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37話 ヤバい。泣きそう。

 

 ◆



 ――――――イルカが連行された。


 その場で暴れて抵抗することもできたが、飛び出そうとしたところでアオイに肩を掴まれた。

 肩越しに見れば、アオイが静かに首を振ったので、そのまま従うことにした。


 騒ぎはイルカの姿が見えなくなればすぐに落ち着き、王都は元の喧騒に戻っていく。


「――――――で、どうすんだ」


 抑えきれない苛立ちを込めてアオイに尋ねる。

 アオイは馬車を返してから、ようやくチョージに答えた。


「ウーム」

「……無策かよ……」

「それでも、悪くなるよりは、マシ」

「チッ……」


 アオイの言葉は少ないが、言いたいことはわかる。

 あの場で暴れても余計に状況が悪くなるだけ。下手したらあの場で殺されていたかもしれない。


「なんでアイツだけなんだ……?」

「ウーム……歌?」

「"シュルレ"の演奏よりも、イルカ個人の能力を恐れたってことか……」

「辺境伯」

「ああ、クリスタロス卿もこれを恐れていたのか……しかしいきなり捕まるなんて誰が予想できる……」

「情報」

「……だな。とにかく、何でもいいから情報を集めるか。連絡はコレで」


 お互いに身につけているアクセサリーを指で示せば、アオイも心得たとばかりに頷いた。


「俺様は適当にぶらつくが、アオイはどうする?」

「飯」


 アオイが指さしたのは、肉料理っぽい看板がある料理屋だった。


「……ブレねぇやつ」


 こちらが何かを言う前にもう店に入って行ってしまったので、チョージは肩をすくめて別の方向に歩き出す。

 お互いガキじゃあるまいし、別行動で問題ないだろう。


 チョージは街を歩き、いくつかの店を回った。

 そこにいる女性客や店員に、王都の様子や小さな噂なんかを聞いて回った。


 曰く、この国では長雨が続いており農作物の不作が続いている。

 曰く、近々建国祭を兼ねた晴れを寿ぐ祭りがあるとのことだが、中止になるかもしれない。

 曰く、この長雨は王妃様が亡くなられたから起きたのだとか。

 曰く、雨のせいか、王都では小競り合いが絶えないだとか。


 祭りがあるというのはよくある話だが、それが中止になりそうと言うのは何ともきな臭い話だ。それに、中止になりそうな割には、王都に入ってくる商人の数が多いのだとか。

 外からくる人間が多いせいで、最近治安が良くないらしい。夜は男でも出歩かない方が身のためだなんて注意を受けた。


 ついでに王都で盛んと噂のマジックネットについても聞いてみた。

 マジックネット端末を取り扱ってる店があるとのことで、そこに向かってみる。

 雨だと言うのに人足が途絶えない道を進めば、まるで家電量販店かのようにでかい建物が佇んでおり、外壁にディスプレイが貼り付けられている。

 さながら日本の都会の風景に似ていた。


 店の中に入れば、大きいものから小さいものまで、さまざまな形のディスプレイが並んでおり、近くには配信ボットも売られていた。


 いくらか眺めていたが、こちらで持っている配信ボットと同じ型のものは見つからなかった。

 聞くのもありだが……まあ今は配信ボットの出所を知る必要もないだろう。


 端末の一つを手に取る。手のひらサイズの、スマホに近い大きさのディスプレイ。これ一つでも金貨がかなりの数必要だ。

 マジックネット端末を持っている大半が貴族のみだという話も頷ける。


「これを一つ売ってくれ」

「毎度ありがとうございます〜!」


 店員が揉み手で金貨を受け取っていき、端末は買えた。

 高すぎてあまり売れないのだろう。


 ただ、店の前には明らかに映像を見るために立ち止まっている様子が見受けられるので、娯楽として親しまれてはいるのだろう。平民はここで立ち見して過ごすようだ。


 その中で、非常に聞き覚えのある歌が流れた。

 その歌が流れると、巨大ディスプレイを見上げていた人々から歓声が上がる。


「やっぱり良いね!」

「聞いたことない歌だけど、最高!」

「イルカさま〜!」


 もしかしなくても"シュールレアリズム"の歌が流れていた。生配信したものの再放送なのだろう。

 アーカイブ配信みたいなものなのだろうか。配信した映像は後から見れる仕様になっているので、この店の人間が流しているのだろう。


 それにしても……。


「何で俺様じゃなくてアイツの方が人気なんだ……!」


 その愚痴は、誰にも聞こえることなく、街の路地裏に消えた。




 裏路地。目指すは色街。

 情報を集めるならそういう場所だろ。


 薄暗くなってきた時間帯。

 道具屋の店主にも気を付けろと言われていたが、やはり治安は良くないようで、物乞いやら浮浪者やらが寝転がっている。視界に入れないように進み、通りを進んでいると、近くで言い争っているような声が聞こえた。


「……?」


 進行方向だったためにそのまま向かえば、フードで顔を隠した女性がガラの悪そうな男共に腕を掴まれていた。


「放しなさいよ! 痛い!」

「あー? ぶつかって来たのはテメェだろ? こっちは怪我したんだから弁償してもらわねぇとなぁ」


 さもありなん。治安が終わってる。

 三文芝居のようなやり取りで、もちろん男共に怪我は見当たらず、むしろ無理やり掴まれている女性の腕の方がアザになっている。


「全く。どこの世界も馬鹿はいるもんだな」


 呆れてつい声が出た。まあ、何はなくとも、女性が困っていれば間に入るのがチョージの信条だが。


「あ゛ぁ? 誰だテメェ」

「全くナンセンスなナンパもいたもんだ。女性を誘う能力もない不能は下がっていろ」

「ハァ!? テメェ喧嘩売ってんのか!?」

「売ってんだよ。分かれや雑魚」

「あ゛ぁ!?」


 非常に読みやすい起動で男が拳を突き出してくる。チョージは避けずに、魔力を練った。


「痛っっっっ!?!?!?」


 チョージの顔に当たる直前で、その拳を凍りつかせたのだ。


「魔法!?」

「ちっ、何なんだコイツ!?」

「悠長にしてて良いのか? 早く溶かさないと腕がもげるぞ」

「ハァ!?」


 脅せば、男共は簡単に慌て出して「覚えてやがれ!」と清々しいまでの捨て台詞を吐いて去って行った。


「さて。レディ。怪我はないかい」


 チョージは残された女性の手をそっと取る。

 手の甲に口付けを一つ。


 ――――――おや?


「腕を怪我しているようだ。氷なら出せるが、冷やすかい?」


 気になることはあれど、まずは女性の美しい腕にアザを残すべきではないな。


「……ええ。でも、近くに知り合いの店があるの。そこで冷やすわ」

「そうかい。ではそこまで送ろう。彼ら以外にも、この辺りを彷徨くには君は可憐すぎる」

「はぁ? まあいいわ。それならあっちよ」


 女性はチョージの手に手を乗せたまま、知り合いの店とやらを案内してくれた。


 『至宝館』……色街の、オトナのお店だった。


 男を知らない可憐な女性に見えたが……人は見かけによらないものなのかもしれない。


 などと馬鹿なことを考えつつ、チョージは女性と共に店の扉を潜った。



 ◇



 ――――――国家反逆罪。

 国王に忠誠を誓うべきところ、王権に対して弓を引くような、国の政治を揺るがしかねないことをした時に課せられる罪。要は国の敵になるようなことをしたっていうことで。


 いやいや、俺この異世界の住民じゃないし!

 国民じゃないから王様に忠誠とか誓ってないし!

 そもそも国の名前すら知らないんだけど!?


 なんて言っても誰も何も取り合ってくれない。

 物を扱うよりも酷く、乱雑に引き摺られ、運ばれ、ボロボロになったところで王城の地下牢に押し込まれた。


 ガシャンッ! と冷たい音で閉じられた檻に縋り付いても、兵士たちは俺のことなんて見向きもせずに去っていく。

 わかってる。この人たちはただ命令に従っただけなんだろう。そこに感情なんてないし、個人の意志すらもないのだろう。


 着の身着のまま放り込まれた地下牢は、天井近くに開けられた小さな小窓から絶えず冷たい風が吹き込んでとても寒い。なんなら雨も降っているので、たまにぴちゃぴちゃ水がかかる。

 雨量が少ないから壁が濡れるだけで済んでるけど、大雨降ったら普通に浸水しない?

 排水溝もあるにはあるけど、ネズミ一匹通れるかなと言うくらいの狭さだ。


「あのー、せめて毛布とかくれませんかー?」


 看守と思われる男が一人、木製のテーブルに足を置いて座っていたので声を掛けてみたが、無視。

 声は響いているので、聞こえていないはずがないのだが。


 牢屋の中は石のレンガで作られており、当たり前のように濡れているのでジメジメしてるし泥がついて汚い。

 部屋の隅に水瓶と、トイレっぽい壺がある以外は何もない。御座みたいなものもなく、地べたに直で寝るしかない。


 こんな環境なので悪臭もすごい。まだ窓があるから微妙に換気されているが、こんな場所で風呂に入れるわけがないので、非常に不衛生な臭いが立ち込めている。


 俺以外にも捕まっている人がいるようだが、出入り口以外の壁は石なので見えない。向かい側の牢屋には誰もいなかった。


「――――――最悪だ……」


 創作物で見たイメージだけど、中世くらいの文明レベルの国家反逆罪って、死刑だよね。気に入らないから処刑するみたいなノリでも使われてるイメージがある。


 ということは、俺はこのまま処刑されてしまうのだろうか。


 元の世界に帰ることもできず、チョージやアオイに別れを告げることもできず……。


「…………」


 あ、ヤバい。泣きそう。


 水でも飲むか!

 水瓶を開けてみた。ひどい臭いがした。


 もしかしなくてもこれを飲んだら死ぬ。


「…………」


 俺は入り口に背を向けて座り、こっそりアイテムボックスを操作する。

 水瓶の水を飲むふりをして、アイテムボックスにある水を飲むのだ。


「…………」


 うん、バレてない。看守も頭に本を被せて寝てるみたいだ。


 けれどこれ以上のことは怪しまれるからやめておこう。


 ああ、こんなんじゃ、風邪を引くだけじゃ済まない病気になりそうだ。

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