるし、良いお部屋でしょう?」

「ああ、正直、想定の数倍は良い部屋だ」

「あらやだぁ! マダム・ガーネットもそこまでケチじゃないわよぉ! でも、出入りする時は人目に付かないようにしてね。一応、この店に男が居るってバレたら問題だから」

「わかっている。そこの裏口から出入りすれば良いのだろう?」

「えぇ、そうよ。他に知りたいことがあったらこっそり女の子に聞いてみて? あたしでもいいし。その時は優ぁしく教えてあげるわ」


 チョージの胸板をいたずらっぽく突いてから、クミンは名残惜しそうに身体を離して去っていく。仕事の時間らしい。


 手を振って見送り、部屋のドアを閉める。

 思っていたより良い部屋を確保できたので、ベッドに腰掛け、ピアスを指で軽く弾いた。


「アオイ、聞こえるか。そっちの状況は?」


 チョージが付けているピアスは、ジェットと名付けた黒スライムの分体で、離れていても他の分体と繋がっているらしい。こうして携帯のように音声のやり取りができるというのは、何とも便利なスライムだ。


『―――ウム』


 しばらく待って、アオイの声が聞こえてきた。この音はチョージにしか聞こえていないとのことで、周りには聞こえないらしい。


「こっちは何とか泊まれるところを見つけた。そっちは?」


『ウム』


「どこだ?」


『ベーカリー』


「パン屋か。お前ならもっとすごいレストランにでも勤めるかと思ったが」


『城、行けるから』


 アオイはこの一言で、王城に出入りのあるパン屋に雇われたと言っている。


「……マジかよ、さすがアオイだな。有能すぎてイルカならひっくり返ってる」


『だけど、場所はわからない』


 アオイはこの一言で、イルカが王城のどこに閉じ込められているかはわからないと言っている。


「そうだな。それに、連れ出すわけにもいかないしな……その後が大変なことになる」


 脱獄の手段は最初から無い。そんなことをすれば、今後の活動が出来なくなる。

 これからも音楽家としてやっていくなら、犯罪は犯さず、穏便に釈放してもらう必要があるのだ。


「イルカが捕まった理由がわからないことにはな。反逆罪と言われても、何にでもこじつけられそうなやつだしな」


『時間、かかる』


「……だな。こっちも探ってみるが、良い情報に繋がるかは不明だ」


『イルカ……』


「ああ。様子がわかれば良いんだが……どこまで監視されてるか不明な以上、簡単に通話も繋げられないしな」


『水、肉』


 アオイはこの一言で、イルカがちゃんとご飯を食べれるのかを気にしている。


「共有ボックスに色々入れてみるか。アオイも気付いたら入れてみてくれ。それでアイテムが減れば、アイツが気付いたかどうかもわかるだろう。生存確認だけなら、ジェットを通じてわかるしな」


『ウム』


 とりあえず、共有ボックスにイルカが生き延びれそうなものを入れつつ、情報収集するしか無いという結論で、通話は終了した。


 それにしてもアオイは、あのコミュ力でどうやってパン屋に雇われるまでに至ったのか。


 その謎だけは永遠に解けないだろう。

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